第43話:時を刻む刃
禍々しい紅い光が夜空を血のように染める中、グリムピークの街には無数の異形の咆哮が響き渡った。
城の窓から外を見下ろすゼロスたちの眼前に、山の向こうから這い出してくるおぞましい影が次々と現れる。大小様々なモンスターたちが、恐怖に駆られるようにダンジョンから溢れ出し、街に向かって雪崩を打って押し寄せてきた。
「くっそ…!」
ゼロスが、眼下の惨状に歯を噛み締める。
「そんな…」
アリシアの顔が青ざめた。避難誘導が始まったばかりの街に、あの絶望的な物量の大群が迫っている。
「ゼロス、どうする?」
ルナが不安げに声をかけた。
「…決まってるよね?」
レオが静かに、しかし確信を込めて言った。
ゼロスは窓の外の惨状から、仲間たちへとゆっくりと振り返った。その瞳に、迷いはなかった。
「…あぁ。俺たちが時間を稼ぐ。マリウスたちはそいつを連れて、さっさと帝都へ行け!」
拘束されたダデウス男爵を顎で示し、ゼロスは力強く宣言する。
「しかし…!」
マリウスが反論しようとしたが、ゼロスはそれを手で制した。
「あんたがここに残ったって、騎士団の指揮系統が乱れるだけだ。帝都で増援を呼ぶのが、あんたの仕事だろ。…俺たちなら、アイツらを足止めできる」
「無茶よ!あの数を相手に、たった四人で…!」
ヘレナが悲鳴に近い声を上げるが、アリシアが毅然と立ち上がった。
「やりましょう、ゼロスさん」
彼女の声には、恐怖よりも、仲間と街を護るという強い決意が込められていた。
「アリシアさん…」
「私たちが、この街の人々を護るんです」
その言葉に、ルナも立ち上がり、小さく拳を握った。
「あたしも行く!ここで逃げるなんて、カッコ悪いもんね!」
レオも静かに頷く。
「僕たちの力が必要な時だ。やろう、ゼロス」
四人の揺るぎない結束を見て、マリウスは苦渋の表情を浮かべた。
「…分かった。だが、決して無理はするな。君たちに何かあれば、この国にとっても大きな損失だ」
「心配すんな。俺たちは、そう簡単には死なねぇよ」
ゼロスは不敵に笑うと、背負った戦斧に手をかけた。
「では、我々は急いで帝都へ向かう。必ず、増援を連れて戻る!」
「頼んだぜ」
マリウスたちが城を去るのを見届け、四人は街の中央広場へと急いだ。既に避難を始めた住民たちが慌ただしく行き交う中、遠くから響くモンスターの咆哮が次第に近づいてくる。
「みんな、計画通りに行くぞ」
ゼロスが仲間たちに指示を出す。
「アリシアさんは後方支援。ルナは範囲攻撃で数を減らせ。レオは俺と前線で敵の足を止める!」
「「「了解!」」」
三人が力強く応えた、まさにその時だった。
街の入り口から、スタンピードの第一波が姿を現した。
ゴブリン、オーク、トロール…様々な種類のモンスターが、我先にと街になだれ込んでくる。その数は、数百を優に超えていた。
「来たか…!」
ゼロスは戦斧を構え、『筋力強化(微)』のスキルを発動する。
「みんな、準備はいいか?」
「いつでも!」
ルナが両手に魔力を集めながら答える。
「僕も準備完了だよ」
レオが左手のガントレットを瞬時に大楯へと変化させた。
「私も、全力で支援します」
アリシアが治癒の魔力をその手に宿す。
ゼロスは大きく息を吸うと、モンスターの群れに向かって叫んだ。
「さあ来い、化け物ども!俺たちが、お前らの相手だ!」
その声と共に、四人は果敢にモンスターの大群へと突撃した。
ゼロスは先頭に躍り出ると、戦斧を風車のように振り回す。
「うおおおお!」
一撃で三匹のゴブリンを肉塊に変え、そのまま回転の勢いを乗せてオークの胴体を両断した。
「銀よ、広がれ!」
ゼロスの死角を狙ったトロールの棍棒を、レオの盾が網目状に展開されて完全に防いだ。
「ナイス、レオ!」
ゼロスは盾の隙間から戦斧を突き出し、トロールの頭蓋を粉砕した。
その後方で、ルナの詠唱が完了する。
『逃れる術なし、雷光の連鎖!』
彼女の放った雷撃が、モンスターからモンスターへと鎖のように飛び移り、密集していた十数匹を一度に感電させた。
「やったー!」
ルナが得意げに叫ぶが、すぐに新たなモンスターの群れがその穴を埋めるように押し寄せてくる。
「まだまだ来るぞ!」
ゼロスが警告する。今度は、より大型のミノタウロスやサイクロプスが、大地を揺らしながら迫ってきた。そして…
「あれは…!」
アリシアが息を呑む。
群れの後方から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。それは三つの頭を持つ巨大な犬型の怪物――ケルベロスだった。
「おいおい、マジかよ…」
ゼロスも、流石にその巨体に焦りの色を見せる。
「あれはSランクのモンスターじゃないか…!」
レオが青ざめた。
「みんな、下がって!」
ケルベロスの三つの頭が同時に口を開き、灼熱の炎のブレスを放った。
「アリシアさん!」
「『我の前に、堅牢なる守りを』!」
アリシアの魔法障壁が四人を包み、炎の直撃を防ぐ。しかし、その熱量は凄まじく、障壁が軋み、ひび割れが生じ始めた。
「持たない…!」
「俺が行く!」
ゼロスは筋力強化のスキルを最大まで引き上げ、障壁が砕けるのと同時にケルベロスに向かって突進した。
「ゼロスさん!」
アリシアが心配そうに叫ぶが、ゼロスは振り返らない。
「任せろ!」
ケルベロスの巨大な爪がゼロスを襲うが、彼は紙一重でそれを回避し、戦斧を振り上げた。
「喰らえ!」
戦斧がケルベロスの前脚を深く切り裂き、怪物が苦痛の咆哮を上げた。
しかし、ケルベロスは怯まない。残りの二つの頭からブレスを放ち、ゼロスを挟撃する。
「やばっ…!」
間一髪、レオの銀の盾がゼロスの前に展開され、炎を防いだ。
「ありがとよ、レオ!」
「気をつけて!まだ終わりじゃない!」
その時、街の向こうから新たな咆哮が響いた。見ると、ケルベロスよりもさらに大きな影が、もう一体立ち上がっている。
「嘘だろ…まだ来るのかよ…」
ルナが絶望的な声を漏らす。
だが、ゼロスは諦めなかった。
「まだだ!俺たちは、まだ戦える!」
彼の叫びに、仲間たちの心に再び闘志が宿る。
「そうですね…。私たちは、この街を守ると決めたんですから」
アリシアが立ち上がり、新たな詠唱を始める。
「あたしも、まだまだやれるわよ!」
ルナも魔力を練り直した。
「僕たちの戦いは、これからだ」
レオも盾を構え直す。
四人は再び、絶望的な物量のモンスターに立ち向かった。
どれほどの時間が経っただろうか。
モンスターの数は減ることなく、むしろ増え続けているように思えた。ゼロスたちの動きにも、疲労の色が濃く現れ始める。
「はぁ…はぁ…」
アリシアが息を荒くしながら、回復魔法を唱え続ける。
「魔力が…もう、あまり残ってない…」
ルナも膝をつきそうになった。
「みんな、大丈夫か?」
ゼロスも汗だくになりながら、仲間たちを気遣う。
「まだ…まだ、やれます…」
アリシアが、必死に立ち上がろうとした。
その時だった。街の反対側から、地響きのような騎馬の蹄の音が響いてきた。
「あれは…!」
見ると、帝国騎士団の旗を掲げた騎士たちが、整然とした隊列で街に向かって駆けてくる。
「援軍だ!」
レオが歓声を上げた。
騎士団の先頭に立つギデオンが、大声で指示を出す。
「全軍、展開!住民の避難を最優先!一部はモンスターの迎撃に回れ!」
「「「承知!」」」
騎士たちが一斉に散らばり、戦闘態勢に入る。
ギデオンがゼロスたちの元に駆け寄ってきた。
「よくぞ持ちこたえた!流石だ!」
「ギデオンさん…!」
アリシアが、安堵の表情を浮かべる。
「すまない、遅くなった。だが、これで形勢を立て直せる!」
ギデオンは剣を抜くと、自らケルベロスに向かって突進した。
「皆、最後の一踏ん張りだ!」
ゼロスも再び戦斧を構える。
騎士団と合流したゼロスたちは、ついにモンスターの群れを押し返し始めた。
やがて、最後のモンスターが倒され、荒廃した街に静寂が戻った。
「やった…やったよ…!」
ルナが、疲れ果ててその場に座り込みながらも、勝利の喜びを噛み締める。
「みんな、お疲れ様でした」
アリシアが安堵の笑みを浮かべた。
「いい戦いだったな」
レオも満足げに頷く。
ゼロスは戦斧を肩に担ぎ、仲間たちを見回した。
「おつかれさん。みんな、よくやったよ」
四人の絆は、この死闘を通して、より一層深まっていた。
しかし、まだ物語は終わらない。
街の向こう、ダンジョンから溢れ出す紅い光の中で、新たな、そしてさらに巨大な影が、ゆっくりと立ち上がろうとしていた…。
(第43話/了)




