第40話:盤上の駒
焚き火の揺らめく光が、レジスタンスの隠れ家に集う者たちの緊張した横顔を照らし出す。
ヒュドラとの死闘を終えたゼロスたちと、ダデウスの城から脱出したヘレナ。二つの潜入者が、この薄暗い坑道の奥で、奇しくも合流を果たしたのだ。
ヘレナは、警戒を解かぬまま、自らがここにいる理由を語り始めた。
「ギデオン騎士団長の発案でね。騎士団の人員リストを手土産にダデウス男爵の懐に入り込み、ダンジョン踏破の真偽を探れ、と」
「随分まぁ、危ない事をしたもんだな…。それに、人員リストなんか渡して大丈夫だったのか?貴族の家柄とか、全部わかっちまうやつだろ?」
ゼロスが呆れたように言うと、ヘレナはふっと口の端を吊り上げた。
「…本物なんか渡すわけないでしょう。こういう時の為に用意している、嘘の情報なんか山ほどあるわ」
その表情には、帝国騎士団の執務官としての矜持と、優秀な諜報員としての一面が窺えた。
「…どの国も一枚岩じゃないんですね…。敵はモンスターだっていうのに」
レオが、どこか幻滅したような表情で呟く。
「強大な敵を前に一致団結する、なんて高尚な気持ちを持ってる人ばかりではないってことよ。どこかで出し抜きたいと、誰もが思うものさ」
「やだぁ、汚れた大人の世界…」
ルナがわざとらしく身震いしてみせる。ヘレナは、その様子に小さく笑みをこぼした。
「…で、君たちは何故ここにいるんだ?マリウスの差し金かしら?」
彼女の視線が、探るようにゼロスに向けられる。
「ご名答」
ゼロスは、肩をすくめてみせた。
「ふむ…さすがマリウスね………で、何か掴めた?」
「あぁ。奴らが踏破したというBランクダンジョンの報告は、完全な偽装だった」
ゼロスの言葉に、ヘレナは「やはりな」と静かに頷く。
「私が手に入れた資料と一致するわ…。それで、踏破していない、というだけで済んでいた?」
「いや、もう暴走寸前までいってたな、ありゃぁ…」
ゼロスは、あの禍々しい魔素の奔流を思い出し、顔を顰めた。
「そう…。出来れば今すぐにでも討伐隊を組んで、ボスモンスターを討伐するべきなんだろうけど…」
ヘレナが憂いを帯びた声を出すと、それまで黙っていたルナが得意げに胸を張った。
「ふっふっふ…既にそのボスモンスターは、討伐済みよっ!」
その言葉と共に、ゼロスは背嚢からヒュドラの魔核を取り出し、ヘレナの前に転がした。
赤黒く爛々と光る巨大な魔核は、周囲の熱を吸い込むかのような、悍ましいオーラを放っている。
「…!」
ヘレナは息を呑み、その魔核に刻まれた凄まじい戦闘の痕跡を見て、改めてゼロスたちの実力に戦慄した。
「流石ね…。これで、なんとかなった、と」
「残念だが、こいつを倒しても魔素が薄まる気配は無かった…。正直、こいつの強さからしても、ダンジョンはとっくにAランク級か、それを超えてる」
ゼロスの重い言葉が、焚き火の爆ぜる音にかき消される。
「…スタンピードが起きる、と言いたいの?」
ヘレナの声が、緊張に強張った。
「…たぶんな。こいつより、さらにやべぇのが確実に出てくる…」
「…どうにかして、住民たちを避難させないといけないわね…。でも、どうやってダデウスを説得するかが…」
「いちおう『アイギス』のリーダーのレックスには、ダデウスに報告するよう伝えておいたぜ」
「…恐らく、揉み消されるか、『アイギス』だけでなんとかさせようとするかの、どちらかでしょうね…」
ヘレナの絶望的な予測に、レオが静かに口を開いた。その瞳には、冷静な戦略家の光が宿っている。
「…僕ら、結構ヤバイ嘘をついたんですよね。それが使えるんじゃないかな?」
「あー…そういや、結構思い切った事をしたな」
ヘレナは興味深そうに身を乗り出した。
「ほぉ…どんな嘘を?」
レオは、その場の空気を支配するかのように、静かに、そしてはっきりと告げた。
「『皇帝直下の監査団だ』、と」
「……………」
ヘレナは、完全に凍りついた。彼女の完璧なポーカーフェイスが、驚愕によってひび割れていく。
アリシアは、その様子を見て、慌ててフォローするように口を開いた。
「も、申し訳ございません…。あの時、穏便に済ませるにはそれしか無いと、私も同意致しました…」
長い沈黙の後、ヘレナは深いため息をついた。
「…結果が結果だから、今は何も言わないわ…。普通なら、不敬罪で監獄行きよ、あなたたち…」
その声には、呆れと、そしてそれ以上に、目の前の異端児たちへの畏怖が混じっていた。
レオは、そんな彼女を見て、にやりと自信に満ちた笑みを浮かべた。
「でも、この嘘、このまま使えませんか?」
「…ほんと、君たちの度胸はどうかしてるわよ…」
ヘレナは再びため息をつくと、やがてその表情を覚悟を決めた戦士のものへと変えた。
「…いいでしょう。その狂った嘘に、乗ってあげる」
彼女は決心を固めるのだった。
その頃、グリムピークの頂にそびえる『黒曜の尖塔』。
ダデウス男爵の執務室では、『アイギス』のリーダー、レックスが、傷ついた身で主に報告をあげていた。
「戻ったか、レックス…。して、監査団の方々はご無事であろうな?」
ダデウスは、苛立ちを隠せない様子で尋ねる。
「勿論です…。どうやら陛下は、戦闘に特化した部隊もお持ちのようで。こちらから助け舟を出さずとも、恐らく彼らは無事に帰還できたかと…」
「…そのような部隊が…。ダンジョン踏破偽装に関しては、説明できたか?」
「説明は致しましたが…我々が追いついた頃には、彼らは既に下層に到着しており…」
「……続けろ」
ダデウスの低い声に、レックスは意を決して言葉を続けた。
「はい…。彼らの協力を得て…ダンジョンのボスモンスター『ヒュドラ』を討ち取ることに成功致しました」
「『ヒュドラ』だと!?」
ダデウスは椅子から飛び上がった。
「Aランク以上にしか出現せぬモンスターではないか…!しかし、そやつを討伐してくれたことには感謝しよう…。危うく制御不能になるところであったわ」
「…閣下…。残念ながら、ボスモンスターを討伐しても、ダンジョンの異変は静まりませんでした…」
「…どういう意味だ…?」
レックスは、重い口調で告げた。
「…ご想像の通りです」
「…ぐぬぬ…我が領でスタンピードが…!『アイギス』で止めることは出来るか!?」
「…残念ながら」
その絶望的な答えに、ダデウスは一度は顔を青ざめさせた。だが、次の瞬間、彼の目に卑しい光が宿る。
「…そうか…。しかし、まだ救いはある」
「救い、と申しますと?」
「監査団に脅威度を理解していただけた!これであれば、本国へ堂々と救援を求められる!!たまたま誤った情報で対応していたダンジョンが、不運にも暴走したとな…!」
彼は、自らの保身のための完璧な筋書きを思いつき、ほくそ笑んだ。
「…確かに」
「その監査団の方々は、今どちらにおられる?」
「…ダンジョンの入口で別れましたので、恐らく中層区の宿屋におられるかと…」
「至急、探し出せ!」
「承知致しました」
レックスが退出しかけた、まさにその時だった。執務室の扉が、慌ただしく叩かれた。
「なんだ!騒々しいぞ!」
部下が、息を切らして部屋に転がり込んでくる。
「失礼致します、閣下!!監査団のリーダーと名乗る金髪の少年が、護衛3名を引き連れて、閣下との面会を希望しております!!」
「…なんという僥倖!!すぐにお通ししろ!!」
ダデウスの顔が、喜色に染まる。天が自分に味方したのだと、彼は信じて疑わなかった。
しかし、部下は恐怖に顔を歪ませたまま、言葉を続ける。
「…ですが…」
「…なんだ?言ってみろ」
「…し、指名手配中のヘレナ執務官補佐も、ご一緒です…。なんでも、反逆者を『保護』したのだと…」
「…そん、な…馬鹿な…」
ダデウスの顔から、血の気が引いた。
彼の野望が、今、ガラガラと音を立てて崩れ去っていった。
(第40話/了)




