第21話:異端児たち
夕刻、戦士ギルドの訓練場には、乾いた土の匂いと、剣戟が巻き起こす熱気が満ちていた。傾いた西日が長い影を落とす中、三人の人影が動いている。
一人は、戦士ギルド所属であろう屈強な体躯の戦士。
一人は、その線の細い身体には不釣り合いなほど巨大な大楯を構え、戦士の猛攻に一歩も引かずに耐え続ける少年。
そしてもう一人、その様子を腕を組んで、どこか退屈そうに見つめている小柄な少女。
ガレスに案内され、その光景を目の当たりにしたゼロスは、げんなりとした声を上げた。
「二人だって聞いてたのに、三人いるじゃねぇぇぇかぁぁぁぁ」
「落ち着け」
ガレスは眉一つ動かさない。
「おいおい、まさかいきなり五人パーティーを結成しろ、なんて言うつもりか?」
「二人だと言ったろう。五人パーティーなど、かえって効率が落ちる」
「そうですよねぇ…」
納得したゼロスの横で、ガレスは訓練中の二人と少女に、よく通る声をかけた。
「ザガルド!レオ!訓練はそこまでだ」
その声に、戦士は荒い息をつきながら剣を収め、少年もまた大楯を背中にしまう。
「んじゃぁ、俺はこれで帰るわ。またなレオ」
「はいっ!ご指導、ありがとうございました!」
ザガルドと呼ばれた戦士に、レオと呼ばれた少年は深々と頭を下げた。その所作から、育ちの良さが窺える。
ガレスに軽く会釈すると、ザガルドは汗を拭いながら訓練場から去っていった。
残された少女が、ゼロスたちを品定めするような目で見ながら、つかつかと歩み寄ってきた。
「あんたたちが、あたしたちの新しいお仲間ってわけぇ?」
その口調は挑戦的で、生意気な光が瞳に宿っている。
「うわっ…こっちは生意気そう…」
「…は?」
ゼロスの素直すぎる感想に、少女の眉がぴくりと吊り上がった。
「…気にするな。今のは心の声だ」
「心の声が聞こえてたまるかっ!!」
ゼロス(うわぁ…よりによって、一番めんどくさい系の少女か…)
「ルナ、落ち着きなよ」
レオと呼ばれた少年が、やれやれといった表情で彼女をなだめた。
「初対面の人に『あんたたち』なんて言ったら、そりゃあ生意気だとかなんだとか言われても仕方ないでしょう」
レオは大楯を背負いながらゼロスたちに近づいてくると、丁寧に頭を下げた。
ガレスは腕を組み、改めて紹介する。
「紹介する。今朝、話しておいたゼロスとアリシアさんだ」
「…どうも」
「こんばんは。噂はかねがね聞いております」
レオは礼儀正しく微笑んだ。
「アリシアと申します。どうぞ、よしなに」
アリシアも深々と頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
その丁寧な挨拶を見て、ルナと呼ばれた少女も気まずそうに、しかしぶっきらぼうに言った。
「よ、よろしくね。あたしはルナ」
「…うん、さっき聞いた」
「こ、このやろ…」
ルナは悔しそうに歯噛みする。
ゼロス(なんだろう…レオの方は、アリシアさんと少しキャラクターが被ってそうな…)
「…まぁ、思慮分別系と軽佻浮薄系が二対二で、ちょうどいいか」
ガレスが妙に納得したように呟いた。
「「こ、小難しすぎて頭がっ…!」」
ゼロスとルナの声が、綺麗にハモった。アリシアとレオは、その様子を見て苦笑いを浮かべている。
ガレスは咳払いを一つすると、本題に入った。
「さて、とりあえずレオ、ルナ。お前らにはゼロス率いるパーティー『始まりの雫』に所属してもらい、働いてもらう」
「承知致しました。よろしくお願いいたします」
レオは即座に承諾する。しかし、ルナは腕を組んで、ぷいっとそっぽを向いた。
「あたしは嫌よ!こんなやつがリーダーなんて!」
「え?じゃぁ、やめとく?」
ゼロスはあっさりと、心底どうでもよさそうに言った。
「…えぇぇぇ!?そこは、『なんだと!この女!』とか言って、熱く反論するところじゃないの!?」
ルナは予想外の反応に、動揺を隠せない。
「いや、別に強制じゃないし」
「ぐぬぬ…せ、せめて、あんた以外がリーダーなら、入ってあげてもいいわよ!」
ルナは苦し紛れに条件を突きつけた。
「じゃぁ、アリシアさんがリーダーってことで、いい?」
ゼロスが振ると、アリシアは完璧な笑みを浮かべたまま、しかしその瞳は全く笑わずに答えた。
「お断り致します。ゼロスさんがリーダーでないというのなら、私も戦士ギルドの客人を辞退することに賛同致しますわ」
「………こわっ!」
ルナは思わず後ずさった。
「はいはい…ルナ、我儘言わないの…」
「…くっ…」
完全に追い詰められたルナは、涙目でゼロスを睨みつけた。
「…でも、覚えておきなさいゼロス…!身体は屈しても、心までは屈しないんだからっ…!」
「…どこで覚えてきたんだ、そのセリフ…」
「…すいません、ルナはちょっと妄想癖がございまして…」
レオが申し訳なさそうに頭を下げる。
「…二人の男があたしを取り合うのね…って、やめろレオ!誤解されるでしょ!」
「…なんというか…」
「…んだな…エメルダを思い出すわ、こいつ…」
ゼロスとアリシアは、遠い目をした。ルナは「エメルダって誰?」という顔をしている。
ガレスは、その混沌とした空気を断ち切るように言った。
「とりあえず、俺はこれで仕事に戻る。あとは四人で自己紹介でも、夕飯を食いに行くのでも、なんでもしろ」
「りょうかーい」
ガレスは「やれやれ…」といった顔で、本当に大丈夫だろうか、という一抹の不安を滲ませながら訓練場を後にした。
ガレスが去った後、訓練場には少し気まずい沈黙が流れた。その空気を破ったのは、アリシアだった。彼女は一歩前に出て、穏やかな笑みを浮かべた。
「と、とりあえず、お互いの自己紹介から始めましょうか…私はアリシア。一応、ヒーラーです」
「…一応?」
ルナが訝しげに眉をひそめる。
「…使用回数が少ないうえに、初級スキルしか使えないんです…」
「…大丈夫なの?それ」
ルナの率直な物言いに、ゼロスが口を挟んだ。
「代わりに、雑魚なら一撃必殺のマジック・ミサイルと、鉄壁のマジック・シールドが使えるぞ」
「…なんだそのイレギュラーなヒーラーは…」
ルナはますます混乱した顔になる。
「で、次に俺だな。ジョブは荷物持ちで、スキルは筋力強化(微)だ」
「…荷物持ちな上に、普通はついてる筋力強化の、さらに劣化版…?戦えるの?それで…」
ルナは疑わしげにゼロスの背中にある巨大な戦斧を見た。アリシアが、誇らしげに胸を張って補足する。
「…EランクとDランクのダンジョンなら、ボスモンスター以外は、大体素手で倒せると思いますよ」
「…人か、そいつは…」
ルナは呆然と呟いた。ゼロスはポーズを決め、満足げな顔をしている。
「…まぁ、いいわ。あたしは…」
「魔術師だろ」
「魔術師でしょうね…」
ルナが言い終わる前に、ゼロスとアリシアが同時に言った。
「うごっ!?な、なんでわかった…」
「知り合いの魔術師と、口調がなんとなく似てるから」
「…なんか、ものすごく悪意を感じるんだが」
「気のせい、気のせい」
ゼロスがひらひらと手を振ると、アリシアが期待に満ちた顔でルナに尋ねた。
「ち、ちなみに、どんなスペルをお使いになれるんですか!?」
「え、えーと、一応フレイム・ボルトとアイス・ボルトを…」
「凄いです!あとで、ぜひアイス・ボルトを見せてくださいねっ!」
「い、良いけど、普通だからね…」
「ありがとうございます!」
「異端の二人組って聞いてたけど、なんか普通だな」
ゼロスが言うと、アリシアとルナの視線が、まだ自己紹介をしていないレオに集まった。
「じゃぁ、最後にレオ…さん、お願いします」
「レオでいいですよ。僕もゼロスさんのことは、ゼロスって呼ぶので」
「あ、じゃぁレオ。頼むわ」
「はい。僕は盾使いです。ジョブは…」
レオは少しだけ言い淀むと、静かに告げた。
「…錬金術師です…」
その言葉に、ゼロスとアリシアは茫然と固まった。
「れ、錬金術師って、あれだよな…主に回復ポーションとか作って、生計を立ててる人達だよな…」
「あとは…道具の錬成…とか、でしょうか」
「あはは…普通は、そうですね…」
レオは苦笑すると、左腕に構えていた大楯を掲げた。
「僕は、この盾を錬成して、タンク役をやっています」
そう言うと、レオは盾の錬成を解除した。巨大な銀の塊は、音もなく液状に変化し、彼の左腕を覆うガントレットへと瞬時に姿を変えた。
「…ちなみに、攻撃能力は?」
「それは…」
回答に困るレオ。その横から、ルナが割って入った。
「レオはあたしを護るための鉄壁の盾として機能してるから、攻撃役はあたしがやっているの!文句ある!?」
彼女は、まるで自分のことのように、必死の形相で叫んだ。
「文句ございません」
ゼロスは、即答した。
「…え?」
アリシアは、横でふっと微笑んだ。ゼロスなら、きっとそう言うだろうと思っていた。
「よっし、とりあえず挨拶も済んだし、飯食いに酒場行こうぜ~」
「…え?ちょっ、なにか言わないの!?」
ルナは拍子抜けした顔で尋ねる。
「んぁ?何をだ?」
「『前衛が攻撃できないのかー!?』とか!」
「別に、攻撃役はお前なんだからいいだろ」
「『お、お前は盾役に任せて、まさか攻撃一辺倒か!?』とか!!」
アリシアが、何かを察したようにそっと口を開いた。
「…ルナさん」
「…なんだ、今までそうやって言われてきたのか?」
ゼロスの静かな問いに、ルナはぐっと言葉に詰まった。
「…ぐっ!」
「別にいいじゃねぇか。俺だって、同じようなもんだ。荷物持ちジョブだから、攻撃スキルなんか持ってねぇよ。でも、今までなんとかやってきた。お前らも、そうなんだろ?」
その言葉には、同じ「異端児」としての、深い共感が込められていた。
「ゼロス…」
「とりあえず、俺らは腹が減ったから飯食いに行くけど、お前らどーするよ?今なら俺の奢りでいいぜ?顔合わせ会ってことでな」
ゼロスはにかっと笑った。
「ルナ、折角だから、ご馳走になろうよ」
レオが優しく促す。
「…わかったわよ、レオ」
ルナは、まだ少し戸惑いながらも、こくりと頷いた。アリシアは、その様子にほっとした顔をした。
「…なんか良い雰囲気だな…俺たち、お邪魔なら別に気を遣わなくてもいいんだぜ?」
「…うっ!うっせえよゼロス!!」
「あはは…僕とルナは幼馴染なので、どうかお気になさらず…」
「ん、ならさっさと行こうぜ」
「ええ。行きましょうか、お二人とも」
そう言って、四人は訓練場を後にするのだった。夕暮れの空の下、少しぎこちない、けれど新しいパーティーが、今、確かに誕生した。
(第21話/了)




