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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第25話:模擬戦

帝国軍総司令部『黒鉄の城塞アイゼン・シタデル』の訓練場は、ネクサスのそれとは全く異なっていた。地面は固い石畳で覆われ、周囲は高い城壁に囲まれており、武器庫には寸分の乱れもなく訓練用の武具が並べられている。そこは、自由な修練の場というより、兵士を育成するための厳格な施設だった。


ゼロス一行とギデオン、そしてヘレナは、マリウスに連れられ、その訓練場の門をくぐった。


マリウスは余裕の笑みを浮かべ、ゼロスに武器庫を指し示した。

「ここにある訓練用の武器から、好きなものを選んでくれ」

彼はそう言うと、自らは武器箱から一本の訓練用大剣を引き抜いた。


「グレートアックスはあるか?」


「ん?もちろんあるぞ」

マリウスは同じく武器箱から、ゼロスの要望通りの巨大な訓練斧を引き抜き、彼に手渡す。ゼロスはそれを受け取ると、眉をひそめて黙り込んだ。

「…」


マリウスは、そんなゼロスにだけ聞こえるように、侮蔑を込めて囁いた。

「なんだよ、別に殺しはしないから安心しろよ。いくら元Sランクの冒険者と互角といっても、ガレス副長は現役引退の身だろ?別にお前らにそこまでの働きなんか期待してない。せいぜいBランクでもあれば、囮には使えるだろうがな」


しかし、ゼロスは特に気にしている素振りも見せず、手にした斧を一振りした。

「いや、軽すぎるなと思ってな…俺は、そっちでいい」

そう言って、彼は武器箱から離れた。


「…おい、そっちは」

ゼロスが手に取ったのは、床に雑に立てかけてあった、新人訓練生が素振りで使うためだけの、ただの木の棍棒だった。


マリウスの表情から、笑みが消える。

「…なめているのか?」

その声には、明らかな怒気が含まれていた。

「んなわきゃねぇよ。単に俺は、叩き斬るか、殴りつけるかの武器しか使えねえんだよ」


「…はっ…なんだそれは…技術がいる武器が使えないとでも言うのか?まるで獣だな」


「単に、不器用なだけだよ」

ゼロスは、真剣な表情でそう答えた。


「…どうやら、本気で言っているようだな。いいだろう…」

マリウスは、呆れたように息をついた。二人は訓練場の真ん中に進み出て、対峙する。


ヘレナが、事務的な口調で確認した。

「武器選びはもういいな?マリウス、ルールはどうする?」


「武器以外は本気でやる。スキルもありだ。使えるものは、全て使う」


「実戦形式、か」


「安心しろ。俺はスキルは使わん。せめてものハンデというやつだ」

マリウスは、寛大さを示すように肩をすくめた。

「あら、寛大。流石は騎士様だな。で、勝負はどうやってつけるんだ?」


「俺に一撃でも入れたら、お前の勝ちでいいぞ」


「俺の負けは?」


「…そうだな。お前が『参った』と言ったら、その場で終わりでいい」

そのあまりにも一方的なルールに、見物していたルナが大声を上げた。

「おうおう!余裕じゃねえか!うちのリーダーを舐めてっと、痛い目見るぞ!」


それに呼応して、レオも声を張る。

「そうですっ!ゼロスは、やる時はやる男ですっ!真面目にやれ!!」


マリウスは、応援する二人を横目でちらりと見た。

「…って言ってるが、どうするよ?」

ゼロスは、やれやれといった様子で頭を抱えた。

「…お前ら、俺が戦ってる姿、見たことないだろっ!」


「…ごめん、ノリで…」


「俺も…」

ルナとレオが、しゅんと萎縮する。


そんな彼らの様子に、アリシアは穏やかな微笑みを向けた。

「ゼロスさん、ご武運を…。私は、信じていますよ」


「…やっだぁ、アリシアさん。そんなに期待されても困るわぁぁぁぁぁ」

ゼロスは両手で顔を覆い、大げさにおどけて見せた。

「…自分の女に、情けない姿を見せないといいな?」


「別に、俺の女じゃねぇよ」


「…話はいいか?そろそろ始めてもらいたいんだが」

ヘレナの冷たい声が、二人の間に割って入る。

ゼロスはいつも通り呑気な返事で答えた。

「りょうかーい」


二人は距離を取り、構えた。ヘレナが戦いに巻き込まれない位置まで下がると、その手を高く振り上げた。

「…では…始めっ!!」


ゼロスは棍棒を握り締め、腰を落として重心を低くした。

マリウス(…実戦経験はある、という感じか…)

「先手は譲ってやる。好きに攻めてこい」


「んじゃぁ、遠慮なく」

ゼロスは地を蹴り、一気に間合いを詰めると、マリウスの肩目掛けて棍棒を振り下ろした。

マリウス(…所詮は、荷物持ちか)

「遅いっ!」

マリウスはそう言い放つと同時に、ゼロスの棍棒を大剣で軽く打ち払い、返す刃で即座に反撃に転じた。

マリウス(これで、終わりだっ!)


高速の斬撃が、ゼロスの胴体を捉えた――かに見えた。しかし、打ち払われたはずのゼロスの棍棒は、既に彼の身体の横に引き戻されており、マリウスの刃をガキン、と硬い音を立てて受け止めていた。


「…まぁまぁ、やるようだな」


「そいつはどうも」

二人は一旦距離を取る。


「頑張れー、ゼロスゥゥゥゥ!!」


「負けるなっ、ゼロス!」

ルナとレオは、再び果敢に応援を始めた。


「仲間の前だ。無様に散らんといいな」

マリウスはそう言うと、再びゼロスに斬りかかった。

「そうだなっ!」

ゼロスは、その斬撃をひらりとかわす。


「いよっし!躱した!攻めろぉぉぉぉぉぉ!!!」


「行けっ!!ゼロス!」

二人は応援するが、ゼロスはマリウスの剣戟を、ただひたすらに躱し続けるだけだった。その戦い方は、誰の目にも防戦一方にしか見えなかった。


ギデオンは、失望したようにため息をついた。

「…期待外れ、か…イレインのやつめ」


「仕方ありません。マリウスは現役で数多のモンスターを討伐している身。場数が違います」


「…そうだな…囮か、陽動程度には使えるかもしれんがな」

ただ一人、アリシアだけが、神妙な面持ちで、ゼロスの動きをじっと見つめていた。


マリウスは苛立ちを隠さずに、さらに斬撃の速度を上げた。

「どうした!!少しは攻めてみたらどうだ!?」

高速の斬撃の嵐の中を、ゼロスは紙一重で躱し続ける。


「…そうか?なら」

ゼロスは静かに呟くと、一瞬だけ、棍棒を大きく振りかぶる予備動作を見せた。

マリウス(遅…)

――いっ!マリウスがそう断定しかけた瞬間、ゼロスの棍棒が今までとは明らかに違う、凄まじい速度で彼の胴体を横薙ぎに薙ぎ払ってきた。


「っ!?」

マリウスは咄嗟に大剣の腹でその一撃を防御する。

「ふっ…やる…」

――な。と言い終わる前に、ゼロスはマリウスの右腕を、空いている左手で鷲掴みにし、そのまま勢いよく反対側の地面に投げ飛ばした。


「ぐっ!?」

マリウスが石畳に叩きつけられる鈍い音が、訓練場に響き渡る。

「やっった!!」

レオが歓声を上げた。


「いい気に…」

――なるなっ!マリウスがそう叫ぼうとしたのだろうが、ゼロスは聞く耳を持たず、無防備な彼の顔目掛けて、躊躇なく棍棒を振り下ろした。

轟音と金属がぶつかる激しい音、そして衝撃波で土煙が巻き起こる。


「マリウスッ!」

ヘレナが叫ぶ。マリウスは寸でのところで剣を盾にし、棍棒の一撃を止めていたが、その勢いを殺しきれず、後方へ転がって咄嗟に距離を取った。

ゼロスが振り下ろした棍棒は、石畳を大きく抉り、さらに濃い土煙を巻き上げる。

その土煙の中に、足で地面を踏み抜いたゼロスの姿があった。


「…貴様っ…」


「あら、避けられた。流石の反射神経」

その非情な戦いぶりに、ルナとレオは血の気の引いた顔をしていた。

「…ゼロス、こっわっ…」


「…本気で、頭を潰そうとしたのか…」


観戦していたギデオンは、先ほどまでの失望した顔を消し、獰猛な期待の光を目に宿していた。

「…なかなか、やるな」


「…今までの動きは…」


ゼロスは身体についた土埃を、軽く叩きながら言った。

「実戦形式、だろ?」


「…貴様の戦い方には、戦士としての誇りがないっ。ずる賢く狡猾で、まるでアサシンのような戦い方だ」


「褒めてんの?貶してんの?」


「貶しているに決まっているだろう!!」


「やぁねぇ…これだから高貴な生まれの男ってやつは」

その時、ギデオンの大きな声が響いた。

「マリウス!お前が最初に言い出したルールだ!見苦しいぞ!」


「…ちっ!」

マリウスは忌々しげに舌打ちした。


「…で、勝負はまだ続けるのか?」


「ふん、当たり前だ」


「んじゃぁ…行くぜ」

ゼロスは先ほど土埃を叩いていた手を、マリウスの顔目掛けて勢いよく振るった。


「!!」

マリウスは咄嗟に顔を横に振る。砂粒による目潰しを避けるためだった。

「ゼロスッ!」

戦士らしからぬ戦い方をするゼロスに、怒りで我を忘れて彼の名を呼んだが、既にゼロスの姿はそこに無かった。彼は筋力強化(微)の出力を上げ、一瞬でマリウスの背後に回り込み、棍棒を振り上げていた。


「っ!?」

先程よりも更に速度を増した棍棒が、マリウスに迫る。彼は寸前でそれを受け止めたが、そこからゼロスの凄まじい速度で振るわれる豪打が、嵐のようにマリウスを襲った。マリウスは、完全に防戦一方となった。

マリウス(こいつっ!力と速度は、既に人間の戦士の域を超えているっ!!)

そう思ったのも束の間、ゼロスは更にスキルの出力を上げ、棍棒の速度と威力がさらに上がっていく。

マリウス(弾き方を一度でも間違えれば、受け流せなくなるっ…こいつは、モンスターか何かか!?)


ゼロス(このマリウスとか言う奴!!どういう神経してやがったら、これを全部弾けるんだよ!めんどくせぇなっ!)

業を煮やしたゼロスは、出力をさらに引き上げ、上段からの打撃と見せかけたフェイントを混ぜて、死角となる下から棍棒を打ち上げる。

マリウス「っ!?」

一瞬のフェイントに釣られそうになり、咄嗟に剣の腹で棍棒を受け止めたが、そのあまりの威力に、マリウスの身体ごと宙に浮かされ、後ろに弾き飛ばされた。


彼はなんとか地面で受け身を取りながら着地する。

「…ハァ、ハァ…人と、やっている感覚がしないな、貴様は…」


一瞬、静まり返る訓練場。

「…うわぁぁぁぁぁああああ、ゼロスゥゥゥゥゥゥ!!」


「凄い!!本当に凄いよ、ゼロスッ!!」

ルナとレオの歓声が響き渡る。アリシアは、「私は最初から信じていました」という顔で、静かに微笑んでいる。


「…これ程とはな…イレインの言ってたことは、本当だったか…」


「…そうですね。マリウスは騎士団の中でも最高戦力…スキルを使っていないとはいえ、あそこまで防戦一方とは…」

ギデオンとヘレナも、驚愕を隠せない。


マリウスは立ち上がり、剣を構え直した。その瞳から、先ほどまでの油断や侮りは完全に消え失せている。

「俺はもう…人とやっているとは思わん。これより、対モンスター戦の戦闘に切り替える」

完全に殺す気になった、騎士の目がそこにあった。


「…へっ、どっかで聞いたセリフだな、そりゃ…」

ゼロスは不敵に笑う。

「まぁいい。そろそろ、フィナーレと行こうかっ!」

ゼロスは重心を低く構え…筋力強化(微)の出力を、自らの限界まで引き上げた。

その瞬間、彼の身体を引き裂くような激痛と共に、筋肉がさらに膨張し、棍棒を握る右腕から鮮血が弾け飛ぶ。

「行くぞぉぉぉぉ!!!マリウスゥゥゥゥ!!!」


宣言した瞬間、ゼロスの身体がその場から一瞬消え、激しい土埃だけが残った。次の瞬間には、彼はマリウスの眼前に現れていた。

「これを、待っていたっ!!」

ゼロスが見せた大振りの渾身の一撃に合わせ、マリウスはスキル『斬鉄』を発動した。ゼロスの棍棒ごと、彼を切り払う。それが、この化け物を倒す唯一の好機だと判断したのだ。

『斬鉄』の一撃が横薙ぎに一閃し、ゼロスの木の棍棒が、甲高い音を立てて二つに割れ、宙を飛んだ。


「ゼロスッ!!!!!」

アリシアの悲鳴にも似た叫びが響く。

マリウス「…しまっ…」

正気に戻り、自由都市ネクサスからの客人を斬ってしまった、と後悔の念がマリウスの脳裏をよぎったが、


「わりぃが、当たってねぇんだよ!!!」

寸前で身を逸らし、刃を躱したゼロスが、そこにいた。

そう言った彼の左手は硬く握りしめられている。右腕で棍棒を振るった勢いと、ねじれた身体を戻す反動を利用し、全体重を乗せた渾身の左フックを、がら空きになったマリウスの脇腹目掛けて、撃ち放った。


(第25話/了)

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