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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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追加エピソード⑥:落ちこぼれの奇跡

一行が司令室に戻る途中の、静かだった王宮の廊下を歩いていると、突如としてその先の曲がり角から、慌ただしい喧騒と複数の足音、苦悶の声が聞こえてきた。


ある武装した兵士が、血相を変えて大声で叫んでいる。


「道を開けろ!!急患だっ!!医療班を呼べ!」


見ると、廊下の先にある医務室と思われる部屋に、担架や仲間にかつがれた兵士たちが、次々と運び込まれていく姿があった。 鎧は砕け、あch..こちから血を流し、その顔は苦痛に歪んでいる。


恐らく、先ほどローランたちが話していた、氾濫しかけているAランクダンジョンの前線から後退してきた、偵察、あるいは制圧に向かった部隊員たちなのだろう。その惨状は、スタンピードの脅威を生々しく物語っていた。


それを見たエメルダは、ギルド長モードのまま、感情が何も宿っていない冷たい瞳で一瞥すると、


「…我々には無関係なようだ。見ても面白いものではない。指令室に戻るぞ」


と、部外者として、冷ややかにそう言い放った。


だが、その言葉をアリシアが遮った。


「すいません、エメルダさん。私、ちょっと見てきますっ!」


彼女は、目の前の惨状にヒーラーとしての本能を突き動かされたのか、エメルダの返事も待たずに、怪我人が運び込まれていく喧騒の中へと駆けていくのだった。


エメルダは、そんなアリシアの迷いのない後姿を、冷めた目で見送っていた。


(…いくら、異例の才覚があるとは言っても、アリシアの初級スキル『ヒーリング』ごときで、どうにかなるレベルの怪我人がいるとも思えないんだけどな…まぁ、好きにさせるか)


そう思っていた。


アリシアが走り去ったのを見て、お付きの魔術師がエメルダに声をかける。


「如何致しますか?ギルド長」


そう問われたエメルダは、すぐに思考を切り替えた。


「お前は、部下と共にダンジョンの観測と情報整理を続けろ。ルーメン側の情報と照合し、誤差を洗い出せ」


そう指示すると、お付きの魔術師は、


「承知致しました…」


と深々とお辞儀し、ギルド長とは別行動を取り、一人で司令室に向かって足早に歩いて行った。


その姿を見送ったあと、シェルはエメルダに問いかけた。 魔術師ギルドのお付きがいなくなったことで、彼の口調は先ほどまでの猫を被ったものではなく、素の砕けたものに戻っている。


「…で、あんたも残ったところで、なんか出来るわけじゃないだろ?エメルダさんよ」


「…まぁ、そうなんだけどね。アリシアさん一人にしておくのもアレじゃん?一応ここ、彼女の古巣なわけだし」


と、エメルダはギルド長モードを解き、いつもの飄々とした口調で、意外な事を言ってのける。


それを聞いて、ゼロスは素で驚きの声を上げた。


「えぇ!?アリシアさんって、ここの出身なのか!?」


と言った。


それを聞いたエメルダは、心底呆れたように、やれやれと首を振った。


「…全てのヒーラーは、ここ神聖法皇国ルーメンで基礎修行を積むのが通例なんだよ、ゼロスきゅん。知らなかったのかい」


と、言うのだった。


ゼロスは、その事実にようやく思い至った。


「なるほど…そういう事だったのか…だから、さっき騎士団長室で、あの大聖女を見てる瞳が少し寂しそうだったんだな…」


と、先程のアリシアの、ありえない未来を想像していた横顔を思い出す。


シェルは、そんな今更気づいたようなゼロスを見て、


「お前なぁ…少しはあの娘と、そういう昔の話とか、腹割って話したらどうだ?」


と、その鈍感さに呆れた様子で言うのだった。


「…んな、アリシアさんとは色々話してるし…それに、本当に言いたい事があったら、彼女の方から言ってくるだろ」


と、ゼロスは彼女を信頼しているのか、はたまた深く考えるのを諦観しているのか、わからない言い回しをするのだった。


それまで黙って彼らのやり取りを見ていたレオが、ここでようやく口を開いた。


「とりあえず、僕らも行きましょう。もしかしたら、僕にも何か出来る事があるかもしれないし」


と、レオは自身のジョブである錬金術師アルケミストの、様々な薬品が詰まった鞄にそっと手を当てて言ったのだった。


アリシアの後を追い、ゼロスたちが足を踏み入れた医務室は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。 充満する血と汗の匂い、薬草の入り混じった異臭。床のあちこちに血だまりができ、負傷者の苦悶に満ちた呻き声が、部屋の四方から響き渡っていた。


鎧ごと両断され、もはや助からないと判断されたのか、廊下の隅に放置されている者。 全身をズタズタに切り刻まれ、仲間や聖女にすがりながらもがき苦しむ者。 そして、既に息を引き取り、冷たい布を顔にかけられた者。


その中で、致命傷を受けながらもまだ息があるのか、床に静かに寝かされ、家族と思わしき女性と幼い子供が、その顔をただ黙って、絶望的な表情で見つめている者もいた。


ゼロスは、そのあまりにも凄惨な光景に、思わず息を呑み、絶句していた。


「…酷いな…ヴァレリウスの帝都でも負傷者は見たが、こんな光景は見た事なかった。やっぱAランクダンジョンの氾濫となると、被害状況が段違いだ…」


レオもまた、目の前の現実に顔を青くし、その状況に打ちのめされていた。


「確かに…あの時のネクサスのスタンピードだと、被害は『アイギス』のメンバーが中心だったけど…やっぱりランクがたった1個あがるだけで、こんなに…」 と、声が震えていた。


エメルダは、その二人の反応を横で聞きながら、冷静に分析する。


(…ヴァレリウスの帝都ギルド『アイギス』が、ゼロスたち抜きで手こずっていたことを考えると、実質Aランク上位相当。対して、ここルーメンの騎士団と聖女たちの混成パーティだと、Bランク上位相当ってとこか…)


彼女は、その戦力差を正確に弾き出していた。 さらに、目の前の惨状を指し示すかのように、冷徹な事実を付け加えた。


「…そうだな。これが、Sランク相当のパーティーが制圧に当たった時と、それ以下のランクが制圧に当たった時に、如実に出る『差』だ。ランクの重要性が、嫌というほどよく理解出来ただろう」


と付け加えた。


それを聞いたゼロスとレオは、言葉を失った。


「「・・・」」


自分たちが、あのネクサスの惨状を(結果的に)ほぼ防ぎきった。 その事実が、自分たちが暗にSランクなのだと、エメルダの言葉によって改めて理解させられていた。


そんな重い空気が流れる中、先程静かに床に伏せていた下級騎士の家族と思われる女性が、医務室の指揮官らしき聖女に必死に懇願していた。


治療に当たる聖女たちの間をすり抜け、その足元にすがりつく。


「お願いしますっ!夫を!夫を助けてください!!どうか、大聖女アウレリア様の『リザレクション』を、夫にお願いします…!」


と、今にも崩れ落ちそうな体で、床に額をこすりつけて頼み込んでいた。


だが、指揮官の聖女は、その懇願に一切表情を変えず、冷たく述べた。


「…申し訳ないが、大聖女様の大奇跡は、国の柱たる最高クラスの騎士にしか使用許可が下りない…。ここにいる聖女たちの『ヒール』(中級医療スキル)が通じないのなら…残念だが、諦めなさい」


それを聞いた下級騎士の妻は、絶望に顔を歪め、食い下がった。


「そ、そんなっ!?神の奇跡は、身分に関係なく、分け隔てなく与えられるものではないのですか!?夫も国のために戦ったのです!」


もっともらしい正論を叫ぶが、


「…残念だが、規則だ」


指揮官はなおも冷たくあしらった。奇跡にもリソースの限界があるのだ。


下級騎士の妻は、その非情な宣告に、ついに力が尽きたように、


「どうして…あぁ…」 そう言いながら、夫の傍らで泣き崩れるのだった。


それを見ていたエメルダは、ゼロスたちにだけ聞こえるように小さく呟いた。


「…『リザレクション』なんて大奇跡は、膨大な魔素と精神力を消費する。日に何度も使えるものじゃない。アレはそういうスキルなんだ」


と、それが慰めになるかわからないが、事実だけを説明した。


指揮官の言葉とエメルダの解説が、医務室の絶望的な現実を物語る。 泣き崩れる妻と、それを無力感と共に見つめる子供。


その様子を見ていたアリシアは、静かに彼らの前まで歩み寄ると、今にも魂が離れそうになっている下級騎士の前に、そっと跪いた。


彼女は両目を閉じ、祈りを捧げるように、その震える声で詠唱を紡ぎ始めた。 『光よ、傷を癒したまえ…痛みを和らげ、力を与えたまえ…』 『天の慈悲よ、この身に宿れ…傷ついた者を癒し、疲れた者に安らぎを…ヒーリング』


アリシアの持つ、ただ一つの回復スキル。初級スキルの『ヒーリング』が、フル詠唱で唱えられた。 柔らかな光が、アリシアの手から下級騎士の体へと注がれる。


アリシアのヒーリングのおかげか、死の苦悶に歪んでいた下級騎士の表情が、ほんの少しだけ和らいだように見えた。


(天に旅立つ、その最後の情けとして、せめて少しでも痛みを緩和しようというのか…)


周囲でその光景を見ていた他の聖女や兵士たちには、そうとしか見えていなかった。


泣き崩れていた妻も、その光景に顔を上げ、涙を拭いながら、かろうじて声を絞り出した。


「…その、お心遣い…ありがとう、ございます…」 気休めに過ぎないとわかっていても、その行為が嬉しかったのだろう。


だが、アリシアは、その妻の言葉も、周囲から向けられる『初級スキルで何が出来るというのだ?』という憐れみと侮りの視線も、完全に無視し、再び深く息を吸い込み、再度フル詠唱で唱え始めた。


その瞬間、エメルダだけが、医務室内の魔素の流れが異様な形でアリシアに収束していくのを感じ取っていた。


(…アリシア…今、なにをした…?魔素の集束率が、詠唱前と違う…)


『…疲れた者に安らぎを…ヒーリング』


2度目のフル詠唱を終えた『ヒーリング』。 その光は、先程とは比較にならないほどの輝きを放ち、驚くべき効果が生まれていた。


《救済の使徒》の聖女たちが束になっても、中級スキル『ヒール』では塞ぐことが出来なかったはずの、下級騎士の胸の致命的な傷が、目に見えて徐々に塞がっていく…


「なっ…!?ただのヒーリングで、我らの『ヒール』を上回る効果だと…?」


医療スキルである初級の『ヒーリング』と、純粋な回復スキルである中級の『ヒール』。その効果には5倍以上の絶対的な幅がある。 それをいとも容易く跳ねのけたアリシアの異常なスキルに、医務室にいた《救済の使徒》の聖女たちの注目が一斉に集まる。


だが、アリシアはその視線に全く気付かない。彼女はただ目の前の命に集中し、3回目のフル詠唱を始めていた。 『光よ、傷を癒したまえ…痛みを和らげ、力を与えたまえ…』


もはや、魔素が集まるのではない。アリシアの詠唱が、周囲の魔素を強制的に束ね、輝くような奔流を生み出していた。 医務室の空気が、彼女を中心に震えている。


彼女の額から、玉のような大粒の汗が滲み出て、その顔面も魔素の急激な消費で青白くなっていく。だが、それでも彼女は詠唱を止めなかった。


(…まだいける。あの時のゼロスさんの怪我を治療したときの、あの絶望的な負担と比べれば…!) ヒュドラ戦で命を落としかけたゼロスを、文字通り死の淵から引きずり戻した時。 アリシアは、今の状態に加えて、魔力の枯渇と過剰行使で鼻血まで吹き出していた。あの時と比べれば、まだまだ余力がある、と彼女は自分を奮い立たせていた。


『天の慈悲よ、この身に宿れ…傷ついた者を癒し、疲れた者に安らぎを…ヒーリング』


3回目のフル詠唱が、ついに完了した。 放たれた光は、もはや初級スキルのそれではなく、部屋全体を白く染め上げるほどの神々しい輝きだった。


光が収まった時、床に伏せていた下級騎士の体に刻まれていた無数の傷は、完全に塞がり、死人のようだった顔の血色も、穏やかなものへと戻っていた。


下級騎士は、ゆっくりと薄く目を開けると、目の前で荒い息をつくアリシアを見つめ、 「…ありがとう、ございます…聖女、様…」 と、静かに礼を述べるのだった。


泣き崩れていた妻も、指揮官の聖女も、医務室にいた誰もが、その異様で、奇跡的な光景に息を呑み、声を失っていた。


そんな中、エメルダだけは、その現象を冷静に分析し、答えに辿り着いていた。


(…ありえない…今の威力は、上級回復スキル『リジェネレイト』に匹敵する。聖女の中でも指折りの人数しか使えないと言われるスキルと同格…いや、それ以上か。間違いない、アリシアがスペルを重ねるごとに、スキルの階位そのものが跳ね上がっていくのが見えた…まさかこの娘…そういう『特異性』を持つのか!?)


以前にアリシアが見せた、マジック・ミサイルのあり得ない数の魔法陣の展開と、規格外の威力。 そして、今、目の前で見せられた、初級スキルが上級スキルを凌駕する光景。 二つの事象が、エメルダの中で完全に結びつき、彼女の中で確信に変わった。


アリシアというヒーラーの、本当の価値。 それがわかったエメルダは、この上ない極上の玩具を見つけた子供のように、その口元が吊り上がるのが止められなかった。

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