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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第35話:交錯する思惑

Bランクダンジョン・上層


レックス率いるアイギスの一行は、ゼロスたちが切り抜けてきた、死臭漂う道を進んでいた。空気は、血の鉄錆びた匂いと、モンスターの内臓が放つ酸っぱい悪臭で満ちている。先頭を行くレックスの表情は険しく、背負った巨大な戦鎚ウォーハンマーが、その歩みに合わせて重々しく揺れていた。


「リーダー、前方にまた、殻蟲の死骸があります」

部下の一人が、声を潜めて報告する。レックスは音もなく手を上げて部隊を止め、自ら前進した。そこには、十数匹の殻蟲が無残に切り刻まれ、魔核は全て綺麗に抜き取られている。その惨状は、先ほど見たものよりも、さらに凄惨だった。


「…こいつらの切り口を見ろ。太刀筋に一切の迷いがない。斧による、ほぼ一撃だ」

レックスは、殻蟲の硬い装甲がバターのように断ち割られているのを検分しながら、低く呟いた。

「あの監査団とやらの中に、相当な手練れがいるということですか…?」


「ただの手練れじゃない。これは…」

レックスが何かを言いかけた、その時だった。周囲の暗闇から、ジャリ、ジャリ、と無数の重い音が響き渡る。仲間の血の匂いに誘われ、新たな殻蟲の群れが現れたのだ。


「また来たか!全員、陣形を組め!」

部下たちが慌てて盾を構え、陣形を整える中、最初に殻蟲の群れと対峙したのは、レックスの右腕的存在である副官のマルクスだった。彼は剣に魔力を込め、スキル『連続斬撃』を発動する。

「これを喰らえ!」


鋼を断つはずの三連撃が、殻蟲の分厚い甲殻を鋭く捉えた。しかし、甲高い金属音を立てて弾かれ、致命傷を与えるには至らない。体勢を崩したその一瞬の隙を突き、殻蟲の強烈な尻尾攻撃が、マルクスの脇腹を抉った。

「ぐはっ…!」

マルクスは短い悲鳴と共に血を吐き、石壁に叩きつけられた。


「マルクス!」

レックスは疾走し、ハンマーでスキル『剛砕』を放つ。凄まじい轟音と共に、殻蟲の頭部が緑色の体液を撒き散らしながら粉砕された。


「すま、ない…リーダー…」

マルクスは、血を流しながらも立ち上がろうとするが、レックスがそれを手で制止した。

「無理をするな。後退して、傷を癒せ」


その時だった。別の方向から、三匹の殻蟲が同時に襲いかかった。残った部下たちが迎撃に向かうが、仲間の負傷による連携の乱れが、致命的だった。

「うあああああ!」

一人の部下が、殻蟲の巨大な顎に胴体を噛みつかれ、そのまま無残に引き裂かれる。夥しい血飛沫が、洞窟の石壁を赤黒く染め上げた。


「トーマス!」

別の部下が、悲痛な叫びを上げて駆け寄ろうとするが、レックスがそれを怒声で制した。

「動くな!陣形を崩すな!」


レックスは一人で二匹の殻蟲を相手取り、巨大なハンマーを嵐のように振り回して応戦する。しかし、その動きにも、先ほどまでの圧倒的な力強さはなく、疲労の色が見え始めていた。

(あの監査団は、これほどの群れを、どうやってこうも簡単に突破したというんだ…!?)


戦闘が終わった後、一行は、一人の仲間を失い、二人が重傷を負うという、大きな犠牲を払っていた。レックスは、息絶えた部下の前に静かに膝をつき、その瞼をそっと閉じてやった。

「…トーマス。お前には、家族がいたな」

死んだ部下の懐から、小さな女の子が描いたのであろう、拙い似顔絵が描かれた紙切れが見つかった。レックスは、それを強く握りしめ、奥歯をギリ、と噛み締めた。


「リーダー…このまま、進むのですか…?」

重傷を負ったマルクスが、苦しげに問いかける。レックスは、仲間たちの疲弊しきった顔を見回すと、厳しい表情で答えた。

「あの監査団を見つけ出すまで、俺たちは引き返すわけにはいかない。だが…」


彼は、一度言葉を切ると、苦渋の決断を下した。

「重傷者は、ここで待機していろ。軽傷者だけで、先に進む」


「しかし、それでは戦力が…」

「構わん。我々の使命は、監査団を『無事に保護』することだ。そのためなら、多少の犠牲は厭わん」

その瞳には、部下を失った悲しみと、任務を遂行せんとする非情な覚悟が、同時に燃えていた。


その頃、ダデウス男爵の居城『黒曜の尖塔』にて


ヘレナは、自分に宛がわれた豪華だが冷たい執務室で、一人机に向かっていた。先ほど資料室で入手した、魔核の秘密の取引ルートが記された資料を前に、彼女は小さな魔術道具を取り出す。

それは手のひらサイズの水晶玉で、『通信石』と呼ばれる帝国軍の秘匿通信装置だった。彼女はそれに静かに魔力を込めると、水晶の中に、ぼんやりとした光が宿る。


「ギデオン騎士団長、ヘレナです。緊急の報告があります」

水晶の中に、ギデオンの厳格な声が響いた。

『ヘレナか…どうした?』


「ダデウス男爵の不正について、決定的な証拠を入手しました」

ヘレナは資料を手に取りながら、声を潜めて話を続けた。

「制覇済みと報告されているダンジョンから、今もなお大量の魔核が継続的に産出され、帝国外への密売が行われています」


『…詳細を聞かせろ』

「はい。月間の魔核産出量は、帝国への報告書の三倍以上。売却先は、近隣諸国の闇商人ルートを経由しています。そして、その利益でダデウス男爵は私兵を養い、さらには…コルヴィヌス公爵への賄賂も…」


その時だった。執務室の扉が、音もなく静かに開かれた。ヘレナは咄嗟に通信石を袖に隠し、何食わぬ顔で振り返る。

「ヘレナ…こんなところで、何をしていた?」

ダデウス男爵が、ねっとりとした、不審そうな視線を彼女に向けながら、室内に入ってきた。


「私は、執務室で仕事をしているようにと、指示したはずだが」

「はい、閣下。ご指示の通り、騎士団から持参した資料の整理をしておりました」

ヘレナは、完璧な微笑みを浮かべて答えた。


「そうか…だが、ここは、キミの執務室ではないだろう?」

ダデウス男爵の視線が、ヘレナの袖の辺りをちらりと見る。彼には、まだ微かに残っていた、魔力の光の残滓が見えていたのだ。

「ヘレナ…キミは、一体誰と話をしていた?」


「…?申し訳ございませんが、何のことでしょうか?」

ダデウス男爵は、ゆっくりと一歩前に進み出ると、有無を言わせぬ声で命じた。

「その袖を、まくってみろ」


ヘレナの表情が一瞬だけ硬くなったが、すぐに困惑した顔を作って見せた。

「閣下…一体、何を疑っていらっしゃるのですか?」


「いいから、まくれと言っている」

観念したヘレナは、ゆっくりと、その袖をまくった。そこには、まだ微かに光を放つ通信石があった。


「…やはりな」

ダデウス男爵の顔が、怒りで見る見るうちに赤く染まっていく。

「貴様…騎士団のスパイだったのか!」


ヘレナは、もはや演技を捨て、氷のように冷たい瞳で男爵を見据えた。

「スパイではありません。この国を愛する、一人の騎士です」


「ふざけるな!この裏切り者が!」

ダデウス男爵は、腰の剣に手をかけた。

「貴様のような小娘に、この私が騙されていたとは…!」


ヘレナは椅子を蹴って立ち上がると、素早く腰のサーベルを抜いた。

「騙していたのは、貴方の方でしょう。この国を、そして、陛下と国民を」


「黙れ!衛兵!衛兵を呼べ!」

ダデウス男爵が叫ぶが、ヘレナの方が一瞬早かった。彼女は部屋の窓に向かって跳躍し、ステンドグラスを突き破って、夜の闇へと飛び出した。


「逃がすな!全軍に告ぐ!ヘレナという女を捕らえろ!生死は問わん!」

城塞の警鐘が鳴り響く中、ヘレナは闇に消えていった。彼女の脳裏には、通信が中断される直前に聞こえた、ギデオンの声が響いていた。

『ヘレナ…無事でいろ。必ず、迎えに行く』

彼女は街の影に身を隠しながら、心の中で強く呟いた。

(監査団の方々…どうか、真実を明らかに…)


はい、承知いたしました。

ご提示いただいたテキストに、読みやすく行間を入れました。


一方、その頃。ゼロスたちは…

中層を突き進み、下層入り口前の安全区画まで、ようやく辿り着いていた。


「ふぅ…少し、休もうぜ…」

疲労の色を隠せないゼロスが、重い荷物を背負ったまま石の床にどっかりと腰を下ろした。


「賛成…」

ルナも同様に、魔力の消耗で息を切らしながら答えた。ゼロスたちが、このダンジョンに入ってから討伐したトロールの数は、三十体を優に超えていた。


「…ダンジョンって、こんなにぽんぽんモンスターが出るものなの?」

初めての本格的なダンジョン攻略に参加したルナが、素朴な疑問を口にする。


「いや、俺も冒険者稼業は長いが、こんなに連戦が続くダンジョンは滅多にないな」

ゼロスは携帯食料を取り出しながら、経験に基づいた答えを返した。


「一体、このダンジョンの下層では、何が起きているんでしょうか…」

アリシアの声には、不安と懸念が色濃く滲んでいた。


「…ランクアップ寸前のダンジョン、ということだからな…。何が起きても、もう驚かないさ」


「もし、ボスモンスターとエンカウントしたら、どうする?」

レオの問いは、全員が心の奥で考えていたことだった。ゼロスは少し間を置いてから答えた。


「出来れば、討伐しておきたいところだな…」

その言葉に、ルナが驚きの声を上げる。


「撤退は、しないの?」


「ここで俺たちが止めないと、いつスタンピードが起きてもおかしくない状況だからだ…」

ゼロスの表情は、いつもの軽薄さを失い、真剣そのものだった。


「…そんな…」

アリシアは、この街の下層区で暮らす、光のない目をしていた人々を想った。彼女の心に、あの絶望的な光景が蘇る。


「…やりましょう…。ここで私たちが止めなければ、多くの人たちが、犠牲になってしまいます」

その決意に満ちた声に、ゼロスは満足げに頷いた。


「アリシアさんなら、そう言うと思ったよ」

ゼロスは、不敵に笑った。その笑顔には、困難な状況への期待すら感じられる。


「やるなら、あたしも本気、出しちゃおうかなっ!」

ルナの声は、先ほどまでの疲労を吹き飛ばすような活気に満ちていた。


「期待してるぜ、ルナ」


「おぅ!任されなさい!!」

四人の間に、新たな結束が生まれた瞬間だった。ゼロスたちは、このダンジョンの脅威を完全に排除するため、改めて決意を固めるのだった。


(第35話/了)

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