第42話:決着の時
焚き火の揺らめく光に照らされたレジスタンスの隠れ家に、新たな足音が響いた。
「よぉ、ヘレナ!無事か?」
聞き慣れた声に、ヘレナが振り返る。坑道の入り口から現れたのは、土埃にまみれ、疲労の色を隠せない騎士団部隊長のマリウスだった。
「マリウス…!」
ヘレナは安堵の表情を浮かべ、立ち上がった。
「早馬でグリムピークまで飛ばしてきた。何とか間に合ったようだな」
「無事な姿を見られて、安心しました」
マリウスは隠れ家の中を見回し、ゼロスたちの姿を認めると、軽く頭を下げた。
「キミ達にも世話になった、恩に着る」
「どうってことねぇよ」
ゼロスは手を振りながら答える。その表情は、いつもの軽さの奥に、深刻な懸念を隠していた。
「マリウス、状況はどの程度把握している?」
ヘレナが確認すると、マリウスは重い表情で頷いた。
「ギデオン騎士団長からの情報は一通り。ダデウス男爵の不正、ダンジョンの偽装制圧、そして…」
彼は一度言葉を切り、深刻な顔でゼロスたちを見つめた。
「スタンピードの可能性について、だ」
「もしかしたらじゃない」
ゼロスは、背嚢からヒュドラの魔核を取り出し、マリウスの前に置いた。
「既にAランク級のボスを倒したが、ダンジョンの魔素は全く収束してない。間違いなく起きる」
マリウスは、巨大な魔核に刻まれた戦闘の痕跡を見て、改めてゼロスたちの実力を実感した。
「…これほどとは。しかし、これを討伐してもダンジョンの異変が止まらないとなると…」
「そういうことだ。だから、急いで国王に報告する必要があるんだろ?」
「ああ。もしかしたらスタンピードが起きるかもしれないから、国王に報告が必要だ」
マリウスは苦悩の表情を浮かべた。
「時間がない。スタンピードが起きてからでは、被害が甚大になる」
バルガスが口を挟んだ。
「それで、どうするつもりだ?」
「監査団の皆様の権限で、ダデウス男爵を拘束し、証拠と共に帝都へ連行する」
マリウスの言葉に、隠れ家の空気が緊張した。
「しかし、それまでに街の住民たちの避難を完了させなければならない」
ヘレナが立ち上がった。
「私も同行します。監査団として、ダデウス拘束の際の証人が必要でしょう」
「ありがたい。では、作戦を決めよう」
マリウスは地図を広げながら、冷静に指示を出し始めた。
「まず、住民の避難を優先する。レジスタンスの皆さんには、下層区の住民たちを安全な場所へ誘導してもらいたい」
「承知した」
バルガスが頷く。
「『アイギス』には、中層区の避難を任せる形になるが…」
「奴らに任せて大丈夫なのか?」
ゼロスが疑問を投げかけると、マリウスは苦い表情を見せた。
「正直、信用はしていない。だが、住民の安全を最優先に考えれば、人手は多い方がいい」
「そうですね。ここは一時的に協力関係を結ぶべきでしょう」
レオが冷静に分析する。
「でも、ダデウス男爵の拘束は、どうやって?」
ルナの質問に、マリウスとヘレナが視線を交わした。
「皇帝直下の監査団としての権限で、正面突破だ」
レオの言葉に、隠れ家の全員が頷いた。
「監査団のリーダーとしての権限で、ダデウス男爵に対する緊急聴取を要請する。拒否すれば、それ自体が皇帝陛下への反逆行為として記録に残る」
「なるほど、例の嘘を使うわけか」
ゼロスが納得したように頷く。
「ただし、万が一抵抗された場合に備え、我々も護衛として同行する」
「もちろんだ」
ゼロスは即座に答えた。アリシア、ルナ、レオも頷く。
「それでは、計画を確認しよう」
マリウスは指を折りながら説明した。
「まず、レジスタンスが下層区の避難誘導を開始。同時に我々は上層区へ向かい、ダデウス男爵を拘束する」
「避難の規模はどれくらいになる?」
アリシアが心配そうに尋ねた。
「下層区だけでも約三千人。中層区を合わせると五千人規模になる」
「そんなに…」
「だからこそ、時間との勝負だ」
マリウスは立ち上がり、腰の剣を確認した。
「では、作戦開始といこう」
一行は隠れ家を出て、夜の闇に包まれたグリムピークの街へと向かった。銀色の霧がいつもより濃く、不気味に街を覆っている。
「気のせいか、霧が濃くなってないか?」
ゼロスが呟くと、ヘレナが不安そうに答えた。
「ダンジョンからの魔素の影響かもしれません」
街の下層区では、既にバルガスたちが住民への避難の呼びかけを始めていた。
「皆さん、緊急事態です!一時的に街を離れる必要があります!」
「何が起きてるんだ?」
「男爵様からの命令か?」
住民たちは困惑していたが、レジスタンスのメンバーたちが一軒一軒回り、丁寧に説明していく。
「詳しいことは後で説明します。今は命が大切です!」
フィンが必死に呼びかける姿を見て、アリシアは心を痛めた。
「私たちも手伝いましょうか?」
「いや、君たちにはもっと重要な役目がある」
マリウスは上層区への道を見上げた。
「ダデウス男爵の拘束だ。それが成功すれば、住民への説得もスムーズに進む」
一行は街の中央部を抜け、上層区へと続く石段を上り始めた。途中、『アイギス』の兵士たちとすれ違う。
「部隊長殿!こんなところで何を?」
アイギスの兵士が声をかけてきたが、マリウスは毅然と答えた。
「皇帝陛下直下の監査団の護衛だ。ダデウス男爵との面会が必要になった」
「監査団の…!」
兵士は慌てて道を開けた。皇帝直属の監査団という言葉の威力は絶大だった。
ダデウス男爵の居城『黒曜の尖塔』の前に到着すると、門番が困惑した表情で出迎えた。
「マリウス部隊長…?この深夜に、一体どのような…」
「皇帝陛下直下の監査団による、緊急事態の面会要請だ」
レオが監査官の威厳を込めた、有無を言わせぬ声で告げた。
「し、しかし、男爵様は既にお休みになられて…」
「起こしてもらおう。これは国の安全に関わる重大事である」
門番はためらったが、「監査団」という言葉の重みに屈し、城内へと案内した。
城の中は薄暗く、ところどころに燭台の光が廊下を照らしている。一行が足音を響かせながら進むと、寝間着姿のダデウス男爵が現れた。
「何事だ、この騒ぎは…監査団の方々!?こんな深夜に、一体どのような…」
ダデウス男爵は、レオの姿を認めると急に態度を変えた。
「ダデウス男爵、貴方を皇帝陛下の名において、緊急聴取のため拘束いたします」
レオの冷徹な宣言に、ダデウス男爵の顔が青ざめた。
「な、何を言っている!私に何の容疑があるというのだ!」
「ダンジョン制圧の偽装報告、魔核の不正取引、そして住民の安全を脅かす重大な職務怠慢」
ヘレナが冷静に容疑を列挙した。
「証拠はここにあります」
彼女は懐から、男爵の屋敷で入手した書類の束を取り出した。
「ば、馬鹿な…あの書類は…」
「観念してください、ダデウス男爵」
マリウスが手錠を取り出すと、ダデウス男爵は後ずさりした。
「衛兵!衛兵を呼べ!」
しかし、現れたのは『アイギス』の兵士たちではなく、既に避難誘導に向かった後だった。
「残念だが、『アイギス』の連中は住民の避難で手が離せないようだな」
ゼロスが言うと、ダデウス男爵は絶望の表情を浮かべた。
「ここまで来てか…」
ダデウス男爵の拘束は、意外にもあっけなく完了した。
「さて、これで準備は整った」
マリウスは拘束されたダデウス男爵を見下ろしながら言った。
「これから帝都へ向かい、国王陛下に直接報告する」
「でも、避難はまだ完了していません」
アリシアが心配そうに言うと、マリウスは頷いた。
「君たちには、避難の完了まで現地に残ってもらいたい。私とヘレナで男爵を連行し、増援の要請を行う」
「わかった。任せろ」
ゼロスが応えると、その時だった。
城の外から、慌ただしい声が響いてきた。
「部隊長殿!大変です!」
アイギスの兵士が血相を変えて駆け込んできた。
「何事だ?」
「避難誘導中に、住民の一部がパニックを起こし、統制が取れなくなりました!」
「それだけか?」
「いえ…それと…」
兵士は恐怖に青ざめた顔で続けた。
「ダンジョンの方角から、異様な光が見えます。まるで…まるで地の底から何かが湧き上がってくるような…」
一行の顔から血の気が引いた。
「始まったか…」
ゼロスが呟いた、その時だった。
グリムピークの街全体を震撼させる、轟音が響き渡った。
地面が激しく揺れ、城の窓ガラスが音を立てて割れる。
「これは…」
マリウスが窓の外を見ると、街の向こう、山の奥深くから禍々しい紅い光が天に向かって立ち上っていた。
「スタンピードの開始だ…」
ヘレナが震え声で呟いた。
その光と共に、遠くから異形のうなり声が響いてくる。それは、この世のものとは思えない、悍ましい咆哮だった。
「急がないと…」
アリシアが立ち上がろうとしたが、再び激しい揺れが城を襲った。
「避難を急がせろ!もう時間がない!」
マリウスが叫んだ時、紅い光は更に強くなり、グリムピークの夜空を血のように染め上げた。
運命の夜が、始まろうとしていた。
(第42話/了)




