第28話:帝国の思惑
ゼロスたちは、ヘレナに案内され、マリウスの部隊長執務室の前に立っていた。そこは騎士団長の執務室のような華美さはないが、機能的に整えられた、いかにも実戦部隊の指揮官の部屋といった趣である。
扉を開けて待っていたマリウスは、訓練場の時とは打って変わって、快活な笑みを浮かべていた。
「おお、来たか、ゼロス。話は聞いているぞ。アイギスの連中と、一発やりあったらしいな」
「いや…俺は別に、やり合う気はなかったんだが…」
ゼロスがそう言って、やれやれと後ろの三人に視線を送る。
「「「・・・」」」
アリシア、ルナ、レオの三人は、ぷいっと気まずそうに目を逸らした。
「まぁ、いいさ。どのみち、あの連中とはいずれやり合うことになっていただろうしな」
「…おいおい、そんなことしたら内乱沙汰になるぞ」
混乱したゼロスに、ヘレナが冷静に補足した。
「…別に、キミが思うような事はしない。あくまで、政治的な介入の話だ…まぁ、望むなら、私が相手をしてやらんでもないが…」
ゼロスは、涼しい顔で物騒なことを言うヘレナを横目で見やり、小さく呟いた。
「…こっえぇ女…」
ヘレナは、その呟きに完璧な微笑みで返す。
「ここで、性別を気にするつもりはないよ」
「さて、とりあえず今後の動きを決めようか、ゼロス」
マリウスが、大きな地図をテーブルに広げながら言った。
「そうだな…そうするか」
「まぁ、とりあえず座れ。今から説明する」
来客用のソファに四人が腰を下ろすと、マリウスは地図の一点を指し示した。
「…とりあえず、今もっとも安定していない地域は、この『竜の牙』と呼ばれている山脈地帯方面だな」
レオが、身を乗り出して尋ねた。
「点在するダンジョンのランクは、どれくらいですか?」
「まちまちだ。AランクからCランクまでが、複雑に入り混じっている」
アリシアも、真剣な表情で口を開いた。
「制圧状況は、どのような状況でしょうか?」
マリウスは、その問いに深くため息をついた。
「あまり芳しくない。山脈地帯だから動きづらい上に、騎士団となると、動かすにも金がかかりすぎる」
ルナが、閃いたように言った。
「あぁ、だから、あの『アイギス』って連中に、一部を委託してる形なのかぁ」
「そういう事だ。騎士団というのは、中には貴族の方々が箔付けのために参加していることも多くてな。実働部隊の数は、お前たちが思うより少ないんだ」
ゼロスは、ようやく合点がいったように頷いた。
「だから、俺たちが呼ばれたってわけか」
「そういうことだ。頼りにしてるぞ」
マリウスが力強く言うと、ゼロスはにかっと笑って答えた。
「任せとけ」
その時だった。執務室の扉が、乱暴に開かれた。
「隊長!お耳に入れていただきたいことがっ!」
息を切らした部下が、駆け込んでくる。
「どうした?騒々しいぞ」
「タデウス男爵が、コルヴィヌス公爵様と共に、騎士団長を訪ねておいでですっ!」
マリウスの表情が、一瞬で険しいものに変わった。
「なんだとっ!?」
ゼロスは、きょとんとした顔で尋ねる。
「誰だ?そいつら」
「『竜の牙』付近の領地を治めているのがタデウス男爵で、コルヴィヌス公爵は、皇帝陛下の側近だ!」
「…うっは、とんでもない大物が出てきたね」
ルナが、面白そうに呟いた。
マリウスは、焦燥を浮かべた顔で立ち上がった。
「…ついてこい、お前たち。嫌な予感がする」
そう言い、マリウスはゼロスたちとヘレナを連れて、ギデオンの執務室へと足を急いだ。
ギデオンの執務室の扉の前で、マリウスは一行を制止した。中から、抑圧された怒気を含んだ声が聞こえてくる。
「…どういうことか、もう一度ご説明いただきたい」
ギデオンの声だ。マリウスは静かに扉を開け、中へと一行を促した。
部屋の中では、ギデオンが仁王立ちで、ソファに座る二人の男と対峙していた。一人は傲慢そうな顔つきの初老の男、もう一人は皇帝の側近であることを示す豪奢な衣服に身を包んだ、冷徹な印象の公爵だった。
「くどいぞ、ギデオン。キミたち騎士団の動きは、あまりにも遅い。今後、我が領内のダンジョン制圧と、それに伴う魔核などの資産管理は、全て『アイギス』に一任すると言っておるのだ」
ダデウス男爵が、嘲るように言った。
「…ダデオン殿の管理する区域で、スタンピードの予兆が観測されております。どうか、ご再考を」
「何度も再考した結果だ。もはや、この決定は覆らん」
「…陛下は、なんと?」
ギデオンは、ダデウス男爵の隣に座るコルヴィヌス公爵に意見を求めた。
公爵は、表情一つ変えずに、静かに答えた。
「…問題ないと、仰せだ…」
「…」
ギデオンは、悔しさに奥歯を噛み締めた。その時だった。
「失礼致します、コルヴィヌス公爵様、ダデウス男爵様」
マリウスが、部屋に入り一礼した。
「…マリウスか。何の用だ」
「はい。何やら大事なお話をしているとお聞きし、私もお耳に入れておきたいと思いまして…」
「話は既に決着がついている。我が領のダンジョン制覇と資産管理は、『アイギス』に一任するとな」
「…なっ!?あのような粗暴な連中の力を、本気で頼るおつもりですか!?」
マリウスは驚愕の声を上げた。
ダデウス男爵は、心底つまらなそうに答えた。
「粗暴か、どうかなど、些末な問題だ。最も大事なのは、我が領民の命よ。対応の遅い貴様らに、いつまでも任せてはおれん、という話だ」
「…我々が、ダデウス男爵様の領内のダンジョンを、これまでいくつ踏破したとお思いですか!?」
「…せいぜい、三割といったところだろう。その程度で、いい気になるな。話は終わりだ」
「…くっ!」
マリウスが言葉に詰まると、コルヴィヌス公爵の冷たい視線が、マリウスの後ろに控えるゼロスたちに向けられた。
「…君たち騎士団がネクサスから呼んだという、客人とやらは?」
「…彼らです」
ギデオンが答えると、公爵はゼロスたちを値踏みするように見つめ、命令を下した。
「では、今後キミたちは、『アイギス』の指揮下に入れ」
「「「!?」」」
アリシア、ルナ、レオの三人に衝撃が走る。
「…そういうわけには、まいりません」
「これは、皇帝陛下の側近である、私の命令だ。よもや、聞けぬとでも?」
ギデオンが苦悩に顔を歪め、何かを答えようとした。だが、それよりも早く、ゼロスが前に出て、口を開いた。
「因みに、俺たちの依頼主は誰になるんだ?」
その場違いなほど穏やかな問いに、ギデオンは答えた。
「…陛下からのご承認をいただき、ネクサスと直接交渉したのは、私だ…」
「なら、あんたが俺たちの雇い主だ、ギデオン殿」
コルヴィヌス公爵は、忌々しげにゼロスを睨みつけた。
「一介の傭兵風情が、何の真似だ?」
ゼロスは、ふっと笑った。
「依頼主が変わるというのなら、俺たちは一度、ネクサスのイレイン戦士長の指示を仰ぐ為に、一旦帰還させてもらうぜ。なんと言っても、俺たちはイレインに雇われている、ただの傭兵だからな。もし、イレインから提示された新しい条件が気に食わなかったら、その時はハイ、さよならだ」
レオ(あっ…そうか。僕たちは帝国に雇われたわけじゃない。あくまで戦士ギルドの客人だから、そういう言い方もできるのか…ずる賢いというか、口が回るというか…)
「…これだから、ネクサスの者どもは信用ならん…行くぞ、ダデウス」
「承知致しました」
コルヴィヌス公爵とダデウス男爵は、静かに執務室を去っていった。
残されたギデオンは、怒りのあまり、机を強く叩いた。
「…何を考えている、ダデウスめっ!!」
「…どのみち、このままでは騎士団の名誉に関わりますね…」
「…そうだな。もし、これで『アイギス』どもがダンジョン制覇を我らより早く成し遂げたとなれば、我ら騎士団の規模縮小、ひいては解体にも繋がりかねん…」
ヘレナは、何かを考え込むような顔で、黙っていた。
「…」
ゼロスは、悩む三人を前に、腕を組んで言った。
「…で、これからどうするんだよ?大将」
「…暫し、時間をくれ…今後の方向性を、もう一度考える」
「…わかった。俺たちは、いつでも動けるように準備しておくから、決まったら教えてくれ」
「そのつもりだ…」
ゼロスたちは静かに部屋を出ていき、宛がわれた自室に一旦戻るのであった。
二日後
――帝都ギルド『アイギス』が、近隣のBランクダンジョンを、わずか半日で踏破した。
その報告は、衝撃と共に、黒鉄の城塞を駆け巡った。
(第28話/了)




