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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第20話:戦士ギルドの目論見

夕刻前、戦士ギルドが誇る戦士長執務室は、傾きかけた西日に深く染められていた。磨き上げられたマホガニーの執務机、壁に飾られた数々の武具、そして広げられた王国全土の地図が、この部屋の主の揺るぎない権威を静かに示している。


戦士長イレインは、その執務机の後ろにある玉座のような椅子に深く腰かけ、隣には副長であるガレスが、石像のように微動だにせず立っている。

対して、ゼロスは来客用の豪奢なソファに、わざとらしくふんぞり返って座っていた。その態度は、ここに半ば強制的に連れてこられたことへの、ささやかで明確な抗議を示していた。アリシアもその隣にちょこんと腰かけてはいるが、背筋を伸ばし、張り詰めた空気にあてられて緊張した面持ちでいる。


やがて、重苦しい沈黙に耐えかねたように、ゼロスが不機嫌そうな声を上げた。

「で~、俺に用ってなんだよ…」


「ゼロスさん、お行儀が悪いですよ」

アリシアがそっと彼の袖を引き、小声でたしなめる。

「んなこと言われてもぉ」


「………」

アリシアが無言でじっと見つめると、ゼロスは観念したように息をついた。

「…はい、すいません」

彼はぶつくさ言いながらも、そのふてくされた姿勢を渋々正した。


その一連のやり取りを見ていたガレスが、堪えきれずに豪快に笑う。

「ふっ、お前、一週間くらい前に組んだばかりの女の尻に、もう敷かれているのか?情けないな」


「うっせーよぉー」

ゼロスは力なく答える。イレインはそんな彼らの様子を、表情一つ変えずに見つめていたが、やがて静かに口を開いた。その声が響いた瞬間、部屋の空気が張り詰める。

「ゼロスくん。ここ最近、世界各地でスタンピードが起きていることは知っているか?」


スタンピード――ダンジョンから魔素が溢れ出し、本来ならダンジョンにしか存在しないモンスターが地上に出現して、近隣に重大な損害をもたらす自然現象である。

「いや、知らん。アリシアさんは?」

ゼロスは首を横に振った。


「私も今まで存じ上げませんでした…その、ゼロスさんと出会うまで、色々大変でしたから…」

アリシアは控えめに答える。

「ゼロスくん。キミのパーティーを戦士ギルドに引き入れたのは、そのスタンピードに深い関係がある」


「…殲滅戦を手伝えってか?」

ゼロスの問いに、イレインは僅かに頷いた。

「話が早いな」


「断る。俺のランクが今いくつか、勘違いしてないか?」


「現在Sランクで活動している『銀の剣』の元メンバーだろう?」


「メンバーっていうか、荷物持ちだ。主力じゃない、あくまでサポート役だよ」

ゼロスは即答する。イレインは、しかし動じない。


「そして、新パーティーを立ち上げて、二人で最速でCランクまで駆け上がった…功績としては十分だろう」


「どこがだ。スタンピードの殲滅戦で招集される冒険者のランクを、あんたが知らないはずがないだろう」


「そうだね…最低でもBランクからの招集となっている」


「…なら、話は終わりだな。帰らせてもらうぜ」

ゼロスがソファから腰を浮かせようとしたのを、イレインの次の言葉が制止した。

「そこにいるガレスだが、冒険者のランクに例えるなら、いくつくらいだと思う?」


「正直に言っていいぞ。遠慮は要らない」

ガレスはにやりと笑う。

「いうて、訓練用の武器でしか稽古をつけてもらったことないし、そもそも前回のは本気じゃなかっただろ?しかも、かなり手加減してもらってたんだ。俺に副長のランクがいくつかなんて、わかるわけないだろ」


「…元Sランクだ」

イレインは、テーブルの上の水滴の音一つにも揺るがないほど、淡々と告げた。

「数年前の話ではあるがな。…あとゼロス、俺がいつ手加減した、なんて言った?」

ガレスの言葉に、ゼロスの動きが完全に止まった。


「…まさかアレ、本気だったのか?」


「そうだ。なんだ、手加減されてると思っていたのか?」


「いや、普通、手加減されてると思うだろ…俺みたいなやつ相手に…」

ゼロスは呆然とガレスを見つめる。自分の認識が、世界の常識が、足元から音を立てて崩れていくのを感じていた。


「ゼロスさん」

アリシアが、隣で静かに彼の名を呼んだ。

「ん?なんだい、アリシアさん」


「…そろそろ、ご自身の実力をご自覚頂いたほうが、宜しいのではないでしょうか」


「何を?」

アリシアは思わず頭を抱えた。

アリシア(この人は、謙虚や謙遜なんかじゃなく、本気でご自身の力を信じていないんだわ…)


ガレスも、やれやれと大きなため息をついた。

「お前がそんなに納得いかないというなら、今から真剣とスキル全開で打ち合うか?それでなら、納得できるだろう?」


「ん-、そこまで言われるなら、打ち合いしてみっか。胸を借りるぜ、副…」

ゼロスが立ち上がりかけた、その時だった。

「それで、副長が怪我により戦線離脱した場合の責任は、当然、キミが取ってくれるんだな?」

イレインの氷のように冷たい声が、ゼロスの動きを凍りつかせた。彼は、その言葉の意味を理解できないわけではなかった。ただ、信じられなかったのだ。


「…まさか、俺が副長に怪我を負わせる可能性があるとでも?」


「…可能性しかないだろう。その戦斧の攻撃なんぞ、弾き方を一度でも間違えたら、俺の剣がへし折れて、そのままお釈迦だ」

ガレスは、まるで明日の天気を語るかのように、こともなげに言う。


「どうやって振っているかは知らんがな。…まぁ、ここまで言われれば、流石にわかっただろう」

イレインは、ゼロスに最後通告を突きつけた。

「わーったよ…」

ゼロスはゆっくりとソファに座り直した。その表情は、もはや不機嫌なのではなく、ただただ困惑に満ちていた。

「…流石の俺でも、これ以上『ただの荷物持ちだから』云々、言う気はねぇよ」

その言葉に、アリシアの顔がぱっと明るくなった。


イレインは満足げに小さく頷いた。交渉の時間は終わり、作戦を通達する司令官の顔へと切り替わる。

「ふむ…やっと話の続きができるな。ゼロスくん、あとアリシアさん。君たちに任せたいのは、スタンピードの殲滅だ。まぁ、最近は人手が少ないからな。実力者には、他にも色々とやってもらいたいとは思っている」


「…で、任せたいというスタンピードの原因になったダンジョンのランクは?」

ゼロスが核心を突く。

「まどろっこしいのは無しだ。Aランクから任せたい」

イレインはこともなげに言い放った。


「…Aランク…」

アリシアは息をのんだ。ダンジョンランクにおいて、Cまでが一般冒険者の到達点。Bはごく一部の一流。そしてAからは、人外魔境。常識を超えた、突出した天才のみが足を踏み入れることを許される領域だ。


「…大きく出たな」


「ゼロス。お前単体だけでも、Sランクの冒険者と遜色ないと俺は思っている」

ガレスの言葉には、絶対の確信が込められていた。

「…アリシアさんを連れて、そんな無茶は出来ねぇぞ」

ゼロスは、隣に座るアリシアを庇うように言った。


「もちろん、仲間はつける。丁度いい、君たちと同じ『異端児』が二人、余っているからな。相性はいいだろう」


「…どういう意味だよ」


「…二人とも、戦士ジョブではないんだがね。面白そうだったから、私がスカウトした」


「いいのかよ、戦士ギルドとしてそれは…」


「戦おうとする意志がある者が集まる場所。それが戦士ギルドだ。別に戦士ジョブに拘りなどない」

ガレスは誇らしげに胸を張った。

「…そうかい。ってか、Aランクのスタンピードとか、それこそ俺の古巣のパーティーに声をかければいいんじゃないのか?」

その問いに、イレインは少しつまらなそうな顔をした。

「…あぁ、彼らか…最近、どうも調子が悪いらしくてね。Sランクダンジョンの上層どころか、Aランクの中層攻略にすら手間取っているようだ。どっかの誰かさんを追い出したせいだと、もっぱら他の冒険者たちの噂になっている」


「…俺のせいか…あの三バカ…」

ゼロスは、思わず眉をひそめ、心配そうな表情を浮かべた。

「…?別にキミが気を病む理由などないだろう。追い出されたのはキミの方だ。少しくらい恨んでも、罰は当たるまい」

イレインは不思議そうに彼を見た。


「まぁ、そりゃそうだが、三年も付き合ったんだ。あいつらが苦戦してるって聞いたら、別に面白いもんでもないだろう。好き嫌いは別としてな。命がけの仕事なんだ。心配くらいはするさ」


「ゼロスさん…」

アリシア(…この人は、もう…)

そのどこまでも優しい在り方に、アリシアは胸の奥が温かくなるのを感じた。


「で、なんで苦戦してんだ?あいつら」


「ガレス」

イレインに促され、副長が説明を始めた。

「はっ!…まず、第一に食料やポーションの持ち込み数が、お前がいた頃とは比較にならないほど減ったことにあるだろうな。お前がいた頃のあいつらは、お前にあり得ないくらいの物資を持たせることで、物量に任せて戦線を押し切っていた節がある」


「…あいつら、一戦か二戦すると、必ず誰かしら負傷してたしな。シーナに関しちゃ、魔術を五発も撃ったら、すぐに魔素ポーションを飲んでたしなぁ…」

ゼロスは当時の光景を思い出し、納得したように頷いた。

「次に、本来自分たちが持つべき物資をお前に全て背負わせることで得ていた、『他パーティーが持つ身体的負荷がない』というアドバンテージを失ったことにある。三日分の水を持つだけで何キロになるかは、言わんでもわかるな」


「やぁねぇ…あの程度の負荷で…。聖銀の大楯に比べれば、無いに等しいでしょうに」


「それは、お前の荷物持ちとしての能力が限界を超えているから出来る所業だ。一般ジョブの人間が、同じことを出来るとは思うな」

ゼロスは「そうなの!?」という顔で、心底驚いている。アリシアは、彼が少しだけ自身の異常性に気づいてくれたことに、内心で安堵していた。


ガレスは続ける。

「…まぁ、お前の常軌を逸した性能が伝わったようで良かった。…あと、アリシアさん。こいつが追い出されて、すぐに会えて良かったな」


「………」


「どーいう意味だよ、それ」

アリシアが答える前に、ガレスはにやりと笑った。

「翌日には、他の高ランクパーティーからの勧誘が殺到しただろう、ということだ。戦闘力が無いと言われていた当時でも、常識を超えた量の物資を持ち運べて、戦闘ジョブと並走できて、自衛も完璧にこなせる。そんなサポーターの価値が、わからんでもあるまい」


「…それは、もう…」


「あの三バカ…『出来て当然』みたいな顔してたのによ…」

ゼロスは、今更ながらに溜息をついた。

「お前のような規格外のサポーターが、パーティー結成の初期からずっといたんだ。彼らがそう錯覚するのも、無理はないかもしれんな」


イレインは、そこで話を本題に戻した。

「さて、これで何故、自分に声が掛かったか、わかるだろう。Eランクの主級を素手で倒したという話も、当然、我々の耳にも入っている。君に声をかけない理由がない」


「…わかったよ」

ゼロスは観念したように、大きく息を吐いた。

「とりあえず、その『異端児』の二人とやらが、俺とアリシアさんの仲間になるんだろ?そいつらに会って、どんな奴らか知りたいんだが」


イレインは、ようやく楽しそうな笑みを浮かべた。

「ふふっ…なかなか面白い二人だよ…訓練場で待たせてある。ガレス、案内してやってくれ」


「はっ!じゃぁ、行こうか。ゼロス、アリシアさん」

ガレスに促され、二人はソファから立ち上がる。

「どんな人たちか、楽しみですねっ!」

アリシアが期待に胸を膨らませる。

「変な奴らじゃないといいけどなぁ…戦士ジョブじゃないって言うけど…」


「ま、それは会ってからのお楽しみだな」

ガレスはそう言って、二人を執務室の外へと案内した。


三人が去った後の執務室で、イレインは一人、窓から夕暮れの空を見上げていた。

イレイン(…最近頻発しているスタンピードへの対応策が、これで一つ増えたな。それに…魔術師ギルドのギルド長のエメルダが探しているという、最上位スペルを使うユニークモンスター…。世界の変革が起きなければいいが…)

彼女は、迫りくる動乱の予感に、静かに胸の内で不安を募らせていた。


(第20話/了)

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