第1話:『無能』と追放された荷物持ち
よくあるざまぁ系です。ただ主人公がこれといったチート持ってないです。筋肉で全部解決していく系です。
自由都市ネクサスの近郊に口を開けたAランクダンジョン。
その最深部は、巨大な洞窟の形状をしていた。ひんやりとした空気が肌を刺し、天井からは規則的に滴る雫が、底知れぬ地底湖の水面に波紋を広げている。
正面の岩壁には、まるで地獄へと続く顎門のような空間が開いており、そこから瘴気を纏った熱風が絶えず吹き付けていた。
この重苦しい静寂を破るかのように、洞窟の奥から低く唸るような獣の咆哮が響き渡った。
「ゼロス! アレを出せ!」
焦りと苛立ちが混じった声が、張り詰めた空気を切り裂く。
声の主は、Aランクパーティ『銀の剣』のリーダー、グレイ。
愛用の大剣を構えた彼の視線の先には、紅蓮の鱗に覆われた巨大なドラゴンが、怒りに満ちた咆哮を上げている。
グレイの後方に控えるゼロスは、その切羽詰まった命令にも表情一つ変えなかった。
彼は背負っていた巨大な背嚢――見た目以上の容量を持つ魔道具――から、丁寧に梱包された『聖銀の大盾』を取り出す。特別な魔素を流し込むことで絶大な防御力を発揮する、高価な使い捨ての防具だ。
「はいっ! ちゃんと受け取ってねっ!」
ゼロスは、緊迫した状況に似合わぬ朗らかな声でそう言うと、巨大な大盾をグレイ目掛けて放り投げた。
凄まじい風切り音を立てて飛来した大盾は、まるで意志を持っているかのように大きく弧を描き、グレイの顔面スレスレを通過していく。
「っ!」
グレイは咄嗟に首を逸らし、間一髪でその危険な軌道から逃れた。
「あっぶねえなゼロス!!」
額に冷や汗をにじませ、グレイは怒りを露わにして怒鳴りつける。
対するゼロスは、そんなグレイの様子を見て、頭の後ろを掻きながらへらりと笑った。
「ありゃりゃ……次からは胴体目掛けて投げるね♪」
(わざとか? いや、この男に限ってそれはない。ただの不注意だ)
グレイはそう思いながらも、怒りが収まらない。
「当たったら死ぬだろうが!」
その剣幕に、ゼロスは小さく肩をすくめる。
一連のやり取りを、パーティの他のメンバーたちは冷めた目で見守っていた。
前衛を担うライアスは、重いハンマーを肩に担ぎながら冷ややかに鼻を鳴らす。
(出たよ……ゼロスの天然ボケ……)
後衛の魔術師であるシーナも、魔法の杖を握りしめながら蔑むように笑った。
彼らにとって、ゼロスは最初から最後まで、ただの『荷物持ち』でしかなかったのだ。
その時、洞窟の奥から再びドラゴンの咆哮が轟いた。戦闘開始の合図だ。
「来るぞ、グレイ! 盾は任せた!」
ライアスの叫びに、グレイは地面に突き刺さった大盾を引き抜き、表面に手をかざす。
大盾が青白い光を放ち始めた。聖銀に魔素が注入され、起動した証だ。輝きを増した盾はグレイの腕に吸い付くように固定され、その途方もない重量を強固な防御力へと変換していく。
洞窟の奥から、ドラゴンの巨体が完全に姿を現した。その顎門からは、熱気が渦巻くブレスの光が漏れ出している。
グレイは大盾を正面に構え、ライアスは後方で攻撃スキルを放つ準備を整える。
「シーナ! 隙を作れっ!」
グレイの命令に、シーナは顔をしかめた。
「無理よ! こんなブレスじゃ、魔法なんて一瞬で相殺されるわ!」
彼女の言葉通り、ドラゴンのブレスはあまりにも強大で、並の魔術では対抗できない。グレイは焦燥に顔を歪めた。
「くっそ……おいゼロス! なんでもいいから隙を作れ!」
窮地に陥ったリーダーは、非戦闘要員である荷物持ちに無茶な要求を投げつける。ゼロスは、困ったように首を傾げた。
「なんと……投げれそうなもの、グレイに渡した大楯くらいしかないし、どうしろと?」
グレイの目つきがさらに鋭くなる。
「知るかっ! そんなもん自分で考えろっ!」
理不尽な怒声に、ゼロスは大げさに肩を落とした。
「ぐっへ……相変わらず人使いの荒いことで、なんとまぁ……アタクシ悲しい」
(ふざけるな、この役立たずが……!)
ライアスも堪えきれなくなり、怒鳴った。
「ふざけてないで考えろ!」
「わかりましたよぉぉぉ」
ゼロスは観念したようにため息をつくと、両足にぐっと力を込めた。
彼の体から、ごく僅かな光が放たれる。
それが、彼の持つ地味なスキル『筋力強化(微)』が発動した証だった。
――ゴオォンッ!
ゼロスが地面を踏み抜いた瞬間、足元の硬い岩盤から放射状にヒビが走り、爆音と共に砕け散った。
ゼロスは、その破片の中から自分の上半身ほどもある巨大な石の塊を、素手で軽々と掴み取る。
「分け前、期待してますよぉぉぉぉぉ!!!」
叫びと共に、その巨大な岩塊をドラゴンの顔面目掛けて全力で投げつけた。
放たれた岩塊は、まるで大砲の砲弾のように一直線に空を裂き、ドラゴンの鼻っ柱にクリーンヒットした。
――ゴォンッ!
骨の砕けるような鈍い音と共に、ドラゴンの巨体が大きく仰け反り、口内に充填されていたブレスが霧散する。
ゼロスは、その光景を誇らしげに見つめた。
「よっし! クリーンヒット!!」
「でかした、無能!」
グレイはその一瞬の隙を見逃さなかった。驚きと感嘆の入り混じった声で叫ぶ。
「やるな無能!」
ライアスも、ゼロスの規格外の行動に目を丸くする。
「貴方にも、使い道があったのね」
シーナが呆れたように呟いた。
(いつも役立たずだと言われていた俺が、初めて役に立った……のか?)
ゼロスの胸に、嬉しさと、ほんの僅かな寂しさが広がる。
しかし、そんな感傷に浸る間もなく、『銀の剣』の面々はゼロスが作った隙を突き、一気に攻勢に出た。
グレイの『斬鉄』がドラゴンの堅牢な鱗を容易く切り裂き、ライアスの『剛砕』が魔力を集中させた重いハンマーで巨体を粉砕していく。シーナの魔術も的確に弱点を穿ち、致命傷を与えた。
結果は、彼らの圧勝だった。
熱気を帯びた空気が、ゆっくりと冷めていく。
ドラゴンが完全に息絶え、静けさが戻った洞窟の中で、グレイは興奮を隠しきれない様子で拳を強く握りしめた。
「やったぞ……これで、俺たちもSランクパーティに昇格だ……!」
その声には、歓喜と達成感が満ち溢れていた。ライアスが、彼の肩を力強く叩く。
「やったな、グレイ」
ライアスもまた、満足そうな表情を浮かべていた。シーナも、高揚した面持ちで杖を握りしめ、明るい声を上げる。
「ええ! 《《三人》》の勝利ね!」
(三人……? また、俺はカウントされてないのか……)
その言葉は、ゼロスの心に小さな棘となって刺さった。しかし彼は、へらへらとしたおどけた態度を崩さないまま、わざとらしく口を挟んだ。
「まったまった、四人だ四人」
その瞬間、その場に微妙な沈黙が流れた。
グレイは一瞬だけゼロスに冷たい視線を向けたが、すぐに興味を失ったように目を逸らす。
「とりあえず、帰還準備だ。ゼロス、そいつの魔核の回収忘れるなよ」
「……へいへい」
投げやりに返事をしたゼロスは、倒れたドラゴンの傍に歩み寄る。
そして、愛用の解体ナイフを取り出すと、慣れた手つきで鱗を剥ぎ、莫大な価値を持つ心臓部の魔核を抜き取り始めた。世界を動かすエネルギー源である魔核の回収は、いつも彼の仕事だ。
作業を進めるゼロスの背後で、グレイ、ライアス、シーナの三人が、何やら声を潜めて話し合っているのが聞こえた。
「なぁ……そろそろ」
ライアスがグレイに問いかけ、シーナもそれに深く頷く。
「そうね……」
グレイは、魔核を剥ぎ取るゼロスの背中をちらりと見やり、冷酷な光を瞳に宿して頷いた。
「そうだな……」
(こいつら、また良からぬこと考えてないだろうな……)
ゼロスは、背中に不穏な空気を感じながらも、黙々と作業を続ける。
それは、過去にも何度か感じたことのある、酷く冷たい、嫌な予感だった。
陽が落ちた街の喧騒が、酒場の窓から漏れ聞こえてくる。
中央区『礎』のギルド広場正面に位置する『初陣の酒場』。無事にドラゴンの魔核を提出し、Sランク昇格を決めたグレイのパーティは、その夜、店の一角を借り切って祝杯をあげていた。
「《《三人》》の栄光を祝してっ!」
グレイが高々とグラスを掲げる。ライアスとシーナも、歓喜の笑みを浮かべてそれに続いた。
「だから、四人だって言ってんでしょうが。俺が抜けてる、俺が」
ゼロスは自分のグラスをテーブルに置きながら、わざとらしい声で不満を口にする。
途端に、三人の表情が微妙なものに変わった。
「あ、あんた本当に空気読めないわね……」
シーナが呆れたように呟く。その言葉に、ゼロスはさらに声を荒げた。
「空気ぃー? 読んでるでしょうがぁ。空気読めと言えば、そもそも俺の報酬額が少なくないか? 一般の荷物持ちにちょっと色をつけた程度じゃないですかぁぁぁぁ」
ゼロスの言葉に、グレイは静かにグラスをテーブルに置いた。
その表情は、先ほどの高揚感から一転して、冷ややかなものだった。
「……そのことなんだがな、ゼロス」
ただならぬグレイの声色に、ゼロスの顔からへらへらとした笑顔が消える。
「なんだ、グレイ」
酒場の喧騒が、急に遠くの音になったように感じられた。
グレイの目が、ゼロスを射抜くように見つめている。長年の付き合いの温かさなど微塵もない、冷たく、感情の欠け落ちた眼差しだった。
これから告げられる言葉が、ゼロスの人生を大きく変えることを、この時の彼はまだ知らなかった。
「お前には、このパーティから出ていってもらうことにした」
その言葉は、まるで氷の刃のようにゼロスの心を貫いた。
「……なんですと?」
ゼロスは、信じられないというように問い返した。グレイの隣で、ライアスが口を開く。
「……Bランクパーティまでは良かった。別に荷物持ちが居ても自然だったしな」
その言葉に、シーナが冷たい声で同意する。
「そうね」
グレイは腕を組み、ゼロスを蔑むように見下ろした。
「だが、Aランクにあがってからは、正直荷物持ちは不要だった。ダンジョンに何週間も潜るっていうなら話は別だが、今の俺たちなら、三日もあれば高ランクダンジョンも踏破可能だからだ」
「その三日分の食料も、俺が全部持ってるでしょうがっ!」
ゼロスの反論に、ライアスは眉をひそめた。
「……つけあがるなよ、ゼロス」
(お……ライアスが口を挟むとは珍しいな)
ライアスは、いつもグレイの影に隠れているような存在だった。その彼がわざわざ口を挟んできたことに、ゼロスは僅かな動揺を覚える。
「確かに過去の俺たちなら、その荷物を持っていれば戦力が下がったかもしれない。だが、今の俺たちにとっては、たかが三日分の食料をもったところで、なんの弊害も生まれないということだ」
ライアスは、冷徹な論理でゼロスの存在価値を否定する。ゼロスは、その理不尽な言葉に怒りを覚えた。
「持ったこともないのによく言うぜ! スプーンより重いものを持ったことがないお嬢様みたいな発言すんなよ!」
「……ダメか……やはり話にならんな」
ゼロスの言葉にライアスの顔が険しくなり、シーナが鼻で笑った。
「そうね……こいつに期待した私たちがバカだったわ」
シーナの言葉に、ゼロスの怒りは頂点に達した。
「おい、シーナ。お前が普段愛用してる魔素ポーション、持ち歩いてるのは誰だよ」
シーナはその言葉に一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに冷笑を浮かべる。
「貴方ね。でも、今後はそれも不要よ。精々三回分程度あれば十分」
「……毎回十回は補給してるやつが良く言うな、オイ」
ゼロスの皮肉に、グレイが静かに口を開く。
「もうやめろ、ゼロス」
「なんだよ? 俺が文句言うのがそんなに気に食わないってのか?」
反発するゼロスに、グレイは淡々と告げる。
「そういう問題じゃない。別に口喧嘩したいわけじゃないんだ。これはゼロス、お前の《《価値》》についての話だ」
その言葉に、ゼロスの肩から力が抜けていく。
「……俺がお前らと一緒にダンジョン踏破したの、いくつのランクからだったよ」
「最下級……Eランクからだったな」
「その長い付き合いの俺を、追い出そうと?」
ゼロスの虚しい問いかけに、グレイは表情を変えずに頷いた。
「……そうだ。理由はもう十分わかってるだろう。お前はもう足手まといなんだ。俺たちはもうSランクだ。戦闘能力が大してないお前を連れ歩く理由もない」
「今回の大楯とかの類は、誰が持つんだよ」
最後の抵抗を試みるような質問に、グレイは少しだけ苛立ちを滲ませた。
「……あれは一種の保険だ。アレがなくても勝てた」
(……もう何を話しても無駄か)
ゼロスは悟ったように、ため息をついた。彼の心は、絶望と怒り、そして虚しさで満たされていた。
「わかったわかった……出ていってやるよ……元気で」
「わかればいい」
満足そうに頷くグレイに、ゼロスは最後に一つのことを確かめるように尋ねた。
「一応聞くが、退職金みたいなやつは?」
「あるわけないだろ」
ライアスが嘲笑うように答え、シーナもそれに続く。
「図々しいわね」
グレイは、ゼロスを軽蔑の眼差しで見つめ、言い放った。
「今まで上位ランクパーティに居れたこと自体が、退職金みたいなものだ。意味わからんこといってないで、早く俺たちの前から消えてくれ。俺がキレる前に」
ゼロスには、もはや彼らの言葉に反論する気力も残されていなかった。彼はただ静かに立ち上がり、酒場の出口へと向かう。
「はぁ……わかったよ、じゃぁな」
店を出ていくその背中は、どこまでも寂しげだった。
冷たい夜風が、ゼロスの頬を撫でる。
酒場を後にしたゼロスは、重い足取りで統合ギルド広場へと向かっていた。明日の朝、冒険者としての日銭を稼ぐため、新しい仕事を探す必要があった。
(ぐっは……あの3バカ……マジで俺を追い出しやがって…………ハァ……なんだかんだ上手くやってると思ってたんだがな……)
彼の心は、怒りや悲しみよりも、深い虚無感に支配されていた。
今までのふざけた態度は、彼なりのコミュニケーションの取り方であり、長年苦楽を共にしてきた仲間との軽いやりとりだと思っていたのだ。そのすべてが、たった一言で否定されてしまった。
(とりあえず、仕事見つけないとな……)
ゼロスは、無理やりに頭を切り替える。自分一人でも、最下級のEランクダンジョンくらいならなんとかなるだろう。
しかし、冒険者ギルドは四人パーティでの活動を推奨しており、昇格試験も四人で行うのが一般的だ。
(なんとか早めにパーティ組んで、ランク上げしないと生活費が足らなくなる……)
そんなことを考えながら歩いていると、ギルドの建物の手前にあるベンチに、一人の女性が座っているのが目に入った。
時刻は既に十九時を回り、いくら街中とはいえ、夜道は危険な時間だ。
(こんな時間に一人で?)
お人好しな性格が顔を出し、ゼロスは心配になってその女性に声をかけた。
「どうされました? こんなところで。早めに宿に戻らないと、いくら街中でも危ないですよ」
女性は顔を上げて、ゼロスを見つめた。その瞳は不安げに揺れている。
「貴方は、お一人ですか?」
女性の突拍子もない言葉に、ゼロスは一瞬、背筋が寒くなる。
「……後ろに何かいる、みたいなホラーなこと言わないで」
ゼロスの冗談に、女性は慌てて首を振った。
「す、すいません。変なこと言って。私……こないだ入ったDランクパーティからも、除外させられちゃって……」
その言葉に、ゼロスは驚きと同時に、深い親近感を覚えた。
「……なるほど、キミもパーティを探してると……」
「ま、まさか貴方もパーティをお探しで!?」
女性は、まるで希望の光を見つけたかのように、ゼロスをじっと見つめてくる。その純粋な眼差しに、ゼロスは思わず苦笑いを浮かべた。
「そ、そーなるんですかね……すいませんね、お力添えできそうになくて……」
(俺は荷物持ちだったんだ。何の役にも立たない。そんな俺と一緒に組んだって、またキミまで追い出されちゃうぞ……)
ゼロスが申し訳なさに耐えきれず、その場を立ち去ろうとした、その時だった。
女性の小さな手が、ゼロスの服の袖をぎゅっと掴んだ。
「私とパーティを組んでくれませんか?」
女性の瞳には、ゼロスに対する純粋な期待が満ちていた。
それは、何よりも彼が欲しかった『誰かに必要とされる』という感情だった。そのまっすぐな言葉が、絶望の淵に立っていたゼロスに、一筋の希望の光を差し込んだのだった。
(第一話/了)
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