第27話:仲間として
『黒鉄の城塞』に戻った一行は、重い沈黙に包まれていた。ヘレナは何も言わず、彼らを一つの客間へと案内すると、静かに扉を閉めた。
「キミたちはここで待っていてくれ。私は、今回の件を報告してくる」
広々としているが、どこか無機質で冷たい印象の豪華な客間に、四人だけが取り残される。窓の外では、帝国兵たちが規則正しく行進する姿が見え、この国が持つ独特の張り詰めた空気を物語っていた。
「はぁ…やれやれ…血の気の多い連中だったわ」
ゼロスは深く長い溜息をつくと、どさりとソファに身体を沈めた。その表情には、戦闘の疲労よりも、精神的な気疲れが色濃く浮かんでいる。
「全く!うちのリーダーを小馬鹿にするとは、命が惜しくない連中だぜっ」
対照的に、ルナはまだ興奮冷めやらぬといった様子で、腕を組み、ふんすかと誇らしげに胸を張っている。
「ルナ、話がある。そっちへ座れ」
ゼロスは、向かいのソファを顎で指し示した。その声は、いつもの軽薄さとは違う、静かで低い響きを持っていた。
「う…ウヒヒッ…な、なんのことかな?」
ルナはおどけて見せるが、その目は少し泳いでいる。
「いいから」
有無を言わせぬ声で促され、ルナは渋々ソファに腰を下ろした。
「ルナさん、随分と無茶をしましたからね」
アリシアが、部屋の入り口に立ったまま、心配そうに言った。
「ほんとだよぉ。僕、もうハラハラしちゃったよぉ」
レオが何気なくゼロスの隣に座ろうとするが、それもゼロスに制された。
「レオ、お前もあっちだ」
「…え?いいけど…」
ゼロスは、最後にアリシアにも声をかけた。
「アリシアさんも、ルナの隣に座ってくれ」
「…え、あ、はい」
ゼロスから見ると、ソファにはアリシア、ルナ、レオの三人が、まるで尋問を待つ被告人のように並んで座っている。
ゼロスは、その三人をゆっくりと見回すと、静かに口を開いた。
「はい、三人とも。俺が言いたいこと、わかりますね~?」
「?」
「?」
アリシアとレオは、不思議そうに首を傾げる。ただ一人、ルナだけが、全て分かった。といった様子で自信満々に胸を張った。
「ふふっ、感謝の気持ち、かね?ゼロスくん」
「…説教だ、説教」
「お説教ですと!?お父さんじゃあるまいし!?」
「へぇ、お父さんに、よく説教されてたのか、お前は…」
その言葉に、ルナは「うっ」と詰まると、気まずそうに視線を外し、不自然な口笛を吹き始めた。
ゼロスは、その様子に深いため息をつき、頭を抱えた。
アリシアが、助け舟を出すように口を開く。
「…あの、ゼロスさん。ルナさんも、ゼロスさんを思いやっての事でしたから…どうか、許してはくださいませんか?」
「…アリシアさん」
「…はい?」
「アリシアさんも、お説教の対象ですよ?」
「えぇ!?」
アリシアは、心底驚いた顔をした。
「『えぇ!?』じゃ、ないよ。あんな無茶な立ち回りをして、何かあったらどうする気だったんだよ」
彼の声には、怒りよりも、彼女の身を案じる切実な響きがあった。
「…私は、自分の気持ちに素直になっただけです」
アリシアは、真っ直ぐな瞳で彼を見つめ返した。その表情に、後悔の色はない。
「素直過ぎるっ!あいつらに逆恨みされて、狙われるような事になったら、どうするつもりなんだ?」
「…その時は、ゼロスさんが護ってくださいますよね?」
その言葉には、絶対の信頼が込められていた。
「そりゃ護るけど、そもそも、そんな事にならないように立ち回るのが、大人ってもんでしょうがっ」
「………」
「どうよ?言い返せまい。まぁ、わかったなら、次から俺が変に絡まれても無視してくれ。別に、何か俺に不利益が被るわけでもあるまいし。俺は俺で、今まで通り聞き流して終わりにするからさ」
「…自分の大事なものを護るのも、大人の務め…ではないでしょうか?」
「…なんですと?」
「親は、自分の子供の事を何があっても護ります。それが、たとえどんなに危険なことであっても。ですから、私は、ゼロスさんの事を何があっても護る。そう、決めております」
「やだ…あたし、十八ちゃいなのに、子供扱いされてるの…?」
「…物の例えです。私は、ゼロスさんを護りたい。だから、行動した。ただ、それだけのことです。ご不快でしたら、謝罪致します」
アリシアの表情は、どこまでも真摯だった。
「…男が、女に護られるってのは、ちょっと…」
「そこは、気になさらないでください。母が、幼い我が子を護る。そのような形で、受け取ってくだされば結構です」
「うーん…この際、はっきり言うぞ」
ゼロスは、観念したように息を吐いた。
「…はい」
流石に踏み込みすぎただろうか、とアリシアの心に一瞬、動揺が走る。
「俺は、アリシアさんの無事が第一優先だ。それを、これからも譲る気はない。だから、危ない時は、必ず俺を頼ってくれ。…俺を、キミの騎士のままで、いさせてくれ」
彼の声は、懇願にも似ていた。
「…はい…承知、致しました…。そのお気持ち、ありがたく頂戴致します」
アリシアは、その真摯な言葉に、喜びと、そして自分がただ守られるだけの存在ではないという複雑な心境を抱えながら、顔を俯かせた。
部屋には、重く、そしてどこか甘い沈黙が流れていた。
ルナとレオは、今の今まで自分たちがいたことを忘れてしまったかのように、ただ固まって二人を見つめている。
「…お?ぉお?なんか、良い雰囲気じゃね?あたしたち、お邪魔じゃね?退散しますか、レオ隊長」
「そうだね…あとは、若い二人で仲良く…」
ルナとレオは、そろりそろりと音を立てないようにソファから立ち上がり、部屋から抜け出そうとする。
「変な事言って、煙に巻こうとすんな。そのふざけた発言は誰の影響だ」
ゼロスの静かな声に、二人の動きがぴたりと止まった。
「「お前だ!」」
レオとルナは、思わず声を揃えて、その原因を指差した。
「お、おぅ…」
「でぇ…この座り方だと、説教されんのは、次に、あたしってことかぁ?」
ルナは、観念したようにおずおずと尋ねる。
「よーく、わかってるじゃないの」
ゼロスは、いつもの飄々とした態度に戻っていた。
「あたし、なんか悪い事したっけぇ?」
「悪い事っつうか、なんであの場面で、あんなにキレた?」
「気になるぅ?」
ルナは、媚びるように上目遣いで尋ねる。
「気になる、っつうよりも、お前の今後の行動パターンを把握しておきたいだけだ。くだらん理由だったら、お説教タイムだ」
「行動パターンって…あたしは攻略対象のモンスターかよ………まぁ、いいわ。…照れるんじゃねぇぞ」
「…何を言う気だ?」
「あたしは…その…あの…」
ルナは、もじもじと指を絡ませながら、頬を真っ赤に染めて、爆弾を投下した。
「…ゼロスに、一目惚れしたの…。だから、あたしの大事な人を馬鹿にされたら、許せなくなって…」
隣で、レオが「えぇ!?」と、声にならない悲鳴を上げて固まっている。
「…そ、そんな目で俺を見ていたのか…すまん、お前の気持ちに、気付けなくて…」
ゼロスが動揺していると、絶対零度の視線が横から突き刺さった。アリシアが、完璧な笑顔のまま、しかし全く笑っていない瞳で、こちらをじっと見つめていた。
「…だから、あたしの事…許して…くれる?」
ルナが、潤んだ瞳でゼロスを見上げる。
「…そうだな…それなら、仕方ない…わけ、あるか、このボケが」
「えぇ…ダメなの?ダーリン?」
「ダーリンもやめろ。あと、その猿芝居も。隣の二人の、こっちを見る目が怖いんだよ。俺はロリコンか」
ゼロスは、見た目が幼いルナをそのような目で見ているのか、と二人が疑っているような気がして、冷や汗をかいた。
「…ちっ…大体の男なんざ、これで一撃なんだがな…」
ルナは、悔しそうに舌打ちした。
「なんだそれは…でぇ?なんで、あんな事をした?今ので、相当関係が悪化したろうが。あそこで俺が止めなかったら、全面戦争になってたぞ」
「…あんな事ねぇ…むしろ、あんな事を言われても平気で聞き流してる、ゼロスの方がどうかしてるよ」
「話を逸らすな」
「へいへい…仕方ねぇなぁ…。あたしは、仲間を馬鹿にされて、黙ってられるほど、冷めた女じゃないってだけだよ」
その言葉には、嘘偽りのない、彼女の芯の強さが表れていた。
「…ルナは、昔からそういうところがあるからなぁ…」
レオが、しみじみと昔を思い出すように呟いた。
「…ただの、変わった女じゃなかったのか…」
「…ふっ…情に熱い女とでも、言ってほしいな…」
ルナは、誇らしげに胸を張った。
「とりあえず、次からは、俺が何を言われても無視しろ」
「ぇー…どーしよっかなぁ」
「無視しろ」
「ちぇー、ちぇー…わーったよ」
ルナは、不満そうに頬を膨らませた。
「…すっげぇ不安だ…で…最後は…」
ゼロスの視線が、レオへと移る。
「僕か…。なんか、説教っていうより、事情聴取みたいだね、ゼロス」
「なんか知らんが、俺、お前らに庇われてる?って思うと、あんまり説教する気になれんのだよな」
「つまり、僕も、そっちの方向に話を持っていけば…」
「バラすな、バラすな。で、レオ。なんで、あの時ルナを止めなかった?幼馴染なら、ある程度の行動の予測はできただろう?」
「うん。だから、盾を錬成したんだ」
「いや、それ、完全に加担だから…」
「でも、あの時、僕が盾を錬成しないと、ルナがやられていたかもしれない」
「その前に、ルナの暴走を止めろ、って言ってんの」
「ん-…普段なら止めるんだけどね。あの時は、僕も加勢するのが良いと思ったんだ」
「…ハァ…なんでだよ?」
「友達が馬鹿にされているのに、黙っているなんて、僕には出来ないからだよ」
レオは、当然のことのように、きっぱりと言い放った。
「…なんか…お前ら、似た者同士だな…」
ゼロスは、ルナとレオを交互に見た。
「流石、一緒の村で育っただけあるよぉ」
「やっぱり、同じ環境で育つと、性格は似るもんだねぇ…」
「っていうか、レオ…俺たちって、いつから友達になったんだっけ?」
「ん?違うのかい?」
レオは、心底不思議そうな顔で首を傾げた。
「いや、気持ちは嬉しいが…まだ会って数日だぞ、俺たちは…」
「ゼロス…友達になるのに、時間は必要かい?」
「流石に、短期間すぎやしねぇか…?」
「僕が、ゼロスを友達だと思ったら、その瞬間から、僕らは友達なんだよ」
「お前…見かけによらず、グイグイくるタイプだなっ!?」
「僕は、一目見た時から、ゼロスとは良い友人になれると思っていたよ?だから、その時から、僕達は友達なのさ」
「やだ…なにそれ、怖い…」
「大丈夫、大丈夫。最初は怖くても、徐々に慣れるから」
「言葉の選び方も怖いっ!」
「割とレオって、一度決めたことを曲げたことないから、観念するしかないよ、ゼロス。男だろ?腹ぁ括れよ」
ル-ナは、決め顔で言う。
「そういや、錬金術師の適性で、無理やりタンク役をやってるようなやつだもんな…」
「ね?説得力あるっしょ~?」
「一度決めたことは、絶対に諦めない。これが、僕の信条だからね」
「…なんか、色々と濃いメンバーが集まったな、うちのパーティーは…」
ゼロスは、結局なんだかんだと自分を想ってくれている三人の顔を見て、これ以上強くは言えなかった。
一方、その頃。
騎士団団長ギデオンの執務室にて、ヘレナが報告を行っていた。
「帝都ギルド『アイギス』の引き入れに、失敗しました」
ギデオンは、執務机の後ろの椅子に深く腰掛けたまま、静かに答える。
「よい。元から、あの者たちには期待しておらぬわ」
「承知致しました。…時に閣下。ゼロス以外の三名の戦力について、ご報告が…」
ヘレナは、先ほどのアイギスでの一件を、包み隠さず話した。
「ふむ…ヒーラーでありながら、魔術師を超える程の潜在能力を秘めたアリシア。錬金術師でありながら、鉄壁の防御力を誇るレオ…。そして最後に、眼の色素が変わるほどの魔素の暴走を、こともなげに制御しきるルナ、か…」
「はい。特にルナは、本来なら自我を失ってもおかしくないほどの魔素量を感じました。あの歳であの才能。成長すれば、ネクサスが魔術師ギルド長、エメルダに匹敵するかもしれません」
「…最高位スペルを習得できれば…の話だろうがな。しかし、イレインめ。救援要請に対して、とんでもない異端児どもを送りつけてくれたものだ…」
「そうですね…これで、近日中に想定されるスタンピードにも、対応できるかと…」
「…よし。奴らを、マリウスの指揮下に置く。マリウスと共に、作戦を組むよう、そう伝えろ」
「…承知致しました」
ヘレナは深く一礼すると、静かに執務室を出ていく。
一人残されたギデオンは、机の上に置かれたゼロスたちの資料に目を落とした。
「…イレインめ…これで、また一つ、でかい借りを作ってしまったな…」
(第27話/了)




