第10話 がんばれ! サブリーダー
ある月曜の朝9時、商社の会議室。
新体制でのドイツプロジェクトが本格的に始動していた。中村主任の件が解決してから一週間が経ち、恵はサブリーダーとしての責任を強く感じていた。
佐々木部長が挨拶をした。
「中村主任の件は残念だったが、新体制で頑張ろう。
春日さん、ドイツ担当もよろしく」
「はい、精一杯やらせていただきます」
恵は決意を込めて答えた。市子のサポートがあれば大丈夫」という安心感があるからだ。
チームの雰囲気も良好だった。
「春日さんなら安心です」
佐藤くんが励ましの言葉をかけてくれた。
恵は自信を持ってプロジェクトに取り組むことができそうだった。
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その夜、マンションで市子と作戦会議を行った。
「明日からドイツ企業との本格交渉が始まるわ」
恵は緊張と期待が入り混じった表情で話した。
「じゃあ、私の法律事務所時代の経験を話しておくね、役に立つかも。
ドイツ人は契約条件に非常に厳格よ。
曖昧な表現は絶対に避けて、数字は正確に」
「市子さんがいてくれれば、どんな困難でも乗り越えられるそう!」
恵の市子への依存が深まっている様子だった。
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火曜日、初回ビデオ会議が開催された。相手はドイツ側担当者のミュラー氏(50代、厳格な印象の男性)だった。
市子は恵にリアルタイムでアドバイスを送っていた。
「今の質問、品質管理体制について聞いてるわ」
市子の助言により、恵は的確に回答することができた。
「とても専門的ですね。次回も期待しています」
ドイツ側も満足そうな表情を見せている。ミュラー氏からの評価は上々だった。
恵は手応えを感じていた。
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水曜日、マンションで。
爆睡している恵に市子が声をかけてきた。
「起きて!
私、これから数日いないからね」
「どうしたんですか?」
「ゴースト仲間からSOSが来たのよ」
「ゴーストって日本中にたくさんいるんですか?」
「そりゃそうでしょ。この世に未練を残している人だっているはずだわ、そういう人が10万人に一人とすると、毎年16人いるはずよ」
返事を聞く間もなく、市子は笑顔を残して消えてしまった。
「へーえ、そうなんだ」
恵はまだ半分寝ているようだった。
そして、恵が出社すると、予期せぬトラブルが発生していた。
「春日さん、大変です!」
佐藤くんが慌てながら恵のデスクにやってきた。
「プレゼン資料の画像、著作権侵害の可能性があるそうなんです」
コンプライアンス部門からの緊急メールが届いていた。中村主任が使用していた素材が無断転用だったのだ。
「明日のドイツ側プレゼンで使用予定の資料ですよね」
「どうしよう...代替の資料を一から作り直さないと」
一晩で新しいプレゼン資料を作るのは、相当な困難が予想された。
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恵は市子を探したが、見つからなかった。
「市子さん?どこにいるの?
あ、そうだ、今日から数日いないって市子さんが言ってた。
どうしよう、私一人じゃ...」
恵は焦りを隠せなかった。いつも市子に頼りきりになっていることを、改めて実感した。
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そんな恵の様子を見て、佐藤くんが提案した。
「僕も手伝います。みんなでやれば何とかなりますよ」
中村主任の代わりにチームに加わった2課の遠藤さんも同調した。
「私も残業します。一緒に頑張りましょう」
明日のプレゼンにはなんとしても、間に合わせなければならない。
「やってみるわ。明日のプレゼンには間に合わせないと。
みんな手伝って。いっしょにがんばろう!」
市子と知り合って以来、いつも市子がそばにいたけど、今日初めて、市子なしでやり遂げないといけない。
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今日は徹夜で作業にあたる。強制はしないことにした。また、途中でつらそうになったら、遠慮なく仮眠室で休むことも事前に確認した。
あとはやるだけだ!
「シンプルに、データで勝負するしかないわね」
恵がそう言うと、佐藤くんがPC画面に顔を近づけて「よし、僕がグラフと図表を一気に作ります!」と意気込んだ。
遠藤さんが、心配そうに尋ねる。
「佐藤くん、急ぎすぎて数字を間違えないでね」
「大丈夫です、遠藤さんがチェックしてくれるんでしょう?」
佐藤くんの冗談に、遠藤さんは少し顔をほころばせた。
恵は二人のやり取りを見守りながら、胸が熱くなるのを感じた。
いつも市子に頼りきりだった自分が、今、このチームを動かしている。
それは、市子が教えてくれた「本質を見極める」という視点があったからだ。
やがて、佐藤くんと遠藤さんとの協力により、午前2時には著作権問題をクリアした新資料が完成した。
恵の的確な判断と指示で、前のデータより論理的な内容にバージョンアップすらしていた。
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木曜日午後、重要なプレゼン本番が開催された。
ドイツ側はミュラー氏と技術担当2名が参加している。
恵がプレゼンテーションを行った。
恵はグラフを映し出しながら説明を始めた。
「こちらが過去3年間の販売推移です。特にドイツ市場は前年同期比で18%伸びています」
さらに競合との比較表を示し、
「この価格帯で、同じ性能を維持できているのは私たちだけです」
と自信を持って語った。
具体的な数値と明快な分析は、徹夜明けを感じさせない完璧な説明だった。質疑応答も的確に対応し、ドイツ側を納得させることができた。
「素晴らしい仕事です。データ分析が非常に印象的です。
次の段階に進みましょう」
ミュラー氏は高く評価した。
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プレゼン終了後、周囲からの評価が一変した。
「春日さん、素晴らしいプレゼンだった。
君のリーダーシップで、チーム全体が成長した」
佐々木部長が称賛した。
みんなからも「春日さん、すごいです」との声が聞こえてくる。
オフィス全体で恵への評価が上がった。
しかし、山田主任だけは複雑な反応を示していた。
表向きは「お疲れ様でした」と言うが、表情は不機嫌だった。あろうことか、小声で「まぐれだったんじゃない?」と呟いている。
恵の成功を素直に認められない様子だった。
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夜9時、マンションに帰宅した恵は疲れた表情を見せていた。
「お疲れ様。私がいないときに大変だったね」
「最初は不安だったけど、最終的に何とかなった。
なんだかんだいってもチームワークの勝利よ!」
市子は恵の成長に驚きと感動を覚えた。
「自分のがんばり以外にも目が届くなんて、本当に成長したのね。
私がいなくても、立派にやり遂げたんだね」
市子は市子で複雑だった。恵の成長は嬉しいが、それでいて少し寂しいのだ。
「これが恵の幸せへの階段ね」
一方、恵の心境も変化していた。
「市子さんがいてくれると心強いけど。
自分の力でも、ある程度はできるんだ!
これからも市子さんと一緒にがんばるけど、自分でできることは自分でやってみる」
適度な自立への転換点だった。
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恵の成長が続く一方で、職場では新たな人間関係の問題も芽生えていた。特に山田主任の恵に対する嫉妬は、今後さらなる問題を引き起こす可能性があった。
でも今は、恵の自立への第一歩を踏み出せたことを素直に喜びたい。
(市子さんがいなくても、ある程度は自分でできるんだ。
もちろん、市子さんがいてくれると、もっと力を発揮できる)
市子との関係性も、支配と依存から、より対等で健全なパートナーシップへと変化していく兆しが見えていた。
恵の成長物語は、まだ始まったばかりなのだから。




