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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第31話:銀の灯火

ゼロスたちは、炭鉱夫の男に案内され、街の最下層である【下層区】:『煤底スートピット』を歩いていた。ここは谷底に位置するため、中層区よりもさらに「銀色の霧」が濃く、昼間であっても視界が悪い。粗末な木造のバラックが密集する路地を、一行は黙って進んでいく。


「でー、あんたのリーダーってのは、一体なんなんだ?」

ゼロスが、先導する炭鉱夫の背中に訝しげな表情で尋ねた。


「筋肉マッチョの炭鉱夫リーダー!?」

ルナは、この陰鬱な街に似合わない、楽しそうな声を上げた。

「それは…もしかして、僕らも一緒に炭鉱夫として働かないか、というお誘いなんだろうか」

レオは、いたって真剣な顔で答えた。


「…確かに、レオ君はもうちょっと筋肉を付けたほうがいいかもね…」

ルナは、華奢なレオの身体をまじまじと見つめる。

「えぇ…僕が、筋肉マッチョに…」


「…やめよう…」

ルナは少し黙った後、真顔で言った。

「…やっぱり、今のありのままのレオのほうが、あたしはいいと思うんだ…」


レオは、心底困惑した表情で答えた。

「…勧めておいて、勝手に想像して、勝手に拒絶しないでくれないか…?」


「やーん、ごめんごめーんって」

ルナは愛想笑いを浮かべた。ようやく、先頭を歩く炭鉱夫が、呆れたように口を開いた。

「…何やら変な勘違いをしているようだが、一緒に鉱山を掘ってほしいわけじゃない」


「えぇ!?そうなの!?あたしの魔術を使えば、鉱山なんか、どかーん、バコーンよ?」

ルナが目を輝かせる。

「それだと、肝心の鉱石もドドーンって、どこかに飛んでいかないか?」

「…下手すれば、坑道も丸ごと吹っ飛ぶかもしれないね…」

「…じゃぁ…」


まだ話し足りなさそうなルナに対して、アリシアが口を開いた。

「ルナさん、少しだけ黙っていましょうか?お話が進みません」

その顔はにこやかな笑みを浮かべているが、瞳の奥は全く笑っていない。

「ひっ…ひぇ…ごめんなさい…お母さん…」

ルナは怯えた声で、前触れなくそう呼んでしまった。


アリシアの笑顔が、ぴしりと固まった。

「……………お母さん?」


「お、お姉さんの聞き間違いだよっ!」

「そ、そうそう」

レオが、必死の形相で相槌を打つ。

ゼロスは、その混沌とした会話に割り込むように、改めて炭鉱夫に尋ねた。

「で、何のリーダーなんだ?」


「…レジスタンス『銀の灯火ぎんのともしび』が、リーダーだ…」

炭鉱夫はそう言うと、一行を促すように、さらに歩みを早めた。


暫く下層区の奥深くへと歩いていくと、古びて今は使われていないであろう、坑道の入り口前に着いた。

「…ここだ。それで、誰かにつけられていないか、わかるか?」

炭鉱夫は、不安そうに尋ねる。ゼロスは当たりを見回し、やがて静かに目を閉じた。

「…たぶん、大丈夫だと思うぜ。妙な気配も動いてる様子もないし、さっきから、足跡は俺たち五人分だけだ」


「すごーい。よくわかるね」

ルナが感心したように言う。

「…昔からの、癖でな」

グレイたちといた頃、常に最後衛で荷物を持ちながら、誰よりも早く敵の足音を聞き分け、索敵していた時代を思い返す。

「…ま、過去の経験は、色々役に立つもんだ」


炭鉱夫は、その言葉に心底安心したように息を吐いた。

「…では、行こう」

五人は、暗い坑道の中へと入っていった。


炭鉱夫が先頭でカンテラのランプを掲げ、薄暗い道を進む。壁からは、常に水が滴り落ちていた。

「暗いですね…皆さん、足元には気をつけてください」

アリシアが、周りに注意を呼び掛けた。


「お手をどうぞ、お姫様」

ゼロスが、芝居がかった仕草で手を差し出す。

「そ、そんなことをしたら、ゼロスさんが転んでしまいませんか?」


「平気、平気。俺は、暗いところでもある程度は目が見えるからさ」

「…では、失礼致します」

アリシアは照れながら、その大きな手を、たどたどしく握った。


その様子を見ていたレオが、ルナに尋ねた。

「…ルナ、手、貸そうか?」


「お?なんだなんだ?あたしを口説こうってのか?レオくんも、随分と大胆になったもんだぜ、ぐへへ」

「ぐへへ…って、キミは本当に…」


「なんだなんだ?そんなに、あたしと手を繋ぎたいのかね?どーしよっかなぁ」

レオは、前の炭鉱夫に声をかけた。

「…すいません、あとどれくらいで目的地に着きますか?」


「…あと十分程度だ…」

後ろの騒ぎを全く気にせず、炭鉱夫は進む。

「…まぁ、あと十分程度なら、君が転ばないことを祈るよ…」


「うひひ…心配どーも…でもね」

ルナは人差し指をぴんと立てた。

『灯せ』

彼女がそう短く唱えると、その指先から柔らかな光が生まれ、辺りを昼間のように照らし出した。


「…そういう便利なことが出来るなら、最初からやってくれよ…」

「やっだぁ、出来るに決まってるじゃないの~。まだまだだなぁ、レオくんは」

ルナは自慢げに答えた。


レオは、深いため息をついた。

「…やれやれ…」


「こんなに明るいなら、エスコートはもう大丈夫だな、姫様」

「そ…そうですね」

ゼロスとアリシアは、名残惜しそうに、しかし慌てて手を離した。


「…ふへへ。だって、すぐに照らしちゃうと、二人が可哀そうかなぁって思ってさ」

ルナは、アリシアのことを見ながら、にやりと笑う。

「…あとで、お尻ペンペンの刑です」

アリシアは、怒っているような、それでいて楽しそうな笑顔で応えた。


「うわぁぁん、ごめんなさい、おかあ…」

また失言しそうになったルナの口を、レオが素早く手で塞いだ。

「…ルナは、昔からご両親に、とても厳しく躾けられていたものでして…」


「…そうですか」

アリシアは半眼で、そう答えた。


気まずい沈黙の中、ようやく一行は目的地に着いたようだった。

「…ここです」

炭鉱夫が指差した先は、一見するとただの岩壁にしか見えない場所だった。しかし、よく見ると、そこに一枚のボロボロの木の扉が、巧妙に隠されていた。


アリシアは、その扉が持つ偽装の効果に感心した。

「…偽装には、とても効果的な扉ですね…」


「おかげで、今まで誰にも見つからずに済みました」

炭鉱夫はそう言うと、扉に手をかけ、ゆっくりと開いた。

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扉を開けると、そこは意図的に狭められた殺風景な空間だった。万が一の侵入者をここで食い止めるための、いわば迎撃地点なのだろう。天井から吊るされたカンテラが一つ、弱々しい光を投げかけ、二人一組で警戒にあたる見張り番の、緊張した横顔を照らしている。壁に仕掛けられた鳴子や落石の罠が、彼らの覚悟を物語っていた。


その『見張りの間』を抜けた先は、不意に空間が大きく開けた。かつて採掘用のトロッコが交差していたのであろう、天井の高い広々とした洞窟。ここが、彼らの作戦会議や食事、交流の中心となる場所らしかった。

広間の中央では、焚き火が常に燃え盛っている。組織名の由来となったであろう、その『灯火』。パチパチと薪がはぜる音と、揺らめく炎だけが、この冷たい坑道の中で唯一の温かい光と音だった。

家具らしい家具はなく、古い木箱や樽がテーブルや椅子の代わりとして置かれている。壁際には、奪還したのであろう武器や、鉱夫たちがツルハシを改造して作った手製の戦斧などが、整然と立てかけられていた。


この空間全体を支配しているのは、常に鼻をつく湿った土と、焚き火の煙、そして人々の汗が混じり合った独特の匂い。空気はひんやりとして湿っており、長く留まれば身体の芯から冷えてくるような、そんな場所だった。


その隠れ家の中心、広間の一番奥で、一人の大柄な男が腕を組んで座っていた。五十代半ばだろうか、その屈強な身体と顔に刻まれた深い皺は、古参の炭鉱夫としての彼の人生を物語っている。


「フィン…誰だ、そいつらは」

その男――バルガスが、低い声で尋ねた。

「あぁ、バルガス。俺がヘマをやらかした時に、助けてくれた旦那方だ」

フィンと呼ばれた炭鉱夫が答えた。


バルガスと呼ばれた男は、ゆっくりと立ち上がると、ゼロスたちに向かって深く頭を下げた。

「…うちのが、世話になったようだ。この恩は、いずれ必ず」


ゼロスは、その丁寧な態度に、へらりと笑って手を振った。

「気にすんな。困った時は、お互い様だろ」


その言葉に、バルガスは何かを考え込むように、じっとゼロスを見つめた。

「…『困った時は、お互い様』、か…。なぁ、フィンよ。お前、もしかして」


フィンは、真っ直ぐな目でゼロスたちを見つめ、力強く言った。

「…あぁ。俺は、俺たちの『救世主』を、ここに連れてきたんだ」


ゼロスは、ぽかーんとした顔で、自分を指差した。

「…救…世…主…?俺が?」


一方その頃、ダデウス男爵の居城『黒曜の尖塔オブシディアン・スパイア


ヘレナは、豪奢だが悪趣味な装飾で満たされた応接室で、ダデウス男爵と向かい合っていた。

「キミ一人で来たのかね…?えー…確か、執務官の…」


「ヘレナ、と申します」

「そうそう、ヘレナくんだ。して、一体何の用かね?騎士団の重要資料なぞ、手土産に持って」

ダデウス男爵は、値踏みするような視線を彼女に向ける。


ヘレナは、深い沈黙の後、意を決したように顔を上げた。

「…私は、この国が好きです」


「ほう。それは、私も同じだな」

「私は、この国の剣でありたいと願い、騎士団に入りました。しかし…」


「…しかし、今の騎士団は、貴族の坊ちゃん嬢ちゃんが集まるだけの、腑抜けた集団だ。国を護りたくても、護れる人材がいない。…そう言いたいのかね」

「…はい。まさに、その通りです。マリウス部隊長も、先日、一介の傭兵を侮った結果、辛酸を舐めることになりました」


「…ネクサスの傭兵どもか…」

ゼロスの顔を思い出し、ダデウスは忌々しげに呟いた。

「あのような騎士団に、もはやこの国を任せてはおけません。ですが、帝都ギルド『アイギス』に入ろうにも、私は騎士団に長く身を置きすぎました。今更、鞍替えなど安易にできるはずもなく、ましてや、私のような戦闘能力のない女が入れるわけも…」


「だから、私のコネを使いたい…そういうことかね?」

「滅相もございません…!ただ、この国の平和を護りたい。その一心で、閣下のお力をお借りできないかと…。可能であれば、閣下の部下として、『アイギス』とも繋がりを持ちたいのです…!」


ダデウス男爵は、その必死の形相のヘレナを、舌なめずりでもするかのように、頭のてっぺんから爪先まで、じろじろと眺めた。

「…まぁ、ちょうど執務官が、もう一人欲しいと思っていたところだ。しかし、ギデオン騎士団長の事は、良いのかね?」


「この国を任せられない男に、もはや用はございません…」

ヘレナは、きっぱりと言い放った。

「…委細承知した。その手土産、確かに受け入れよう。ヘレナ、今日からキミを、私の執務官補佐として雇い入れる…」


ヘレナは立ち上がり、深く、深く頭を下げた。

「ありがとうございます!閣下!!」


ダデウス男爵は、その姿に満足げに、ニヤリと笑った。

「…必要な駒は、全て揃った…。私が伯爵の地位に就いた暁には、更に良い暮らしをさせてやろう、ヘレナ」


「ありがたき、幸せにございます!」

「ふふふ…待っていろ、ギデオン…」

ダデウスの目が、更なる野心に爛々と染まるのを、ヘレナはただ静かに見つめていた。


(第31話/了)

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