第14話 私成仏できるかも!
市子は恵が出社した後、高木の会社での調査を開始した。
(高木の本心を確かめるには、会社での様子を見るのが一番)
市子は決意を固めていた。高木の会社は、二人が知り合った頃に調べているのでわかっている。港区のIT企業、gopawer。
(恵の幸せのために、しっかり調べるわ)
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高木の勤務先オフィスに到着した市子は社内を歩き回る。誰にも見えないので、会議室も重役の個室もズカズカと入っていける。ただし今日は高木の身辺調査なので、そういうところはあまり関係なさそうだ。
午前中は高木の仕事ぶりを見守ったが、特に収穫はなかった。以前とは違って、集中して仕事に向かっている。
(確かに、ちゃらんぽらんな感じじゃなくなったわね)
市子は少し安心した。
しかし、本当の姿は同僚との関係で見えてくるはず。昼休みまで根気強く待機した。
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昼休み、高木が同僚たちと雑談を始める。
「高木、最近マジメになったよな」
遊び仲間らしい同僚が感心したように言った。
「チャラ男返上ですか。彼女さんの影響なんですか? 1ヶ月くらい前に知り合ったんですよね」
後輩らしい同僚も話題について来ているので、恵のことはオープンにしているのだろうか。
高木は少し照れながら答えた。
「もとからチャラ男じゃねーよ。でも、今度いつも以上にマジかもしれない」
市子は関心した。
(やっぱり変わったのね。同僚にもオープンということは、もしかして結婚まで考えているということ?
恵の思い込みじゃなかったんだ!)
高木への好感度が上がり始めた。
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夜9時、マンションのリビング。
恵が上機嫌で帰宅した。今日もデートだったらしい。
「市子さん、大変!
高木さんが大切な話をしてくれたの」
「なに?」
恵は詳しく報告を始めた。
「高木さん、実はバツイチだったの。
今までいえなかったけど、今日言おうと思って私を呼び出したんだって」
恵が高木から聞いたことは次のとおり。
・前の結婚は価値観の違いで失敗した
・今度は本当に大切にしたい人と出会えた(恵のことらしい)
市子は出会った頃の調査で高木がバツイチであることを知ってはいたが、今日初めて聞いたことにした。
「へーえ、そうなんだ。今日、それを言うことにしたってことはどういうことなんだろうね!」
その後に何が続くかがポイントなのだ。
実は恵は、高木くらいの人なら、女の人が放っておかないだろうから、過去はあると思っていたそうだが、バツイチとまでは思っていなかったそうだ。
「その告白を聞いて、そうなんですかって言って、それから普通に食事したの。
そして帰るときに『昔の私なら動揺したかもしれません。でも今は違います。過去のことより、これからを一緒に歩みたいって思っています!』って言ったの。
彼はすごく喜んでくれて、もっと将来を考える関係になりたいって!
こんなに大切にされるの、初めてかも!」
恵は明らかに以前より幸福度が増している。
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(また例によって、これからノロケが始まるのね)
と思いながら、コーヒーカップを取ろうとした市子の手が、コーヒーカップを素通りした。つかみ直そうとするが、やはり掴めない。
左手で試したり、また右手でやり直したり。何度かトライして、ようやく掴めた。
(あの違和感は気のせいじゃなかったんだ。
でも、よく考えれば、これって良い兆候よね! おお、順調順調!)
市子は嬉しそうだった。
先日は違和感だけだったが、今日はその原因(恵みの幸福度)がわかったので、安心しているのだ。
恵は市子の異変に気づかなかった。だって、自分の幸せ語りに夢中だったから。
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市子の存在がさらに薄れていく。
「市子さんも喜んでくれるわよね。私がこんなに...
あれ?
市子さん、どこにいるの?」
キョロキョロと見回す恵み。
「なあんだ、いるじゃない。もしかして瞬間移動してた?」
「ずっとここにいたわよ。
ということは恵ちゃんからも見えにくくなってるのね!」
困惑する様子もなく、むしろ嬉しそうに。
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恵は心配した。
「市子さん、大丈夫?体調でも悪いの?
市子さんがいつもより薄く見える」
市子はワクワクした様子で言う。
「それはね、朗報なのよ!
やっと私も親に顔向けできるわ。
実は少し前から、小さなものが掴みにくくなったりしてたの。最初は気のせいかと思ったけど、これが成仏の前兆だったのね
恵ちゃんが幸せになった証拠なんだから!
恵ちゃんと出会ったときに言ったわよね、あなたが本当の幸せを見つけると、私は成仏するって。
あなたの幸せは私の成仏なのよ!」
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喜んでいる市子を尻目に、恵は衝撃を受けた。
「忘れてた。
私が幸せになると市子さんは絶対がいなくなるんだった」
「そうよ! あなたも、成仏まではお付き合いしますって言ったじゃない。
ゴーストにとっては成仏はおめでたいことでしょ。
なんでそんなに悲しそうな顔をするのよ?」
市子は本当に理解できないのだった。
恵は混乱し、さっきまでのお気楽モードは影を潜めた。
「市子さんがいなくなるなんて考えたこともなかった」
「落ち込まないでよ。
私は恵ちゃんの幸せを願ってるのよ」
市子と恵は、同居を始めて以来、初めてすれ違いが起きた。
「恵ちゃんが幸せになれば、私の使命は完了なの」
市子はほとんど鼻歌交じりだ。
恵は反発した。
「使命って...私たち友達じゃないの?
市子さんがいない生活なんて考えられない」
市子は論理的に正しい(成仏は自然で良いこと)
恵は感情的に正しい(大切な人を失いたくない)
どちらも人として正しいはず。なのに二人は大きな隔たりを抱えてしまった。
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恵の身に、このような衝撃が走っているところに、高木からのLINEが届いた。
「今日は話を聞いてくれてありがとう。君と将来の話をしたい」
本来なら嬉しいはずのメッセージだったが、恵みは素直に喜べなくなっていた。
(この幸せが市子さんとの別れを招いてしまったのかしら...)
画面に浮かぶ文字は未来を約束するはずの言葉なのに、恵には鎖のように重くのしかかり、胸を締めつけた。




