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 アリアのドレスは、いつだって目を見張るほどに見事な、鮮やかな赤の色で作られている。

 それはアリアが成人を迎える今日、16歳の誕生日にも変わらない。正式な戴冠を経て、アリアの頭上にはルビーがふんだんにあしらわれた王冠が輝いている。


 民達の前にルイと共に姿を現して、「女王陛下、ばんざい!」と歓声を浴びた。

 もっとも、アリアは国民に嫌われているので、ルイに向けられた「王配殿下、ばんざい!!」と盛大な歓声よりは随分と小さかったけれど。アリアが本当に何も知らない、子供のまま大人になってしまった少女であれば傷付いたであろう事実も、元から承知の上ならさして気にはならない。

 だからアリアにとっては、隣に立つルイの、アリアを気遣うような仕草。側に居るよとでも言われているみたいな、強く手を握り込まれる行為は、全くもって無意味かつ不可解なことであったのだ。


「綺麗です、とても。本当に……、よく、似合っておられます」


 とうとうアリアの頭上輝くようになった王冠に、噛み締めるような言葉でジャックは言った。アリアの背後に立つ彼と、鏡越しに目が合う。

 アリアはくすくすと肩を揺らして笑って、「大袈裟よ」と微笑んだ。


 もうすぐ、アリアの成人と正式な戴冠を祝う為の夜会が始まる。ジャックはその支度の手伝いをする為にアリアの元へ来ていたのだ。

 本来、男が密室で女王と二人きりになることは歓迎されないが、ジャックはアリアの奴隷で、所有物なのである。人間として扱われないから、男として扱われることもない。

 この国の貴族達が持つ認識と常識には度々腹を立てさせられたが、アリアがそれを利用していることもまた事実なのである。


「……ね、ジャック。私、今からたくさん人を殺すわ。今夜だけで16人。明日はもっと。ひと月経つ頃には、きっと死体の山が積み重なってる」

「承知しています。俺だって殺します。逃げる兎を捕まえるのは俺の役目ですから」

「そうね。……でも、ジャック。もしもお前が嫌なら、」

「やめてください、陛下。だって、俺は今すごく嬉しいんです。陛下が役目をくださって。陛下は権力を手にして、今や優れた出自身分の騎士だって好きなように使えます。俺はもう、他にいくらでも代わりが効く存在になった。なのに貴女は、俺を変わらず使って、側に置くと決めてくれた」


 鏡越しにアリアを見つめるジャックは、酷く優しい顔で微笑んでいた。さらりと揺れる黒い髪。愛しく細められた赤の瞳。昔アリアが開けたピアスが、チャリ、と小さく音を立てる。


「俺は貴女の物なんです。どうか末長く使ってください。何があってもお守りします。陛下が要らないと仰るまでは、ずっとお側に仕えます。誰が陛下を憎もうとも、誰が陛下を恨もうとも」


 真剣な言葉だった。きっとアリアが今一番欲しかった言葉だった。しがみつくように強がって、精一杯女王として立とうとしているアリアの内側、ただの人間でしかないアリアの部分を慰められたようだった。


 アリアは苦笑して、「困ったなぁ」と内心で小さく呟く。最初はこんなつもりではなかったのだ。ここまで見透かされてしまう程近くに置いておくつもりも、本心を許すつもりもなかった。

 ジャック。アリアの奴隷でアリアのたった一本の剣。いつの間にか、アリアの心臓にもなっていた。両親を失ってからのこの八年間で、唯一アリアが信じられたもの。


「そうね、お前は私の物だもの。私の手が届かないところには、やっぱりお前が働いてくれないと」

「光栄です、女王陛下」

「今夜だけで16人。明日はもっと。ひと月が経つ頃には、きっと死体の山が築かれる。でも、そのどれもが生かしておく価値もない者よ。お母様の仇、お父様の仇。この国を蝕む寄生虫。この国に害を成す反逆者共」

「ええ。殲滅してやりましょう。一人残らず、俺達で」

「私が処刑を命じるわ。お前がそれを執り仕切るの。出来るでしょう、ジャック。……貴方なら」


 差し出された手を取って立ち上がり、視線を合わせて微笑み合う。

 繋いだ手を強く握って、すると不思議と、一日中忙しなく動いていた心の臓がいつも通りに動き始めたのが分かった。


「もう行くわ、ルイが待ちくたびれている頃だもの。貴方も支度を終わらせたらすぐに追いかけてきて。私があげた剣を、忘れずに携えて」

「もちろん。すぐに追いかけます」


 この王城で正式に剣を持つことを許されているのは騎士だけ。本来奴隷であるジャックには到底許されていないことも、けれど今日からは事情が変わる。

 アリアは絶対王権を手に入れた。カラスさえ、アリアが白と言い張ればこの国では白になる。人間扱いされない奴隷さえ、アリアが騎士と名を付ければ騎士になるのだ。

 ジャックが執事のような燕尾服を着ることは、きっとこれが最後になる。これからのジャックが身に付けるのは、この世にたった一着しか作らせていない、女王の専属騎士の服になるのだ。




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