第23話:四人の祝杯
夕方過ぎ、王都の繁華街は仕事を終えた人々でごった返していた。ゼロスたち一行は、その喧騒の中を戦士ギルドが運営する酒場へと向かっている。ランタンの温かい光が石畳を照らし、行き交う人々の陽気な話し声が響いていた。
「いらっしゃいませ、何名様でございますか?」
屈強な冒険者たちで賑わう酒場の扉を開けると、すぐに清潔なエプロンをつけた給仕が出迎えた。その丁寧な出迎えに、ゼロスが代表して答える。
「四人だ。静かな席があれば、そこで頼む」
「承知致しました」
奥まった場所にある、落ち着いたボックス席に四人は案内される。ゼロスとアリシアは、それぞれ背負っていた武器を慎重に壁に立てかけた。
「男はこっちで、女性はそっちで」
ゼロスが適当に椅子を指差すと、アリシアはにこやかに頷いた。その横で、ルナが子供のようにはしゃいだ声を上げる。
「うひひっ!酒だ、酒だ!」
「…どこのおっさんだ…」
ゼロスの呟きに、ルナがテーブル越しに身を乗り出した。
「あぁん?文句あんのかぁ?」
「…ルナ…はしたないですよ…」
「…ちっ」
レオに窘められ、ルナは不満そうに舌打ちした。
やがてエールといくつかの料理が運ばれてくると、ゼロスはアリシアに目配せした。
「んじゃぁ…アリシアさん…なんか一言…」
「承知致しました…では、」
アリシアはジョッキを手に取り、柔らかな笑みを浮かべた。
「この出会いに祝して」
「「「「かんぱーい」」」」
四つのジョッキが軽やかに打ち合わされ、新しいパーティーの祝宴が始まった。
食事と酒が進み、テーブルの上の皿がいくつか空になる頃には、四人の間の緊張もすっかり解けていた。アリシアが興味津々な顔で、向かいの席の二人に尋ねる。
「そういえば、レオさんとルナさんは、とても仲睦まじいようですが、お二人はどのようなご関係なのでしょうか?」
ゼロス(…それを、そんなストレートに聞いちゃうんだ…)
「ただの幼馴染だよ」
レオが穏やかに答えると、ルナは少し照れくさそうに付け加えた。
「まぁ、腐れ縁ってやつぅ?」
「そういえばレオさん、先ほどの訓練でも見事な盾さばきでいらっしゃいました。錬金術師の方がそこまで盾を使いこなされるのは、やはり何か理由が?」
「あ、いや…まあ、必要に迫られて、というか…」
少し歯切れ悪く答えるレオの隣で、ルナがジョッキを片手に陽気に口を挟んだ。
「よっ!必要に迫られて、頑張っちゃうレオくん、カッコいいぞー!」
「そ、そんな、カッコいいって…僕はそんなつもりじゃ…」
「俺もカッコいいと思うよ。適性がないジョブでも、努力でどうにかしようっていうその姿勢はな」
ゼロスの真面目な賞賛に、アリシアも深く頷いた。
「そうですわ…無理だと思わずに、諦めない姿勢…私、そういうの、とても好きですよ?」
「あはは…どうも…」
レオは照れくさそうに頭を掻いた。
「しっかし、レオも無理しちゃうよねぇ…別に、無理にあたしについてこなくてもよかったのに」
ルナがぶっきらぼうに言う。
「あはは…まぁ、僕が好きでやってることだからね」
「…ま、おかげであたしを抑える人がいて、良かったけどね」
ルナはそっぽを向きながら、小さく呟いた。
「…抑える?」
「…確かに、レオという首輪がお前には必要かもしれないな…」
ゼロスが言うと、ルナが再び噛みついた。
「あんだとぉ!?やるかぁ、ゼロスゥ!」
「おぅおぅ、受けて立つぜ!」
二人はなぜか、エールの早飲み勝負を始めてしまった。
ガヤガヤとエールを飲み干すゼロスとルナから少し視線を外し、アリシアは穏やかにレオに微笑みかける。
「ふふっ、本当に仲がよろしいのですね。…あの、レオさん。先ほどルナさんがおっしゃっていた『抑える』というのは、どういうことなのでしょうか?」
アリシアは純粋な好奇心で尋ねた。
「ああ…。見ての通り、ルナは昔から無鉄砲で、一度こうと決めたら周りが見えなくなるところがあって…。僕がついていないと、どこで無茶をするか、本当に分からないんです」
「だから、レオさんが盾を…?」
「…ええ」
レオは騒いでいる二人の方をちらりと見て、聞こえないことを確認してから、アリシアにだけ聞こえるように、少し声を潜めた。
「昔…あいつが十四の時でしたか。『あたしは将来、人を護れる仕事につくんだ!』って、目を輝かせながら言ったことがあって」
「まあ…ルナさんらしい、素敵な夢ですね」
「はい。でも、その夢の途中で、あいつはきっと自分の身を顧みずに無茶をしてしまう。だから、僕は彼女の傍で、彼女を護ろうと決めたんです」
レオは遠い目をして、少しだけ微笑んだ。
「だから、あいつがその道を進むなら、僕が一番近くで盾になろうって。錬金術の勉強の傍ら、独学で盾の練習を始めました。あいつが十六で村を飛び出した時も…本当はずっとそのつもりだったのに、成り行きみたいな顔をして、一緒についてきたんです。僕の盾は、あいつの夢のためにあるようなものなので」
「…そうだったのですね。レオさんの盾は…ルナさんを護るための、優しさでできているのですね」
「…そんな、大したことじゃないですよ。僕の、ただの自己満足です」
レオは照れたように少し俯いた。
その親密な会話のすぐ隣で、戦いの火蓋は切って落とされた。
「そこの給仕の人!エールお替りだっ!」
「おぅ!どんどん持ってこーい!!呑み足りねぇぞぉぉぉぉ」
ゼロスとルナは、テーブルに肘をつき、互いを睨みつけながらジョッキを呷る。
「あわわわ…ルナ、あんまり呑みすぎると潰れるよ?」
「うへへっ!何言ってんだレオ!あたしはまだまだ呑むぞぉぉぉぉ」
レオの心配をよそに、ルナは完全に勝負師の顔になっていた。
「おい、レオ。お前もすまし顔してねえで、こっちに参加しろよっ!」
「しろよー!」
ゼロスとルナが声を揃えてはやし立てる。
「えぇぇ…僕は…」
「レオのカッコいいところ、見たーい」
「見た―い」
「ぐぬ…わかりましたっ!僕も参戦しましょう!」
レオは観念したようにジョッキを手に取った。こうして、三つ巴の熾烈な(?)呑み比べ対決が始まった。
「ふふっ、あまり吞み過ぎてはだめですよ」
アリシアは少し呆れながらも、子供のようにはしゃぐ三人を、微笑ましく見守っていた。
三人がエールのジョッキ八杯目に突入した、その時だった。
「うっ…あたし、もう駄目…」
ルナがテーブルに突-伏した。
「俺も…」
ゼロスもぐらりと身体を揺らし、白旗を上げる。
ただ一人、レオだけが、表情一つ変えずに静かにジョッキを置いていた。
「お前…なんでそんなに強いんだよ…」
ゼロスが呻くように尋ねる。
「…あれかな。錬金術でポーションを作ったりする時に、よく試飲してるからかな…」
「さっすが錬金術師…身体の作りが違うわ…」
「失礼だな…」
レオは苦笑すると、残っていたエールをゆっくりと飲み干した。
「…そういえば、ゼロスって、歳いくつよー?」
呂律が回らなくなったルナが、不意に尋ねた。
「…ふふん、いくつに見えるよ?」
ゼロスは復活し、ビシッとポーズを決めた。
アリシア(…なんだか、この会話、身に覚えが…)
アリシアは、以前の祝勝会を思い出し、やれやれと息をついた。
「えー…いくつだろう?あたしと同じくらい?」
「いや、僕と同じくらいじゃないかな」
「…まてまて、お前らの年齢を知らんし…」
「あれぇー?言ってなかったっけ?」
「言ってねぇ」
「ふふん。じゃあ、あたしはいくつに見えるよ?」
今度はルナが、ゼロスの真似をしてポーズを決めた。
「いくつって言われてもなぁ…」
「この艶っぽい身体を見て、思うことはないのかっ!」
「…ルナ、はしたないです…」
ゼロスはルナの身体をまじまじと見ながら、真剣な顔で言った。
「…15?」(この国で酒が飲める、ギリギリの年齢だしなぁ)
「じゅうななだっ、このボケナスゥゥゥ!どこに眼がついてやがる!」
「ココ☆」
ゼロスは自分の両目を指差した。
「…17…」
アリシアの呟きに、ルナはにこりと振り返る。
「何か?」
「い、いえ…」
「で、あとはゼロスの歳だねぇ…僕と同じ、18かな?」
レオが言うと、ゼロスはわざとらしく驚いてみせた。
「きゃっ、当てられちゃった、テヘッ。若作りした甲斐があったわぁ」
「わ…若作り?」
「アリシアさんに、前に21歳って言われてから、アタシ、頑張ったのよ」
「そ、そうなんだ…因みに…」
レオの視線が、おずおずとアリシアに向けられる。アリシアは、にっこりと完璧な笑顔で尋ね返した。
「さぁ、いくつに見えますか?」
「ひっ…」
レオはその笑顔に、得体の知れない恐怖を感じて固まった。
「うん、女性に歳は聞くもんじゃねぇよなぁ」
「聞いてない、聞いてない」
レオは必死に顔を横に振る。そこに、酔いから復活したルナが割って入った。
「んじゃぁ、あたしが当ててやろう!」
「あら、そうですか?いくつに見えますか?」
アリシアの笑顔は変わらないが、その奥の瞳は全く笑っていない。
レオは小声で助けを求めた。
「な、なんかヒントを…!」(これは、絶対に外したら不味いやつだ…!)
「…そうですね。レオさんとゼロスさんよりは、年上ということだけ」
その助け舟に、レオは飛びついた。
「わかりましたっ!19歳ですねっ!」
「うふふっ、よくわかりましたね」
アリシアの笑顔が、ようやく本物の暖かさを取り戻した。
「よく当ててみせたな、レオ」
ゼロスが、戦友を称えるようにその肩を掴む。
レオは小声で囁いた。(だって、年上ってわかってて、二つも三つも上に言えないでしょう…)
ゼロスも小声で返す。(…どっかで聞いたセリフのような…)
「…十九歳で、その落ち着きよう…」
ルナが感心したように呟くと、アリシアの笑顔が再び凍りついた。
「…何か?」
「もしかして、既婚者かっ!?」
「なるほど、既婚者でしたか。今度、旦那さんに…」
ゼロスが乗っかった、その瞬間だった。
『虚空に漂うマナよ…』
アリシアの手元が、淡い光を放ち始めた。
「わっ!!ごめん!ごめんって!!!」
ゼロスは全力で彼女の手を掴んで止めた。アリシアは深く息を吐き、光を霧散させる。
「はぁ…私が、いつ結婚していると言いました?まだ独身ですよ…」
「まだ…と…」
「ルナさん…?」
アリシアの静かな声に、ルナは背筋を伸ばして固まった。
「ひぇっ!ごめんなさい!」
「わかれば、よろしい…」
アリシアはそう言うと、残っていたエールを一気にあおった。
レオ(ゼロス…なんか、話題を変えたほうが…)
ゼロス(そうだな、レオ…任せた…)
レオ(僕かよ…)
レオは内心で頭を抱えながら、必死に安全そうな話題を探した。
「そ、そうだ。ゼロス。さっき会った人と、どういう関係なんだ?」
その問いに、場の空気が完全に凍りついた。
「…」
「…」
ゼロスとアリシアは、ぴたりと動きを止めて黙り込む。
「おっ、地雷踏んだか?レオ」
「ルナ…」
ルナの無邪気な指摘に、レオは青ざめた。
沈黙を破ったのは、ゼロスだった。彼は急に悲劇のヒ-ロインのような表情を作ると、涙を拭う仕草をした。
「ん-…平たく言うと…昔ちょっと爛れた関係になって、別れた元カレってやつね…あたし、捨てられちゃったの…シクシク」
「なんて酷いっ!!」
ルナは完全にその茶番を信じ込んでいる。
「…ゼロスさん」
アリシアが、静かに、しかし有無を言わせぬ声で彼の名を呼んだ。
「…すまん」
レオも呆れた様子で、ため息をついた。
「…ゼロス」
「お前も本気で受け取んな。まぁ、あれだ。前にいたパーティーのリーダーってだけだ。ちと思うところがあって、俺が抜けたんだよ」
ゼロスはそう言って、エールを呑んだ。
アリシアは、彼の横顔をじっと見つめた。
「…なぜ、庇うんですか?」
「あらやだ…秘密が多い女って、素敵だって相場が決まってるじゃない?」
「真面目に答えてください…」
アリシアの声から、温度が消える。一気に場の雰囲気が冷え込んでいった。
「真面目に答えなきゃ、ダメ?」
「駄目です」
「…ちょっと、恥ずかしい事言うかもよ?」
「今はお酒の席です。明日には忘れています。…たぶん」
全く酔っていなさそうなアリシアが、真剣な瞳で彼を見つめてくる。
「ま、まぁ、ゼロスにも言いたくない過去の一つや二つ…」
「なんですと!?レオにはあるっていうのか!?」
「ルナ…お黙りなさい」
「…へい」
レオとルナのやり取りも、もはやアリシアの耳には入っていない。
「んー…そうだな…俺には…その、ちょっと…ホントに、言わないとダメ!?」
「言わないと、明日から口は利きませんよ?」
「お酒の席だって言ったじゃないの、貴女!」
「………」
アリシアの鋭い眼光に、ゼロスは観念した。
「…わかったよ。言うからな。…照れるなよ?」
「…照れる?」
ゼロスは一度俯くと、意を決したように、しかし小さな声で、ぽつりと呟いた。
「今の俺の傍には、アリシアさんが居る。…だから、前のパーティーの連中なんか、もう、心底どうでもいいんだよ。だから、庇うっていうか…その…」
「////////!?」
アリシアの顔が、首筋から耳まで真っ赤に染まっていく。
「だから、恥ずかしい事言うかもよ?って言ったろ~」
ゼロスは照れ隠しで、残っていたエールを一気に飲み干した。
しばらくの気まずい沈黙の後、四人は酒場を出て、静かになった夜道を歩いていた。
「じゃぁ、また明日」
「明日~」
レオとルナが手を振って、別の道へと消えていく。
「おう、気をつけて帰れよ~」
ゼロスとアリシアは、二人きりになると、どちらからともなく無言でアリシアの宿へと向かった。
やがて、宿の前に着く。
「…とりあえず、今日のはお酒の席での話、ってことで。明日には忘れておいてね?」
ゼロスは照れくさそうに、頭を掻きながら言った。
「…承知致しました」
アリシアは俯いたまま、小さな声で答えた。
「…じゃぁ、俺も帰るわ」
「はい、お気をつけて…」
そう言い、ゼロスの背中を見送るアリシア。
アリシア(…忘れるわけ、ないじゃないですか…)
その夜、彼女は胸に一つの誓いを立てたのだった。
(第23話/了)




