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第2話 他人の家のリビングでくつろぐ女!

さて、それから1年後のある週末の夜。

アパートのリビングに、恵、美香、由紀、里奈の4人が集まっていた。大学時代からの親友同士で、月に一度は会って近況を報告し合うのが恒例。今夜は恵の部屋でどうやら元カレ田中雄介への愚痴大会らしい。


「『君は僕の足を引っ張る』ってさ。何様よ!」

ワイングラスを握りしめた恵が憤慨する。6年付き合った男にあっさり振られ、理由がそれだった。

「御曹司だからって調子に乗ってんじゃないわよ!」

声を荒げたのは美香。外資系勤務で気の強い彼女は、友人の不遇に誰よりも怒るタイプだ。

「ほんとそれ。恵はちゃんと働いてるし、家事までこなしてたじゃない」

由紀は腕を組んで頷く。結婚して専業主婦になった彼女は、恵の尽くしぶりをよく知っている。

「つまりアイツ、ただの甘えん坊ってことね」

里奈は普段は温厚だが、皮肉を交えて笑う。フリーランスのデザイナーらしく、ひとことが鋭い。

愚痴は次から次へと飛び出し、田中の悪行が脚色されながら披露されていく。友人たちの怒りは最高潮。


やがて美香がテーブル脇のチラシに目を止めた。きれいなキッチンと明るいリビングの写真。

「これ、いいじゃん」

「あ、そのマンション知ってる。この近くよ。……でも2750万円? ずいぶん安くなったわね、もっと高かった記憶が」

恵が思い出したように口を挟む。

「事故物件だったりして?」

里奈が冗談半分に。

「いやいや、そんな話聞かないし。うちの大家さん、おしゃべりだから事件があればすぐ噂になるはず」

恵が軽く否定する。

「なら安心じゃない。お得物件だよ、これ」

由紀が真顔で言うと、美香がすかさず畳みかけた。

「恵、買っちゃいなよ! 自分の城があれば、もう田中みたいな男に振り回されないでしょ」

里奈も由紀も声を揃える。

「そうそう!」

「いいね、それ!」

「ね、もうちょっと声を抑えようか」

個々が自分のアパートじゃなかったら、一番声が大きくなっているはずの恵がたしなめる。

女子会のノリは勢いがありすぎ。そして怖い。

恵は「まさかー」と笑ったが、胸の奥でチラシの写真が焼きついて離れなかった。


---


夜中、友人たちが帰った後。一人になった恵は、美香が見つけたチラシを改めて手に取った。

「買っちゃえって...まさかね」

田中のセリフがフラッシュバックしてきた。今でも怒りがこみ上げてくる。

「自分の家があれば、あいつなんかにすがったり絶対しないはず」

恵は28歳。同年代の友人たちも、結婚したり、キャリアアップしたりと、それぞれの道を歩んでいる。自分だけが田中という男に振り回されて、何も前に進んでいないような気がしていた。

「28歳なら、マンション購入もそんなに絵空事じゃないよね」

恵はスマホを取り出して、本格的に検索を始めた。

「新宿区、1LDK、予算2500万円以内...」

検索結果の画面を見ていると、一番上にチラシと同じ物件が表示された。新宿区、築15年、2LDK、駅徒歩8分、価格2750万円。

「チラシの物件だわ。でも私の予算だったら無理か」

恵の年収は380万円程度。頭金を入れても、2750万円は厳しい。

「でも見るだけということで」

自分に言い聞かせながら、スマホの画面から「内見する」をタップした。タイミングが良かったのか、明日の午後の予約が取れたようだった。


---


翌日の午後、恵は不動産会社の担当者と一緒にマンションを訪れていた。1年前に市子が引っ越してきた、あのマンションである。

「日当たりも良くて、この立地でこの価格はなかなかないですよ」

不動産屋の営業マンは慣れた様子で説明する。

「素敵です! でも予算が...」

恵は正直に予算の心配を口にした。気に入ったとしても、恵は堅実な一面もあるのだ。

その時、ベランダから雀の鳴き声が聞こえてきた。春らしい、軽やかな鳴き声だった。

「ベランダからの眺めも見てみませんか? 抜群です」

営業マンに促されて、恵はベランダに出た。素晴らしい眺めだ。眼下には緑豊かな公園が広がり、遠くには新宿の高層ビル群が見える。

「本当!素晴らしい眺め!!」

この景色を毎朝見ることができたら、もう絶対、田中なんか、相手にもしないわ。

「どうです、もし今決めていただけるなら...」

営業マンも今日が勝負と思っていたのか、値引き攻勢をかけ始めた。

恵の目が輝く。「決めるなら?」

「2750万円を...」

営業マンが価格を言いかけた時、恵の表情が変わった。口がゆっくりと「ご」の形になり、目力マックスで営業マンに!

その迫力に押されるように営業マンは言ってしまった。

「2500万円!」

恵、すかざす「買った!」


---


それから1ヶ月後。ローンの審査も無事に通過し、引き渡し契約完了。トントン拍子に話が進み、引っ越しシーズンも終わった直後、引っ越しの手配もすぐに叶った。

さて、引越し当日の朝。

恵は腕組みをしてマンションを見上げていた。引っ越し業者のトラックが横付けされ、荷物を運び出す準備が整っている。

「やっと手に入れた理想の我が家。今日から私は一国一城の女主よ」

28歳にして初めてのマイホーム。失恋脱却計画が達成された瞬間だった。

そして、懸命な読者ならお気づきかもしれない。どこかで聞いたことがあるセリフだと。


引っ越し業者が、「貴重品、取り扱い厳重注意」と大きな手書き文字で書かれた段ボール箱を運ぼうとした時だった。

「その箱は貴重品が入っているので、特に慎重に運んでくださいね」

大切なものは、やはりプロに任せるのが一番だ。


午後になると、美香、由紀、里奈が手伝いに駆けつけてくれた。

「恵、本当に買っちゃったのね!」

話には聞いていたが、マンションを訪れて、美香は興奮していた。冗談で言ったマンション購入が現実になるとは。

「すごいよ、恵。28歳でマンション購入なんて」

由紀も感心している。

「私なんてまだアパート住まいよ」

里奈も羨ましそうだった。

4人で、まだ運び込まれただけの段ボールを開けていく。わいわいと楽しい雰囲気で、荷解きは進む。

その様子を、1年間この部屋で過ごしてきた市子が見守っていた。新しい住人が楽しそうにしているのを見て、嬉しい気持ちになった。


荷解きが一段落すると、お待ちかねのホームパーティが始まった。

「恵の新生活に!」

みんなで乾杯して、夜遅くまで楽しい時間を過ごした。11時頃、友人たちは帰っていった。


---


翌朝、日曜日の朝7時。恵は慣れない部屋で目を覚ました。昨夜の飲み過ぎで頭がボーッとしている。いつものアパートとは違う天井、違う窓の位置に、まだ慣れない。

「あー、頭痛い...」

恵は頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がった。水を飲みたくて、リビングに向かう。

するとコーヒーの良い香りが漂ってきた。

「あれ?なんでコーヒーの香りが?」

昨夜はワインしか飲んでいないし、コーヒーメーカーもまだ箱に入ったままのはずだ。

リビングに入ると、信じられない光景が待っていた。

ダイニングテーブルには、紺のスーツを着た、きちんとしたショートヘアの40代前半の女性が座っていた。上品なカップでコーヒーを飲みながら、まるで当然のようにくつろいでいる。

まだ寝ぼけている恵は、条件反射のように挨拶をした。

「おはようございます」

そして、3秒後に現実に気づいた。

「って、えええええ!?」

恵は大声で叫んだ。

「だ、誰ですか!なんで私の家にいるんですか!」

女性は慌てる様子もなく、コーヒーカップをソーサーに置いて平然と答える。

「あ、おはよう。驚かせた? って当たり前か!」


「泥棒!? 強盗!? 何? 誰???」

見知らぬ人が家の中にいるなんて、恐怖以外の何物でもない。

「強盗じゃないわよ。まあ落ち着きなさい」

女性は落ち着いていた。

「私は上田市子。」

恵は絶叫した。

「上田市子? 誰なのよ!?」

市子は涼しい顔で答えた。

「このマンションの元住人よ」

「はあ? 何言ってんの?!」

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