第38話:死闘の果てに
ゼロスたちは、地底湖のほとりをさらに奥へと突き進んでいた。
新たにパーティに加わった『アイギス』のリーダー、レックスは、その実力で即座にゼロスと連携し、前衛の役割を果たしていた。
前方に現れたクリスタルシェル・リザードの腹をレックスの戦槌が衝撃音と共に陥没させ、怯んだその一瞬の隙を突き、ゼロスの戦斧がその頭を的確に跳ね飛ばす。
即席のコンビとは思えぬ、見事な連携だった。
「『アイギス』のレックスだったか。あんた、強いな。中層で苦戦してたようにはとても見えないけど」
戦闘の合間に、ゼロスは感心したように声をかける。
「…あれは部下をなるべく死なせないように立ち回っていたからだ。結果としては2名しか護れなかったがな…」
レックスは苦々しく吐き捨てると、逆に問い返した。
「それより監査団のゼロス殿。貴方こそ、その異常な膂力は一体なんだ?戦士ジョブである私を上回るようにも見えるが…」
「…それは国家秘密ってやつだな。知らない事を無理に知ろうとするもんじゃないぜ」
ゼロスは悪戯っぽく笑うと、親指で背後を示した。
「それに、うちのリーダーを怒らせると怖いぜ」
その視線の先で、レオが氷のように冷たい瞳でこちらをじっと見つめている。レックスはごくりと喉を鳴らした。
「…そうだな。貴方とはまだ話せそうだが…彼とは、とても話せる気がしないな」
レックスは、彼らの底知れない強さに改めて戦慄していた。ジョブの強さの上限を超えているというか、まるで進化のその先にいるような、異質な存在。それが、彼の偽らざる感想だった。
やがて一行は、大きく開けた広大な空間に出た。
そこは水深数センチ程度の浅瀬がどこまでも続く、巨大な広場だった。天井のヒカリゴケの光が水面に反射し、無数の光の柱が揺らめいている。
「…いかにもボスの間って感じだな」
ゼロスが戦斧を構え直しながら呟く。
「ここにいる奴を倒せば、このダンジョンの魔素は薄まるんだろうか…」
「…たぶんな」
ゼロスが答えた、その時だった。
「…!ゼロス!!前方!!」
レオの鋭い声が響く。
彼が指差した先、それまでただの巨大な岩だと思っていた影が、ぬらりと動き出した。
「…あれは…」
水面を揺らしながら、巨大な岩がこちらに近づいてくる。
やがて、その岩から三本の長い影が、鎌首をもたげるように伸びた。
「…文献で読んだことがあります…。ドラゴン種であり、水竜とも言われる…」
アリシアの声が、恐怖に震える。
「…ヒュドラかっ…!」
ゼロスが叫んだ。
「…そんなバカな…!ドラゴン種などAランク以上にしか生息しないはず…!」
レックスの常識が、目の前の光景によって粉々に砕かれる。
その瞬間、レオが大声で叫んだ。
「銀よ!!」
レオの左腕から放たれた銀が、ゼロスとレックスの眼前に瞬時に展開し、分厚い壁を形成した。
その直後、凄まじい轟音と衝撃が銀の壁を襲う。ヒュドラの口から放たれた、高圧縮されたウォータージェットカッターだった。
銀の盾が激しく軋み、装甲がボロボロと崩れ落ちていく。レオは必死に錬金術で修復をかけるが、それも時間の問題だった。
「散れっ!」
ゼロスの掛け声を合図に、一行は散開した。
ゼロスは地面に足がつく寸前に、既に『筋力強化(微)』を3段階まで引き上げていた。
着地の瞬間、足元の水面が爆ぜ、彼はヒュドラの元へと弾丸のように疾走する。
「おらぁぁぁあああ!!」
戦斧を振り上げ、ヒュドラの三本の首のうち一本を跳ね飛ばそうと肉薄する。
パーティの誰もが、その一撃が決まると思った。しかし、信じられない光景が広がる。
ヒュドラの眼前に、人語とも取れる詠唱の残響と共に、ガラスのような円形の魔法障壁が出現したのだ。
『我の前に、堅牢なる守りを…』
「くっそっ!」
ゼロスは構わず戦斧を叩きつけ、轟音が鳴り響くが、障壁に凄まじいヒビが入るだけで、破壊には至らない。彼は即座に距離を取った。
「…モンスターが魔術を…それに、人語で…」
アリシアが愕然と呟く。
「…そう聞こえるだけだよ。別に人語が理解できるわけじゃない」
ルナは冷静にアリシアへ説明すると、即座に自身の詠唱を開始した。
そのルナを、ヒュドラの冷たい瞳が見逃すはずもなかった。再びウォーターカッターが、詠唱中の無防備な彼女を襲う。
「ルナッ!」
レオは銀塊を投げつけ、ルナの眼前に盾を張った。
「アリシアさんっ!!」
彼の叫びに、アリシアは即座に応える。
「承知しておりますっ!」
レオの盾が砕け散る寸前、アリシアが展開した盾の魔術がウォーターカッターの威力を完全に相殺した。
「レックスッ!!!!!」
ゼロスの声が響く。
「言われなくてもっ!!!」
レックスは好機と見てヒュドラに肉薄し、その巨体を大地に固定するように踏み込んだ。
「割れろぉぉおおお!!!」
スキル『剛砕』を撃ち放つ。衝撃波が障壁を打ち、ヒビがさらに広がった。
ヒュドラのヘイトが一瞬レックスに向き、ウォーターカッターの準備を始める。
「レックス!離れろっ!」
「間にあわ…」
レックスが死を覚悟した、その時だった。
『火の追跡者、放て!』
ルナの詠唱が完了し、無数の炎の矢が障壁のヒビに一点集中で叩き込まれる。甲高い音と共に、ヒュドラの魔法障壁が砕け散った。
その隙を見逃さず、ゼロスは『筋力強化(微)』の出力を更に2段階引き上げ、渾身の戦斧を叩きこむ。
閃光と轟音。ヒュドラの首が一本、宙を舞った。
残った二本の首が、凄まじい苦悶の悲鳴を上げる。
「ボケっとするなぁぁぁあああ!!」
レックスが、硬直していたゼロスをその場から蹴り飛ばした。
なぜ蹴られたのか、ゼロスには一瞬理解できなかった。だが、受け身を取る彼の耳に、背後で何かが薙ぎ払われる轟音が届く。
振り返った先には、ヒュドラの強烈な尻尾攻撃をその身に受け、壁まで吹き飛ばされたレックスの姿があった。
「レックス!!」
ゼロスが叫ぶ。レックスは瓦礫の中で呻き、倒れていた。
遠くからルナが叫んだ。
「時間を稼いで!!」
ゼロスは頷き、『筋力強化(微)』を更に3段階引き上げ、最大出力を解放した。
彼の肉体から激痛と共に血飛沫が噴き出すが、お構いなしに、残る二本の首を持つ化け物へと立ち向かっていった。
「俺が相手してやるよ、化け物がぁぁぁぁああああ!!!」
ヒュドラはその殺気に怯み、再度魔法障壁を張るが、
「邪魔くせぇぇえええ!!!」
ゼロスの渾身の乱打が、障壁を生成される端から叩き割っていく。
その隙に、ルナは次なる詠唱に入っていた。
『天を覆う雲よ、集い、嵐を呼べ』
彼女の周囲の魔素が奔流となり、洞窟の天井に暗雲が渦を巻き始める。
レオはその前で、再び大楯を展開した。
『我の意思に応え、光と熱をその身に宿せ』
暗雲から雷が迸り、凄まじい魔力が膨れ上がっていく。
しかし、ルナの鼻から大量の出血が起きていた。高難度の連続詠唱によるバックファイアが、彼女の身体を内側から蝕んでいたのだ。
「ルナさんっ!?」
アリシアは悲鳴を上げ、ルナにヒーリングをかけ続けた。
『無数の槍となり、万象を裁き尽くせ…』
ルナの背後に、三十を超える雷の大槍が出現する。
「おらぁぁああああ!!!」
ゼロスは既に限界を超え、全身から血を噴き出しながらも、ヒュドラのもう一本の首を跳ね飛ばした。
「…うっ!?」
その瞬間、ゼロスは激しく吐血し、その場に片膝をついた。だが、彼が稼いだ数秒が、この戦いの明暗を分けた。
『今、その名を刻む。万雷の粛清!!!!』
三十を超えた雷槍が一本の光線となり、ヒュドラの巨体を焼き尽くす。
断末魔の絶叫が、洞窟中に響き渡った。
『万雷の粛清』によってヒュドラの巨体は完全に沈黙し、 灰となって崩れ落ちていく。
「…やったな…」
ゼロスが勝利を確信し、張り詰めていた糸が切れた、まさにその瞬間だった。
先ほど彼が叩き斬り、宙を舞っていた首の一つが、まだその身に絶命の怨念を宿していたのだ。
落下しながら、それは最後の生命力で顎を大きく開き、無防備なゼロスの胴体目掛けて、深々と牙を突き立てたのだった。
(第38話/了)




