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転生したら女王だったので、独裁を敷いてみることにしました  作者: 久里


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18

 

 休むことなく馬を走らせた。

 途中で馬の動きが鈍くなったら、道中寄った村や町で新しい馬を買って乗り換えて、決して進みを止めなかった。

 本来であれば一週間はかかる道のり。無理をして、五日間まで縮めた旅路。


 領地に入ったルイがまず目指したのは、カリスト家の屋敷である。

 それが荒らされもぬけの空と知った後には、カリスト家が元々用意していたいくつもの隠れ家を順々に巡って。


「……ルイ?」


 その最後。カリスト家が用意していた隠れ家の中でも、最も古く最も狭いあばら屋で、ルイは兄を見つけた。


「っ兄さん!会えて良かった、よく無事で!」

「おっと。……ふふ。会わないうちに随分と甘えん坊になったね、ルイ。それに来るとは思っていたけれど、思ったより早かった」

「失礼だな。このまま生き別れるかと思っていた家族に会えたんだよ?そりゃあ喜びもするさ!」

「……そうだね。うん。僕も会えて嬉しいよ」


 淡く微笑む年の離れたルイの兄。エドガールと会うのはそれこそ八年ぶりくらいのものだけれど、エドガールは相変わらず、少しも変わらない容姿でそこにいた。

 かつてモントタルテの白百合と讃えられた祖母の美貌を誰よりも正確に受け継ぎ、誰にも慕われた美貌。というか、むしろ会わない間に若返ったようにさえ感じられる。相変わらず、怖気が走るほど人外じみたひとだな、とルイは思う。


「義姉さんは?エルシーはどこに?二人とも無事かい?」

「エルシーは、もうここから逃したよ。信頼出来る相手に任せてある。セシリアは今朝死んでしまったけれどね」

「……義姉さんが?」

「ああ。けれど悲観することはないよ、ルイ。セシリアは自分から死を選んだんだ。カリストとして、カリストの為に死ぬことを選んでくれた。優しい毒を飲んで、安らかな最期だった。僕もすぐに後を追うから、寂しくもないしね」

「……は?」


 兄の緑の瞳が柔らかに伏せられる。

 ルイは思わず息を呑んだ。今兄は、後を追う、と言ったのだろうか。死ぬということだろうか。あの兄さんが?……何の為に?


 嫌な予感がする。ルイは表情をこわばらせた。

「……どういうこと?」とエドガールに問いを投げれば、エドガールは苦笑して、「少し話そうか」とルイを古びた椅子の上に誘導する。


「僕達はね、ルイ。エルシーに託すことにしたんだ。このカリストの未来を」

「託すなんて、何だか兄さんらしくない言葉だね。兄さんは昔から、何でも自分でやらないと気が済まない人だったのに」

「まぁ、僕も正直そのつもりだったのだけれどね。ここのところ病状が悪化しつつあって、どうやっても長くは生きられないみたいだから、いっそ使えるうちに使うことにしたんだ。セシリアは、そんな僕に付き合ってくれた」

「………病状?」

「幼い頃から持っていた病があるんだよ。侯爵家の長子が病弱であるなんて知られたら色々と弱味になるから、隠してはいたけれど」


 手袋に包まれた指先。エドガールの手が、無意識か心臓の上を撫でる。心臓病ということなのだろうか。

 まさかあの、常に完全で完璧なカリストであったエドガールに、そんな事情があったとは。眉を顰めるルイに、兄はくすくすと苦笑をした。


「そういうわけで、僕は先が長くない。だからエルシーに託すことにした。今王都では、女王が随分と勝手をしているらしいじゃないか。主権一統法によって、貴族を次々と粛清している。話によれば、父上も捕まってしまったとか。……このままでは、カリストは滅びる。ルイも分かっているだろう?」

「ああ。……だから、僕もここに来たんだ。あのまま王都に居ては殺されていた!父上は捕まって役に立たないし、兄上と共に、エルシーと共に体制を立て直したかったんだよ」

「そうだね。一刻も早く、現女王には退場して貰わねばならない。カリストを滅ぼさんとする女王を打ち滅ぼし、カリストの為に生きてくれる新しい王が生まれなければ、カリストに未来はない」


 最もなことだ。カリスト家は今、滅びるかどうかの瀬戸際にある。ルイはむしろ無くなってもいいと思ってこうして行動をしてきたけれど、貴族として生まれたのであれば、本来何よりも優先するべきは『個』より『家』だ。

 兄はその典型とも言える。


「エルシーはその点理想的な子だったけれど、甘やかして育ててしまったからか、どうにも頼りないのが不安なところだった。だから僕らは、エルシーの『動機』になることを選んだんだよ。幸いにして、あの子は僕達をよく慕ってくれていたからね」

「……なるほど、そういうことか。世間知らずの箱入り娘。エルシーを突き動かす為には、生半可な恨みでは足りない。だから兄さんはエルシーに、女王によって両親を失ったという状況を見せることにしたんだね?」

「ああ。エルシーは優しい子だ。誰かを憎むことすら躊躇ってしまうくらいには、優しい子に育ってくれた。だからこそ、僕達は悲惨な最期を迎え、それをエルシーに見せつける必要があった」


 エルシーは、既にセシリアだけでなく、エドガールも死んだものと思っているのだという。

 女王が差し向けた騎士達が屋敷に押し入った。ここまでは本当だ。けれどその後の逃亡生活の絶望は、全てエドガールが組み立てたものだった。


 屋敷を追われ、狭く薄暗い隠れ家に押し込められてしまった。

 ───本当は、カリスト家は他にいくらでもマシな隠れ家を持っていた。


 長引く不便な逃亡生活で、か弱い母は身体を壊してしまった。

 ───本当は、エルシーに怒りや恨みを抱かせる為、日々少しずつ毒を飲んでいただけだった。


 この隠れ家が国の騎士に見つかって、騎士達の襲撃に遭った。

 ───本当は、ここを襲ったのは国の騎士などではなかった。エドガールが手配した偽物の襲撃者。


 父は母と最期を共にする為、そしてエルシー達を守る為、敢えて騎士達と相対することを選ぶしかなかった。

 ───本当は、エドガールは目的があってエルシーと離れた。後始末や小細工をする為に。自分の首と妻の首を切り落とし、『友人』に頼んでその首を広場に晒してもらうのだ。

 貴族にとって最も屈辱的な姿にされた両親を見れば、エルシーの恨みはより深いものになるだろうから。


 一通りの話を聞いたルイは感心したように息を吐いて、「やっぱり、兄さんはすごいな……」としみじみとして呟いた。

 兄への尊敬を滲ませた顔。それを向けられたエドガールは、相変わらず柔らかく微笑んでいる。


「兄さん、僕にも協力させてくれ。僕だってカリストだ。兄さんの決意を無駄にはしない。エルシーと合流して、エルシーを支えるよ。あの子はどこに?」

「ああ、ルイ。嬉しいよ。弟であるお前が、こうも意欲的にカリストの為に働いてくれようとしているなんて」

「当たり前だろう?僕はいつだって家のために動いてきた。王配になったのだってそうだ。……父上の投獄を防げなかった力不足は、恥ずかしいけれど。だからこそ、今からでも家門のために力を尽くしたいんだ」

「うん、うん。ルイは本当に立派だね。素晴らしい心がけだ」

「兄さん……」

「だからこそ、惜しいなぁ。……これが真実から来る言葉だったのなら、僕ももっと、喜べたのに」


 ───そして。

 兄の纏う空気が一変したと気が付いた時には、ルイは既に、衝撃と共に床に押さえ付けられていたのである。


 椅子に座っていた後ろをそのまま蹴り付けられたような衝撃だった。気が付けば、ルイは古くてカビの匂いがする床の上に倒れていた。背中に感じる圧迫感。「ハ……ッ」と空気が肺を押し出される。


 物理的な衝撃と痛みに鈍る頭を、けれどルイは咄嗟に動かした。

 兄ではない。兄はまだルイの正面に座っている。ならば誰だ?考えるまでもない。いつの間にここに居たのかは分からないが、こんなところに来るのなんて、兄の協力者しかありえない。


 そうか、と思う。兄は気付いていたのだ。ルイがカリストよりも、ずっと優先するべきものを見つけてしまっていたことに。

 だからルイを椅子に誘導して、部屋のドアが視界に入らないようにして、わざわざつらつらと長話をしてくれていたのだ。


 やられた……!

 ルイがグッと奥歯を噛み締める。正面に座るエドガールはそんなルイにくすくすと笑って、「相変わらず、お前は詰めが甘いね」と兄の顔で仕方のない表情で言った。


「お前がここのところ、女王に肩入れしてカリストに背きつつあったことは知っていた。父上とも随分と揉めていたようだね。母上が嘆いていたよ。ルイは変わってしまったって。悪い子だなぁ、ルイ。母親を泣かせるなんて、お前は本当に、昔からの出来損ないだ」

「っ兄さん!話を聞いてくれ、誤解だ!僕、は……!」

「でも、それでもお前はカリストだからね。殺すには、少し惜しい」


 白百合が綻ぶ。ルイの言い訳など意味がないとでも言うように、エドガールはルイの言葉に道を貸さない。椅子から立ち上がったエドガールの、革靴の音がコツコツと響いた。

 いっそこんなあばら屋には似つかわしくないほど、『貴族』という言葉を体現したような兄。

 思い出した。エドガールはルイが幼い頃からそうだった。ルイよりも余程優秀で底知れないエドガールのことが、幼い頃のルイはずっと、底冷えするように気味が悪かったのだ。


「きっと女王は父上を殺さない。僕だってそうするからね。憎い人間は出来るだけ長く生かしておきたいに決まってる。けれどほら、万が一、ということがあるだろう?僕はこれから先カリストに関わることが出来ないから、可能な限り保険をかけておきたいんだ」

「兄さ、」

「お前はスペアだよ、ルイ。エルシーが全てを成し遂げた時。それでも父上に何かがあって、たとえば子供を残せない状態になっていた時には、お前がカリストを繋ぐんだ。種馬としてね」

「ッが……!!」


 エドガールの足先が、ルイの後頭部をグッと踏みつけた。顔面が鈍く痛む。生温かい液体が鼻の下を垂れて、ポタポタと赤い色が床に落ちた。


「とは言っても、お前は中々我が強いからね。下手に意思を持ったまま生き残らせても、後々家門に害を成そうとしかねない。だからエルシーがお前を()()()()()()までの間、精々お前の心を折って、上下関係というものを叩き込んで貰おうと思うんだ」


 兄の足裏がルイの頭から離れる。ルイは何とか、ぎこちない動きで頭を持ち上げた。睨み付けるように見上げる兄は、にこにこと相変わらず、底知れない美貌の笑みを浮かべている。


「お前を押さえている彼は、僕の昔からの友人でね。昔から荒くれ者共を束ねていたのもあって、特にそういうことが得意なんだ」

「正確には、それが得意なのは、オレよりも、弟の方ですが……」

「ああ、そうだったね。じゃあドゥイードル・リトルによろしく言っておいておくれ、ドゥイードル」

「はい、ボス。承知、いたしました」

「うんうん。君は聞き分けが良くて助かるなぁ。これで僕も、安心して君に殺されることができるというものだ」


 満足げに頷いたエドガールは、それから再びルイを見下ろす。


「……まぁ。一度は父上に矯正され、誰よりも『カリスト』らしい人間に育ったはずの、誰よりも人でなしだったはずのお前がどうして今更、こんなつまらない人間に成り下がってしまったのか」

「ッ……」

「そこに至るまでの軌跡は大層面白いものだったろうに、生きているうちにそれを知れないのは、少し残念ではあるけれどね」


 再度、後頭部への強い衝撃。

 そんな兄の言葉を最後に、ルイの意識は暗転した。




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― 新着の感想 ―
エグい…とてもエグい… でもこの凄惨な復讐と誤解と愛憎劇のてんこ盛りな味わい、嫌いじゃないです…! お兄様流石ラスボス系統の御方ですね…。
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