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 貴族達はどうやら、アリアのことを暗君に仕立て上げるつもりのようだった。


 責務を取り上げ、難しい仕事を取り上げ、ただサインするだけの簡単な仕事だけを与えては「流石は女王陛下!」と大袈裟なくらいに讃えた。

 アリアがまだ幼いからと全権を奪って、かと思えばアリアの身に余るほどの贅沢を与えてくる。煌びやかな宝石、豪華なドレス。甘い蜂蜜や砂糖を使ったお菓子をふんだんに。退屈にあくびをしただけで、高名なピアニストや劇団が呼ばれて、アリアの暇を慰める余興を始めた。

 両親が生きていた頃よりもずっと多くの使用人がアリアの側についていて、アリアが小指の先さえ使おうものなら飛んできて世話をしてくるのだ。


 アリアが本当にただの8歳の子供であったのなら、きっと貴族達の望む通りになっただろう。けれどアリアは生憎と前世の記憶を持っていて、貴族達の思惑も分かってしまった。

 前世の病室、テレビで見た『優しい虐待』という言葉がそのまま当て嵌まる現状と分かってなお、贅沢に溺れられるほど愚かにはなれなかった。

 父母を殺した者共の思惑に乗ってまで悲しみを忘れようと思えるほど、アリアにとって両親の存在は軽くはなかったのだ。


「お父様、お母様……」


 王城の敷地内に建てられた大聖堂。かつては両親の結婚式も執り行われたそこで、アリアは膝をついて手を組み、祈っていた。殆どの時間を侍女達に付き纏われているアリアだが、祈りの時間だけは別なのだ。


 この世界は、この国はやはり地球の中世ヨーロッパによく似ている。教会の影響力が濃く、国王は教皇に認められてはじめて王権を持つことが出来る。

 神代の名残は未だ濃く、いくら何の実権も持たない女王とはいえ、礼拝のために一人になりたいと願って断られることはない。ましてやアリアは父母を失ったばかりの少女である。

 扉の外には騎士や侍女が待ち構えているけれど、一人の空間くらいは得られるのだ。


 本当は神を信じているわけでもないアリアが、熱心に聖堂に通うのはこういう理由である。

 天井近くに嵌め込まれた色とりどりのステンドグラス。厳格な静寂に満ちた大聖堂。考えごとをするにはぴったりだ。両親の死に様、鼻に付く鉄の匂い、アリアの背中からずるりと落ちた母の腕を思い出すにはここ以上の場所はなかった。


 罪人を許せと神は仰った。復讐など虚しいだけだとご立派な聖人は言葉を遺した。

 故人はそんなことを望まない。意味のない復讐に人生を費やすよりも、これからの日々、有意義な過ごし方はいくらでもある。誰かを殺めることを考えるくらいなら、迷える弱き者どもに手を差し伸べるべきだと。


 けれど、アリアは思うのだ。たとえ父母が望まずとて、神が眉を顰めようとも、復讐はするべきだと。

 してもしなくても変わらないのなら、絶対にした方が良い。だってそっちの方が、きっとずっとすっきりする。アリアがこれからの人生を有意義に過ごす為にこそ、父の仇、母の仇を生かしておくべきではないのだ。他ならぬアリア自身のためにこそ。


 いつか必ず、あの罪ありき者どもを引き摺り下ろしてやる。奴らにとっての全てである富や権力を奪って、最大限の恐怖を味合わせて、この世から消し去ってやるのだ。

 ここが異世界であるのなら、罪人を許すことしか能のない神しかいないのなら、罪人に罰を与えてくれる八百万の神がいないのであれば。代わりにアリアが立てば良い。閻魔様にだってなってやる。奴らの二枚舌を引っこ抜いて、どれだけ泣いて懇願しようと許してやるものか。


 組んだ手の指にグッと力を込める。

 その為に、アリアは何ができるだろうか。今すぐ動くことは出来ない。だってアリアは何の力も持たない、名ばかりの女王だ。ただの8歳の子供である。

 ならば、今はただいつかのための準備を尽くそう。急いてはことを仕損じるという。悔しくても悲しくても、いつかの大願を果たすその日まで牙を隠し牙を研ぎ、奴らの懐に入り込もう。


 従順で愚かな女王に徹して、アリアが何もできない、父母の仇を討つことさえ考えられもしないただの子供だと思わせるのだ。

 そうしていつか、奴らがアリアを侮って背中を見せた瞬間、剣を突き立ててやるのである。


 アリア・ローズは立ち上がった。従順な傀儡であろう、ひとまずは。愚かな女王であろう。けれど奴らに剣を突き立てるより先に国が駄目になっては元も子もないから、その辺りは何とか、愚鈍なふりをしながらも回避しなければならない。

 やることはたくさんだ。アリアが自由に動けない分、代わりに働いてくれる誰かも見つけなければならない。三日後には貴族達が見繕った、十も年上の男との結婚式もある。難しいことばかりだけれど、それでもやらなければ。


 だってアリアは、アリア・ローズだ。

 ローズの姓を持つ者。父の娘、母の娘。今はこの国の玉座に座すたった一人の女王。自らの足で立つことも出来ない、自らの手を汚すことさえ出来ない者に、王冠を戴く資格などないのだから。




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