表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/17

第3話 オーマイゴースト!私の同居人?

「泥棒!?強盗!?」

恵は震える手でスマホを探す。110番通報しなければいけないと思ったが、スマホが見当たらない。昨夜のパーティで、どこに置いたのかを覚えていない。

「あー、おはよう。驚かせて悪かったね」

市子は全く慌てる様子もなく、再びコーヒーカップを手に取った。その落ち着きぶりが、かえって恵を混乱させる。

「何度も言うけど上田市子。このマンションの元住人よ」

「泥棒じゃないから、まあ落ち着きなさい」

「元住人って、どういうことですか?」

恵は困惑した。元住人がなぜ家の中にいるのか、全く理解できない。しかも、堂々とコーヒーまで飲んでいる。

「1年前にこの部屋で事故死したのよ。厳密に言うと、ゴーストね」

市子は淡々と説明した。まるで天気予報でも話しているかのような、自然な調子だった。


「ゴースト...?」

恵は現実逃避を始めた。

(まだ寝てるのかも。悪い夢よ、きっと)

恵は目をこすってみたり、頬を叩いてみたりした。でも、目の前の女性は消えない。それどころか、美味しそうにコーヒーを飲み続けている。

「夢じゃないわよ。私はゴーストとして存在してるの。

と言ってもあなたにしか見えないけど」

市子は苦笑いを浮かべた。

恵はおそるおそる市子に近づく。市子の方に手を置こうとする。しかし、素通り。

「きゃぁっ」

「だからゴーストだって」

全く動じない市子。恵がどんな行動に出るのか、おおかた予想がついている。

「ほら」

今度は市子が恵の肩に手をかける。素通りしてしまう。

びっくりしてのけぞる恵。

市子はそれを楽しんでいるかのよう。

---


恵はようやく現実を受け入れ始めた。

すると新たな疑問が湧いてきた。

「いつまでここにいるつもりなんですか?」

市子は重要な告白を始める。

「実は私、成仏してないからここにいるのよ。

そしてあなたが幸せになるのを見届けたら成仏できる。

そういうミッションが与えられているのよ」

恵は衝撃を受けた。

「私が幸せにならなきゃ、ずっと居座るつもり?!

 って、私って今不幸せなんですか」

市子は首を振った。

「私は、ミッションを与えられただけだから、よくわからないけど。

うーーん、見たところ不幸って感じじゃないわ。

でも幸せ絶頂って感じでもない。可もなく不可もなくかしら。

つまり、今よりもっと幸せになって、ということじゃない!

お互い頑張ろうよ。

あなただって今より幸せになるんなら、問題ないでしょ」

恵は現実的な問題を考えた。

(30年ローンが...

今さら引っ越しなんてできない。

引っ越し先も当てなんてないし)

引っ越し費用、新しい物件の敷金礼金、そして何より、やっと手に入れた理想の部屋を手放すなんて考えられない。

恵はしぶしぶ決断した。

「とりあえず...しばらく様子を見ます」

「よろしく、恵ちゃん」

市子は満足そうに微笑んだ。

「でも、何かあったら出ていってもらいますよ。

私こそが、ここの正規の住人なんですから」

(まさかゴーストと同居することになるとは。

これこそが、私って不幸なことなんじゃないの)

恵は深いため息をついた。


---


そんな苦悩を知ってか知らずか、おそらくは思いもしていないだろう市子は、自分の能力を自慢する。


市子は得意げにコーヒーカップを掲げた。

「ほら、小さいものなら持てるの」

「普通にお茶してる人にしか見えませんけど」

恵は冷静なツッコミ。

「じゃあ、これなんかどう?」

市子は壁に向かって歩き、そのまま通り抜けて消えた。隣の部屋から「おーい」と声がする。

「ぎゃあああ! どうなっているの?」

恵が腰を抜かすと、市子は何食わぬ顔でドアをすり抜けて戻ってきた。

「ドアは開けられないのよね」

「いや、戻るならドアじゃなくてまた壁から戻ってきなさいよ!」

「次は瞬間移動!」

「もうやめて!」

市子はベランダの外を指さした。

「見ててね。公園のあのベンチに――」

行きがかり上、恵はベランダに出てみた。

次の瞬間、市子の姿が消え、公園から「おーい」と手を振っていた。

(さっきまでここにいたのに!!)


恵はもう何も言えない、受け止めるしかない。

だって、否定するなら、自分が出ていくしかないからだ。

そして、二人の間で、このおかしな同居のルールが次のように決まったのだった。

・知らない人の前では必要がない限り姿を消す。

 恵以外の人には見えないが、誤って恵が声を掛けるかもしれないから、その用心なのだ。

・恵の邪魔はしないこと。

 まだ知り合った?ばかりだから、恵は要求したが、もちろん、市子はそんなつもりはまったくない。

・困った時は遠慮なく市子を頼ること。

 これは市子が強く要求したが、恵は今のところ頼るつもりはない。だってさっき知り合ったゴーストに、どうやって頼れっていうのよ、と思っているが、話がややこしくなるより、黙って受け入れることにしたのだ。

ただ、このルールは後に、恵にとって、一番役立つルールになる。ただし恵はまだなんとも思っていない。


---


少しずつ冷静な気持ちを取り戻し始めると、恵は根本的な疑問を投げかけた。

「そもそも、なんで私を幸せにしたいんですか? 会ったばかりなのに」

市子は遠い目をした。

「……父がね、こっちの世界から教えてくれたの。

私がこの部屋に執着して成仏できないのと同じで、次に来る人も執着が強くて幸せをつかみにくいらしいの」

「それが私ってわけですか」

「そう。だから“その人を幸せにしてやれ。それが成仏への道だ”って」

恵は息をのんだ。

市子は静かに続ける。

「だから、あなたが幸せになることが、私にとって唯一のミッションなの」

それから市子はマンション購入に至る、様々な事情や購入後の計画を語り始めた。42年間の人生で、ようやく手に入れたマイホーム。それが一日も住むことなく終わってしまった無念さ。

恵は共感した。

「市子さんも『一国一城の女主』だったのね。

「同じ気持ちだったんだ」

二人の間に、不思議な連帯感が生まれた。年齢も境遇も違うが、同じ夢を抱いていた女性同士として。


---


二人は明日からの生活について話し合った。

「明日から仕事なんですけど...市子さんがいること、バレませんよね?」

恵は心配になった。職場でゴーストの話なんてできない。

「あなたさえ、黙っていれば大丈夫よ。用がない限り出てこないし、出てきても他の人には見えないし」

(そんなに悪い人? いいえ、そんなに悪いゴーストじゃなさそうだし、考え方を変えれば、頼もしい同居人かも)

法律事務所で働いていたという市子は、いかにもバリキャリだし、いろいろなことに詳しそうだ。


---


市子も決意を固めていた。

(恵ちゃんの幸せのために、精一杯お手伝いするわよ。

一刻も早く成仏しよう。

そしたらマイケル・ジャクソンに会えるかも!)


---


穏やかに夜が過ぎていく。恵は新しい生活への決意を固めた。

田中に別れを告げられた傷も、少しずつ癒えてきたような気がする。新しい環境で、新しい自分になれるかもしれない。

「明日から心機一転、仕事も頑張る!」

市子は温かく応援した。

「その意気よ!何かあったら私に任せなさい」

それが二人の同居生活の始まりだった。

市子がいてくれるなら、どんな困難でも乗り越えられそうな気がした恵だった。


そして、早速、その困難に出くわすのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ