第15話:師事
魔術師ギルド会館の裏手には、訓練場として使われている、だだっ広い広場が広がっていた。地面は固く踏みならされ、いくつかの場所には魔法の直撃を受けたのであろう黒い染みが残っている。
エメルダはアリシアに向き直ると、その指先をそっと取った。
「ほー…ほー…な、る、ほ、ど、ね」
彼女は目を閉じ、何かを探るように集中している。その真剣な表情に、アリシアはゴクリと喉を鳴らした。
「ど、どうでしょうか…?」
恐る恐る尋ねるアリシア。ゼロスも興味深そうに、二人の様子を覗き込んだ。
「で、それで何がわかるんだ?」
「魔素が通りやすいか、通りにくいかだよ」
エメルダはゆっくりと目を開けた。
「…どういう意味だ?」
ゼロスの問いに、エメルダは彼を指差して説明する。
「ゼロきゅんは、魔素回路が身体の中だけで完全に円環しちゃってるから、魔素を体外に出す事ができない」
「そうだな」
ゼロスはあっさりと頷いた。
「…普通の人はある程度、魔素を体外に放出できるんだよ」
「…だろうな。俺みたいな荷物持ちは珍しいんだろうな」
「よっくおわかりでっ!で、特に魔術系は、魔素を体外に出しやすいか出しにくいかで、扱えるかどうかが決まるんだ」
ゼロスは腕を組んだ。
「ってことは、ヒーラーでも、フレイム・ボルトが使えるのか?」
「ノンノンッ。その辺はジョブ適性に由来して、属性変化が関わってくるから、他ジョブでも使えるってわけじゃぁない」
エメルダは人差し指を左右に振る。その言葉に、アリシアの表情が暗く沈んだ。
「…では」
「おっと、勘違いは良くないぜお嬢さん。無属性スペルなら、魔術系ジョブじゃなくても使えるんだな!これがっ!」
エメルダはアリシアの肩をポンと叩いた。
「…それならっ!」
「アリシアさんなら、すぐにでも使いこなせると思うよ?というか、魔術回路がかなり発達してるから、むしろ使えないほうがおかしい。もしかして、リザレクションとか使える?」
「そんな…死を遠ざけるあのスキルは…私は初級回復スキルしか…」
「………相当鍛えた跡があるんだけどねぇ…なんだろ…適性ジョブ以外になんかあんのかな?」
エメルダは不思議そうに首を傾げる。
「で、どうやって教えるんだ?」
ゼロスが話を戻した。
「とりあえず、見てもらったほうが早いかな?ゼロきゅん、広場の真ん中に、あの丸太を置いてもらってもいいかな?」
エメルダは広場の隅に置いてあった、人の顔よりも大きな丸太を指差した。
「へいよー」
ゼロスは軽々とそれを抱え上げ、広場の中央へと運んでいく。
やがて、遠くから彼の声が聞こえた。
「置いたぞ~~」
「ん、じゃぁ、いっくよ~」
エメルダは指先を、ピンポイントの精度で丸太に照準を合わせた。
『マジック・ミサイル』
彼女が短くそう唱えた瞬間、指先から放たれた純粋な魔力の弾丸が、音もなく丸太を撃ち抜いた。
「…おーーーー」
ゼロスが遠くでパチパチと拍手をしている。
だが、丸太に空いたのは、指先程度の小さな穴だけだった。
ゼロスはエメルダの方に歩きながら、評価を下す。
「まぁ、頭をぶち抜けば使えないことはないな」
「………」
あまりの威力の低さに、アリシアは希望が砕かれるのを感じ、絶望的な表情を浮かべた。
「まぁまぁ、アリシアさん。ここからが本番だよ」
エメルダは悪戯っぽく笑うと、今度は指先ではなく、両手を大きく広げる構えをとった。
『虚空に漂うマナよ、集い、形を成せ』
エメルダがそう唱えた瞬間、周囲の空間がぐっと圧縮されていくような、濃密な魔力の奔流をゼロスとアリシアは肌で感じた。
「…これは…」
『我が意思に従い、矢となりて放たれん』
エメルダの背後に、五つの青白い魔法陣が幾何学模様を描きながら展開された。
「…すごい」
『敵を貫け、マジック・ミサイル』
エメルダが最後の詠唱を言い放った途端、五つの魔法陣から魔力の弾丸が凄まじい速度で射出され、先ほどの丸太を跡形もなく粉砕した。
「っと、まぁこんな感じよっ☆」
エメルダはウインクして見せた。
「凄いです!エメルダさん!!」
アリシアは目をキラキラと輝かせ、興奮した様子でエメルダの手を取った。
「やー…照れちゃうニャァ…」
ゼロスは感心するでもなく、腕を組んで二人に声をかけた。
「…と、まぁ。で、わかるのか?」
「…そういえば…」
アリシアもはっと我に返る。
「…ですよねぇ…では…」
エメルダは一つ咳払いをすると、急に先生のような口調になった。
「説明しよう!」
ビシッと、人差し指をアリシアに向ける。
「アリシアくん。冒険者が使う魔術には三種類ある!一つ、通常時に使われる詠唱省略!これは非常に隙が少ないが、威力も大して出ないっ!次に、簡易詠唱!通常三節ある魔術を一節のみで終わらせて発動させる技術だ!これは威力は上がるが、魔素消費も跳ね上がる!そして最後に!!」
アリシアは、目を輝かせてその先を続けた。
「フル詠唱ですね!!」
「…知ってたの?」
エメルダは少し拍子抜けした顔になる。
「そういえば、アリシアさんも詠唱省略とフル詠唱を使いこなしてたもんな」
ゼロスが補足した。
「先に言え、先に…」
エメルダは少し恥ずかしそうに頬を掻いた。
「んんっ…んでだ。今のマジック・ミサイルは、詠唱省略だと威力は豆鉄砲だが、三節のフル詠唱を挟むことで威力が跳ね上がるんだ!…まぁ、全部の魔術に言えることではあるけどな」
アリシアは興奮した様子で、挙手をした。
「先生!」
「はい、どうぞ」
エメルダは指名するようにアリシアを指した。
「属性変化?をさせると、色々使えるようになるんですかっ!?」
「…そうだけど、ヒーラーのアリシアさんだと無属性魔法しか使えないよ?」
「そ、そうなんですけど、見てみたくて!!」
アリシアは期待に満ちた瞳でエメルダを見つめる。
「…ふっむ…」
「いいじゃねぇか、見せてやるくらい」
ゼロスの後押しに、エメルダは仕方ないといった表情で頭を掻いた。
「仕方ないにゃぁ…ちょっとだけだぞ?」
その口調とは裏腹に、彼女の目は楽しそうに輝いていた。
エメルダは再び広場の中央に向かうと、今度は片手を、先ほど粉砕された丸太があった場所へと向けた。
「…あれ…先ほどと構えが…」
「魔術はイメージだ、って昔こいつが言ってたな」
ゼロスが解説する。
『我が魔力に、宿れ、燃え盛る炎よ』
エメルダがそう唱えた瞬間、彼女の背後に先ほどとは比較にならないほど無数の魔法陣が展開された。
「さっきと違うっ!」
「おー…久々に見たけど、やっぱすげえな」
ゼロスは感心したように呟いた。
『その力、凝縮し、矢となりて飛翔せん』
次の詠唱と共に、展開された無数の魔法陣が一斉に燃え上がり、広場を真昼のように照らし出す。
「燃えたっ!?」
「相変わらず派手な演出だなぁ…」
ゼロスは呆れたように言った。
『火の追跡者、放て!』
エメルダが言い終えた途端、炎を纏った誘導弾が音速で射出され、目標地点の地面に全弾着弾し、土を抉りながら大爆発を起こした。
エメルダはその光景に満足げに頷くと、どや顔で振り返った。
「ふふ…どーよ、これがアタシの実力ってやつぅ?」
「凄いです!!凄すぎます!!」
アリシアは興奮のあまり、再びエメルダの手に駆け寄って握りしめた。
「いつ見てもすげーな。流石、元Sランク」
ゼロスが何でもないことのように言った。
「おー、おー、もっと褒めたまえ」
エメルダは上機嫌だったが、ゼロスの言葉に、アリシアが固まっていることに気づいた。
「Sランク!?」
「…あっ、やっべ…なんで言うかなぁゼロきゅん…アタシたち二人だけのひ・み・つ・だ・よ、ってあの夜に言ったじゃない…」
エメルダは両の人差し指を頬にあて、モジモジと媚びるような仕草をする。
「言ってない、言ってない。ってか、ギルドの連中、みんな知ってるだろ、お前が元Sランクだって」
「そぉだけどぉ…女の過去には秘密があるほうが素敵でしょ?って話よ」
「可愛い内容ならなぁ…お前の場合、エグイ方の秘密だと素敵なのか否か…」
ゼロスがじと目で見ると、エメルダの表情がすっと変わった。
「ほぉ…」
次の瞬間、彼女は天に片手を突き上げた。
『燃え盛る魂の熱よ、地の底より湧き出でよ』
詠唱が始まった途端、訓練場の空気が一変する。凄まじい魔素の奔流が虚空に渦を巻き、アリシアは呼吸すらままならないほどの威圧感に襲われた。
「バッカ!!やめろ!!!」
ゼロスが叫ぶ。
「………」
アリシアは恐怖で足が竦み、動けなくなった。しかし、エメルダは構わず詠唱を続けた。
『虚空を穿ち、光を飲み込む災いの炎となりて――』
「ふざけんなっ!辺り一帯を吹き飛ばすつもりか!?殴り飛ばすぞ!!」
ゼロスの怒声が響く。アリシアは本気で死を覚悟したが、
「ぇ~、殴られるのはイヤ~。もう、冗談が通じないな、ゼロきゅんは」
エメルダが詠唱をやめると、渦巻いていた魔素は何事もなかったかのように霧散した。
「その冗談は普通、通じねぇよ…」
「私、死ぬかと思いました…」
恐怖で唇を真っ青にしながら、アリシアが震える声で言った。
エメルダはぺろっと舌を出し、アリシアに駆け寄った。
「アリシアちゃん、ごめんねごめんねっ!ほーんの冗談だったのよ」
「あはは…冗談で今の迫力なんですね…」
「まじで笑えねぇよ…なんで見せた?」
ゼロスはまだ険しい表情を崩さない。
「ほらっ!元Sランクの実力ってやつを、久々に見せたくなっちゃって…」
エメルダはおどけて見せた。
「…本当に、Sランクの方々は凄まじいんですね…」
アリシアが畏敬の念を込めて呟くと、ゼロスが補足した。
「Sランクの中でも上澄み中の上澄みだったらしいけどな、エメルダは」
「やぁん、照れるなぁ、そんなことないよぉ」
かわい子ぶるエメルダ。
「…でも、なんで今は魔術師ギルドに戻ってらっしゃるんですか?」
「ん?冒険者のほうは、趣味でやってみただけだから」
「趣味で………あの…何年かけてSランクになったんでしょうか?」
「やっだぁ、もう何年もかけてだよ~、アタシそんな天才ってやつじゃないし~」
「そ、そうなん…」
ですね、とアリシアが続けようとしたのを、ゼロスが遮った。
「一年で駆け上がったそうだ。今でも『天才魔術師エメルダ』の名前は、魔術師の中では有名だ」
「うぉぉぉぉ、なんでバラすのかなぁ~~~~?」
「え~~~~、素性がわかってる人のほうが、安心だと思ったから~~~?」
「てっめぇ、ゼロスぅぅぅぅ」
「きゃぁぁぁぁ、怖いぃぃぃぃぃ」
「…ハァ」
エメルダはシュンと肩を落とした。
「…で、なんでさっきの見せた?」
ゼロスは、今度は真剣な表情で尋ねた。
「?」
「だから~、アタシの実力を~」
「違う。さっきのとんでもない詠唱の方だ。お前が意味なくあんなものを見せるなんて思わない」
ゼロスの言葉に、エメルダがヘラヘラとした表情を急に止めた。眼鏡の奥に、氷より冷たい眼が透けて見える。
アリシア(…なに、この恐怖感…ゼロスさんとは違う種類の威圧感…まるで、全てを破壊し尽くしてしまいそうな…)
エメルダは、静かに告げた。
「必要だと思ったから」
「何に対してだ」
「キミたちが生き残るために。もし、今と同じ詠唱をしてくるモンスターに会ったら、全力で殴り飛ばしなよ?五節目まで唱えさせたら、そこでゲームエンドだからね?」
「…そいつのランクは…?」
「わかんない。アタシも会った事がない。たぶん、ユニークモンスター」
「…忠告どうも………そいつに会いたいのか?」
ゼロスの問いに、エメルダから威圧感が消えていく。
「うっへっへ…力比べしようかと思ってね~。噂に聞いた最上位スペルを使えるモンスターとか、興味あるじゃん?」
彼女は好戦的な笑みを浮かべた。
「…はぁ…そうかいそうかい…」
「ぉ?なんか失礼な事を考えてるな!?」
「考えてない、考えてない!」
「やれやれ…」
エメルダは肩をすくめると、アリシアに向き直り、にっこりと微笑んだ。
「さぁ、アリシアちゃん、訓練をしてみようか?」
「承知致しました、よろしくお願い致します」
もう先ほどの恐怖感はなく、純粋に学びに来た生徒の姿勢のアリシアがそこにあった。
「まずは、イメージトレーニングからだよ!それが終わったら、フル詠唱トレーニング!フル詠唱できるようになったら、詠唱省略!それが出来たら、簡易詠唱!この順で行くよ~」
「はいっ!!よろしくお願いします!先生!!」
その様子を見ていたゼロスが、所在なさげに手を挙げた。
「あの~、俺は~?」
エメルダは彼をちらりと見ると、にやりと笑った。
「ゼロきゅんは…丸太運び係でもしてもらおうかな」
「承知致しましたっ!将軍!!」
「うむ!我を称えよ!!」
そのやり取りに、またアリシアは笑ってしまった。
ゼロスの普段のふざけた口調は、この人から来ているものなのだと、今、はっきりと理解した。
そして、その心には…。
アリシア(…ちょっと、妬けちゃうかも…)
そんな、ほんの少しの嫉妒が混ざっていた。
(第15話/了)




