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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第37話:鋼鉄の交渉

レックスの後ろには、かろうじて立っているのがやっとといった様子の部下が二人。その身体は傷だらけで、表情は恐怖と消耗で完全に色を失っていた。


ゼロスは、仲間たちに目配せすると、尊大な監査官の仮面を被り直し、冷ややかに言い放った。

「…誰だ、キミ達は?」


その侮蔑のこもった視線に、レックスは屈辱に奥歯を噛みしめながらも、深々と頭を下げた。

「はっ!我々は『アイギス』のパーティ『鋼鉄のグリフォン』です!監査団の方々、お怪我はございませんか」


「我々に怪我はないが。君たちはボロボロではないか」

レオが冷徹な声で返し、レックスたちを頭のてっぺんからつま先まで、品定めするように見下ろした。その視線は、彼らの負った傷の一つ一つを検分しているかのようだ。


「…お恥ずかしい限りです。そちらは、余程の手練れを連れているようですね…」

レックスが苦々しく言う。


「…で、何の用かね?」

レオは同情のかけらも見せず、ただ淡々と用件を促した。


「はっ!このダンジョンは、まだ踏破中のダンジョンのため、男爵様から早急に皆様を保護せよ、とのお達しが…」


「おかしなことをいうな。ダンジョンの入口には『制覇済み』と看板が出ていたが?」

レオの鋭い指摘に、レックスは一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせた。


「それは…こちらの手違いがあったのかと…」


「まぁ、いい」

レックスがしどろもどろに紡ぐその場しのぎの言葉を、ゼロスは「もういい」とでも言うように、片手を上げて遮った。それまでレオの後ろで様子を窺っていた彼の雰囲気が一変する。貴族を演じてていた飄々とした態度は消え去り、代わりに現れたのは、幾多の死線を越えてきた者だけが持つ、冷徹な指揮官の顔だった。彼はレックスを真っ直ぐに見据えると、有無を言わせぬ重い口調で告げた。


「キミ達、ダンジョンボスの討伐を手伝ってもらおうか」


「なっ…!?本気ですか!?」

レックスが驚愕に目を見開く。


ゼロスは、禍々しい魔素が渦巻く洞窟の奥を顎で示した。

「周りを見てみろ。既にここは普通のBランクダンジョンなどではない。早急にボスを倒し、溜まった魔素を解消させる必要性がある」


「しかし、最初6人いた部下も2人まで減り…あまりに危険性が…」

レックスの声には、失った仲間への痛みが滲んでいた。


「帝国ギルドの『アイギス』とは、そこまで脆弱なのか?」

レオの氷のように冷たい声が、レックスの心を抉る。

ゼロスは、そのあまりにも辛辣な言葉に、思わずレオを横目で見た。演技だと分かってはいても、彼の容赦のない追及には背筋が寒くなる。


「しかし、彼らにも家族がおります…!」

レックスが絞り出すような声で訴える。


「だからなんだ。このダンジョンが氾濫すれば、近くに住む領民に被害が及ぶ。何のために貴様らはギルドに入った?」

レオがさらに一歩詰め寄る。その静かな怒気に、レックスは言葉を失った。

その時、張り詰めた空気を和らげるように、アリシアがそっと二人の間に割って入った。


「まぁまぁ、監査官様。彼らの言うこともまた事実。部下の皆様には、お帰りいただいたらどうでしょうか?」

彼女が優しく微笑むと、レックスの部下たちの顔に、露骨な安堵の色が浮かんだ。


「ありがたい…」

「これで、死なずに済む…」


彼らの囁きを聞き、レオはアリシアに免じて、といった様子で一つ頷いた。

「…いいだろう。では、責任者のキミが我々に協力しろ」


それは、もはや拒否を許さない命令だった。レックスは深々と頭を下げ、その重い決断を口にした。

「…承知、しました」


洞窟内に、一時的な静寂が訪れる。

部下たちが去り、レックスはただ一人、ゼロスたちの前に立っていた。その表情には疲労と屈辱が色濃く浮かんでいる。レオは監査官の冷徹な仮面を崩さず、まるで道具でも値踏みするかのようにレックスに歩み寄った。


「さて、レックス。と言ったか。キミは前衛ということでいいか?」


その侮蔑のこもった視線に、レックスはぐっと拳を握りしめたが、今は耐えるしかなかった。

「はい。私は戦槌ウォーハンマーを使う戦士職です」


「…それは丁度いい。ちょうど前衛が一名欲しかったところだ」

レオは、さも当然のように言い放つ。その言葉は、彼を仲間としてではなく、ただの駒として使うという冷たい響きを持っていた。


「お任せください」

レックスは悔しさに奥歯を噛み締めたが、今はただ、この者たちの指示に従うしかない。彼は己の命をこの任務に捧げる覚悟を、静かに固めるのだった。


その頃、遥か帝都ヴァルハラ。

その中心に聳える皇帝の居城では、事態が大きく動き出そうとしていた。


皇帝の謁見の間は、華美な装飾を排した、質実剛健な造りだった。帝国軍の最高責任者であるギデオン騎士団長が、玉座に座る皇帝の前に深く膝をついている。


「火急の用、と聞いたがなんだね?ギデオン」

皇帝の声は、絶対的な自信に満ち、穏やかだった。


「はっ、陛下…どうやらダデウス男爵が長い間、魔核の横流しをしていたとのことで…」


「…ふむ…ダデウスからは決まった税を納めてはおるが…一度話を聞かねばなるまいな」

皇帝はさして動じた様子もなく、静かに頷いた。


「そればかりか、先日踏破したというBランクダンジョンの虚偽報告があるとの調べを、潜入させた私の部下から報告を受けております」


「国内で疑い合いか…情けない。それで、その報告にはなんと?」


ギデオンは、意を決して核心を告げた。

「…通常ではあり得ない量の魔核が産出されている様子…。私の予測が正しければ、直にスタンピードの発生が見込まれます」


その言葉を聞いた瞬間、皇帝の纏う空気が一変した。彼は玉座から勢いよく立ち上がり、その鋭い視線がギデオンを射抜いた。

「なんだとっ!?その疑いに偽りはなかろうな!?」


「あくまで予測ではございますが、恐らく今現在、かなり不味い状況になっていると思われます」


「…監査団を出す。また騎士団にも同行してもらうぞ」


「…既に部隊長のマリウスを先行させております」


「ネクサスの客人たちは今、どうしておる?」


「彼らも既に、数日前から男爵領に潜伏しております」


「流石だな…ギデオン」

皇帝は一度感心したように頷いたが、ギデオンはさらに重い口を開いた。


「それだけではございません…。ダデウス男爵の今回の一件、背後にコルヴィヌス公爵がついておると思われます」


「なんだと!?」

皇帝の顔が、驚愕と怒りに歪む。

「それに嘘偽りはないな?誰を疑っておるか、分かっているのか!?」


側近の名を挙げられ、皇帝は明らかに狼狽していた。しかし、ギデオンは揺るがない。

「先日、男爵領のダンジョン制覇の話をしてきた際に、ダデウス男爵と共にコルヴィヌス公爵も同行しておりました…。疑わぬ方がおかしいかと…」


「…わかった」

皇帝は一度大きく息を吐くと、為政者の顔に戻っていた。

「潜伏させてある部下と合流出来次第、証拠を掴むのだ。…既に証拠は掴んでおるのだろうな?」


「はっ。魔核の取引ルートが記された書類を、部下が手にしているとのことです」


「いいだろう。まずはダデウスめのダンジョンの制御を実行する。話はそれからだ。よいな、ギデオン」


「承知致しました。では私は、陛下直々の監査団の方々に要請を出させていただきます」


「…うむ。任せたぞ」


ギデオンは深々と頭を下げ、謁見の間から退出していった。

一人残された皇帝は、静まり返った広間で窓辺に歩み寄り、眼下に広がる帝都を見下ろす。


「…もし、本当にスタンピードが起きれば、ダデウス男爵領は壊滅…。本国への被害もタダではすむまい…」

彼は、迫りくる国難に、静かに頭を悩ませるのだった。


(第37話/了)

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