表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したら女王だったので、独裁を敷いてみることにしました  作者: 久里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/23

3


「女王の夫、ですか?」

「ああ。とは言っても、何も本当に結婚生活を送る必要はない。女王はまだほんの子供だからな。お前が王配になることに意味がある」


 なでつけた髪に白髪が混ざる細身の男。

 世にはカリスト侯爵とも呼ばれるロイド・カリストは、まだ栓の開いていないワインの瓶を息子に差し出しながらそう言った。


 カリスト家に二人いる令息のうちひとりであり、ロイド・カリストの二番目の息子。

 光の加減で銀にも見えるブロンドの髪を持つルイは、ワインのコルクを開けながら、呆れた顔で「ダイアナはどうするんです」と眉を下げる。


「あれは中々執念深い女ですよ。婚約を破棄すると言って納得するかどうか。アントレイ伯爵は彼女に甘いし」

「心配するな、伯爵の合意なら既に得ている。お前を義理の息子にするよりも、王配にした方が利は大きいと理解したのだろう。ま、娘の方は諦めていないようだがな。そこはお前が良いように丸め込むと良い」

「ええー……。困りますよぉ、父上。そこは最後までフォローしてくださらないと」

「得意だろう?女を丸め込むことは」

「まぁ得意ですけど」


 ルイはため息を吐いて、「分かりました、何とかしてみます」と頷いた。

 ルイが差し出したグラスを受け取ったロイドは、満足げに「そうしなさい」とグラスを揺す。


 このカリスト家、もっと言えばロイドの息子から王配を出すことは、今のロイドにとってこの上なく重要な事柄である。

 元々決まっていた婚約を破棄してでも息子を王配にすることを決めたのは、やはりその地位にはそれ相応の利があるからだった。


 ずっと昔に決められた法律だ。女王の体調が優れなかったり、女王が極端に幼くて政治を行えない状況にある場合、女王の夫がそれに代わって政治を執り行うことが出来るという決まり。

 幾分か制限はかけられるが、それでも王配は、王権を代行して使うことが出来るのだ。上手くやれば法律だって変えられる。忌々しい先代の国王。生意気なあの男が制定した、貴族達の権利を侵害するような法さえ無くせるだろう。


「ダイアナを嗜めた次は、女王もよく躾けてしまえ。何、ほんの幼子だ。両親を失ったばかりということもあって、きっと簡単に手懐けられるだろう」

「あの、父上?僕は叔父上とは違って幼女趣味ではないんですけど」

「誰があんな子供を恋愛感情で陥落させろと言った。女王の味方や庇護者のふりでもして、信頼を勝ち取れという意味だ!」

「ああ、なるほど」

「全く……。一族に存在する異常者など、兄上一人で十分だというのに」


 叔父の話が出た途端、父が苦虫を噛み潰したような顔になるのもいつものことだ。

 ルイからしてみれば、父も叔父もあまり変わらないので不思議なものだが。何せ父は幼女趣味でこそないものの、立派な色情魔と言って良い。

 一応母だけを愛しているはずなのだが、どうしても女遊びや浮気は辞められないし、母に怒られて家出されて懲りたと思ったらまた泣きながら女を買っているようなひとなのだ。最早病気と言っても良い。


 父は酒が好きなので、きっと母のせめてもの抵抗というやつなのだろう。浮気をするたび禁酒令を出されるのもすっかり恒例行事。

 今回部屋にあったワインの瓶が未開封のまま、つまり使用人に開けさせない状態のまま部屋にあったのもそういうことだった。開封されたワインでは、秘密で部屋まで運び込むのには中々不都合が多いのだ。


「良いか、ルイ。お前は兄上のようになるなよ!女と遊ぶのは良いが、いくら幼くとも18歳以上にするように!」

「ええ、ええ。肝に銘じておきますよ、父上」


 差し出された空っぽのグラス。そこにワインを注ぎながら、とは言っても、うちの一族ってそもそも異常者ばっかりなんだけどなぁとルイは思う。

 父は感覚が麻痺しているのか気付いてはいないけれど。多分代々財産を保護するため、近親婚を繰り返したのが良くなかったのだろう。ここ最近は奇形児もよく産まれるようになっていると聞くし。









 ▪


 結婚式はつつがなく行われた。

 多くの貴族が珍しくちゃんと仕事をしたので当然と言えば当然だが、とにかくルイはそうして女王の夫になったのだ。

 結婚式の日になってはじめて対面した小さな少女。担ぎ上げられた傀儡の王冠。華やかな花嫁衣装に身を包んだ女王はしかし、どこまで行っても、どこからどう見てもただの子供であった。


 しかしまぁ、何というか。

 新しい女王は、想像していた以上に哀れな子ではあったけれど。


 恐らくは父が手配したのだろう。おべっかしか言えないメイド達に囲まれて、猫のぬいぐるみを抱いて、身に余るほど大きな椅子にちょこんと座って足を揺らしていた。宝石やお菓子を散々与えられて、甘やかされて、綻ぶように笑っていた小さな背丈。


 両親を目の前で亡くしたばかり、というのが大きいのだろう。寂しくて悲しくて心細くて、けれど色々なことが目まぐるしく変わっていくから、ちゃんと悲しめる暇も無かったのかもしれない。

 心が宙ぶらりんになって、そんな中で甘やかされて、少しでも悲しみを忘れようとしているのだろうと一目見て分かる姿。ふとした時に見せる瞳は酷くうつろなのに、無理矢理はしゃいで、甘えて。

 きっとこのまま贅沢を覚え込ませれば、三年後にはこの小さな女王は取り返しのつかない程になってしまうだろうと良くわかった。


 大方これも、父であるロイドの狙い通りなのだろうけれど。

 ルイは中々父に信頼されていて、これまでも様々な仕事を手伝ってきた。だから前国王夫妻暗殺事件の黒幕が父であることも、父がこの幼い女王に何を期待しているのかも、ルイはよく知っているのである。


「それで、どうだルイ。お前が結婚して三ヶ月が経ったわけだが、女王の様子は」

「どうもこうもありませんよ。いつも通りです。僕が作った書類に印章を押してはすごいすごいと褒められて、嬉しそうにご褒美のお菓子を貰ってますよ。大人に褒められるのが好きなようで」

「素晴らしいことだな。教育の方は?」

「適当に。マナーや教養の方は一応それなりの教師をつけてますけど、帝王学なんかは父上がよこしたのをそのまま使ってます」


 ルイがそう報告をすると、ロイドは満足げに「そうか」と頷いた。少し前までは女王のことも父が直接管理していたが、今は父は政治に忙しいようで、基本的にルイに任せて報告を聞くばかりになっている。


「可愛いものですよ、あの女王様は。結婚というものもよく分かっていないようで、お兄さまお兄さまって懐いてくるし、面倒だし。ま、扱いやすくて助かりますけどね」

「元々国王夫妻に随分と可愛がられていたようだったからな。寂しいのだろう。メイド達にもよく付いて歩いて、前には使用人達の休憩室の辺りまで迷い込んでいたと言うしな」

「え。それまずくないですか?人間は閉じられたスペースに行くと気が緩むものですし、聞かれちゃまずい雑談だってしてるかもでしょ。女王に聞かれたらどうするんです」

「聞いたとして、理解出来ると思うか?あの子供が」

「いやぁ、分かりませんよ?子供、特に女の子ってこちらが思うより意外と大人びてたりしますし」

「ヒッ!お、お前まで兄上のようなことを言うでないッ!!」

「精神的な話ですよ……??」


 ゾッ!と鳥肌を立てた父に、ルイは困った様子で眉を下げた。ロイドの兄へのトラウマは相当なもので、未だにほんの少し思い出しただけで信じられないほど怯える始末。


 何となくだが、父の女性の好みが如何にもな豊満な美女になったのは、叔父の影響が少なくないのではないかとルイは思っている。少年期、あんなに尊敬していた年の離れた兄が自分よりも余程幼い女の子に夢中になって入れ込んだ挙句、疫病で死んだ幼女を追うように死んだことが心に大きな傷を残したのだろう。

 貴族ともあろうものが実に酷い死に様で、当時は弟であるロイドにまであらぬ噂が立てられたから、豊満な美女や人妻にまで手を出していた頃があったと言う。反骨精神から生まれた性癖というわけだ。


「こ、この話はもう辞めよう。本題に戻すぞ……」

「父上、本当にこの手の話題に敏感ですよねえ」

「黙れルイ!それより、そうだ、女王のことだ」

「はぁ」

「お前に懐いているのならちょうど良い。女王に適当な奴隷を引き合わせろ。便利だとか適当な訳を話して、女王が奴隷を素晴らしいものだと気に入るようにするんだ」

「奴隷ですか……。しかし父上、この国では一応、奴隷の所持も売買も非合法ってことになっているはずでは?いいんですか?それを王城に持ち込んだりして」

「非合法だからこそ、だ。女王にそれを捧げ気に入らせて、行く行くは女王主体で奴隷の合法化を狙いたい」

「……なるほど」


 流石に奴隷の合法化ともなれば、国民からの非難は免れない。平民の意見などどうでも良いけれど、流石に数が集まれば無視はできないのが国営というものだ。

 父をはじめとした貴族達は、権力は欲しいけれど責任は嫌いなのだ。だから都合の悪いことは女王が我儘で強引に推し進めたということにして、責任を全て被せてしまおうとしているのだろう。


「証拠がなければいくらでも言い逃れは出来る。そもそも奴隷の所持も売買も、暗黙の了解として成り立っている。が、一応、法は法だからな。弱味であることには間違いない。不安要素などないに越したことはないだろう?」

「証拠を握られ、糾弾されれば家門にとっても痛手になる。ならばそもそも罪では無くして仕舞えば良い、ということですか。大掛かりではありますが、理には適っている」

「ああ。だからお前に任せたい。上手くやれよ、ルイ」


 さっきの思い出されたトラウマをまだ引き摺っているのだろう。未だ青い顔で平静を装ったロイドは、そう言って早々に城から去って行った。

 幼少期に刻まれたトラウマって根深いんだなぁ、とルイはしみじみと思う。幼い頃から愛想が良く女性の扱いも上手く、母にメイドにと大層チヤホヤ可愛がられてぬくぬくと育ってきたルイには分からない世界であるけれど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ