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『追放された荷物持ちの俺を「必要だ」と言ってくれたのは、落ちこぼれヒーラーの彼女だけだった。』  作者: ブヒ太郎


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第16話:師事(二)

魔術師ギルド会館の裏手にある訓練場で、エメルダとアリシアが特訓を始めてから、既に二時間が経過していた。午後の陽光が地面を温め、乾いた土の匂いが風に乗って運ばれてくる。


「いよっしっ!イメージトレーニングはもういい感じでしょう!!次は詠唱省略(サイレント・キャスト)挑戦チャレンジしてみようかっ!!」

エメルダは満足げに手を叩いた。彼女の快活な声が、静かな訓練場に響き渡る。

「はい、先生っ!」

アリシアは、この二時間で得た確かな手応えに、自信に満ちた表情で力強く頷いた。その瞳には、新たな力を掴むことへの期待が輝いている。


その様子を、少し離れた場所から見守る影が一つ。

「フレーッ!フレーッ!アーリーシーアー!フレフレ!アリシアー!!」

ゼロスは丸太に腰掛け、こぶしを突き上げながら、腹の底から声を張り上げていた。その古典的すぎる応援が、訓練場の真剣な雰囲気をどこか和ませている。


エメルダは呆れたように、やれやれと首を振った。

「…あいつは、どこからあんな古典に載ってそうな応援を覚えてくるのかね。お母さん、心配になっちゃうよ」


「はいっ!私、頑張りますっ!」

アリシアはゼロスの応援に、満面の笑みで拳を握って応えた。

エメルダ(乗るんかい!!)


アリシアは気合を入れ直し、遠くに置かれた新たな丸太に意識を集中させる。すっと右腕を伸ばし、その指先で的を定めた。

『マジック・ミサイル!』

彼女がそう唱えると、指先にほんの小さな魔法陣が一瞬だけ展開され、「ポスッ…」という気の抜けた音が響いただけだった。放たれた魔力は、丸太に届く前に霧散してしまった。


「…」

アリシアはうなだれた。先ほどまでの自信は粉々に砕け散り、その肩が小さく震える。

(やっぱり、私なんて…)

期待が大きかった分、失敗の衝撃は彼女の心を深く抉った。


その時、遠くから再びゼロスの声が響き渡った。それは、彼女の絶望を吹き飛ばすかのように、力強く、そして温かかった。

「諦めるなーっ!アリシアさーーん!!!」

その真っ直ぐな声援に、アリシアははっと顔を上げた。

(そうだ…諦めちゃダメだっ!ゼロスさんのためにも!!)

彼女は再び丸太を睨みつけると、ゼロスに向かって叫んだ。

「はいっ!私、諦めません!」


「いいぞっ!その調子だっ!」

ゼロスは満足げに、力強く頷いた。


エメルダはやれやれと首を振り、二人の世界を壊すように割って入った。

「…まぁ、二人の世界に入ってるとこ悪いんだが…とりあえず、次はフル詠唱で行ってみよう!あたしだって、最初は豆鉄砲だったんだ!フル詠唱すれば使い物になる!!たぶん!!」

彼女はなけなしの励ましの言葉をかける。


「承知致しましたっ!」

アリシアは再び気力を取り戻した。

エメルダ(…とは言っても、いくら基礎があったとしても、実戦で使い物になるのはまだまだ先だなぁ…)


アリシアは、先ほどエメルダが見せてくれたのと同じように、両手を広げる構えを取った。深く息を吸い、精神を集中させる。

『虚空に漂うマナよ、集い、形を成せ』

彼女がそう唱えた瞬間、周囲の空間がほんの少しだけ歪む。微弱だが、確かな魔力の流れが起きていた。

「よしっ!!」

ゼロスが歓声を上げる。

エメルダ(『よしっ』…じゃないよゼロス…。これだと実戦で使い物になんかならんよ…まぁ仕方ないわな、ゆっくり育てますか)


『我が意思に従い、矢となりて放たれん』

アリシアが二節目を唱えた、その瞬間だった。

エメルダは息を呑み、ゼロスはその現象に目が釘付けになった。


アリシアの背後に、それまでとは比較にならないほど濃密な魔力が集い、異様で、それでいてどこか神々しい紋様の魔法陣が七つ、爛々と輝きながら展開されていた。訓練場の空気が震え、風が渦を巻く。

エメルダ(嘘だろっ!?あたしですら五個が限界なのに!!!普通、訓練を積んだ魔術師ですら三個がいいとこって言われてるのを、七個!?あり得ない!?)


『敵を貫け、マジック・ミサイル!』

アリシアが最後の詠唱を言い放つと、七つの魔法陣が鮮烈な光を放ち、音速を超えた七条の誘導弾が丸太目掛けて炸裂した。

全弾が同時命中した丸太は、轟音と共に、塵となって吹き飛んだ…


「………嘘でしょ…」

エメルダは呆然とその光景を見つめている。ゼロスは我に返ると、アリシアに駆け寄り、その両腕を取った。

「やったっ!やったなっ!アリシアさん!!」


「はいっ!!全て、ゼロスさんとエメルダさんのお陰ですっ!」

感動を分かち合う二人。エメルダはその様子を、信じられないものを見るような目で見つめていた。


エメルダは呆然としたまま、二人に割って入った。

「…もしもーし、お二人さんお二人さん」


「なんだ?エメルダ?一緒に手を繋ぐか?」

ゼロスがからかうように言う。

「わーい!いいのぉ?するするぅぅ…じゃねぇよ。アリシアさんって、一体何者なんだ?有名ヒーラーなら、あたしも名前くらいは知ってるぞ」

エメルダは真剣な眼差しでアリシアを見つめた。その瞳には、先ほどの冗談めかした雰囲気はなく、純粋な魔術師としての探求心が燃えている。


ゼロスは、さも当たり前のように答えた。

「…無才のヒーラーだ」


「…はぁ!?」


「だから、無才能」


「嘘コケ!」

エメルダが叫ぶと、アリシアは悲しげに俯いた。

「…そう言われているのは、事実です」


「…無才のヒーラーが無属性の汎用スペルと言えど、あれだけのことが出来ますって言われて、信じられると思うか?」


「…うーん、でもアリシアさんはまじで初級回復スキルしか使えないしなぁ…もしかして、教会の人なら、みんなアレくらい」


「出るかボケ!精々使い物になるのを一発撃つのが限界だろうよ!」

エメルダはゼロスの見当違いな推測に、怒鳴り返した。


「…まじか…」


「…でも、私…ヒーラーの適性しかないのは本当ですよ…これは、どういうことでしょうか…」

アリシアが不安そうに尋ねると、エメルダは頭を抱えた。

「あたしが知るかぁぁぁぁぁあああ………ハァハァ」

エメルダ(アリシアさんが二節目を唱え終わった途端に、スペルが進化か…あるいは位階上昇でもしたかのように見えたが、そんなヒーラー、見たことも聞いたこともないぞ…)


アリシアは自分の力に怯えるように、か細い声で尋ねた。

「…気味、悪いでしょうか…?」

その言葉に、エメルダははっと我に返り、慌てて手を振った。

「いやいやいや、ごめんよぉ。そういう事じゃないんだよぉ、純粋に魔術師として、ちょっと興味が沸いただけだよ~、ね~?ゼロきゅん?」


なんで俺に振るんだ、という顔をしながらも、ゼロスはアリシアの肩に手を置き、真っ直ぐな瞳で言った。

「俺は最初からアリシアさんを信じてるから、威力なんてどうでもいい。まぁ、いざという時に使えそうで良かったね?って話くらいか?」


「くっそ、てめぇ、あたしの事を裏切ったな」


「やっだぁ、それ完全に悪役のセリフぅぅぅぅぅ」


「ぐぁぁぁぁあああああああ」


「…断末魔になってるからソレ…」


「…はぁ…まぁいい。さて、気を取り直して、次は簡易詠唱を試してみよう!!」

エメルダは急に立ち直ると、研究者のように目を輝かせ、ワクワクした表情で言った。

(フル詠唱があれなら、簡易詠唱はどうなるんだ!?普通はフル詠唱の七割減くらいの威力だけど、アリシアさんなら!!)


「承知致しました。…では」

アリシアは再び天を指差し、詠唱した。

『敵を貫け、マジック・ミサイル!』

しかし、指先から「ポスン」という音がしただけだった…


「なんだそりゃぁぁぁぁぁぁあああああああ」

エメルダの絶叫が訓練場に響き渡る。

「すいません、すいません」

アリシアはひたすら平謝りするしかなかった。


ゼロスは腕を組んで、冷静に言った。

「まぁ、いいだろ?フル詠唱が使えるようになっただけでも儲けもんだ。うん」


「ぐぉぉぉ、納得いかん」

エメルダは地面を叩いて悔しがる。

「お前が納得しても意味ないだろ」


「本当にすいません、先生…」

落ち込むアリシアに、エメルダは一つ大きなため息をついた。


「…まぁいいよ。うん。とりあえず、おめでとう、アリシアさん。さっきのフル詠唱を受けて耐えられるモンスターなんて精々、主級くらいだ。キミは立派な魔術師として、あたしが認めよう。ちと異例な魔術師にはなるが…」

その言葉に、ゼロスがふと尋ねた。

「ちなみに、それ、教会の人からするとどうなんだ?」


「…祈りと癒しを司る教会だ。攻撃スペルを使えます~なんてバレたら、即刻破門だな」


「破門!?」

アリシアが青ざめる。

「別にいいじゃないか。今更教会に戻るつもり…なんて、あったりする?」

ゼロスが優しく尋ねると、アリシアは吹っ切れたように笑った。

「…ふふっ、ありませんよ。全く」


「なら、何の問題もないなっ!!」

ゼロスはニッと笑った。二人のやりとりを見ていたエメルダは、呆れたように呟く。

(おー、おぉー…この天然系くそ朴念仁がよぉ…)


ゼロスはエメルダに向き直り、頭を下げた。

「エメルダ。悪かったな、忙しいのに付き合ってもらって」


「ん?問題ないよ。アタシはポーションノルマが終わったから、来月までダラダラできるし。ふへへ」

彼女はだらしなく笑う。アリシアは不思議そうに尋ねた。

「…高名な魔術師の方が、そういえば何故、受付…というかポーション販売を?」


「そ、それは…あたしが可愛いから?…キャッ…言っちゃった…はずかちぃ…」

エメルダがもじもじとすると、ゼロスが横から即座に訂正した。

「そこにいるだけで、脅威になるからだ」


「おいこらてめぇ」


「事実だろぉぉぉぉ」


「アタシは乙女なんだから、乙女として扱えや、てめぇ」


「承知致しました。お嬢様」

ゼロスは恭しくお辞儀をする。

「わかればよろしい」


「…ところで、お嬢様」


「なんでございますか?ゼロきゅんよ」


「…乙女は人様を『てめぇ』などと仰るものでしょうか…このゼロス、長年お嬢様にお仕えしておりますが…」


「土に埋めるぞ、このやろうっ!」


「やぁぁぁぁん、このお嬢、こわーーーい」

きゃっきゃと笑いながら、ゼロスはエメルダから逃げ回る。それを見て、アリシアはとうとう堪えきれずに声を出して笑った。


「アハハ…本当に仲がよろしいんですね…お二人とも」


「あん?どこがだよ」

エメルダが言い返そうとしたのを、ゼロスが遮った。彼は穏やかな顔で、当たり前のことのように言う。

「そうだな、仲は良いと思うよ」


「ぐふっ!!」

その不意打ちの真っ直ぐな言葉に、エメルダは胸を押さえて呻いた。

「どうした?エメルダ」


「…不覚にも、キュンとした…」


「なんだ、風邪か?」


「ちげーよ!ボケナス!」


「やれやれ…温かくして寝ろよ?じゃぁ、行こうか、アリシアさん」


「はい!また来ますね!エメルダさん」

アリシアが手を振ると、エメルダは腕を組んで二人を呼び止めた。その表情から、いつものふざけた雰囲気は消えていた。

「ちょっと、待った、ゼロきゅん」


「ん?なんだ?もうポーションは買わんぞ?」


「違う違う。その背中の戦斧の威力、確かめてみようと思ってね?…今後の為に」


「…ユニーク戦に備えてか…でも、どうやって?」


エメルダはニヤリと、挑戦的な笑みを浮かべた。

「そうこなくっちゃ!!アタシを一発ぶん殴れ!」


「…へ?」

ゼロスは間の抜けた声を上げた。


エメルダは呆れたように説明した。

「あたしがマジックシールドを張るから、それを殴ってみろって言ってんの。それで威力を確かめてやる」

「最初からそう言いなさいよ…変な趣味にでも目覚めたかと思ったわぁ」

ゼロスがそう軽口を叩いた瞬間、エメルダが再び詠唱を始めた。

『我が魔力と世界を繋ぎ、その理を歪めよ――』

先ほどの最上位スペルの続きの一節を唱え始めたため、ゼロスは即座にその場に土下座して謝った。


「さてと、じゃぁ、あたしが今からマジックシールドを張るから、遠慮なくぶっ叩きに来な。筋力強化(微)のギアをフルスロットルでな」

エメルダは腕をまくる。

「わかったわかった…ハァ…ほんの少し欠けさせられれば御の字だな…」


「ゼロきゅんは、ホント自己評価あり得ないくらい低いな…まぁ、謙虚とでも受け取っておこう。じゃぁ、行くぞー」

『我の前に、堅牢なる守りを』

エメルダがそう唱えた瞬間、彼女の周囲の空間が歪み、分厚いガラスのような障壁が出現した。


「…あれが、マジックシールド」


「そ。唱え続けてる間は、魔術も物理も全部防ぐ、まさに鉄壁の盾だ」

ゼロスはそう説明しながら戦斧を構え、態勢を低くし、筋力強化(微)の出力を一段階上げた。

『光の粒子を編み、鋼鉄の如く固めよ』

エメルダ(ふむ………残念ながら、大して変わってないのか?ゼロスは)


ゼロスは、身体中の魔素を練り上げ、さらにもう一段階出力を上げた。

『いかなる衝撃も、その身を通してはならず』

エメルダ(そんなんじゃぁ、アタシの盾は欠けすらしないぞ、ゼロス)


ゼロスは、戦斧を強く握りしめ、出力をさらに…二段階引き上げた。

『我の魔力が続く限り、その力は失われぬ』

エメルダ(おぉ!?なんか一段階上げられるようになったか?やるじゃないか、ゼロきゅん。ホント、荷物持ちなのが惜しい才能だよ…)


ゼロスは距離を詰める瞬間に、ありったけの魔素を脚部に集中させ、出力を更に三段階引き上げる。

彼の全身の筋肉が悲鳴を上げながら強化され、戦斧を握る腕からは血飛沫が飛ぶほどの痛みが走るが、それを無視し、ゼロスは叫んだ。

「行くぞぉぉぉぉ!!エメルダァァァ!!!!!」


その瞬間、ゼロスの姿がエメルダの視界から一瞬消え――

『円き結界となり、我を守護せよ』

連続詠唱していたエメルダの目の前に再び現れると、渾身の戦斧の一撃がマジックシールドを襲った。

凄まじい轟音と衝撃波が広場を吹き抜け、その場の土埃を一斉に跳ね飛ばしていく。

『再び紡がれ、その形を保て』

やがて視界が晴れると、そこには強烈なヒビ割れが走ったマジックシールドが映っていた。


エメルダ(…あたしの盾に、ここまでヒビを入れられるなんて…ゼロス、お前…)

彼女はマジックシールドを解くと…ゼロスに思い切り抱き着いた。

「やっるようになったじゃないかぁぁぁあ!」


「ぐあああああ、抱き着くなぁぁぁぁ」


アリシアはすぐに駆け寄る。

「ゼロスさん、治療を…!」

そう言いながら、自傷で血が滲むゼロスの腕に、治療スキルをかけていく。


エメルダはその様子を見ながら、思考を巡らせていた。

(なんだろう…ゼロスがスキルを重ね掛けしていくうちに、途端に上昇幅が跳ね上がった…アリシアさんと同じ現象…?でも、ゼロスは正真正銘の無才…。そんな偶然が…)


「…はい、終わりましたよ。次からはあまり無茶しないでくださいね?」


「言うても、エメルダの盾に傷を入れるなら、あれくらいしないとビクともしないよぉ」

ゼロスはそう言いながら、自身の戦斧にヒビが入っていないか確かめた。


「…ゼロスもそうだが、その戦斧も頑丈じゃぁないか。普通は砕け散るぞ」

戦斧には、ヒビ一つ入っていなかった。

「さすが、おっさんが作っただけあるぜ…」


「ふん…いい武器だな。大事にしなよ?」


「あぁ」


その後、アリシアが「エメルダさんも一緒に夕飯どうですか?」と誘ったが、「アタシ、まだやることがあって~、ごめんねぇ」とやんわり断られ、二人を見送った。


二人の背中を魔術師ギルドの入り口で見送ったエメルダ。彼女が受付に戻ろうとした時だった。

「…エメルダ様。何度か魔術の奔流がございましたが、あの二人に何か気になることでも?」

そう…ギルド職員は、訓練場の様子をギルド会館の窓から見ていたのだった。


エメルダは、ふっと笑った。

「無才の二人のパーティーがいてね…これから、ちょっと面白い事が起きるかもよ?この世界の常識を覆すくらい、面白い事がね…」

そう言い、彼女はギルド職員から豪奢なマントを受け取り、優雅に着用した。そのマントの襟には、このギルドの『長』のみが付けられる白金のバッジが輝いていた。


「…さて、あたしはあたしの仕事をしようかね?…次のスタンピードの予測地は?」


「はっ!エメルダ様の執務室にご報告を上げます」


「あぁ、頼むよ」

ギルド職員に案内されるエメルダ。ふと、彼女は窓に目をやった。その視線は、ゼロスたちが去った方向を見つめている。

エメルダ(次会う時には、もっと強くなっていてくれよ…そうでないと、『私』が退屈しちゃうからさ)

彼女の口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。

その眼は、いずれ自身に追いつくかもしれない、二人の無才への、確かな期待に満ちていた。


(第16話/了)

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