第32話:続・銀の灯火
隠れ家の中心、揺らめく焚き火の前に立ち、バルガスはゼロスを真剣な眼差しで見つめていた。その瞳には、長年の抑圧に耐えてきた男の、最後の希望ともいえる光が宿っている。
「そうだ。俺たちは、あの悪辣な領主に共に立ち向かってくれる救世主を探していたんだ」
そのあまりにも重い言葉に、ゼロスは困惑し、思わず後ずさった。
「救世主なんて、そんな大層なもんじゃねぇよ。俺はただ、困ってる人がいたら、ほっとけないだけだ」
しかし、彼の仲間たちは全く違う反応を見せた。ルナは目をきらきらと輝かせ、興奮したように叫ぶ。
「救世主だって!?やったじゃん、ゼロス!ってことは、あたしも救世主の仲間ってことよね?」
「いいじゃないか、救世主。なってやろうじゃないか、ゼロス」
レオも、真剣な顔で力強く頷いた。
「ゼロスさんが救世主なのでしたら、私は喜んでお支えいたしますわ」
アリシアまでもが、穏やかに微笑んでいる。
「ちょっと、キミ達ぃぃぃ!なんでそんなにノリノリなわけ!?」
ゼロスは、完全に乗り気な三人に、助けを求めるように視線を送ったが、誰も助けてはくれない。
バルガスは、そんな困惑するゼロスに、この街の惨状を語り始めた。
「…この街を見て、どう思った?表面上は秩序があるように見えるだろうが、その実態は、地獄そのものだ」
彼の声は、低く、静かな怒りに満ちていた。
「鉱夫たちは一日十六時間もの労働を強いられ、配給されるわずかな食事だけで、かろうじて命を繋いでいる」
「税は容赦なく取り立てられ、払えぬ者は、中央広場で見せしめに処刑される」
「男爵の私兵どもは、些細な理由で我々を痛めつけ、反抗すれば、家族もろとも消されることもある」
「これが、この街の真実だ。『銀色の霧』に覆われた、この絶望の街の、本当の姿だ」
「俺たち『銀の灯火』は、この暗闇の中で、それでも燃え続ける、最後の希望なんだ…」
語り終えると、バルガスはこの国に来てからゼロスたちが初めて見る、心の底からの敬意を込めて、深く、深く頭を下げた。
「…頼む。だから、力を貸してはくれまいか」
ゼロスは、その重い覚悟を前に、言葉に詰まった。
ゼロス(頼まれたところで、今回は戦士ギルドからの正式な依頼で来てるし、ここに来たのだって、マリウスからの個人的な頼みだからな…。俺の一存で、革命の片棒を担ぐなんて…)
彼が逡巡していると、そっとアリシアが彼の腕に触れた。
「私からも、お願いします」
その瞳には、この街の人々を救いたいという、彼女のヒーラーとしての魂からの願いが込められていた。ゼロスは、その真っ直ぐな瞳に見つめられ、やれやれと息をつくと、困ったように、しかし優しく微笑んだ。
「…アリシアさんからもそう頼まれたら、断れねぇなぁ…」
その言葉に、バルガスは顔を上げた。
「では、力を貸してくれるのか?」
「仕方ねぇな。マリウスからの調査依頼のついでだ。あんたらの依頼も、受けてやるよ」
「助かる…!」
バルガスは、再び深く頭を下げた。
その様子を見ていたレオが、ふと疑問を口にした。
「でも、この領内には、騎士団の方々はいらっしゃらないのですか?その方へ、密告するという手も…」
「レオ…お前、さっきまで救世主になるって、ノリノリだったじゃねぇかよ…」
「あはは…ごめん。ちょっと、我に返っちゃって…」
レオが照れくさそうに言うと、フィンが暗い顔で答えた。
「…わかるだろう…。この街に駐留してる騎士団の連中は、とっくに男爵に買収されているんだ…」
その重い事実に、ルナが素朴な疑問を投げかけた。
「…鉱山経営って、そんなに儲かるものなの?もし本当に儲かってるなら、バルガスさん達のこの暮らしには、納得がいかないんだけど…」
「いいところに気付いたな、お嬢ちゃん…」
バルガスは、にやりと口の端を歪めた。
「あいつらは、正規のルートとは別に、魔核の横流しで私腹を肥やしているのさ…」
「えー…でも、そんなことしたら、すぐに本国にバレないのー?」
「制覇済み、と嘘の報告を帝国に上げて、その『安全な』はずのダンジョンで、延々とモンスターの乱獲を続ければ…バレることはない」
ゼロスが、閃いたように言った。
「そういうことだ…」
「だが、そんな事を続ければ、ダンジョンの下層に魔素が溜まり続けて、いずれ、とんでもないことになるぞ」
ゼロスの表情が険しくなる。
「そうだ。だから、俺たちはその不正の証拠を掴んで、帝国騎士団に直接伝えたいんだが…」
「…肝心の、決定的な証拠が見つからない、ってことか…」
「…先日、帝都ギルド『アイギス』が、Bランクダンジョンを二日間で『制覇』したという話も…」
レオが、思い出したように言った。
「十中八九、でっちあげだろうな…。少なくとも、そんな大がかりな部隊が動いたなんて話は、こっちの耳にも入ってねぇし、この街でもそんな動きは、誰も見てねぇ」
ルナは、まだ腑に落ちないといった顔で首を傾げた。
「でも、そんなことしてたら、いつか必ずスタンピードが起きて、この街が壊滅しちゃうんじゃない?後のこととか、考えてるのかな?」
「次善策があるか…ん?そういや、ダデウス男爵の後ろ盾って、皇帝の側近の公爵がついてたんだったな…」
ゼロスの呟きに、バルガスの目が鋭く光った。
「…なるほど、読めたぜ。ダデウスのヤロウ…!横流しで得た莫大な富で公爵に取り入り、出世を果たした後、この領地での権力を盤石なものにするつもりだ…!」
「そして、いずれ起きるスタンピードの鎮圧は、手駒とした騎士団にやらせる、ってことか」
ゼロスの言葉に、バルガスは悔しそうに歯噛みした。
「…おそらく、そんなところだろう」
重い沈黙が、焚き火の間に落ちる。やがて、バルガスが再びゼロスに向き直った。
「で、どうする?話を聞いた上で、俺たちと一緒に戦ってはくれないか?」
「待てよ、バルガス。その前に、俺たちの目的をはっきりさせておこう」
ゼロスは、パーティーのリーダーとして、冷静に場の空気を仕切り直した。
「俺たちは、帝国騎士団からの調査依頼で、ここに来ている。俺たちの第一目的は、あくまでダデウス男爵の不正の証拠を掴むことだ」
「あんたたちの目的は、この街の解放。違うか?」
「…そうだな」
「目的は違うが、やることは同じはずだ。これを、共通の敵を持つ、『利害の一致』ってやつにするのはどうだ」
ゼロスは、バルガスに提案した。
「俺たちが、男爵の不正の証拠を見つけるまで、あんたたちの持つ情報を貸してほしい。その代わり、俺たちの力は、あんたたちのために使ってやる」
バルガスは、その申し出に、深く頷いた。
「…具体的には、何をすればいい?」
「まず、『制覇済み』と報告されているダンジョンの、本当の実態を確認したい」
「それなら、心当たりがある。つい先月、俺たちがよく使っていた抜け道の近くにあるBランクダンジョンが、突然封鎖されたんだ」
「ああ、あそこか。『アイギスが制覇完了』って、物々しい立て札が立ったんだ」
フィンが補足する。
「だが、おかしなことに、封鎖される前と後で、そこを通る魔核運搬用の馬車の数は、全く減っていない」
「…制覇済みなら、魔核の産出は止まるはずだがな…」
「そういうことだ。しかも、俺たち炭鉱夫は、地下の音には敏感でな…」
バルガスは、声を潜めて続けた。
「…封鎖されたはずのダンジョンの中から、今でも、モンスターの鳴き声が微かに聞こえてくるんだよ」
「あの辺りは、元々俺たちの作業場所に近かったから、地形も詳しいんです」
フィンは、決意を秘めた目で言った。
「案内は、できますよ」
「わかった。だが、流石に今日はもう遅い。明日、改めて案内してもらえるか?」
フィンは力強く頷いた。
「わりぃな、兄ちゃん。面倒なことに巻きこんじまってよ」
「ま、乗りかかった船だ。仕方ねぇさ…フィン、明日の朝十時には、ここに来る。その時、案内してもらえるか?」
「わかった。鉱山の入り口で待ってるよ」
「よし。じゃあ、みんな、いったん切り上げるぞ」
ルナは、少し残念そうに口を尖らせた。
「ぇ~、今からレッツゴーじゃないのー?」
「もう夜も遅いし、ダンジョン探索には、ちゃんとした準備が必要だろう」
「そういうこった。明日の朝一番で行く。今日はもう休もう」
ゼロスが言うと、バルガスが付け加えた。
「助かる。ただし、封鎖されたダンジョンの入り口は、アイギスの見張りも厳しいからな。くれぐれも、注意してくれよ」
「わかった。注意する」
ゼロスは頷くと、一行はレジスタンスの隠れ家を後にし、自分たちの宿へと戻るのだった。
レジスタンスの隠れ家を後にし、一行は自分たちの宿へと戻った。
部屋に戻った直後、レオが心配そうな顔でゼロスに声をかけた。
「アイギスの見張りの事、どうやって対処しようか…。正面から戦って、殺すわけにもいかないよね」
「そのことなんだが、レオ。お前に頼みがある」
ゼロスは懐から、以前ヘレナから渡された、帝国騎士団の紋章が刻まれた身分証のバッジを取り出した。
「これを、お前の錬金術で加工して…ここを、適当に、こうしてだな…」
ゼロスは、バッジをレオに手渡しながら、何事か小声で指示を出す。
レオは、ゼロスの悪巧みを聞きながら、呆れたように、しかしどこか感心したように息をついた。
「…ほんと、君は悪知恵が働くというか、なんというか…」
「出来るか?」
「まぁ、やってみるけど、うまく出来るかはわからないよ」
「構わないさ。あとは、こっちでどうにかする」
レオは、その小さな銀のバッジに、静かに魔力を通し始めた。
その頃、ダデウス男爵の居城『黒曜の尖塔』の応接室にて
ダデウス男爵は、ヘレナから受け取った『騎士団の人員リスト』を、満足げに眺めていた。
「閣下。そちらには、現在、騎士団に不満を抱いている人員の名前も記しております。彼らに声をかければ、こちら側への協力を惜しまないでしょう」
「ほほぉ…このような人材が…。彼らの後ろ盾となっている貴族たちの力も借りられるというものか…。ヘレナ、これは実に素晴らしい手土産だよ」
「ありがとうございます、閣下。これで更に、閣下の人脈の拡大に御助力できれば、幸いでございます」
ダデウスは、ご満悦で笑う。
「…よし、ヘレナ。キミの事を今度、コルヴィヌス公爵にも紹介してやろう。キミの野心のためにも、彼へのお目通りは必要だろう?」
ダデウスは、ニヤリと下品な笑みを浮かべた。彼は、彼女の野心を全て見抜いた上で、それを手玉に取っているつもりだった。
「…さすがは閣下…。私の考えていることなど、まるでお見通しなのですね…」
ヘレナは、感服したかのように、少し恥じらうような表情を作って見せた。
「ふふふっ…まぁ、キミの野望の実現のためにも、私に精一杯、尽くしてくれたまえよ」
「承知、致しました」
ヘレナは、その場で深く、深く頭を下げた。
ダデウスからは見えない、俯いた彼女の口元が、冷たく、そして美しい笑みで歪んでいることを、彼は知る由もなかった。
(第32話/了)




