追加エピソード④:Sランクの自覚
「Aランクのスタンピード!?」
思わずゼロスの驚きの声が司令室に響き渡った。
それに対して、当のエメルダは、まるで他人事のように、
「そっだよーん」
と呑気な声をあげる。 そのあまりにも軽い返事と、Aランクスタンピードという言葉の重みのギャップに、ゼロス達は背筋がゾッとした。
(Aランク…) あの時、ネクサスで死を覚悟して立ち向かったBランク変異ダンジョンの主、『双頭の魔人』。 あの規格外のユニークモンスターよりも、さらに格上のユニークが相手になるというのか?
そう思い至り、四人の顔から急速に血の気が引いていき、暗い表情が浮かんだ。
だが、エメルダはそんな彼らの深刻な様子に全く気づかないのか、不思議そうに首を傾げた。
「あんだぁ?どした、四人とも、深刻そうな顔をして」
変わらず呑気にそう聞いてくる。 それに対してゼロスは、無理やり気持ちを切り替え、真剣な表情で問いかけた。戦力の確認は必須だ。
「…エメルダ、今回の増援はお前と、さっきのシェルの他に誰がいるんだ?ルーメンの騎士団は?」
と、真剣に聞いた。 しかし、エメルダの答えはゼロスの想像を遥かに超えていた。
「いやいや、Aランクのスタンピードくらいなら、しょーじき、あたしと、あたしを護る壁役が一人か二人いればなんとかなるって~」
と、まるで散歩でもするかのように、信じられない事を余裕で言ってのけた。 ゼロスはその言葉の重みを、いや、軽さを受け止めきれずにいた。
「…マジか…俺たちなんか、あの変異Bランクダンジョンのスタンピードを収束させるので手一杯だったのに…」
ギルド長というだけでなく、元Sランク冒険者としての実力。その差をまざまざと思い知らされた気分だったが…
「…ん?ゼロスきゅんよ、おぬしまさか、ユニークモンスターがそんなボンボン出るものと思ってる?」
エメルダが、何か根本的な勘違いに気づいたように、面白そうにゼロスの顔を覗き込む。 ゼロスは、素で不思議そうに答えた。
「…違うのか?Bランクでも出たんだぞ」
と疑問符を投げかけた。 それを聞いた瞬間、エメルダは腹を抱えた。
「ぶははははははっ!!!」
と、司令室中に響き渡る盛大な笑い声を上げた。
「あー、おっかしぃ!あんなのがポンポン出てきたら、人類圏なんか、とっくに消滅してるよ。いいか~、よ~く聞けよ~」
「な、何がだ?」
ゼロスは、そこまで笑われることに納得がいかず、訝しんだ。 エメルダは笑い涙を拭いながら、ビシッと指を立てて言った。
「ユニークモンスターの出現条件は、原則としてSランクダンジョンのみです」
と、エメルダは堂々と言い切った。 ゼロスはその言葉に驚き、すぐに反論した。
「んなっ!?嘘だろ!俺たちが行ったのは、確かにBランクって聞いてたぞ」
と言うが、エメルダはニヤニヤしながら聞き返す。
「変異してたんだろー?で、最奥のボスエリアには何が出たんだー?」
とエメルダは聞いた。 アリシアが、その問いにそっと答えた。
「…巨大なヒュドラです。…最後の一矢でゼロスさんが死にかけました…」
と、あの時の死闘を思い出し、今でも恐怖が蘇るのか、暗い表情でアリシアは呟いた。 エメルダはそれを聞き、ほう、と感心したように頷いた。
「あら、あのゼロスが死にかけるとは中々やりおるな…で、ゼロスよ。ギルドの教本によれば、ヒュドラは何ランク以上から出るモンスターだっけ?」
ゼロスは、その問いに何かを思い出すかのように、目を見開いて答えた。
「んぁ?竜種は…Aランク以上…まさか…」
エメルダは、その答えに満足そうに笑った。
「そう。お前のかつてのリーダー、グレイたちがSランクパーティー昇格の時に倒したのが、基本ともいえるレッドドラゴンだけど、ヒュドラなんかは、Aランクダンジョンですら滅多に出ないよ。むしろ出たら、そのダンジョンはSランク相当と見なされる…」
それまで静かに話を聞いていたレオが、ついに驚愕の声を上げた。
「…ってことは、僕たち…ゼロス達のパーティって…」
エメルダは、その言葉を待っていたかのように、ゼロス達四人に向かって指差しながら、
「おめでとうっ!!君たちのパーティ『始まりの雫』は、暫定Sランクパーティとして、ギルド本部での昇格は既に決定事項だっ!」
ゼロスは、その高らかな宣言に、全く実感が湧かないといった様子だった。
「う、嘘だろ…こないだまで低位のランクだった俺たちが…Sランク…?」
と、驚愕を隠せない様子で立ち尽くす。 エメルダは、そんなゼロスの反応を楽しみながら、にんまりと笑った。 彼女は、さらに衝撃的な事実を付け加えた。
「ヒュドラどころか、ユニークモンスターの『双頭の魔人』まで退けた時点で、暫定どころか、Sランクの中でもトップパーティーに躍り出てんだけどね、君たち。あー、あたしもそいつとやり合いたかったなぁ~」
と、心底残念そうに、呑気に言って見せた。 自分たちが、いつの間にか大陸でも最上位の実力者としてランク付けされている。 その信じられないという顔で固まるゼロス達を眺めて、エメルダはニヤニヤが止まらなかった。
*
Sランク昇格という、まだ実感の湧かない事実を突きつけられたゼロスたちが、興奮とも困惑ともつかない表情でいる中、暫しの雑談が続いた。 一通り話し終えたところで、エメルダはふぅと息をつき、話を切り上げるように言った。
「さて…そろそろ人除けの魔術を部下に張らせ続けるのも可哀そうだな」
彼女はそう言うと、芝居がかった仕草で、パチンと高く指を鳴らした。 ゼロスは、その澄んだ音が室内に響くのを聞き、不思議そうに首を傾げた。
「…カッコつけるのはいいが、人除けしてんのに、指パッチンの音なんか聞こえるのか?」
と、魔術的な通信の仕組みを全く理解していない、素朴な疑問を聞くが、エメルダは呆れたように肩をすくめた。
「こ、これだから、魔術に疎いやつぁ…あたしがただ音を鳴らしたとでも思ったのか?」
と、何やら自分が何をしたか、ゼロスが全くわかっていない様子にため息をつく。 しかし、その時、ルナだけが目を輝かせ、その瞳に魔素の光を宿して周囲の空間を見つめていた。
「…凄い…今、部屋全体に張り巡らされていた術式が、糸のように解けていく…」
と、エメルダがしたことの本質に気付いた様子で、感嘆の声を漏らした。 その様子を見たエメルダは、満足げに口の端を吊り上げる。
「ほほぉ、新弟子のキミは、あたしが何をしたか見えているようだな…筋がいい」
とルナの才能に関心していた。
エメルダの合図(指鳴らし)から少しすると、重厚な司令室の扉が開き、お付きの魔術師と、あのシェルが一緒に戻ってきた。
「話は済んだみたいだな、ゼロス。どうよ?感動の再会だったろ」
シェルは、部屋に入るなりニヤニヤしながら、そんな軽口を挟んだ。 ゼロスは、先ほど鳩尾を殴られたことを思い出しながら、エメルダを見て乾いた笑いを浮かべた。
「…そうだな、まぁ、いろんな意味で感動の再会…だったかねぇ…?」
と、エメルダに皮肉っぽく言うが、 当のエメルダは、ゼロスの言葉をさらりと受け流す。
「そうだな、久しい知人と会えた事には同意しよう」
その声と表情からは、先ほどまでの飄々とした雰囲気は消え、再び冷徹な魔術師ギルド長の仮面を被っていた。 そんなエメルダの素早い切り替えを見ていたルナは、
(か、カッコいい…!これがギルド長…!)
と、目を輝かせているのだった。 そうしていると、お付きの魔術師がエメルダの傍らに進み出て、恭しく報告した。
「エメルダ様…ルーメンの騎士団長がお話があるとお呼びです」
と伝えると、エメルダは小さく頷いた。
「わかった。丁度いい。ゼロス、それにお前らも付いてこい」
と、冷厳な態度で一行に命じるのだった。 ルナを除くゼロス、アリシア、レオの三人は、先程までの駄々をこねたり高笑いしたりしていた素のエメルダを見たせいか…
(((この人、完璧に演技(モード切り替え)してんなぁ…)))
と、若干引きつった顔で、全く同様の事を思っていたのだった。




