第14話:力への渇望
昼過ぎ、ゼロスとアリシアがDランクダンジョンから帰還し、ギルドの扉をくぐった。日中のギルドは夜の喧騒が嘘のように落ち着いており、ちらほらと冒険者たちの姿が見えるだけだった。
ゼロスはカウンターに革袋を置いた。
「Dランクの依頼書と魔核だ、確認してくれ」
「承知致しました、少々お待ちください」
ギルド職員は革袋を丁寧に受け取ると、奥の間へ査定に向かう。その背中を見送りながら、ゼロスは隣のアリシアに話しかけた。
「アリシアさん、お腹減ったろ?報酬貰ったら、飯行かない?」
「いいですね、私もそろそろお昼にしようかと思っておりました。ぜひご一緒させてください」
アリシアが嬉しそうに微笑む。
「よし、そしたら何食べようかな。いつものおやっさんのところに行こうかな?」
「あら…またお勧めがあるんですか?」
「まぁね」
ゼロスは悪戯っぽく片目をつむった。
他愛ない会話を続けていた二人の元に、先ほどのギルド職員が戻ってきた。
「お待たせ致しました。ゴブリンの魔核62個と依頼条件達成によるボーナス係数を加算致しまして、金貨6枚のお支払いでございます」
「お疲れっ!」
ゼロスは報酬の入った革袋を受け取ろうとした、その時だった。職員は袋を渡しながら、ふと真面目な顔つきで言った。
「…あまりご無理なさらぬよう」
「…?…ありがとう」
ゼロスは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに礼を言って報酬を受け取った。その背後で、アリシアは何か考え事をしているかのように、静かに佇んでいた。
ゼロスは彼女の肩をポンと叩く。
「じゃぁ、行こうぜアリシアさん」
「あっ!はいっ!」
アリシアははっと顔を上げた。二人はそのままギルドを後にして、昼下がりの賑やかな大通りへと歩き出した。
ギルド会館から少し離れた大通りを、二人は並んで歩いていた。向かうはゼロス行きつけだという飲食店だ。
しかし、先ほどからアリシアはどこか思い悩んでいる様子で、時折俯いては唇を噛んでいる。やがて、意を決したように口を開いた。
「あの…ゼロスさん」
「なんだい?アリシアさん」
ゼロスは彼女の深刻そうな顔に気づき、足を少しだけ緩める。
「あとで…その、お話…というか、ご相談がございまして」
「…わかったよ。ちゃんと聞くから、言ってごらん?」
彼の優しい声色に、アリシアは慌てて首を横に振った。
「あっ!その…ご飯を食べながらで大丈夫ですから…」
「そ。じゃぁ、そんとき聞くよ。さぁー何食べようかなぁ」
ゼロスはわざと明るい声を出し、彼女の緊張をほぐそうとした。
ゼロス(…なんだろうな…変に思い悩んでないといいけど…)
やがて二人は、年季の入った飲食店の木の扉の前で足を止めた。
二人は、年季の入った飲食店の木の扉を開けた。カラン、と軽やかなベルの音が鳴る。
昼過ぎということもあり、店内にはまだちらほらと食事を終えた客が残っていた。カウンターの奥で、無骨な体つきの店主が黙々と鍋を振るっている。
ゼロスは店に入ると、親しげに声をかけた。
「おやっさーん、まだやってる~?」
「おー、ゼロ坊か。奥の席が空いてるから勝手に座ってくれー」
店主は、ゼロスの顔も見ずにそう答えた。
「へーい」
「お…お邪魔致します」
アリシアが控えめに挨拶をすると、その聞きなれない声に、店主がはっと顔を上げて振り返った。そして、ゼロスの隣に立つアリシアの姿を認めると、驚きに目を見開いた。
「…ゼロ坊が女連れ!?」
「おぅおぅ、どっかで聞いた反応だな。そうだよ、珍しいだろぉー」
ゼロスは得意げに笑う。
「お…お世話になっております」
アリシアは深々と頭を下げた。ゼロスはそんな彼女の肩を抱き、大げさに紹介する。
「うちのパーティーの紅一点!!アリシア殿下だっ!」
「…殿下じゃありません…ただのアリシアです…」
「ちぇー、ちぇー」
子供のような反応をしながら、ゼロスは奥の席に移動し、壁に戦斧を立てかけてどかりと座った。アリシアも彼の向かいの席につく。
ゼロスはカウンターに向かって再び声を張り上げた。
「おやっさーーん、いつもの~」
「へーい。連れの子はどうすんだぁ~?」
「わっ、私も同じものでお願いします」
「あいよ~」
店主の威勢のいい返事が聞こえ、やがて店内に肉の焼ける良い匂いが立ち込めてきた。
料理が運ばれてくるまでの静かな時間、ゼロスは本題を切り出した。
「で、アリシアさん、話って?」
「…あ…はい。その、ダメ元でかまわないのですが…ゼロスさんの人脈に頼りたいと思いまして…」
アリシアは少し言いづらそうに、視線を落としながら言った。
「ふぇ?俺の…人脈?」
「はい」
「俺に人脈なんかあったかなぁ…まぁいいよ、力になれるか知らんが聞くだけ聞くよ。言ってごらんなさいな、姫様」
姫じゃないです、とアリシアが言い返そうとした瞬間、店主が料理を運んできた。
「へい、お待ちどうさま。肉定食二つな」
「ありがと、おやっさん」
湯気の立つ料理を前に、ゼロスは話を促した。
「…さぁ、話の続きをどうぞ、アリシアさん」
「さ、先に食べてしまいましょう?折角の料理が冷めてしまいます」
「お嬢さんは行儀がいいなぁ。…ってかゼロ坊」
店主が呆れたようにゼロスを見た。
「んぁ?」
気の抜けた声で返すゼロス。
「『んぁ?』じゃねぇよ…お前、女連れてくるなら、もっと良い店選べよ…」
「…良い店だろ?ここ」
「…そういう事を言ってんじゃねぇ」
店主がぶっきらぼうに言うと、アリシアが助け舟を出した。
「店主様、私も良いお店だと思いますよ。ゼロスさんもそう仰っていますし」
その言葉に、店主は目を細めてゼロスを見た。
「…ゼロ坊…お前、良い女捕まえたなぁ…」
「だろ~?俺もそう思うよ~」
「ちょっ!ゼロスさん」
アリシアは恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「…んじゃぁ、古くせえ店だが、ごゆっくりどうぞ~」
店主はそう言い残し、厨房へと戻っていった。
「んじゃぁ、食べようぜアリシアさん」
「…んもう…」
アリシアは小さく呟きながら、照れくさそうに食事に手を付けた。
しばらく食事が進み、少し落ち着いたところで、ゼロスが再び口を開いた。
「んでー?お話の続きは~?」
「はい…あの、驚かないでくださいね?」
アリシアは一度箸を置くと、意を決したように顔を上げた。
「なんだろなんだろ」
ゼロスは子供のように目を輝かせ、ウキウキした表情で彼女の言葉を待っている。
アリシア(この人は、いつも私が不安そうにしていると、こうやって気遣ってくれるなぁ…)
アリシアは深呼吸を一つして、はっきりと告げた。
「…魔術師ギルドの方を紹介していただけませんか?」
その言葉に、ゼロスの表情から明るさが消え、真剣なものに変わった。
「…理由は?言いたくないなら良いけど」
「…攻撃スペルを覚えようと思いまして…」
「ふむ…」
ゼロスは少し考え込むと、やて頷いた。
「…宛がないわけじゃないな…」
彼の脳裏に、いつも魔素ポーションを買っている魔術師ギルドの、あの快活な女性の顔が浮かんでいた。
「本当ですかっ!!」
アリシアはぱっと顔を輝かせた。
「ぼくちゃんに任せておきなさいよ~。良い人を紹介するからさ~」
「はいっ!よろしくお願いします!」
アリシアは深々と頭を下げた。
大事な話が終わり、二人は雑談をしながら食事を続けた。「その戦斧は重くないですか?」「これくらいが遠心力効いて丁度いいよ~」「ちょ、丁度いいですか…」「イエッス!」などと、他愛ない会話が続く。
やがて食事が終わる直前、店主が再び二人のテーブルへやって来た。
「…こちら、サービスのフルーツタルトです」
「わぁっ!いいんですか!?」
アリシアの目がきらきらと輝く。
「おやっさんも男だねぇ…ふへへ、嫁さんに言いつけちゃうぞ?」
「バッカ、ちげえよ。お前のために持ってきたんだよ、ゼロス」
ゼロス(…珍しいな、おやっさんが俺の事を『ゼロ坊』と言わないなんて…)
「おぅおぅ、俺の為って言いながら、やっぱり…キャッ」
顔を両手で隠し、おどけるゼロス。だが、店主の眼差しは真剣だった。
「…アリシアさん、だったか。いつもバカなフリをしてるこいつだが、どうか見限ってやらないでほしい」
「…へ?」
「根はスゲー良いヤツなんだ。うちの娘も、よく懐いてるしな」
「おいおい、やめろやめろ」
ゼロスは本気で照れくさそうな顔をしている。アリシアはそんな二人を見て、優しく微笑んだ。
「はい、承知しております。ご心配なさらず」
「アリシアさんもっ!?なに!?なんなの?二人して何を企んでるの!?」
「別に何も企んでなんかないですよ。ゼロスさんは良い人だって、ただそれだけの話ですよ」
アリシアは困惑するゼロスに、悪戯っぽく笑いかけた。
店主はアリシアの返事を聞いて、心底安心したように頷いた。
「…あんたなら心配ないな。どうか、これからもゼロスを頼む」
「やめてっ!やめて、俺が恥ずかしいからぁぁぁぁぁぁあああああ」
ゼロスは頭を抱えてテーブルに突っ伏してしまった。
結局彼は、アリシアがフルーツタルトを食べ終わるのを、顔を上げたまま固まって待っていることしかできなかった。アリシアに「フルーツタルト、食べます?」と聞かれたが、「わたくしは、ダイジョウブデス…」と片言で返すだけだった。
昼食を終えた二人は、店主とアリシアの元気な挨拶に見送られながら店を出た。
「また来いよ~」
「はいっ、必ず参ります~」
ただ一人、ゼロスだけが拗ねたように叫んでいた。
「暫くこねぇぇぇよぉぉぉ」
魔術師ギルドへ向かう道すがら、ゼロスはまだ先ほどのやり取りを根に持っているようだった。
「はぁ…ひでー目にあった…」
「そうですか?私はまた一人、ゼロスさんの事を理解してくださってる方がいるとわかって嬉しかったですよ?」
アリシアがからかうように言うと、彼はさらに口を尖らせた。
「姫様が嬉しくても、俺は恥ずかしいだけだろぉ」
「ふふっ…そうですか?きっとすぐ慣れますよ」
「ひぃっ!怖いこと言わないでよっ!!」
ゼロスは大げさに身震いしてみせる。
「ゼロスさんにも、怖いものなんてあったんですねぇ」
「アタシをなんだと思ってるの!?」
「冗談が言えるなら大丈夫ですね」
アリシアがくすくすと笑う。ゼロスは何も言い返せず、ただ黙って前を歩いた。
「………」
「…もしかして、怒りました?」
「いーーーや…」
ゼロスは長く息を吐くと、振り返って降参したように笑った。
「…敵わねぇなぁって、思っただけだよ」
「…そうですか、ふふっ」
アリシアは満足そうに微笑んだ。そんな会話を続けながら歩くうち、やがて荘厳な石造りの建物の前に着いた。
「…その…鉄格子の扉とかあると思ってました」
「ないんだなぁ、これが。理由は…」
ゼロスは意味ありげに言うと、魔術師ギルドの受付の扉を勢いよく開けた。
「エメルダ!いるか!」
受付で本を読んでいた眼鏡の女性が、その声に驚いて顔を上げた。そして、ゼロスの姿を認めると、ぱっと表情を輝かせた。
「よぉ!ゼロスじゃん!ちょうどいいとこに…って、まさか、あのゼロスが…」
「はいそうです。今日は女連れです。珍しいよね~俺もそう思うよ~」
ゼロスは彼女の言葉を遮って、やれやれと肩をすくめた。
「なんでわかった!!」
「最近、その質問が多かったからな」
そのやり取りに、アリシアは苦笑いを浮かべながら、丁寧に挨拶をした。
「あはは…初めまして。ゼロスさんのパーティーメンバーのアリシアと申します」
エメルダと呼ばれた女性は、慌てて立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。
「あ、こちらこそご丁寧に。魔術師ギルドで受付をしております、エメルダです」
「で、エメルダ。俺が来てちょうどいいところに来た、ってのはなんだ?」
ゼロスが尋ねると、エメルダは悪戯っぽく笑った。
「…ふっふっふ…よくわかってるじゃないか。流石あんたとあたしの仲なだけある」
「やめろその言い方。変な勘違いされても困る」
「…酷いっ!?アタシのことは遊びだったのね!?」
「帰るぞ?」
「帰っちゃダメ、帰っちゃダメ!」
アリシアが慌ててゼロスの袖を引く。
「…ふぅ。満足した…」
エメルダは満足げに頷いた。
「俺で遊ぶな…」
ゼロスはぐったりと肩を落とす。
「で、だ。今月のノルマが足りてないんだよねぇ…お願いゼロきゅん?あたしから魔素ポーション買ってよ~、いいでしょ~?」
エメルダは媚びるように両手を合わせた。
「良くない。今は必要ない」
ゼロスは即答した。
その言葉に、エメルダの表情が少し真剣なものに変わった。
「…『銀の剣』を抜けたって噂、本当だったのか…」
「抜けたってか、追い出された」
「…ありゃ、勿体ないことするねぇ、あの人たちも」
「べっつに勿体ないってことはないだろ。俺みたいなやつの代わりなんて、いくらでもいる」
ゼロスは自嘲するように言った。
「…ま、そう思いたいなら、それでいいと思うよ。で、あたしに用があるんでしょ?」
エメルダは話を切り替えた。
「うむ…実はな、エメルダ。俺とお前の深い関係を頼りたくてな」
「やめろその言い方、変な勘違いされる」
今度はエメルダが即座にツッコミを入れた。その完璧な天丼に、それまで静かにしていたアリシアが、たまらず吹き出した。
「どうした!?アリシアさん!!」
「どったの!?」
「いえ…すいません…変なツボに入っちゃったみたいで…」
アリシアは笑いをこらえようと必死に口元を押さえている。
「…でぇ?話は?」
エメルダは半眼でアリシアを見ながら、ゼロスに話を促した。
「アリシアさんが魔術スペルを覚えたいそうなんだ。見てやってくれないか?エメルダ」
「ハァハァ…よ、よろしくお願い致します」
アリシアは笑いをなんとか抑え、深々と頭を下げた。
「いいけど、タダじゃなぁ…あたしの今月のノルマに貢献してくれたら~、考えてあげてもいいかも~」
エメルダはにやりと笑う。
「何個だ?」
「初級10個。中級10個かなぁ…まぁ、仕方ないから半分…」
「よし、買おう」
ゼロスは懐から金貨20枚を取り出し、カウンターに置いた。
「即決かよ…まいどあり…」
「これでお前の時間は俺のモノだ」
「…キャッ…やだ、アタシ買われちゃった…」
そのやり取りに、アリシアは再び吹き出してしまった。
「「・・・」」
「す、すいません…」
エメルダは咳払いを一つした。
「…変な勘違いされても困るから、この辺にしておこうか、ゼロきゅん」
「…そうだな」
三人は顔を見合わせると、訓練場へと向かった。
(第14話/了)




