第5話 なんで我が家で相続争い??
水曜日の夜8時、マンションのリビング。
恵と市子がくつろいでいると、恵の携帯に「母・久美子」からの着信が表示された。
「お母さんからだ。土曜日の件、何か変化があったのかな」
恵は市子に「ちょっと聞いてて。例の相続の話の続きかも」と断ってから電話をスピーカー通話にした。
「もしもし、お母さん?」
「恵ちゃん、大変なの!」
久美子の声は明らかに慌てていた。
「あれから兄弟で電話したんだけど、もう完全にバラバラ。
土曜日も険悪な雰囲気になりそう」
恵の祖父が亡くなって半年。
遺産相続の話し合いがこじれているという連絡は受けていたが、状況がさらに悪化しているようだった。
久美子の説明によると、兄弟4人の対立が激化していた。
長男の雅夫(65歳)は「さっさと売却して終わりにしよう」とより強硬な姿勢になっている。
次男の弘(63歳)も「兄貴の言う通り、もうウンザリだ」と同調。
一方、三男の誠(57歳)は「絶対に家は守る!必要なら法的手段も辞さない」と対立が激化していた。
「私がどっちつかずだから、余計にこじれちゃって」
久美子は申し訳なさそうに言った。
「恵ちゃん、本当にお願い。私一人じゃどうしていいか...」
母の困っている声を聞いて、恵は即座に答えた。
「分かった、一緒に行こう!
「解決策はあるはずだわ」
電話を切った後、恵は市子と作戦会議に入った。
「聞いてのとおりよ。予想以上に悪化してる。
兄弟同士で法的手段まで考えてるって何? それでも兄弟?」
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市子の姉御肌が発動した!
「よし、私がおじいさんの気持ちを聞いてきてあげるよ」
恵は驚いた。
「え?おじいちゃんは死んでるよ。話ができるの?」
「ゴーストの能力ってすごいでしょ!」
市子は専門的な説明を始めた。
「死者との交信には、その人を特定できる情報が必要なの。
おじいさんの最後に住んでいた住所、わかる?」
「お母さんの実家だから、行き方はわかるけど、住所は知らない」
「じゃあ、電話番号は?」
「それならわかる、おじいちゃんからはよく電話がかかってきてたから」
恵は祖父の電話番号を伝えた。
「明日の夜までには聞いてきてあげる。
任せなさい!」
「市子さんがそう言うなら...お願いします!」
二人は名前で呼び合う仲良しになったようだ。
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木曜日の夜、恵の帰宅後。市子が待ちかねたように話し始めた。
「恵ちゃん、おじいさんと話してきたよ!」
市子の表情は明るかった。良い情報をつかんでいそうだ。
「どうでした? おじいちゃんは何て?」
恵の祖父の声が市子の口から聞こえてきた。
「……お前たち、家にこだわるな。家なんてのは所詮、雨風をしのぐ箱にすぎん。大事なのは箱じゃなく、中にいるお前たちだ。ワシが残したいのは土地でも金でもない。笑って飯を食う時間だ。……それを忘れるな」
「似てる・・・すごい。
市子さんってモノマネ上手だったの?」
市子の声に戻って
「違うって。ゴーストパワーよ。
今言ったことを遺言書のつもりで手紙に書いたそうよ」
恵には、意外な答えだった。
生前の祖父のイメージから、てっきり「家を守ってほしい」と言うと思っていたのだ。
恵は身を乗り出した。
「手紙?
どこにあるんですか?」
「客間に飾ってある桜の絵の額縁の裏に挟み込んであるそうよ」
「直接渡さなかったところは、おじいちゃんらしいわ。
だからややこしくなったけど」
新たな問題が浮上した。
「でも、どうやってその手紙のことを伝えよう?」
恵は困った。
「ゴーストから聞いた」なんて言えるはずがない。
「話し合いの途中で、何気なく絵を見上げて気づけばいいじゃない!
『あれ、この額縁、少しゆがんでない? 気になるわ』って感じで、さり気なく額縁を触るのよ」
「小芝居すぎない?」
「大丈夫よ。真剣な話し合いのときって、意外と周りは見えてこないものよ」
市子は励ました。
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土曜日午後1時、山岡の家の最寄り駅。恵は母の久美子と合流した。
山岡は久美子の旧姓で、山岡の家とは母の実家、おじいちゃんの住んでいた家である。
「恵ちゃん、ありがとう。一人じゃ心細くて」
久美子は59歳。恵とは顔立ちがよく似ている、優しそうな女性だった。
「大丈夫よ、お母さん。きっといい解決策が見つかる」
二人は昔ながらの住宅街を歩きながら話した。
「ここで育ったのよ。思い出がいっぱいで...」
久美子は懐かしそうに辺りを見回した。
山岡の家に到着した。
和風の立派な一軒家。
庭には手入れの行き届いた松の木があり、玄関には立派な門構えがある。
確かに、手放すには惜しい家だった。
「素敵な家だよね。おじいちゃんが大切にしてたのが分かる」
山岡の家を久しぶりに見て、恵は感慨深い気持ちになった。
すでに兄弟たちは集まっていた。
長男の雅夫(65歳)は現実的で合理主義者。きちんとしたスーツ姿で、いかにも仕事のできる男性という雰囲気だった。
次男の弘(63歳)は人当たりは良いが優柔不断な性格。雅夫の意見に同調することが多い。
三男の誠(57歳)は職人気質で、家への愛着が人一倍強い。この家で生まれ育ち、祖父との思い出も一番多い。
「恵に相談相手になってもらったの」
久美子が恵を紹介すると、雅夫は「そうか、冷静な意見が聞けるといいな」と期待を示した。
誠は「恵は若いから俺達の気持ちが分かるかなあ」と少し警戒的だった。
微妙な空気を恵は感じながら、そして一行は客間へ移動した。
客間には確かに桜の絵が掛かっている。
市子も見えないけれど同席していた。
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雅夫が「さて、どうするかね」と切り出して、各自がそれぞれ用意した資料を取り出した。
「やはり公平に現金化して分割が一番だと思う。
維持費もかかるし、誰も住まないなら処分するべきだ」
雅夫の意見は現実的で論理的だ。
「そうだ、古い家なんか残しても仕方ない!」
弘が声を荒らげた。
誠も負けじと反論する。
「仕方ないって? 売って得た金でどうするんだ? 老後のために貯金か?
それとも……旅行でも行くのか?」
「旅行?」弘が怪訝な顔をする。
「そうだよ。ハワイでもヨーロッパでも。
いっそ世界一周でもして、家族アルバムに“実家を売って行った旅”ってアルバムでもつくるつもりか? 人に笑われるぞ」
誠の皮肉に、場の空気が一瞬固まった。
「……バカ言うな!」
弘が真っ赤になって怒鳴る。
しかしその場の誰もが、思わず口元をゆるめた。
誠の声には怒り気味の感情が込められている。
「この家にはじいちゃんの魂が籠もっているんだ。
金の話ばかりして、恥ずかしくないのか」
久美子は困惑した。
「みんな...そんなに言い合わないで。
お父さんもきっと悲しんでる」
議論は平行線をたどり、空気がどんどん悪化していく。
雅夫がいら立ちを見せる。
「感情論では解決しない。現実的に考えよう」
誠も負けてはいない。
「現実的って何だよ!家族の絆はどうなるんだ」
二人の対立は激化する一方だった。
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恵は緊張が高まる中、手紙のことを切り出すタイミングを計っていた。
(このままでは本当に家族がバラバラになってしまう。今しかない...)
恵は意を決して、桜の絵に視線を向けた。
そして、市子の作戦通りに・・・・。




