第19話:ギルド長の呼び出し
午後三時ごろ、Dランクダンジョンから帰還したゼロスとアリシアは、ギルドのカウンターにいつものように報酬の申請に来ていた。探索を終えた安堵感と疲労が心地よく身体に満ちている。
ゼロスはカウンターに依頼書と魔核の入った革袋を置いた。
「Dランクダンジョンの依頼書と魔核…」
彼が言い終える前に、ギルド職員が慌てた様子で言葉を遮った。
「ゼロスさん、丁度いいところにお帰りに…ギルド長がお呼びです」
「へ?ギルド長が…?」
思いがけない言葉に、ゼロスはきょとんとした顔でアリシアと顔を見合わせた。
職員に促されるまま、二人はギルドの奥にある重厚な扉の前へと案内される。
ギルド長の執務室の扉を開けると、職員が厳かに告げた。
「ギルド長、ゼロスさんがダンジョンからお戻りになられました」
「おっす、来たぜ」
ゼロスが軽く手を上げて部屋に入ると、執務机に座っていたギルド長のザックが顔を上げた。
「おぉ、戻ったか、ゼロス。こいつらが、お前に話があるんだってよ」
ザックが顎で示した先、彼の向かいにある来客用のソファに座っていた男女二人が、静かに立ち上がる。そのうちの一人は、ゼロスにとって非常に馴染み深い人物だった。
「副長…?」
副長と呼ばれた人物――それは以前、ゼロスに稽古をつけた戦士ギルドの副長、ガレスその人だった。
「よぉ、ゼロス。数日ぶりだな」
ガレスは人の好い笑みを浮かべている。
「で…お隣のお方は?」
ゼロスは、ガレスの隣に立つ、凛とした雰囲気の女性へと視線を移した。
「こちらは…」
ガレスが紹介しようとするのを、女性は手で制した。
「私は、戦士ギルドが戦士長、イレインだ。キミの事は、副長のガレスから聞いている。戦闘ジョブでないにも関わらず、戦士ジョブに比肩する膂力の持ち主だとな」
その声は美しく、それでいて鋼のように硬質な響きを持っていた。
「やっだぁ、そんなに持ち上げても何もでねぇぞ~」
ゼロスはおどけて見せるが、イレインの鋭い視線は揺るがない。
後ろに控えていたアリシアは、内心で当然の疑問を浮かべていた。
アリシア(…なぜ、戦士ギルドの責任者二人が、まだDランクのゼロスさんに会いに来るなんて…)
通常、ギルドのトップが動くのは、高ランク冒険者への依頼など、よほど重要な案件に限られるはずだ。
イレインはゼロスのおどけた態度を無視し、話を続けた。
「謙遜は不要だ。ガレスと互角に打ち合ったそうじゃないか?」
「いやいや…副長には思い切り手加減してもらってたよ。副長が本気を出したら、俺なんか一瞬で負けてる。…で、俺に何の用だい?」
「…単刀直入に言おう。ゼロスくん。うちに来い」
あまりにも直接的な言葉に、ザックが頭を抱えた。
「おまっ!言い方っ!」
「…すまん、ザック。言い方を間違えた」
イレインは表情一つ変えずに訂正した。
「戦士ギルドに客人として来て、仕事を手伝ってほしい。その間、冒険者ギルドの活動は休止してもらうことになる」
「お前はいつも話を省きすぎなんだよ…そんな言い方じゃ…」
ザックが呻く横で、ゼロスはいつもの飄々とした態度を消し、真剣な表情で深く頭を下げた。
「謹んでお断り致します」
「…給金は出す。戦士ギルド内での生活にかかる費用も、当然こちらで負担しよう」
「…申し訳ありませんが、謹んでお断り致します。どうぞ、お引き取りを」
アリシア(凄い…ゼロスさんが、ちゃんとした敬語を使えたんだ…)
イレインは僅かに眉をひそめた。
「…断る理由は?」
「…私のパーティー『始まりの雫』は、リーダーこそ私ですが、本来は隣に控えている彼女の為に立ち上げられたパーティーです。彼女の目標が果たされるまでは、私は彼女の騎士であり続けます」
ゼロスはきっぱりと言い放った。その真摯な横顔に、アリシアは胸が熱くなるのを感じる。
イレインの視線が、アリシアへと移った。
「…お嬢さん。貴女の目標とやらをお聞きしても?」
「私の目標は………」
アリシアは一瞬言葉に詰まると、ふふっと悪戯っぽく微笑んだ。
「…あはは、なんでしたでしょうね。忘れてしまいました」
アリシア(ゼロスさんの隣に居られれば、それでいい。なんて、流石に他人に言えるわけでもないし…)
「………」
「彼女は今、特に目標はないようだが?」
イレインが冷ややかに言うと、ゼロスは動揺した。
「えぇぇ…アリシアさん…お金をいっぱい稼ぐっていう目標は?」
「あれは、方便でして…」
「…なんと…」
ゼロスはがっくりと肩を落とした。
そこで、黙っていたガレスが助け舟を出すように口を開いた。
「…当然、基本の給金とは別に、仕事で討伐したモンスターの魔核の売り上げの半分は手渡そう。装備の維持費がかからないと思えば、十分な利益になるだろう?」
「そういうことだ。うちで預かる以上、生活の心配はさせん。これで決まりでいいか?」
イレインが畳みかける。ゼロスは助けを求めるように、ギルド長のザックに視線を送った。
「まぁ、お前たちのパーティーランクは、維持された状態にしておいてやる。戦士ギルドの仕事が落ち着いたら、またゆっくり冒険者をやればいい」
しかし、それは全く見当違いの助け舟だった。
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
イレインは、いよいよ苛立ったように息をついた。
「くどいな。まだ決めかねる理由でもあるのか?」
「アハハ…」
ゼロスは乾いた笑いを浮かべた。
「私のような弱者が、そもそも戦士ギルドの客人だなんて、不味くないですかね?」
「…なるほど、確かにそうだな…戦士に弱者は不要だ…」
「…戦士長、俺がゼロスの実力を見誤るとでも?」
ガレスが反論する。
「見誤っておりますっ!」
ゼロスがそれに被せた。
「…本人もそう言っているんだ。仕方ないだろう。帰るぞ、ガレス。時間を無駄にした」
イレインがそう言って踵を返そうとする。
アリシア(ゼロスさん…)
ガレスは残念そうに息を吐いた。
「はぁ…わかりました…またな、ゼロス。いつでも遊びに来い」
「わーい、また遊び…」
ゼロスが気の抜けた返事を言い終える前に、イレインがいきなり高速で抜刀し、アリシアの首筋に向かって、鋭い一閃を放った。
キィィィンッ!!
甲高い金属音が、ギルド長の執務室に響き渡った。
イレインが放ったはずの刃は、アリシアの喉元寸前で、一本のナイフによって受け止められていた。
「…何のつもりだ、アンタ?返答次第じゃ、タダじゃおかねぇぞ」
ゼロスが、腰に差していた大型のナイフでイレインの剣を止めていた。その表情からいつもの飄々とした態度は消え去り、氷のように冷たい怒りが浮かんでいる。
イレインは涼しい顔で剣を引くと、満足げに微笑んだ。
「ふっ…どこが弱者だ」
「返答になってねぇよ。叩き斬るぞ」
空いている片手を、ゼロスは背中の戦斧の柄にかける。
「私は、寸止めで止めるつもりだった。キミが反応できなければ、そこまでの男だったと納得できたんだがね…見事、私の不意打ちに対応してみせた」
イレインは興味が湧いた、というように好奇の光を目に宿してゼロスを見つめていた。
「…謀ったな、てめぇ…」
アリシアに剣を向けられたことへの怒りが、ゼロスの全身から立ち上る。
「ゼ、ゼロスさん。私は大丈夫ですから…!そもそも、ギルド長や副長の前で私を斬るなんて真似、できるはずがありませんから」
アリシアが慌てて彼をなだめる。
「そういうことだ。戦斧の柄から手を放してもらおうか。あと、その殺意もな」
イレインが言うと、ゼロスは忌々しげに舌打ちをして、柄から手を離した。
「…ちっ…次はねえぞ」
「よし。では行こうか、ゼロスくん」
イレインはにっこりと、それはもう嬉しそうに微笑んだ。
「…へ?どこへ?」
「もちろん、戦士ギルドさっ!」
キラキラした目でゼロスを見るイレイン。
「弱者でないことを、今まさに君自身が証明してみせたっ!ゼロスくん、キミが先ほど言った言葉、よもや忘れてはいないだろうね?」
ゼロスは、自分の墓穴を掘ってしまったことに気づき、呻いた。
「ぐぬっ…この女…!俺は、アリシアさんの意思を尊重するっ!」
彼が助けを求めるようにアリシアを見ると、彼女はにっこりと微笑んで言った。
「私は、ゼロスさんが行くというなら、ついてくだけですよ」
「ひっ…助けになってない…」
ゼロスが絶望に打ちひしがれた、その時だった。執務室の扉がゆっくりと開けられ、先ほどとは別のギルド職員が入ってきた。
「話は終わったようですね…ゼロスさんからお預かりしていたコボルトの魔核二十五個、ミノタウロスの魔核十七個の査定が終わりました。規定とランクアップの手数料をお引き致しまして、金貨三十八枚でお支払い致します」
「…そいつはどうも」
もはや抵抗する気力もなく、ゼロスは報酬を受け取る。
「よし、行ってこいゼロス。お前のパーティー名とランクは、そのままここに置いておいてやる!」
ザックが親指を立てて、満面の笑みで言った。
「ちょっと!?ギルド長!?」
「…長い付き合いだったが、達者でな」
普段カウンターにいるギルド職員までが、いつの間にか部屋の入り口に立っていた。
「ラインも!?」
ラインと呼ばれたギルド職員は悪戯っぽく笑う。
「…いつでも遊びに来い。たまには飲みにでも行こうぜ」
「なにそれ!?まるでもう部外者みたいな挨拶は!?」
その時、がしっとゼロスの服の袖が掴まれた。
「ま、そういうこった。ほら、行くぞゼロス」
ガレスが力強く彼を引く。
「ザックギルド長!暫くこいつをお借りしますっ!」
「おー、その自信の無い性格を叩き直してやってくれ」
「戦士ギルドでも、一緒に頑張りましょうねっ!」
アリシアまでもが、輝くような笑顔で手を振っている。
「そんな!?やめて!?離して!!やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
ゼロスの悲鳴が、ギルド長の執務室に虚しく木霊した。
第一章:冒険者ギルド編 完結。
果たして、戦士ギルドはゼロスに何をさせたいのか?
エメルダの言っていたユニークモンスターの正体とは?
次章、戦士ギルド編をお楽しみに。
(第一章第19話/了)




