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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第17話:新たな戦力

翌日の昼前、いつものようにゼロスとアリシアはギルドで落ち合っていた。

ゼロスがギルドの重い扉を開けると、先に到着していたアリシアが彼の姿を認め、ぱっと表情を輝かせて駆け寄ってくる。その足取りには、昨日までの不安げな様子は微塵もなかった。

「ゼロスさん、おはようございます。今日はどうされますか?」


「おはよう、アリシアさん。そうだなぁ…」

ゼロスは少し考え込むと、決意を秘めた目で彼女を見つめた。

「Dランクダンジョンの下層に、向かおうと思っているんだ」


「…ランクアップのため、ですか?」


「まぁね」


アリシアの表情に、ふと不安の色がよぎる。

「…足を引っ張ってしまったら、すいません」


その小さな声と俯いた横顔に、ゼロスはにかっと笑いかけた。

「大丈夫、大丈夫!今までだってなんとかなったんだし、今回もきっとなんとかなるよ!それにアリシアさんには、昨日とっておきが出来たじゃないか」

ゼロスは「とっておき」という部分で、悪戯っぽくウインクして見せた。ギルド内で彼女の新しい力を大声で話さないための、彼なりの配慮だった。


「…ふふっ、そう言われたら敵いませんね。承知致しました」

彼の気遣いに、アリシアの不安は綺麗に霧散し、自信に満ちた笑顔が戻った。

「よっしっ!」

ゼロスは満足げに頷く。

ゼロス(もっと金を稼いで、アリシアさんに良い杖を買ってあげないと…いつまでも、ただの木の棒ってわけにもいかないしな)

彼はアリシアが手に持つ、何の変哲もない木の棒に一瞥を送り、内心で静かに誓った。


ゼロスは依頼掲示板に向かうと、数ある依頼の中から一枚を手に取った。

『Dランクダンジョン下層 ミノタウロスの撃破 報酬条件 ミノタウロスの魔核5個から』

「じゃぁ、行こうぜアリシアさん」


「承知致しました。喜んでお供致します」

そうして、二人は町からほどなく離れたDランクダンジョンに向かうのであった。


道中、アリシアは昨日の興奮冷めやらぬといった様子で、ゼロスに話しかけた。

「エメルダさん、本当に凄かったですね」


「まぁなぁ、流石は元Sランクだよ。俺なんかじゃぁ、どう足掻いてもあいつの足元にも及ばないからな」

ゼロスは自嘲するように、しかしどこか誇らしげに言った。

「…そうでしょうか?」


「そうだよぉ~。俺を持ち上げたところで、何も出ないぞ~」

ゼロスは軽く受け流す。

アリシア(…あの堅牢な盾にあれだけの傷を入れられるのに、この人は本当に…)

彼のあまりにも低い自己評価に、アリシアはどこか寂しげな表情を浮かべた。その横で、ゼロスは今日の夕飯は何にしようかなぁ、と呑気に考えていた。


アリシアは話題を変えるように、疑問を口にした。

「そういえば、あの盾のスペルって、あの…『形を保て』というのが最後の一節なのですか?」


「うんにゃ。あのマジックシールドは『円環のスペル』だから、『再び紡がれ、その形を保て』の次に『繰り返す円環、我が前に、堅牢なる守りを』って詠唱が続いて、強制的に二節目に繋がるように出来てるんだ。だから魔素が続く限り、延々と持続可能なんだよ」


「そうなんですね。ゼロスさんは本当に物知りなんですね」

アリシアは彼の深い知識に、素直な尊敬の眼差しを向けた。


「そりゃぁ、前の実力試しの時は、三周くらい言わせたからなぁ」


「な…なるほど。その時、エメルダさんはなんと?」


「『ふむ、戦闘ジョブじゃないわりに、割と力があるじゃないか。面白いな、お前』だってさ~」

ゼロスはエメルダの口調を真似て、おどけて見せた。

「そうなんですね…そこから彼女との付き合いが始まったんですね」


「もう腐れ縁だよ~。三バカの女に言われて魔素ポーションを買いに行ったら、『あたしの遊びに付き合ってくれたら、少し安く売ってやってもいい』なんて言われて、わけのわからん遊びに付き合わされて…」


「なるほど…」

アリシアはくすくすと笑った。そんな他愛ない会話を続けているうちに、二人は先日暴れまわったDランクダンジョンの入り口に到着した。


ゼロスはダンジョンの入り口を前に、にやりと笑った。

「さてっと、今日は一気に下層まで行っちゃいますか。頼りにしてるよ~、アリシアさん」


「…はい、お任せください」

アリシアは彼の信頼に応えるように、力強く頷いた。


二人が上層に足を踏み入れると、そこは不気味なほどの静寂に包まれていた。先日、あれほど蠢いていたゴブリンの気配は完全に消え、自分たちの足音だけが洞窟に響き渡る。


ゼロスは入口の門を潜るなり、立ち止まって周囲への気配を探り始めた。

「…近くにはいないみたいだな」


「…そうですか。安心致しました」

先日六十体以上を屠った上層は、死んだように静まり返っていた。


「んじゃぁ、油断せず中層まで一気に降りちゃおうぜ」


「はい」

アリシアは頷き、ゼロスの背中を追った。


上層から中層へと繋がる区画の、わずかな安息地点で二人は足を止めた。

「さてと…」

ゼロスは屈むと、足元に転がっている何かを収集し始めた。

「何をされてるんですか?」

興味を引かれたアリシアが声をかける。


「ん-、石ころを集めてるんだよ」


「石…あっ、もしかして投擲用ですか?」


「ピンポーン。大正解っ」

立ち上がり、振り向いたゼロスは、革袋いっぱいになった握りこぶし大の石ころをジャラリと鳴らして見せた。


「中層には、一体何がいるんでしょう…」

アリシアが不安そうな声を出す。

「ふっふっふ…抜かりはないぜ…中層のこいつらだっ!」

ゼロスは懐から、まるで切り札のようにビシっと依頼書を取り出した。

『Dランクダンジョン 中層 コボルトの撃破 報酬条件 魔核10個から』

彼はその羊皮紙を、自慢げにアリシアに見せた。


「…いつの間に………」


「どうしたの?アリシアさん。コボルトになんか嫌な思い出でも?」


「いえ…Eランクと違い、報酬条件の個数が倍近くに上がっているような…」


「よく気付いたね。そういう仕組みなんだ。ランクが上がれば報酬もよくなるけど、その分、求められる量や難易度が跳ね上がっていくんだよ」


「…なるほど…」

アリシアは頷いた。

「…確かに、魔核は街のあらゆる場所に配置されていますもんね…」

この世界では、何気ない照明器具や料理道具に至るまで、その全てのエネルギー源は魔核で成り立っている。それを供給するのがダンジョンであり、命がけで収集するのが冒険者なのだと、彼女は改めて認識した。


「それじゃぁ、中層に行こうか。なんかあったら、マジック・ミサイルでよろしくね?」

ゼロスがウインクする。

「はい、承知しております」

アリシアは愛用の木の棒を、今や頼もしい武器として力強く握りしめた。


「じゃぁ、行こうか~」

ゼロスの軽い声と共に、二人は中層へと続く重い石の扉を開けた。


中層の扉を開けると、そこは天然の洞窟ではなく、人の手で掘られたような鉱山区画となっていた。壁のあちこちには鉄鉱石と思われる鉱脈が鈍い光を放っている。


「…ふむ、鉱山か…鉄鉱石とか取れそうだな」

ゼロスが呟くと、アリシアが尋ねた。

「探します?」


「やっだぁ、重いからいいよ~別に~」

アリシアは、ゼロスの背中にある背嚢を見た。三日分の二人の食料・水・ポーション各種が入ったそれは、見た目とは裏腹に、信じられない重さになっているはずだ。

アリシア(…私も持つ、と言っているのに、ゼロスさんは『別にこんなの重くもなんともないからいいよ』って言って、聞いてくれないんですよね…)

彼の気遣いに感謝しつつ、アリシアは微笑んだ。

「ふふっ、そうですね」


少し歩くと、前方の通路から二足歩行で歩く、大型の犬のような生物が現れた。大きな犬歯が剥き出しになっており、人の頭くらいなら簡単に噛み砕けそうな凶悪な風貌だ。


「止まって、アリシアさん」

ゼロスの静かな声に、アリシアは足を止めた。

「あいつらはゴブリンよりも強いうえに…」

ゼロスの言葉通り、一匹かと思っていたコボルトの後続に、さらに八匹が続けて姿を現した。


「俺が片付けるから、アリシアさんは後ろで…」

そう言って戦斧に手をかけるゼロスだったが、アリシアは彼の前にすっと進み出た。

「…いえ、ここは私が…」


「…アリシアさん、気持ちはわかるけど、スペルのフル詠唱には時間も集中力もかかるから、やるなら俺が時間を稼…」

ゼロスの忠告を遮り、アリシアは静かに目を瞑ると、特に構えることなく淡々と詠唱を始めた。

『虚空に漂うマナよ、集い、形を成せ。我が意思に従い、矢となりて放たれん』


「へ…?」

ゼロスは呆気に取られた。一節ごとの「溜め」がない。流れるような、二節連続の詠唱。周囲の魔素が一気に圧縮されたかと思うと、アリシアの背後に、あの異様な紋様の魔法陣が七個、既に出現していた。

コボルト達は異常事態を察知し、一斉に二人目掛けて駆け始めたが、もう遅い。


目を開き、アリシアは敵の群れに照準を合わせた。

『敵を貫け!!マジック・ミサイル!!!』

彼女がそう唱え終わった瞬間に、物量を伴った魔術の矢がコボルト達に襲い掛かる。

一発目が先頭のコボルトに命中してその身体を貫くと、貫いた直後、魔術の矢が内側から棘を出すように炸裂した。二発目、三発目と立て続けにコボルト達に当たり、その度に棘の爆発が連鎖し、周囲の敵を巻き込んでいく。

全てが終わった後には、原形を留めないほどズタズタになったコボルト達の死体が転がっているだけだった。


ゼロスはその光景を見つめて、ただ唖然としていた。

「…こ、高速詠唱…」

本来のフル詠唱は、一節一節に「溜め」が必要であり、「溜め」なしで行うのは、熟練の魔術師クラスでないと出来ない荒業だった。


「…ふぅ…よかったです。イメージ通りに出来ましたっ!」

アリシアはやり遂げたといった満面の笑みで、ゼロスを振り返った。

「そ、そいつは、良かったです…」


「…?ゼロスさん、どうかされました?私の顔に、何かついてますか?」


「い、いえ…アリシアさん、その構えは?」


「昨日、ゼロスさんが『魔術はイメージだ』って仰っておりましたので」


「…俺っていうか、エメルダが前にね…あと、先ほどの高速詠唱は、どちらでお知りになったんですか?」


「高速…詠唱、ですか?おかしいですね、エメルダさんの盾の魔法と同じで、繋げてみただけなのですが…」


「…まさか、思い付きで…?」

ゼロスの顔が引きつる。

「はいっ!成功してよかったです!」


「失敗してたら、どうするつもりだったの…?」


「…その時は、騎士様の登場ですよね?テヘッ」

アリシアは悪戯っぽく舌を出した。

「テヘッ、じゃねぇよ、テヘッじゃ…」


「…ダメでしたか?」


「…ダメじゃないけど、やるならやるって先に言ってよぉぉぉぉ」


「…びっくりさせようと思って!」


「…ええ、はい。びっくりしました、ハイ…」

ゼロスは諦めたように息をつくと、コボルト達の魔核を回収し始めた。


その後、二人の戦闘スタイルは劇的に変わった。

ゼロスは投擲と戦斧による的確な攻撃で敵の陣形を崩し、アリシアが必殺の高速詠唱で残敵を薙ぎ払っていく。


コボルト達とのエンカウント、三十二体目。

ゼロスが、投げた石でコボルトの頭を豪速で吹き飛ばした。

「流石ですっ!」


「そいつはどうも…」

アリシアは、彼の歯切れが悪いことに気づいた。

「…何か気になることでも?」


ゼロスは回収した魔核の入った革袋に目を落とした。その六割以上が、アリシアが魔術で吹き飛ばしたものだった。

彼はどこか遠い目をして、しみじみと語り始めた。

「いえいえ…昨日までアリシアさん、戦闘力には期待できなかったのに、急に頼もしくなっちゃって。なんか、親離れした子を見るみたいで、寂しいでございますよ…」


その言葉に、アリシアは心からの笑顔を向けた。

「ありがとうございます!これで、もうゼロスさんの足を引っ張ることはございませんね!」


「…そうだね」

ゼロスは彼女の輝くような笑顔を見て、つられて微笑んだ。

「頼もしい相棒ができて、俺も嬉しいよ」


(第17話/了)

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