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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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追加エピソード②:威厳の仮面

アリシアがゼロスに向けた絶対零度の視線は、王宮の廊下を歩く間も解けることはなかった。 なんとも言えない重い空気がゼロスの周囲に漂う。しかし、その元凶の一人であるシェルだけは、どこか楽しそうに鼻歌でも歌いそうな足取りで先導を続けていた。


豪華絢爛だが、人の気配が妙に少ない廊下を暫く歩くと、ひときわ立派な両開きの扉の前でシェルが立ち止まった。 ここがルーメンの司令部らしい。


シェルが重厚な扉を軽くノックすると、中からくぐもった男の声がかかる。


「入れ」


短く、事務的な許可。 そう言われて、シェルが扉を押し開け、ゼロスたち一行は司令室へと足を踏み入れた。


その室内の光景に、ゼロスたちは一瞬息を呑んだ。 部屋の中央に鎮座する巨大な執務机。その上には、一人の少女が、行儀悪くも脚を机に放り出し、深く椅子に寄りかかって踏ん反り返って座っていた。


部屋の隅にはお付きと見られる魔術師が直立不動で控え、入室してきたシェルは、その少女に向かって恭しく片膝をつき、軽くお辞儀をした。


「エメルダ様、ゼロス一行をご案内致しました」


シェルは敬意を込めた声で、机の上の少女――エメルダに向かってそう伝えた。


エメルダと呼ばれた少女は、ゆっくりとゼロスたちに視線を向けた。 その瞳は、丸めがね越しでもわかるほど、冷たく魔素の光で爛々と輝いていた。 まるで、値踏みをするかのように、ゼロス、アリシア、レオ、ルナの順に、じろりと一瞥する。


「ご苦労」


少女の見た目にはそぐわない、低く厳正な声が、静かな指令室に響き渡った。


「…エメ…ルダ?」


ゼロスは、目の前の光景が信じられないといった様子で、驚きを隠せずに彼女の名前を呟いた。


ネクサスの魔術師ギルドで、ポーション売りの受付嬢をしていた時の、あの飄々とした彼女の面影はそこには微塵も感じられない。


そこに在るのは、圧倒的な威厳の塊。ギルド長という肩書が放つプレッシャーだった。


そのあまりの威圧感に、アリシア、レオ、ルナの三人は、ただ息を呑んで硬直するだけだった。


その中で、以前ネクサスでエメルダと面識があったアリシアは、混乱の極みにいた。


(…本当に、この人が、あのエメルダさん…?)


以前に魔術の基礎を教えてもらった時の、気さくで明るく、少しお調子者だった彼女とは、まるで別人だ。 あまりの変貌ぶりに、アリシアは状況が全く呑み込めずにいた。


ゼロスが彼女の名前を呼び捨てにした、その瞬間。 部屋の隅に控えていたお付きの魔術師が、鋭く咳払いをした。


「エメルダ『様』だ。貴様、彼女を誰だと思っている」


言葉には気をつけろ、とでも言いたげな、刺すような視線がゼロスに向けられる。


しかし、ゼロスは威圧された様子もなく、純粋な疑問として首を傾げた。


「え? だって、エメルダはポーション売りの受付員…だろ?」


しん、と。 時が止まったかのように、指令室の空気が凍り付いた。 お付きの魔術師は信じられないものを見る目でゼロスを凝視し、シェルは必死に笑いを堪えて肩を震わせている。


エメルダは、机に放り出していた脚をゆっくりと下ろすと、冷ややかに言った。


「…人払いを。今から彼らと話す事は、誰にも聞かれたくない」


その有無を言わせぬ命令に、お付きの魔術師は慌てて深くお辞儀をした。


「…畏まりました」


そう言い、まだ笑いを堪えているシェルを半分引きずるようにして、指令室から去っていった。 重い扉が閉まる音が、やけに大きく響く。


指令室には、エメルダ、ゼロス、アリシア、レオ、ルナの五人だけが残された。


人払いを待つ、息苦しいほどの沈黙が流れる。 やがて、エメルダはゆっくりと席から立ち上がり、その魔素で輝く瞳でゼロスをまっすぐに見据えた。


「さて…お前とこうして顔を合わせるのは久方ぶりだ。…話をしようか、ゼロス」


彼女の瞳は、先ほどよりも一層強く、魔素で爛々と輝いていた。 その輝きは、もはや敵意なのか、それとも別の感情なのか、ゼロスには判別がつかなかった。

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