第33話:偽りの踏破
翌日の早朝、グリムピークの街はまだ銀色の霧に深く沈んでいた。ゼロスたちは、フィンが待つという坑道の入り口前に集合していた。
「良かった!本当に来てくれたんだなっ!」
フィンは、心底安堵した表情で一行を迎えた。
「大丈夫ですよ。ゼロスさんは、一度引き受けたら断れない性格ですので」
アリシアが、悪戯っぽく微笑む。
「俗に言う、お人好しってやつだよね!損な性格してるよなぁ」
ルナも同意し、からかうように言った。
「…お黙りなさい、お二人とも」
「ははっ。荷物持ちというジョブは、他人の悩みや事情も一緒に背負う、そういうジョブなのかな」
レオが笑うと、フィンは「荷物持ち」という単語に、はっとした顔で反応した。
「…い、今、なんと…荷物持ち…だと?」
「そういや、言ってなかったな。俺のジョブは、荷物持ちなんだよ」
「てっきり、屈強な戦闘ジョブの方かと…」
フィンは狼狽えた。
「…本当に、良かったのか?こんなことに、君たちを巻き込んでしまって…」
ゼロスは、その純粋な心配に、からりと笑った。
「何を今更」
「大丈夫、大丈夫。この人、マジで化け物じみてるから」
ルナが、なぜか得意げに胸を張る。
「木の棍棒一本で、帝国騎士団の部隊長と互角にやりあうくらいだし、大の男を軽々吹き飛ばしたりするしで」
「…レオは、吹っ飛ばなかったけどな」
「あれは、僕が錬成した銀の重さを、魔素で瞬間的に変えているからだよ」
「…腕の太さは、普通の一般人となんら変わらないのになぁ…」
ゼロスは、レオの腕を掴んで感心したように言う。
「あはは…盾が衝撃を受ける、まさにその直前で、重さを変えてるんだ」
「器用な事ができるんだなぁ…」
「ゼロス…」
ルナが、はっとした顔で割って入った。
「…そんないきなり、男の子の身体に触れるなんて…!もし、レオが実は女の子だったら、どうするつもりなの!?」
「はぁ!?何をいきなり!?」
「…え?レオって、女だったのか?それなら、これっていわゆるハーレム状態ってやつじゃないか?」
「…本当に、どこでそんな言葉を覚えてくるのでしょうか…」
アリシアは、深いため息をついた。
レオも、嘆息する。
「残念ながら、僕は正真正銘の男だよ…」
「金髪僕っ子の女の子って、一定の需要があると思うんだけどなぁ…」
「…へぇ…。では、銀髪には、需要はないと…?」
アリシアが、完璧な笑顔で、しかし全く笑っていない瞳でゼロスを見た。
「い、いえ!銀髪こそ至高にして至宝です!はい!」
「なら、よろしい」
そのやり取りを見ていたフィンが、ようやく口を開いた。
「…何はともあれ、あんたたちが普通のパーティーじゃないってことは、よくわかった…。こっちだ、案内しよう」
フィンに案内されて、ダンジョンの入り口へと続く抜け道を進む。
「さて…問題は、入り口にいるであろう見張りをどうするか、ですね…」
アリシアが、懸念を口にした。
「それは、俺に任せてくれ…。奴らの気は、俺が引く」
フィンは、決意に満ちた顔で言った。
「やめとけ、やめとけ。相手は、間違いなく戦闘ジョブだぞ。足の速さも膂力も、一般ジョブとは比べ物にならねぇよ」
「…同じ一般ジョブのアンタに無理をさせるんだ。俺が何もしないわけにもいかないだろう」
「あたしの魔術で、どかーんって、やっちゃう?」
ルナが、物騒な提案をする。
「それも、一つの選択肢ではあるな」
「では!今回は、この天才魔術師であるあたしに任されたし!」
「いや、大丈夫だ」
ゼロスは、ルナの暴走を止めると、自信ありげに笑った。
「一応、策は考えてきた。お前ら、ちょっと耳を貸してくれ」
ゼロスは、三人に作戦を小声で話した。
「…なるほど…それなら、奴らも手を出せませんね…」
「よく、たった一晩でそんな事を思いつきましたね」
「悪知恵が働くというか、なんというか」
「はは…僕も、昨日同じことを言ったよ」
「いいか、こういうのは勢いが大事だからな!うまく、話を合わせてくれよ!」
「お任せください」
アリシアは、にこりと微笑んだ。
「威張ってればいいんでしょ?そういうの、得意よ!」
ルナは、ふふんと胸を張った。
「僕、そういうの、一番苦手なんだよなぁ…」
レオだけが、不安そうな顔をしていた。
作戦の打ち合わせをしつつ、一行は目的地に着いた。
「制覇済み」と書かれた物々しい立て札が立つダンジョンの前には、予測通り、『アイギス』の見張りが数人立っていた。
「すまないが、ここからは任せる…。健闘を祈る」
フィンはそう言うと、身を隠した。
「おうよ」
ゼロスは頷くと、堂々とした足取りで、見張りへと近づいていった。
「止まれ。ここは、立ち入り禁止だ」
「…野良の冒険者どもか…用がないなら、さっさと立ち去れ」
その声に、ゼロスからは普段の飄々とした態度は消えていた。彼は、冷徹な貴族のような、侮蔑のこもった視線で見張りたちを見下ろした。
「我々は、冒険者などではない」
「…では、なんだと言うのだ」
「我々は、皇帝陛下直々の命を受けし、特命監査団だ」
ゼロスは胸元から、昨夜レオに加工してもらった、帝国騎士団の紋章が刻まれたバッジを取り出した。
「か、監査団だと!?」
「先日、Bランクに指定されている、このダンジョンを制覇したと報告を受けておりますが、あまりにも早すぎる手際に、騎士団から『報告に偽りがあるのではないか?』と指摘がございましてね。なので、抜き打ちでの調査に参りましたの」
アリシアは、優雅な笑みを浮かべながら言った。
「早く、道を開けなさい。あたしたちは、貴方たち下々の者に構っているほど、暇ではないのよ」
ルナは、ふふんと尊大に鼻を鳴らすと、見張りをすり抜け、ダンジョンの入り口に近づいた。
「ちょ、ちょっと待て!」
ルナの肩を、見張りの一人が掴もうとした。その瞬間、レオの氷のように冷たい声が響いた。
「汚い手で、彼女に触れるな、下郎」
見張りが、睨み返す。
「…なんだと」
「先程も言った通り、我々は陛下直下の部下だ。貴様らのような、ただの傭兵とは、身分が違う。大貴族でもない貴様らと、これ以上、口を聞くことすら、虫唾が走る」
レオの瞳が、冷たく光る。
「…てめぇ、言わせておけば」
「そのような口の利き方をして、いいのか?今、この場で貴様を斬り捨て、『アイギスは危険な狂犬の集団であるため、即刻解体すべき』と、陛下に申し出ても、いいのだがな?」
「…ちっ…通りたければ、通るがいい」
「ふんっ…命拾いしたな、貴様ら」
レオはそう言い放つと、四人は悠々とダンジョンの封鎖を通り抜けていった。
その背中を見送りながら、見張りは青ざめた顔で仲間に指示を出した。
「…すぐに、ダデウス閣下にご報告しろ。まずい事態になった、と…」
「…わかりました、すぐに!」
ダンジョンに入り、重い扉が閉ざされると、四人はようやく張り詰めていた緊張の糸を解いた。
「…ぶっは…!緊張したぁ…」
レオはその場にへたり込み、大きく息をついた。先ほどまでの冷徹な貴族のオーラは完全に消え、普段通りの優しい青年に戻っている。
「レオ…どこから、あんなトゲトゲしたセリフを覚えてきたんだ…」
「…いや、怖かった、マジで。どっちが悪役なのかと思ったわ」
ゼロスとルナに口々に言われ、レオは困った表情で頭を掻いた。
「ルナまで…」
「今度から、ああいう交渉事は、レオさんにお任せ致しましょう」
アリシアが微笑むと、レオは悲鳴のような声を上げた。
「アリシアさんまでっ!?」
「ま、おかげですんなり入れたんだ。さっさと調査しちまおうぜ」
ゼロスの言葉に、三人は頷き、ダンジョンの奥へと進んでいった。
ゼロスたちは、上層に足を踏み入れた。
そこは、異様な雰囲気を醸し出す、薄暗い石畳のダンジョンだった。上層だというのに魔素が異常に濃く、いつモンスターが出現してもおかしくない気配が満ちている。
「…これは…」
アリシアが息をのむ。ゼロスは険しい顔で頷いた。
「どう考えても、制覇なんかされてないな…。このまま放置すれば、Bランクから格上げされて、Aランクダンジョンになるぞ、ここは…」
「だとしたら…いずれは『アイギス』達でも、手に負えなくなるのでは…」
レオが困惑の声を上げた、その時だった。
闇の奥で、ジャリ…と、何かが硬い地面を擦る、重い音がした。
その瞬間、ルナが反応した。
『火の追跡者、放て!』
彼女の指先から放たれた複数の炎の矢が、音のした方向目掛けて音速で飛び、硬い何かに当たる甲高い音と、モンスターのものと思われる甲高い奇声が、洞窟内に響き渡った。
「レオッ!」
ゼロスはそう呼びかけると同時に、奇声の源へと駆ける。
「銀よ」
レオは左腕の銀のガントレットを、即座に大楯に変化させた。
ゼロスは、炎に巻かれながらもがき続ける巨大な蟲のような物体目掛けて、戦斧を力任せに薙ぎ払う。その物体は半身を吹き飛ばされ、ようやく絶命した。
「…こいつは…」
燃え続ける死骸を見下ろし、ゼロスは呟いた。
「うげ…でっかい蟲…」
ルナが、遠巻きに見ながら顔をしかめる。
「…『殻蟲』か…。こいつは普通、Bランクダンジョンでも中層か、下層にしか出ないはずなんだが…」
アリシアは、その異様な光景から顔を背けながら言った。
「…そのようなモンスターも、『アイギス』の方々にかかれば、乱獲することが可能なのでしょうか…」
「…どうかな。少なくとも、俺たちがギルドで会った連中には無理だ…。こいつは、Bランク上位の冒険者パーティーが、連携して囲んで、ようやく倒すのが定石なんだが」
「…こういうモンスターは、普通のダンジョンでは複数体出現するものなのか…」
レオの問いに答えるかのように、周囲の闇から、先程と同じ「ジャリ、ジャリ」という音が、一つ、また一つと近づいてくる。
「…まさか。モンスターを生成するためのコストは、ランクが上がるたびに跳ね上がるんだ。Bランクのモンスターが、上層で群れをなすなんて、普通はあり得ない…」
「…では、この音は…」
「…全員、アリシアさんの近くに集まれ。アリシアさん、盾の魔術を頼む」
「…承知致しました」
アリシアは、Dランクダンジョンでの出来事を思い出し、頷いた。
「レオ、アリシアさんの盾が割れたら、お前が最後の砦だ」
「…了解」
「ルナ」
「お、おうよ」
「俺がヘイトを稼ぐ。その隙に、あいつらをまとめて薙ぎ払えるか?」
「…その…うげぇ…そいつの、あの硬そうな外殻を無視できるスペルか…」
ルナは先程倒した蟲の死骸を見つめ、ぶつぶつと呟きながら詠唱を考え始める。音が、すぐそこまで近づいてきていた。
アリシアは、仲間たちの前に立ち、詠唱を開始した。
『我の前に、堅牢なる守りを』
彼女たちを、円形の魔法障壁が囲む。同時に、ルナも詠唱を始めた。
『一条の光を編み、雷鳴の鎖を紡げ…』
その瞬間、ゼロスの周囲の闇の中から、三匹の殻蟲が同時に襲い掛かった。
彼は筋力強化(微)の出力を一段階上げる。
「うらぁぁぁ!!!」
風を切る轟音と共に、ゼロスは戦斧を円形に薙ぎ払う。一瞬で三匹の殻蟲の胴体を両断し、その残骸を蹴り飛ばした。しかし、奥からワラワラと、さらに多くの殻蟲が這い出てくる。その総数は、ゆうに十匹を超えていた。
「団体様のお出ましか…!」
ゼロスは更にスキルの出力を上げ、迎撃の態勢を取った。その瞬間だった。
『逃れる術なし、雷光の連鎖!』
ルナの詠唱が完了し、蛇のような雷が殻蟲の群れの身体を縫うように通過し、鎖のように縛り上げた。
虫たちの絶命する甲高い奇声と共に、辺りには肉が焦げる嫌な匂いが立ち込める。
「…うぇっ…気持ちわりぃ…」
「…凄いですね。本物の魔術師というのは…」
アリシアは盾を解いた。
「どーよ?あたしの事、見直したかね?」
ルナは、魔素切れなど全く起こしていない様子で、自慢げに胸を張った。
「…まさか、一撃とはなぁ…」
ゼロスは、銀の剣のパーティーにいた頃、シーナの魔術で隙を作り、グレイとライアスが二人で囲んで、ようやく一体を倒していた記憶を思い出しながら、感嘆した。
「…これで、暫くはもう向かってこないかな?」
「わからん…とりあえず、こいつらの魔核を回収しちまおう」
ゼロスが腰のナイフで手早く魔核を回収すると、ルナはバラバラになった蟲の死骸を見て顔をしかめた。
「う…気色わる…」
「…それより、この魔核…ちょっと、やべーかもな…」
ゼロスが手に持った魔核は、これまでに見たこともないほど、爛々と禍々しい魔素の輝きに満ちていた。
「…ゼロスさん…これは…?」
「…俺も、こういうのを見るのは初めてだが…。恐らく、このダンジョンが、さらに高ランクへと成長しようとしている、その予兆なんじゃねぇかな…」
レオは、ゼロスが手に持った魔核を見て、息をのんだ。
「…どうする、ゼロス?このまま進むか、一度引くか…」
「…うーむ」
その頃、ダデウス男爵の居城『黒曜の尖塔』執務室にて
ダデウスは、アイギスの構成員から上がってきた報告に、顔を青ざめさせていた。
「…陛下直々の、監査団だと!?」
「は、はい。その四人は、そのように名乗っていた、と…」
「馬鹿な…早すぎる…!奴らが動くには、陛下の承認が必要なはず…!こちらの手の内が、既にバレているというのか…!」
「…どうしますか?…奴らは、ダンジョン調査に向かっております…。今なら、事故と見せかけて始末することも…」
「…ヘレナ…どう思う?」
「…始末は、お勧め致しません…。陛下直属の部下が、閣下の領地内で行方不明ともなれば、それこそ正式な騎士団の介入を許す口実を与える事になります…。そうなれば、行方不明になった責任を、閣下が取ることにもなりかねません…」
「…では、レックスに行かせろ…」
「…リーダーに、でございますか…」
「みすみす監査団を死なせるわけにもいくまい…。監査団が入ったダンジョンは、『アイギスが現在、制覇中のダンジョン』とでもしておけ…」
「…承知致しました…」
「監査団を見つけ次第、私の前に連れてこさせるのだ…。この私自らが、丁重にご説明しよう」
部下は深く頭を下げて、執務室を出ていった。
「閣下…。私も、何か助力できることがあれば、致します」
「…よい。お前も、下がれ。先日まで騎士団にいたお前が一緒にいれば、話がややこしくなる。お前は、執務官としての仕事をしていろ…」
「承知致しました」
ヘレナが頭を下げて執務室を出ていく。一人残されたダデウスは、酒瓶に手を伸ばし、震える手でそれを呷った。
「…ぐっ…なんとしてでも、この場は乗り越えねば…」
一方、ヘレナは自身が宛がわれた執務室には…向かわなかった。
彼女が向かった先は、厳重な警護がついている、城の資料室だった。
「…何者だ」
「先日、新しく雇われました執務官補佐のヘレナです。監査団が来ているそうなので、今のうちに、彼らに見せるための資料を作成したいと思い、伺いました」
「…よし、通れ」
「失礼致します」
資料室に入り、膨大な資料を物色するヘレナ。やがて、彼女は魔核の取引ルートが記された、一冊の資料を見つけ出した。
「…良かった。これで、全て説明がつきますね…」
ヘレナは、安堵の声を漏らす。その瞳には、誰かを思いやるような、静かで、しかし熱い炎が宿っていた。
(第33話/了)




