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 本当に、最初は単なる嫌がらせのつもりだったのだ。

 なのにルイは布を選ぶ時にも針を持つ時にも、アリアが思っていた以上に楽しそうで、その上随分と上手だったから驚いた。


 アリアが毎日のようにルイの元を訪ねて、少しずつ完成していく帽子を見ていたのは元々、ルイが仕立て屋にこっそり頼んで作らせるような誤魔化しが出来ないようにという意味が大きかった。

 あとはアリアの代わり、ジャックが忙しくしていることを気取られないようにしたかったということもある。うざったく思われても、ルイを忙しくしてジャックがこの頃アリアの側に居ないことに気付かれないようにしたくて、アリアはまるで「奴隷と遊ぶよりも楽しいものを見つけた」とばかりにルイの側をまとわりついた。


 だからこそアリアは、アリアの赤い帽子が少しずつ完成していく様を一つ残らず側で見ることになったのである。

 だからこそアリアは、知ることになったのだ。ルイはどうやら縫い物が好きらしいということ。帽子を作ることにも慣れていて、針を持っている間は随分と楽しそうな顔をするということ。今までの飄々とした笑い方とは違う、本当に楽しそうな、年相応の青年らしい笑い方をするということ。


 ルイのそういう側面は意外だったけれど、まぁ考えてみればルイだって人間なのだ。趣味の一つや二つあるだろう。

 結局嫌がらせは不発に終わってしまったわけだけれど、結果として綺麗な帽子が手に入るのなら、こういう結果も悪くないかとアリアは思った。

 ルイの作る帽子は見事で、きらきらとして可愛らしい。華やかで綺麗で、途中からは見張るような気持ちよりもただ純粋に、帽子が完成していく様子を見るのが楽しくて楽しみでルイの側に居たような気もする。


 素人考えのアリアが横から何かを言っても、ルイが嬉しそうに「それは良いね」と意見を受け入れてくれるのもその一因であったのだろう。

 気が抜けたわけではない。ジャックの隣に居る時のような本来のアリアでいられたわけでも、ルイに対しての軽蔑や恨みを忘れたわけでもない。

 だけどアリアはこの時はじめて、ルイの隣に居ても苦痛を感じなかったのだ。


「お兄さまってやっぱりすごいのね、私こんなに綺麗な帽子ってはじめて!とっても素敵だわ」


 出来立てでぴかぴかの帽子を鏡の前で被り、アリアはきゃらきゃらとはしゃぎながらそう言った。くるりと半回転してルイを振り返り、「似合う?」と尋ねれば、ルイはなんだか呆気に取られたような様子で「あ、ああ」と頷く。


「に、似合うよ。とても」

「本当ー?なんだか怪しいわね……。お兄さまがこんなに煮え切らない態度を取るのも珍しいし……」

「……本心だよ。女王陛下の為の帽子なんだから当然だ。本当に、貴女によく似合う」


 じと、とした目をしながらアリアが言うと、ルイはいっそ意外なくらいに真っ直ぐな瞳をアリアに向けてそう答えた。

 思わずアリアが「……そう?」とパチパチまばたきをすると、ルイは真剣な顔付きで「うん」とこくりと頷く。それはどこか幼い子供のようにも見える仕草で、流石にアリアも少し調子が狂う感覚だった。


「……お兄さま、一体どうしたの?なんだか少し悲しそう」

「そう、だね。ごめんね、女王陛下。帽子は本当に貴女に似合うんだけど、だからこそと言うか……。この帽子を被って外を歩く貴女を見れないことが、少し残念なんだ、きっと」

「?私、この帽子を被って外に出てはいけないの?」

「……え?」

「えっ」


「え??」とルイは呆気に取られたように目を見開いて、アリアは不思議そうに首を捻った。


「だ、駄目なの??」

「駄目、だろう?それは、当然……」

「どうして……??」

「どうしてって、」


 眉を下げるルイは本心から戸惑った様子だった。

 蜂蜜みたいな色をしたルイの目が、自信無さげに視線を彷徨わせていて、アリアはますます意味が分からない。

 ルイは暫く言葉に詰まった後、ようやく「だって、僕が作った物じゃないか」とくすくすと笑った。いつもの飄々とした笑い方を取り戻して、けれどどこか寂しそうな顔でもあった。


「そんな物は外には出せないよ。みっともないじゃないか。王配が直接針を持って作った帽子なんて、身に付けるだけで女王陛下も笑い物にされてしまうし……。だからそれはもう燃やそう?気に入ってくれたなら、同じデザインの物を仕立て屋に頼めば良い」

「どうして?だってこんなに素敵で、上手に作ってくれたじゃない」

「うーん……。褒めてくれるのは嬉しいけど、何と言えば良いかな。上手とか下手とか、そういうのはあまり関係ないというか。出来が良いならむしろその方が良ろしくないというか」

「お兄さまは、嫌じゃないの?燃やすなんて、あんなに楽しそうに嬉しそうに作っていたじゃない。糸の一本一本まで丁寧に選んで、作ってくれていたじゃない」

「そういう問題じゃないんだ。聞き分けて、女王陛下。こんな帽子は何よりも貴女のためにならないよ。馬鹿にされるのが嫌なんだろう?だったら尚更捨てるべきだ。針を持つような男が夫だなんて、君にとっても恥になる。君だって知られたくないはずだよ」

「………はぁ????」

「エッ」


 思わずガラが悪くなってしまいながら、しかしアリアは理解した。

 なるほど、なるほど。つまりそれもまた、この国のしがらみというものなのだろう。


 アリアは女王でありながら派閥を持てず、社交界に行っても決められた場所に座るばかり。碌に社交活動を出来ないまま、孤独に、それこそ周りを囲むメイド達やルイに依存するよう育てられたから分からなかったけれど、どうやら貴族社会にはそういう暗黙の了解のような物が存在するようである。


 しかしまぁ、ここまで言われればいくらアリアだって想像はつく。前世でも古い価値観として、似たようなことなら聞いたことがあるのだ。

 大方、男が針を持つのなんて女々しいだとか、そんなのは卑しい者がすることだとか、そういう古っぽい融通の効かない価値観がこの国では未だ生きているのだろう。


 が。それはそれとして、腹が立つ。

 アリアはルイが嫌いである。憎んでもいる。両親を殺した貴族たちの一派。王配として国と王城を乗っ取り、父親に言われるがまま政治を動かし税を上げ民草を虐げる逆賊。

 だからアリアはルイの一挙手一投足がいちいち鼻につくし、こうして自分が傷付きたくない理由を「アリアのため」と言われれば当然苛立つ。


 何よりも、アリアが貴族達の気にする体裁を嫌悪しているということもあるのだろう。現代日本に生きていた記憶のあるアリアからすれば、至極くだらない貴族としての体裁、プライド。

 そんなくだらない物を気にして、そんな物のために容易く人を嘲り蹴落とす貴族達が、アリアは本当に大嫌いだった。

 そう。今この場は、アリアの嫌いな人間が、アリアの嫌いな物のために遠慮をして、しかもこの部分に関しては純然たる被害者とも言える状況にあるのだ。気に食わないのも当たり前だし、腹が立つのも当たり前。


 だからアリアは、キッと目を釣り上げて「お兄さま」とルイを呼んだ。叫んだわけではないけれど、張り上げた声は、部屋にピンと張り詰めるように響く。


「お兄さま。どうして私が、この帽子を恥ずかしいと思わなければならないの?」

「それはもちろん、恥ずかしい物だからだよ。 僕が作ったという事実が一つあるだけで、あの仕立て屋が用意した粗末な帽子よりも、これは余程恥になる。女王陛下は、笑われたくないんだろう?」

「お兄さま、何も分かっていないのね」


 不機嫌に寄せられたアリアの眉に、ルイは困ったような笑みを浮かべた。聞き分けのない子供を見るような目。アリアはますます苛立って、「お兄さまは何も分かっていないわ」とまた声を張り上げた。


「私があの帽子を渡されて悔しかったのは、私が求めて手に入れたわけでもないものをお膳立てされて渡されて、その上それが粗末だったからよ!私が欲しくて選んだわけでもないのに、そんな物のせいで笑われるのは真っ平だと思ったの!」

「それは、」

「でも、この帽子は違うでしょう!これは私が欲しくてお兄さまに頼んで、私が手に入れたいと思って今ここにあるわ。それを身に付けて笑われたって、私は何も悔しくない。だって私が求めて、選んだ結果だもの。他ならぬ私がそう言ってるのに、どうして貴方がそれを否定するのよ!」

「……女王陛下、けれどね。僕にも貴女にも必要な権威というものが」

「権威なら王杖がもたらすもので充分よ。私が気に入った帽子を被ったくらいで揺らぐほど、お父様や一族の祖先が築いてきた権威は、この国の歴史は弱くなんてないわ!お兄さまは、私を誰だと思っているの!?」


 胸を張り、胸に揃えた指を押し付けながらアリアは言った。呆然としてアリアを見つめるルイの目は揺れていて、アリアがもう一度「私は誰!」と問う。

 するとルイは僅かな声で、「君は、」と話し出した。


「モンテタルト王国、第37代国王。この国の、女王陛下だ」

「ええその通り。私はこの国で最も尊い人間よ。好きな帽子を被る権利がある!」

「……じゃあ、何だ。君は。こんな帽子の為に、自分が笑われても良いって?女王なのに、王配に相応しくない夫を掴まされたって、笑われて良いって?」

「さっきからそう言ってるじゃない。というか、笑わせないわよ、誰にも。笑った人間は端から順に首を刎ねてやるから!」


 不機嫌な顔。アリアは腕を組んでそっぽを向いた。被った赤い帽子はそのままで。

 全くイライラする。仇なら仇らしく、いつだってあの気に食わない飄々とした顔で居てくれないとアリアだって調子が狂うのだ。こんな大の男にメソメソされたら、そりゃあケッ!と思うというもの。


「だからこれからは、お兄さまが私の帽子を作って。全部よ、ぜーんぶ!良い?これは女王命令ですからね。いくら王配でも、女王の命令には逆らえないんだから!」


 苛立ちのままアリアが八つ当たりのようにそう言えば、ルイはどうしたことだろう。揺れた蜂蜜色の瞳。まるで泣く寸前みたいな顔で「……それは、」と瞳を細めた。


「すごく大変な、お役目だなぁ……。僕に、務まると良い、けれど」

「何よ、光栄でしょう?」

「うん。……うん。すごく、光栄だ」


 噛み締めるようなルイの言葉。アリアはまだ不機嫌な様子で、ふん!と鼻を鳴らした。

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― 新着の感想 ―
ルイ、惨めに処分されてしまえと思っていたのが情が湧いてしまうじゃないですか〜
女王陛下ー!!!!! 陛下にとっては嫌がらせではじまったことで、ルイは仇の身内でしかないんですけど…… でも確かに女王陛下の言葉がひとを救った瞬間に胸が一杯になってしまいました。 更新ありがとうござい…
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