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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第44話:二つの顔を持つ災厄

ケルベロスとの激戦を制したゼロスたちだったが、騎士団との合流もつかの間、街を覆う紅い光が、さらにその輝きを増した。


「…まだ終わりじゃねぇのかよ…」

ゼロスは戦斧を肩に担ぎながら、遠くのダンジョンの方角を睨みつけた。激戦の疲労が全身を苛むが、その瞳に諦めの色はない。


「あれは…今度は何なの…」

ルナが不安そうに空を見上げる。彼女の髪が、見えない風に揺られて逆立っていた。もはや魔素の奔流という生易しいものではない。空間そのものが悲鳴を上げているかのように、空気がビリビリと歪んでいた。


「みんな、気をつけて!尋常じゃない魔素よ!」

ルナの警告と同時だった。空の一点が、ガラスにひびが入るような甲高い音を立てて裂けた。現実そのものが歪み、黒い亀裂が走る。


「なんだ、あれは…!」

レオが驚愕の声を上げる。亀裂は徐々に広がり、やがて異界へと通じる門のように、ぽっかりと口を開けた。


「異界への扉…!ユニークモンスターの出現よ!」

ルナの顔が青ざめる。


「ということは…」

「あぁ、こいつがスタンピードの大元だ。あいつを倒さない限り、モンスターは永遠に溢れ続ける」

アリシアの言葉を引き継ぎ、ゼロスが厳しい表情で言った。


裂け目から、まず巨大な影がゆっくりと姿を現した。

それは人型でありながら、明らかに人間のそれではない。身の丈は三メートルを超え、筋骨隆々とした四肢は鋼鉄のような光沢を放っている。

そして、最も異様だったのは、その頭部だった。

首の上に、二つの顔が並んでいるのだ。

右側の顔は青白く、まるで死人のように虚ろな表情を浮かべている。左側の顔は赤黒く、常に何かに怒り狂っているような凶相だった。


「うぇぇ…なにあれ、気味悪っ…」

ルナが素直に感想を漏らす。その存在感だけで、空気が鉛のように重くなった。

ユニークモンスターは完全に姿を現すと、二つの口を同時に開いて雄叫びを上げた。それは、聞く者の魂を直接削り取るかのような、悍ましい咆哮だった。


「うるせぇな…」

ゼロスが眉をひそめる。

「あたしたち、勝てるのかしら…」

ルナが不安を口にすると、アリシアが毅然と答えた。


「やるしかありません。私たちがやらなければ、この街は終わってしまいます」

ユニークモンスターは四人を見回すと、突然、青白い顔側の右手を天に掲げた。その瞬間、周囲の魔素が激しい嵐となって渦を巻き始める。

不気味な唸り声と共に、詠唱が響いた。


『燃え盛る魂の熱よ、地の底より湧き出でよ』

人語ではない。しかし、それは紛れもない魔術の詠唱だった。


「あの詠唱は…!」

ルナが絶叫した。魔術師である彼女には、それがどれほど危険な呪文の始まりかが痛いほど理解できた。

「エクスプロージョン…!最上位破壊魔法よ!」


「なんだって!?」

ゼロスが振り返る。エクスプロージョンは、一度発動すれば山一つを吹き飛ばすとさえ言われる伝説級の魔術だ。


『虚空を穿ち、光を飲み込む災いの炎となりて』

第二節が響く。ユニークモンスターの足元に、街の一区画を覆い尽くすほどの巨大な魔法陣が浮かび上がった。


「詠唱を止めなきゃ!五節まで唱えさせたら、街ごと消し飛ぶぞ!」

ネクサスで聞いたエメルダの忠告が、ゼロスの脳裏に蘇る。彼は迷わず『筋力強化(微)』を最初からフルスロットルにまで引き上げた。


「うおおおおお!」

全身の筋肉が限界を超えて膨張し、右腕から血飛沫が舞う。だが、構わず戦斧を振りかぶり、地面を砕いて突進した。


「ゼロスさん!」

アリシアの悲鳴を背に、ゼロスは一気に距離を詰め、ユニークモンスターの胴体目掛けて戦斧を叩きつける。

「おらぁぁああああ!!!!」


しかし、戦斧が敵に到達する寸前、赤黒い顔が嘲笑うかのように詠唱を紡ぎ、光の壁を出現させた。ゼロスの渾身の一撃は、円形の魔法障壁に阻まれ、凄まじい衝撃音と共に弾き飛ばされる。


「くそっ!」

ユニークモンスターは障壁を維持したまま、エクスプロージョンの詠唱を続けた。


『我の魔力と世界を繋ぎ、その理を歪めよ』

第三節が完了する。魔法陣がさらに輝きを増し、空が灼熱の色に染まっていく。


「やばいわ…このままじゃ…」

「あたしがやるっ!」

レオの絶望的な声を遮り、ルナが前に出た。彼女は両手を天に向け、自身の全魔力を解放する。


『天を覆う雲よ、集い、嵐を呼べ』

ルナの詠唱に応え、上空に暗雲が渦を巻き、紫電が走る。『万雷の粛清』――彼女が使える最高位の雷撃魔法だった。


『我の意思に応え、光と熱をその身に宿せ』

ユニークモンスターの炎と、ルナの雷。二つの超常の力がぶつかり合い、空が戦場と化した。

『万象を灰燼に帰す絶望の火柱となれ』

敵の第四節が響く。もはや、終わりまで一節しか残されていない。


『無数の槍となり、万象を裁き尽くせ…!』

『今、その名を刻む。万雷の粛清!!』

ルナの叫びと共に、無数の雷槍がユニークモンスターの障壁に殺到する。ガラスが砕け散るような甲高い音を立てて、光の盾が粉々になった。


「やったっ!」

レオが歓声を上げる。その瞬間、ゼロスが再び突進していた。

障壁はない。第五節が始まるその刹那、ゼロスの戦斧がユニークモンスターの胴体を深々と抉り、詠唱を強制的に中断させた。


「危ねぇ…間一髪だったな」

だが、詠唱を阻止されたユニークモンスターは、二つの顔を激しい怒りに歪ませた。赤黒い顔が新たな詠唱を開始し、炎の矢がルナに向かって放たれる。それは、標的をどこまでも追尾する必殺の狙撃魔法だった。


「ルナっ!」

レオが盾を展開するが、その威力は予想を遥かに上回っていた。

「うわあああ!」

爆発の衝撃で、レオとルナが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。


「レオ!ルナっ!」

アリシアが駆け寄ろうとするが、ユニークモンスターの次の標的は、彼女だった。

「させるかぁ!」

ゼロスはフルスロットル状態のまま、炎の矢の軌道に割り込み、戦斧で強引に弾き飛ばす。爆発の余波で全身に火傷を負うが、アリシアを守り切った。


「ゼロスさん!」

アリシアが、彼の傷に駆け寄る。

『光よ、傷を癒したまえ…痛みを和げ、力を与えたまえ…』

ヒーリングの光が、血と汗にまみれたゼロスの身体を包んだ。

その瞬間、奇跡が起きた。

アリシアの必死の祈りが、彼の限界を打ち破る。治療の光は彼の傷だけでなく、スキルの上限そのものをこじ開け、新たな力を注ぎ込んだのだ。


「これは…」

ゼロスは、今まで感じたことのない力が、体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。


「行けそうですか?」

アリシアが心配そうに尋ねる。

「あぁ…。これなら、やれるぜ」

ゼロスは新たな力を実感し、獰猛な笑みを浮かべて戦斧を構え直した。


ユニークモンスターは、ゼロスの変化に明らかな警戒を示し、再びエクスプロージョンの詠唱を始めようとする。だが、ゼロスはそれを許さなかった。

彼は、もはや目で追うことすら不可能な、これまでとは次元の違う速度で突進する。


「今度こそ!」

戦斧が、ユニークモンスターの魔術を司る右腕を断ち切った。怪物が、初めて苦痛の咆哮を上げる。

その隙を突き、アリシアの高速詠唱が完了した。


『敵を貫け、マジックミサイル!』

無数の魔力弾が、嵐となってユニークモンスターに襲い掛かる。

そして、その弾幕の向こうから、ゼロスが最後の一撃を放つために肉薄していた。彼は、限界のさらに向こう側へと力を振り絞る。


「これで…終わりだぁぁぁ!」

進化の果てに至った渾身の一撃が、ユニークモンスターの胸部を貫き、その中枢にある魔核を粉々に砕いた。

巨大な怪物が、二つの顔に絶望を浮かべながら、ゆっくりと後ろに倒れていく。


戦いが終わると、嵐のような魔素の流れが収まり、街に静寂が戻った。

ゼロスは、戦斧を杖代わりに、かろうじて立っているのがやっとだった。全身から流れる血で、足元が赤い池のように染まっている。呼吸は荒く、意識も朦朧としていた。


「ゼロスさん!しっかりしてください!」

アリシアが急いで治療に向かう。彼女の手は震えていたが、必死にヒーリングをかけ続ける。緑の光が彼を包むが、傷が深すぎて完全には癒えない。


「レオと…ルナは…?」

「大丈夫です。意識を失っているだけで、命に別状はありません」

ゼロ-スは安堵の息をついた。仲間が無事なら、それで十分だった。もう立っていることすらできず、その場にどさりと座り込む。


しばらくして、レオとルナが呻き声と共に意識を取り戻した。

「う…うぅ…」

「痛った…あたし、生きてる?」

ルナが頭を押さえながらゆっくりと起き上がる。レオも同様に、痛む身体をかばいながら立ち上がった。


「ゼロス!大丈夫なの!?」

ルナがゼロスの血まみれの姿を見て駆け寄る。

「なんとか…な。お前らこそ、無事でよかったよ」


「僕たちを庇って…ありがとう、ゼロス」

レオが感謝を込めて頭を下げる。

ユニークモンスターの亡骸から、巨大な魔核が放つ光が、夜明けの光のように、疲れ果てた四人を照らしていた。怪物が倒された瞬間、街に押し寄せていたモンスターたちの気配は、急速に薄れていった。


「これで、スタンピードも終わりだな…」

「はい…本当に、お疲れ様でした」

アリシアは涙を浮かべながら、ゼロスの治療を続けた。


「あたしたち、やったのね…本当にやったのね…」

ルナが、まだ実感の湧かない様子で呟く。


「あぁ、みんなのおかげだ。一人じゃ、絶対に勝てなかった」

ゼロスは満足げに微笑む。痛みはあるが、仲間と共に勝ち取った勝利の余韻に浸っていた。

遠くから、ギデオン率いる騎士団が駆けつけてくる声が聞こえる。

この戦いで、ゼロスの内に宿った新たな力は、今後の彼の運命を大きく左右することになるだろう。しかし、それはまた別の物語である。

四人の冒険者たちは、今日もまた、多くの人々を救ったのだった。


(第44話/了)

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