第24話:帝国への転移
酒場で新しい仲間たちとささやかな祝杯をあげた、あの日から数日が過ぎた。
ゼロスとアリシア、そしてレオとルナは、それぞれ戦士ギルドの客人用の個室を与えられ、来るべき任務に備えて各自修練に励む日々を過ごしていた。
その日の朝、ゼロスはいつものように朝の訓練へ向かうための身支度を整えていた。
黒のリネンシャツに、使い込まれた皮の胸当て。普段通りの服装で部屋を出ようとした、まさにその時だった。
コンコン、と固いノックの音と共に、扉の外から声が聞こえた。
「ゼロスさん、いらっしゃいますか?」
「いらっしゃいますよ~」
ゼロスが呑気な受け答えをしながら扉を開けると、そこには制服を纏った戦士ギルドの職員が、緊張した面持ちで立っていた。
「戦士長が、皆さまをお呼びです」
「…ついに来たか。わかった、すぐに向かう」
ゼロスは即座に表情を引き締めると、すぐに他の三人を集め、戦士長の執務室へと向かった。
重厚な扉を開けると、そこには既にイレインが待っていた。
「…来たか、お前たち」
「スタンピードの発生地は?」
ゼロスは、挨拶もそこそこに核心を突く。
「落ち着け。まだ起きたわけではない。あくまで、兆候が観測されたというだけの話だ」
イレインは冷静に答えると、壁に飾られた巨大な世界地図の一点を、指揮棒で指し示した。
「軍事帝国ヴァレリウスだ」
「…ネクサスから馬車で三か月はかかるところか…今から向かっても、間に合うかわかんねぇな…」
ゼロスは地図を見上げ、ざっと移動時間を計算して眉をひそめた。
「案ずるな。魔術師ギルドの『転移門』を使う」
その言葉に、ルナが勢いよく手を挙げた。
「戦士ちょーぉ、しつもーん」
「なんだ、ルナ」
「転移門を動かす時って大金がかかるって噂だけど、あたしたちがそれを払えると思う?」
ルナが懐事情を心配して尋ねると、イレインはこともなげに答えた。
「心配するな。別に金は取らん」
「ち、因みに、おいくらくらいなんですか…?」
アリシアが恐る恐る尋ねる。
「『いくら』という考え方はない。単純に、Cランクダンジョンの中層で採れる魔核程度なら、一回の起動に五百個は使う、といったところだ」
「…五百個…」
とんでもない量のエネルギーが使われるという事実に、アリシアはそっと頭を痛めた。
「…行くのはいいとして、帰りはどうするんだよ」
ゼロスが現実的な問題を指摘する。
「別に心配はない。救援要請を出してきたのは相手方だ。今回の費用は、全てあちらが持つ」
「…責任重大ですね…」
レオが、ゴクリと喉を鳴らした。
「なんだ?臆したか?」
イレインが挑戦的にレオを見る。
「そりゃまぁ、臆するでしょうよ。なんと言っても、俺たちの戦力は未知数なんだから…相手方も、それで納得してるのか?」
ゼロスが割って入った。
「…『ネクサスのガレス副長と互角に打ち合える戦士を送る』と言ったら、快諾してくれたよ」
「…あの人、そんなに凄いお方だったのね…」
「…かもな…」
イレインは肩をすくめると、話を打ち切った。
「さて、話は終わりだ。準備が終わり次第、魔術師ギルドに向かえ」
四人は早急に準備を整えると、馴染み深い錬金術師通りにある魔術師ギルドへと向かった。
「居るか?エメルダー」
ゼロスが勝手知ったる様子で受付に声をかけると、別の女性職員が顔を上げた。
「あ、すいません。エメルダは今、別の仕事でご不在ですが、何か御用でしたか?」
「なんだ、居ないのか…まぁいい。戦士長の指示で、転移門を使わせてもらいたいんだが、話は通ってるか?」
「…はい、承っております。こちらへどうぞ」
女性職員に案内され、四人はギルドの最奥部へと足を踏み入れた。
そこは巨大なドーム状の空間になっており、中央には、見たこともないほど巨大な魔道装置が鎮座していた。
「…これが、噂に聞いた…」
「国家間でスタンピードが起きた場合に使われるっていう、アレだね…」
「…初めて見ました…」
「…まさか、俺がこれを使う日が来るとはねぇ…」
四人は、その圧倒的な存在感を前に、思い思いの感想を漏らす。
女性職員は、装置の傍にある通信機で何事か話すと、四人に向き直った。
「…あちらへの通信は済みました。すぐに起動してくださるそうです。…一応、お伝えしておきますが」
彼女は、そこで一度言葉を切り、真剣な眼差しで四人を見た。
「相手は、あのヴァレリウス帝国です。ネクサスのような自由主義は、一切通用しません。『秩序、規律、国家への忠誠』が最も重要視される国です。くれぐれも、無礼な言動にはご注意を」
その言葉と同時に、転移門が低い唸りを上げ、その中心に渦巻く光の奔流を生み出した。
「…俺、黙ってようかな…」
「…あたしも…」
ゼロスとルナが、全く同じ表情で呟く。
「…二人とも、自覚はあったんだ…」
レオが呆れたように息をつくと、アリシアは微笑みながら言った。
「わかっていらっしゃるなら、大丈夫ですよ。さぁ、行きましょう」
そう言って、四人は目映い光の中へと、足を踏み入れた。
#__i_5191062b__#
目映い光が収束し、ふわりとした浮遊感が消え、四人の足が固い石の床を踏みしめる。彼らが転移してきた先は、魔術師ギルドの暖かな雰囲気とは似ても似つかない、冷たく、無機質な広間だった。
黒鉄で覆われた壁、等間隔に並ぶ兵士、そして肌を刺すような規律と緊張の空気。ここは、軍事帝国ヴァレリウスが帝都ヴァルハラに構える、帝国軍総司令部『黒鉄の城塞』の最奥。
ゼロスたちが、転移が完了したことを認識した、その瞬間だった。
ザッ、と一糸乱れぬ動きで、周囲に控えていた兵士たちが、その手に持つ槍の穂先を四人へと向け、完全に取り囲んだ。
「…なんですか、これは…」
アリシアが息をのむ。
「…」
ルナは背中に手を隠し、いつでも魔法が放てるよう、静かに魔素を集中させ始めた。
「ルナ、変な真似はよしな?」
レオが小声で制する。ただ一人、ゼロスだけが、その槍の壁を前にして、不敵ににやりと笑っていた。
「随分なお出迎えじゃねぇか」
兵士たちに囲まれる中、整然とした足音と共に、一人の女性が彼らの前に進み出た。寸分の乱れもない制服に身を包み、その表情は能面のように感情を読み取らせない。
「キミたちのパーティー名を」
その声は、鈴のように凛と響いた。
ゼロスは、その冷徹な視線を真っ直ぐに見返し、告げた。
「『始まりの雫』だ」
女性は、その答えを聞くと、静かに右手を挙げた。その瞬間、四人を囲んでいた槍が、再び一糸乱れぬ動きで下げられる。
「歓迎しよう。私は、騎士団長付きの執務官、ヘレナだ。以後、宜しく」
「随分と手荒な歓迎だな」
ゼロスの皮肉にも、ヘレナは表情を変えない。
「警戒するに越したことはない。…付いてこい。騎士団長に会わせる」
ヘレナはそう言うと、踵を返し、巨大な城塞の廊下を歩き始めた。
ルナは、前を歩くヘレナに聞こえないように、小声でレオに尋ねた。
(なになに、ネクサスとヴァレリウスって、仲が悪いの…?)
(戦争こそはしないけど、あまり仲がいいという話は聞かないね)
「…こういった時しか、協力関係にはならない。とだけ言っておこう」
前を歩いていたはずのヘレナが、振り返りもせずに答えた。
「き、聞こえてらっしゃいました!?」
「あいにく、耳がいいのでな」
「し、失礼しましたぁ…」
ルナは慌てて口をつぐんだ。
やがて四人は、帝国総司令部の最奥、騎士団長の執務室へと案内された。
ヘレナが重厚な扉をノックすると、中から厳格な声が響く。
「入れ」
五人が部屋に入ると、執務机の後ろの椅子に、初老の男が深く腰掛けていた。その顔には歴戦の傷跡が刻まれ、その瞳は猛禽のように鋭い。
「…ほぉ、こいつらが…」
「はい、ギデオン騎士団長」
ギデオンと呼ばれた男は、ゼロスを見た。
「お前が、リーダーか?」
「そうだ」
「ふむ…」
ギデオンは、ゼロスの背中にある巨大な戦斧を見つめて問うた。
「…お前のジョブは、戦士で間違いないか?」
「残念…荷物持ちだ」
「荷物持ち、だと…」
ギデオンの顔に、あからさまな失望と不信の色が浮かぶ。
「お前が、ネクサスのガレスと互角…だと?」
その時、部屋の隅の影に身を預けていた、別の男の声がした。
「…そのゼロスという人物ではなく、そちらの男性のことなのでは?」
レオに視線が集まる。
「…え?僕のことですか!?い、いえ、僕は錬金術師で、攻撃能力は…」
「錬金術師と、荷物持ち…変わったパーティーだな」
「…あの、貴方は?」
アリシアが尋ねると、男は影から一歩踏み出した。
「失礼。俺は、帝国騎士団『グリフォン・オーダー』の部隊長、マリウスだ」
「…にわかには信じられませんね…ガレス殿は、元とはいえ冒険者Sランクの傑物…それが、ただの荷物持ちに…」
ヘレナも、疑念を隠さない。
「確かにな…」
疑問の目を浮かべ、ゼロスたちを見つめるギデオンとヘレナ。
「…そうだ」
何か名案を思いついたように、マリウスが声を上げた。
「ゼロス、と言ったか。お前さん、今から俺と打ち合ってみるというのはどうだ?」
「なるほど、腕試しか。そうだな、それが一番手っ取り早い」
ゼロスは、面倒くさそうに、しかし不敵に笑って応じた。
「ふむ…確かにな」
「…では、皆様。訓練場にご案内致します」
ヘレナはそう言うと、再び踵を返し、四人を連れて訓練場へと向かうのだった。
(第24話/了)




