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「いやあの、女王陛下。仇を喜ばせてどうするんですか……??」

「喜ばせようと思って言ったことじゃないもん……」

「尚更にタチが悪い!」


 頭を抱えるようにして言ったジャックとは、こうして二人で会うのも久々である。毎日色々な部署に手伝いに行かせているという形を取って、実際には城の外に行かせていたのだ。

 ジャックが城のあちこちに手伝いに行くのはここのところすっかり当たり前になっているので、城のものたちは数日ジャックの姿が見えなくても不審に思うことはない。ああまたどこかで働かされているのだろうな、と勝手に納得してくれるので。


「でも、お陰でジャックのことには気付かれなかったじゃない?ルイは帽子作りに集中してくれていたし、ロイドは勝手をしていた貴族達への対応で忙しかったから、時間はたっぷり取れたでしょう?」

「それはそうですけど……。ああ、でも嫌な予感がする。これで王配の女遊びがパッタリ止んだら俺は胃を痛めますよ……」

「何よ。ルイの女遊びが激しくなろうがパッタリ止もうが、私達には何も関係ないじゃない」

「うう……。そうですね。俺もそう願います……」

「へんなジャック」


 項垂れたジャックの髪を撫でると、ほんの少し指に引っかかる。ジャックが髪の手入れを疎かにするなんて珍しいな、とアリアは思った。

 この国の洗髪剤は少し質が悪い。というか、アリアが元々生きていた時代の日本ほど万能ではなくて、どうしても髪の手入れには手間がかかる。ドライヤーのような便利なものもないし、髪は少し手入れを疎かにしただけですぐに傷んでしまうのだ。


 それでもジャックは、普段は手間暇を惜しまずさらさらと艶のある髪を維持してくれている。女王の所有物として、アリアの評判を下げないように努力してくれているのだ。

 そんな彼の髪が指に引っかかってしまうということは、ここ数日あまり手入れに時間を割けなかったのだろう。言ってしまえばそれくらい、今回任せた件は大変だったということだ。


 無理もない。今回ジャックに向かわせたのは、食わせ物と専らの評判であるアントレイ伯爵の元である。

 下手をすれば、ジャックを向かわせたアリア共々大変なことになるところだった。ジャック程信頼出来る者がいなければ、アリアは自分の代わりに誰かを向かわせることもなかっただろう。彼の忠誠心も能力も、アリアは誰よりも信頼しているのだ。


 そうして現にジャックはやり遂げてくれたわけであるが、彼でなければ、きっとこうはならなかっただろうという確信もある。


「それよりも、話を戻しましょう、ジャック。アントレイ伯爵は、私達に協力をしてくれるという話で良いのよね?」

「ええ。タイミングが良かったというのもあるのでしょう。例の法案を推し進めてくれるそうです。陛下が16の歳になり、正式に王権を握れる頃には必ず成立させてくれると約束してくれました」

「そう。とても素敵なことね」

「ついでに、カリスト派の貴族達がこれまで行ってきた詳しい不正や、それに加担した他派閥の貴族達のことまで教えていただけましたよ。だからまぁ、布石は打てたと言えるかと」


 アントレイ伯爵。カリスト派の貴族の中でも、特に大きな影響力を持つ大貴族の一人。

 元々家門に対する利益を最優先する性格で、決してカリスト侯爵を裏切らないはずだった彼が、苦心しながらもアリアに膝を付いたのは、ジャックの言った通りタイミングが良かったからだった。

 彼の娘はつい先日、自殺未遂の大騒ぎを起こしたのである。


 アントレイ伯爵の一人娘、ダイアナ・アントレイは元々ルイの婚約者だった。

 ルイが王配になる為に破棄された婚約だが、ダイアナは元々、ルイを本心から愛していたらしい。婚約が破棄される時にもルイに泣いて縋って、「二人で一緒に逃げましょう」とまで言ったらしい。


 けれどルイはそれに頷かなかった。お互いの家門にとっても、ルイが王配になり権力を握った方が良いことは明白で、これは仕方のないことなのだと首を振ったのである。

「何よりも貴女を愛しているからこそ、僕は女王の夫になるんだよ」と甘い言葉で囁いて、ルイはダイアナの元を去った。


 ダイアナは失意に暮れて、けれどルイが「何よりも貴女を愛しているから」と言ってくれたから、それだけを頼りに生きていたらしい。

 いつかあの方は私を迎えにきてくださるはず。幼い女王が育てば、あの方が王配として駆け回る必要もなくなる。その時にはきっと、と。そんな風に。


 が。流石にダイアナも貴族令嬢である。

 年頃の貴族令嬢がいつまでも独身というわけには行かないし、伯爵家の一人娘が婿も取らず、よりにもよって王配の愛人志望というのもいただけない。

 父親であるアントレイ伯爵は、当然娘のために非の打ち所がない縁談を用意した。肝心のダイアナは中々首を縦に振らなかったけれど、最後には強硬手段に出ようとしたのだ。


 無理矢理結婚させて、優秀な婿を取らせれば、その内ダイアナもルイを忘れて幸せになるだろうと考えたのである。

 まさか結婚式を数日後に控えた日に、娘が自殺騒動を起こすことになるとは思いもせず。


「結局、伯爵も人の親だったのね。ルイとダイアナの婚約破棄を承諾したのも自分なのに、いざ娘が首にナイフを押し当てたら後悔するなんて」

「一応報告しておきますけど、令嬢は五体満足で無事でしたよ。あれから何度も自殺未遂を繰り返していたそうですが、その度に使用人やら母親に見つけられて阻止されているとか。まぁ、ただのポーズってこともあるんでしょうけど。……ただ貴族令嬢としては、あの噂は致命的でしょうね」

「そうね。今回の結婚話も無くなってしまったようだし、いくら伯爵家の娘でも、これ以上の縁談は難しいわ。他でもない本人があんなに頑ななら尚更。だからルイが必要、と。……本当に、都合の良い話だこと」


 だからアリアは、ジャックを寄越して取引の話を持ちかけたのだ。

「ルイの身柄をやる。それと引き換えに、王権のあるべき姿を取り戻す手助けをして欲しい」と。


 王権のあるべき姿。アリアはつまるところ、建国時のような絶対王政を取り戻そうとしているのだ。

 もっと簡単に言えば、女王の号令一つで簡単に処刑を命じることの出来る、絶対的な権力をアリアは求めている。それさえあれば、仇を全て地に沈めることも、この数年で歪に傾いた国政を建て直すことだって簡単だ。


 アリアは独裁者になりたいのである。

 両親殺した貴族どもを一掃し、この国に巣食う寄生虫どもを駆除して圧政を敷き、不正のない国を取り戻す。無理のあることだとは分かっている。だけど祖母の代から貴族達に食い荒らされたこの国には、あまり時間が残されていない。

 両親の仇を打ち、ついでに両親が愛し慈しんでいたこの国に守るには、やはり解決を急がねばならないのだ。


 アントレイ伯爵と、その娘ダイアナの一件は、アリアにとって実に都合の良い話だった。

 アリアにとってルイは母の仇、父の仇のうち一人。元々本当の夫婦というわけでもない。だから簡単に、ルイを差し出すと約束した。ルイだけは処刑をせずに離婚して伯爵家に、ダイアナの元へ差し出す。

 代わりにアントレイ伯爵は、絶対王政を取り戻すことに協力しろという取引だった。


 この提案を飲まなければ、ダイアナはきっと本当に死んでしまうぞと脅しをかけて、そうすれば結局伯爵は頷いた。

 表向きには「愚かな女王を傀儡として、邪魔な政敵を処刑させてしまおう」と他の貴族達を唆してもらうのだ。

 女王の権力を高めておくことは悪いことではない。成人して本来の影響力を持った女王ならば、政敵や教会関係者達の反対で中々進まないでいる、奴隷制を推し進めさせる時にも話が早いからと。


「そうと決まれば、私からも侯爵に働きかけないとね。大人になったら侯爵のために、悪い奴らをみーんなやっつけてあげるって、子供のようにはしゃいで。侯爵は私のこと馬鹿にして侮っているから、きっとこれ幸いと話に乗ってくるわ」


 元々ロイド・カリスト侯爵にとってアリアは使い捨てだ。

 アリアを愚かな女王に仕立て上げて、甘い汁を啜り尽くして国がいよいよもって駄目になったら、正義の反乱を掲げてアリアを殺そうとしているのがロイドでありカリスト家である。


 ならば、アリアがやるべきことは一つ。

 そんなロイドの企みに最大限乗るふりをして、利用して、かえってアリアがカリストの喉元に剣を突き立ててやるのだ。








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