第26話:騎士の矜持、ヒーラーの矜持
マリウス(これは、防げない!)
ゼロスの左フックが、スローモーションのように自身の身体へと迫りくるのを、マリウスは走馬灯を見ながらただ見つめていた。あの凄まじい棍棒の衝撃から察するに、この一撃には比べ物にならないほどの威力が込められている。受けたが最期、無事では済まないことを、その肌が感じ取っていた。
まさに、その拳がマリウスの脇腹を抉る寸前だった。
「そこまでっ!!!!!!」
ヘレナの鋭い声が、訓練場に響き渡った。ゼロスは、その声に反応し、マリウスの脇腹に触れる寸前で、ぴたりと拳を止めた。
マリウスは、死の淵から生還した安堵に一瞬表情を緩めたが、すぐに悔しさに顔を歪め、ヘレナに向かって言い放った。
「…なぜ止めた!?」
「マリウス、お前が決めたことだ」
ヘレナは、氷のように冷たい視線で彼を見据えた。
「最初に言ったな。『スキルは使わない。それがハンデだ』と。しかし、お前は約束を違えた。騎士は、決して約束を違えない。…言っている意味は、わかるな?」
それは、事実上の敗北宣告だった。
「…くそ…」
マリウスは、悔しさからその場に俯いた。対して、ゼロスはあっけらかんとした顔で、事の重大さを全く感じていない様子だった。
「まぁ、いいんじゃねぇか?お互い、大怪我せずに済んだし」
「…なんだ?慰めか?」
マリウスが怪訝な表情で睨みつける。
「そんなつもりはねぇよ。マリウス。あんた、モンスターからクリティカルヒットを貰ったら、そこで諦めんのか?諦めて死ぬのか?違うだろ。死にかけたら、死なねぇために、そこからは死に物狂いで戦い始めるだろ?」
ゼロスは、かつて素手で相対したオーガジェネラルの事を思い出していた。
「…そうだな…その通りだ」
マリウスは、彼の言葉にハッとさせられた。
「俺も、流石に武器なしであのスキルを受けたら、真っ二つだからなぁ。お互い無事に済んで、よかったぜ」
ゼロスはにかっと笑った。
「…ああ」
マリウスは、その屈託のない笑顔を見て、胸のつかえが少しだけ下りるのを感じた。
その時、アリシアが駆け寄ってきた。
「どこが無事ですか…はい、その腕、診せてください」
彼女はゼロスの、自傷による出血で血まみれになった両腕を取る。
「全く…また、無茶をしましたね…」
アリシアは少し呆れたように、しかしその声には深い安堵が込められていた。彼女がそう言って、その手に緑色の光を灯すと、ゼロスの両腕から痛みが消え去り、裂傷もみるみるうちに塞がっていく。
「ありがとう~、アリシアさん」
「…自分の女に、良いところを見せられたな」
マリウスが、少しからかうような口調で言った。
「だから、そういう関係じゃねぇって…」
ゼロスが否定する横で、アリシアはゆっくりとマリウスの方を向いた。その瞳は、半眼で、どこか冷たい光を宿している。
「はい、次は貴方の番ですよ。背中を、向けてください」
その声は、鈴のように可憐だが、有無を言わせぬ圧があった。
「お、俺は無事だから大丈夫だ」
「何を言ってるんですか?背中を地面に叩きつけられていたでしょう?早くしてください」
そう言われ、マリウスは気圧されるように、しぶしぶ背中を向けた。
アリシアは、その背中にそっと手を触れ、治療を開始する。その瞬間、マリウスの背中に、痺れるような鋭い痛みが走った。
「…っ!?少し、治療が荒くないか!?」
「えー?いつも、アリシアさんは丁寧だぞ?そんなに痛むなら、中級ヒーラー以上に診てもらったほうがいいんじゃね?」
ゼロスは不思議そうに言う。
「そ、そうか…」
もしかしたら、自分が思っている以上に重大なダメージを受けていたのかと、マリウスは内心で焦った。しかし…
アリシアは、マリウスの耳元にそっと顔を寄せ、彼にだけ聞こえるように囁いた。
「わざと雑に怪我を塞いでいるので、後々まで痛むのです」
「!?」
驚くマリウスに、アリシアは完璧な、しかし氷のように冷たい笑みを浮かべながら続けた。
「ゼロスさんに、私の事を『お前の女』などと、部外者の方が、軽々しく踏み込んでいい領域ではございませんよ?どうぞ、その痛みをゆっくりと味わってくださいね」
マリウスの背筋を、ぞっとするような悪寒が駆け上った。
「もし次、私達の間に不要な言葉を挟もうとなさるのでしたら…容赦はしませんよ?」
「…わかった。今後は、気を付けよう…」
マリウスは、この穏やかそうなヒーラーが、パーティーの中で最も『ヤバイ女』なのかもしれないと感じ、彼女とは一定の距離を置くことを心に固く決めたのだった。
ギデオンは、満足げな笑みを浮かべながら三人に近づいてきた。その顔は、既に結果は分かっていたとでも言いたげだ。
「どうだった?マリウス」
「はい、団長。ゼロスは一般ジョブなれど、十分に使える人物かと存じます。彼が、先の戦いに参加してくれるのであれば、俺も心強い」
マリウスは、敗北の悔しさよりも、新たな強者と出会えたことへの興奮を滲ませて答えた。
ギデオンは、腹の底から楽しそうに笑った。
「そうだな。私も、そう思うよ」
彼はヘレナに向き直る。
「さて、ヘレナ。査定は終わりだ。彼らを部屋まで案内してやってくれ」
「承知致しました。…では、貴方方、私についてきてください。ご案内致します」
そう言われ、ゼロスたちがヘレナについて行こうとした時だった。
「…ゼロス」
マリウスが、彼を呼び止めた。
「…ん?なんだ?マリウス」
マリウスは、少し照れたように、しかし真っ直ぐな目でゼロスを見た。
「お前を見くびっていた。その謝罪として、今度、酒でも奢らせてくれ…」
ゼロスは、何事もなかったかのように、からりと笑って答える。
「あー…いいって、いいって。ああいうの、慣れてっから。気にしなくていいぜ~」
「…ならば、謝罪ではなく、ただ、共に酒を飲みたい。お前とは、色々話してみたい」
「…そうか?俺、あんま楽しい話できねぇぞ?ま、今度時間が合えば誘ってくれ。部隊長様だと、普段はお忙しいだろ?」
ゼロスはそう言い残し、ヘレナの後を追った。
訓練場には、ギデオンとマリウスだけが残された。
「お前が、誰かを誘うとは珍しいな」
「…奴に、興味が湧きました」
「…だろうな。一般ジョブでありながら、戦士ジョブを凌駕する力…。一体、今まで何をしてきたのか。私も聞いてみたいところだ」
「…はい」
二人の言葉を最後に、訓練場には再び静けさが戻っていた。
ヘレナに案内され、ゼロスたちは『黒鉄の城塞』から少し離れた、軍政地区にある壮麗な建物の個室へと通された。
ルナは、重厚な石造りの廊下を歩きながら、うんざりしたように溜息をついた。
「なんか、ずっと要塞の中にいるって感じの国だねぇ…」
「…ルナ、失礼な事を言うんじゃありません…」
レオが注意するが、ルナはつまらなそうな顔を隠せていない。
「実際、事実ではある」
前を歩くヘレナが、淡々と答えた。
「ほれ見たことか!!」
ルナは得意げな顔をしたが、アリシアが慌てて割って入る。
「す、すいません!ヘレナさん!ルナが、失礼な事を!」
「いや、気にしなくていい。だが、この国の秩序や規律が好きで住んでる人間が大半だ。別に、他国の者たちに理解してもらおうとは思っていない」
ヘレナは窓から見える、整然とした自国の風景を、どこか愛おしそうに見つめた。
ゼロスは振り返り、まだ不満げなルナを見た。
「ルナくん。お兄さんが、いいことを教えてやろう…」
「なになに?」
「『蓼食う虫も好き好き』という言葉があってな…」
「…本当に、どこからそういうのを覚えてくるんですか…」
アリシアが呆れたように言う。
「人には、いろんな『好き』があるから、自分は好きじゃなくても、他人から見るとそれが良かったりする。そういう、色んな人の色んな好き嫌いを受け入れてあげるのが、一流のレディってもんだ」
「…なるほどっ!!」
ルナは、妙に感心した顔をしている。
「ゼロス…後ろ、見たほうがいいよ…」
「…へ?」
レオに促され、ゼロスが振り返ると、そこには憤怒の形相をしたヘレナがいた。
「斬られたいのか、貴様」
そう言い、彼女は腰のサーベルを半分ほど抜きかけていた。
「…大変申し訳ございませんでした…」
ゼロスは、その場で深々と頭を下げるのだった。
その後、それぞれの部屋を案内され、荷物を置いたゼロスたち。
「そういえば、ヘレナさん。この国って、一般人が住んでるような地区はないのか?」
「…あぁ、当然ある。この身分証のバッジがあれば、いつでも関所を通れる。地図も渡しておこう」
「へへ、ありがとう」
「…で、どこへ行くつもりだ…?」
「そりゃぁ、酒場っしょ~」
「…そうか」
ヘレナは、何か別の可能性を考えていた自分を恥じるように、少しだけ安堵した。
「とりあえず、貴方たちに会わせたい奴らがいる」
「…また、お偉い人とかじゃないでしょうね…?」
「おっ!?おおっ!?もしや、皇帝陛下!?」
ルナが目を輝かせる。ヘレナは嘆息交じりに答えた。
「そんなはずないだろう…今回、一緒のチームで動くかもしれない連中だ」
レオが、疑問に思っていたことを質問した。
「…さっきから、『やつら』とか『連中』とか、どのような方々なのですか…?」
ヘレナは、少しだけ暗い顔をしながら、一言だけ答えた。
「…荒くれ者だ…」
軍政地区の中でも特に人が少ない地域に、一際大きな石造りの建物が立っていた。
四人の先頭に立つヘレナは、その建物を前にして、静かに告げた。
「…ここだ」
ゼロスは、建物に掲げられた古びた看板の文字を読み上げた。
「…『アイギス』…?なんのことだ、こりゃ」
「我が国には、冒険者ギルドは無い。代わりにダンジョンの抑制を行っているのが、我ら騎士団と、この帝都ギルド『アイギス』だ。元は騎士の出来損ないが作った組織だが、今では貴族ではない騎士崩れの連中が集う場所でな。力はあるが、粗野な態度が目立つ連中だ」
アリシアは不安そうな顔をするが、ゼロスはいつも通りの呑気な様子だった。
「ま、冒険者と似たようなもんだろ?とりあえず、挨拶しに行こうぜ」
「…」
ヘレナは、その背中に向かって小さく息を吐いた。
ゼロスらが扉を開けると、そこには昼間だというのに薄暗く、酒と汗の匂いが混じり合った、さながら無法者の酒場のような光景が広がっていた。いる者の多くが昼から酒を呑み、荒んだ雰囲気を醸し出している。
ゼロスは、その空気を全く意に介さず、極めて軽快な挨拶をした。
「はい、どーーーーも、ご挨拶にあがりました~。『始まりの雫』でーすっ」
その場違いな声に、酒を飲んでいた男の一人が、ぎろりとゼロスを睨みつけた。
「あぁ?誰だ、てめぇら…後ろにヘレナがいるってことは、なんだ?騎士団の客か?」
「そうだ。オルソンと話がしたい」
ヘレナが冷たく言い放つ。
「…あいにく、うちのボスは暇じゃねぇんだ。後にしな」
男はそう言うと、再び杯を呷った。
「では、レックスを呼べ」
「今度はうちのリーダーってかぁ?おいおい、何様のつもりだ?」
「貴様ら、粛清されたいのか?」
ヘレナの言葉に、男はげらげらと下品に笑った。
「へっ、俺らが居ないとダンジョンのモンスターが溢れかえって、とっくにスタンピードが発生して、この国は滅んでるぜ?」
「…言わせておけば…」
ヘレナが腰のサーベルに手をかけようとしたのを、ゼロスが手で制した。
「まぁまぁ、そう荒れるな、荒れるな。俺らは喧嘩しに来たんじゃない。仕事の話をしに来ただけだ。オルソンって人か、レックスって人は、いつ居るんだ?」
男は、今度はゼロスを値踏みするように見つめた。
「…俺たちは、強い奴としか共闘しねぇ…ボンボン育ちの騎士団の客なんぞと、つるむ気はねぇよ」
ゼロスは、その言葉ににやりと笑った。
「ボンボン育ち、か…だが、マリウスってやつは、なかなか骨があったぜ」
その名を聞いた瞬間、男たちの目の色が変わった。
「ほぉ…あいつを知ってんのか、兄ちゃん…」
「あぁ。ついさっき、訓練場でやりあってきたところだ」
「…興味が出てきたね。で、どうだった?勝ったのか?」
ヘレナが横から答えた。
「私が止めた。本気の殺し合いになりそうだったのでな」
その言葉に、男は興奮した顔でゼロスに詰め寄った。
「ほぉぉぉぉ!!いいねぇ、兄ちゃん!ジョブはなんだ!?戦士か?パラディンか?その斧を見る限り、狂戦士か?どっちみち、俄然興味が出てきたぜ」
ゼロスはへらりと笑って答える。
「残念、荷物持ちでした」
その途端、男たちの熱気が、すっと冷めた。
「…てめぇ、嘘はよくねぇな。一般ジョブのクソが、騎士団の部隊長に敵うはずがねえだろ」
「いや~、よく言われるわ~」
全く気にしていない様子のゼロス。
「…そもそもよぉ、お連れも弱っちそうなんだよなぁ。弱っちぃやつらが弱っちそうなリーダーを頼るなんざ、相当困ってんだろうなぁ………なぁ、姉ちゃん?」
男のねっとりとした視線が、アリシアに向けられる。
「そんな頼りない兄ちゃんについてないで、こっちに来いよ。いい生活させてやるぜ…」
「お断り致します」
アリシアは、毅然とした態度で言い放った。
「あんだぁ?もしかして、兄ちゃんに弱みでも握られてんのかぁ?」
「…別に私は、弱みを握られていても、ゼロスさんの傍を離れる気はございません」
「…熱いねぇ…後ろの男と女は、どんな気持ちでその兄ちゃんについてんだよ」
ルナとレオに視線が移る。
「…別にあんたに関係ないでしょ」
「同じく」
ゼロスは、この不毛なやり取りに、やれやれと息をついた。
「…はぁ…話にならんな。ヘレナ、こいつらとは共闘できねぇよ。マリウスたちと話をつける形でもいいか?」
「…あぁ。薄っすらと希望を抱いてはみたが、無駄だったな。帰ろう」
「…はぁ…姉ちゃんどもに護られて、恥ずかしくねぇのかよ。そこは俺らと勝負するとこなんじゃないかな?ゼ・ロ・ス・く・ん」
ゼロスは、心底呆れたように言った。
「…わりぃが、俺は無駄な相手と喋るのは苦手なんだ」
「はっ!この腰抜けがっ!」
そう構成員が言い放った、その時だった。
アリシアが、静かに、しかし氷のように冷たい声で言った。
「…訂正なさい」
「…は?」
「ゼロスさんを侮辱した事を、今すぐ訂正なさい。でないと…」
「でないと、なんだよ?まったく、ゼロス兄ちゃんは情けないでちゅね~、女に護られて」
アリシアは、告げた。
『虚空に漂うマナよ、集い、形を成せ!!』
彼女の周囲の空気が、微かに淀み、魔素が集まっていく。弱々しく、微弱な魔素の震え。
「アリシアさん、よせ!」
ゼロスは止めたが、構成員はさらに煽る。
「…こんな弱っちい女に護られてるとか、どんだけ恥ずかしい男なんだよ、ゼロスぅぅぅぅ」
『我が意思に従い、矢となりて放たれん!!』
アリシアが二節目を唱えた瞬間、場の空気が一変した。
彼女の周囲の虚空が歪み、異様で、禍々しく、狂気じみた紋様の魔法陣が七つ、赫々と現れる。
「この女っ!!」
明らかに危険な雰囲気を醸し出す魔法陣を見て、ギルド内にいた構成員たちが一斉に警戒態勢に入り、武器を構えた。
「わー、わー!やめようぜ!アリシアさん、本気の殺し合いになるぞ!?」
「…今回だけは、私は私の感情に従います」
アリシアはそう答えると、魔術を止める気配を見せない。
「…マジでやる気か?この女…」
アリシアは手のひらを前にし、最後通告をするように言った。
「…さぁ、謝罪を…」
その圧倒的な威圧感に気圧される構成員だったが、引くに引けない意地が勝った。
「ふざけんなっ!おい、この女をぶっ殺…」
構成員の言葉は、続かなかった。
『…火の追跡者、放て』
突如、アリシアの後ろから簡易詠唱で放たれた炎の矢が、その男の右腕目掛けて炸裂した。
「うぎゃぁぁぁぁああああああああああああああ」
悲鳴をあげ、焼き焦げた腕を押さえる構成員。その攻撃を放ったのは、ルナだった。
「…ルナさん?」
アリシアが驚いて振り返ると、そこには普段の飄々とした態度は消え、明らかに殺意に満ちた表情のルナが立っていた。
「…その汚い口を、閉じろ」
ルナの眼は、その魔素によって、蒼く輝きを放っていた。
「て、てめぇ…ぶっ殺す…」
「殺すのは、あたしだ。…ここにいる全員、焼き殺してやる…レオ」
「銀よ」
そう言うと、レオの左手のガントレットが、瞬時に大楯へと展開される。
「広がれ」
レオの盾が、ゼロスたちの前方を守るように、網目状に広がった。
「いいよ、ルナ。思いっきりぶっ飛ばしても。こっちへのダメージは、僕が全部防ぐ」
「お前ら、やめろ!」
「お前ら!あの小娘を止めろっ!!」
他の構成員がレオの盾の壁を武器で殴りつけるが、それはびくともしない。
『一条の光を編み、雷鳴の鎖を紡げ…』
ルナが手を合わせ、離した瞬間に、彼女の周囲にバリバリと電気が走り、螺旋状に大きくなっていく。
「ふざけんな…フル詠唱で…人間相手にアレを撃つ気か!?」
ルナは構わず詠唱を続けた。
『その鎖を振るい、敵から敵へと繋ぎ渡せ…』
ルナの身体の周囲を、鎖状となった電撃が蛇のようにとぐろを巻く。
「逃げろっ!『雷光の連鎖』だっ!!!」
ルナの眼が、魔素でさらに蒼く輝いた。
「…消し炭になれ」
彼女が腕を掲げ、『逃れる術なし、雷光の…』
その最後の詠唱が言い終わる前に、凄まじい轟音と衝撃がギルドの壁を揺るがし、石造りの壁に巨大な穴を空けた。
ルナは不意に発生した轟音と衝撃に驚き、魔術を霧散させてしまう。
「…やめろ」
大穴を開けたのは、ゼロスの戦斧だった。
「…うごごご…いいところだったのに…」
「いいところじゃねぇだろ…お前も乗っかるな、レオ…」
「ははは…ごめん。なんか、僕もイラっとしちゃって…」
「…てめぇ、こんなことしてタダで済むと思ってんのか…?」
ゼロスは今までのやんわりした表情を消し、氷のように冷たい眼で、アイギスの構成員たちを見渡していた。
「お前らが売ってきた喧嘩だろうが。買ってやって、何が悪い?…それとも、なんだ?」
ゼロスは男の首元に、躊躇なく戦斧を振り下ろし、斬れる寸前のところでぴたりと止めた。
「…このまま、殺し合いの続きでもするか?」
「…てめぇ…」
男は、恨むような眼でゼロスを睨みつけた。
パン、とヘレナが手を叩いた。
「ゼロス!戻るぞ」
ゼロスは斧を肩に担ぎ直した。
「へーいよ」
そうして出ていこうとするゼロスらに、構成員が声をかける。
「てめぇら!これで終わると思っ…」
ヘレナは、後ろを横目で見やり、冷たく言い放った。
「終わらなかったら、私はもう止めんぞ。ゼロス達と殺し合いになる上、私は騎士団を介入させ、お前たちへの魔核の買い取りも停止させる。どうだ?好きにしたらいい」
「・・・・・・・・」
アイギスの構成員たちは、沈黙した。
「…戻ろう、ゼロス。詫びに、好きなだけ酒を奢ってやる」
「あら、得しちゃったっ!」
「はぁ…ゼロスは…。代わりにキレて、損したよぉぉぉ」
ルナが不満そうに言う。
「ルナちゃん、レディたるもの…」
「今はそのネタはいいよぉ…」
「…なら、あとでちゃんと、なんで怒ったか聞くからな」
「うぐっ…」
その背を、アイギスの構成員たちは、ただ静かに見守っていた。
(第26話/了)




