三話
放課後。
校舎から出ると、運動部の生徒たちが列になって横を走り抜けていった。
遠くなる掛け声をぼんやりと聞きながら校門へ向かう。
何だろう。熱量があるって感じだろうか?
スポーツをする姿は何だか青春を絵に描いたようで、まるで違う人種のようにも思えてくる。
俺だって部には所属してるんだけどな……。
我が校一ゆるい部活と密かに噂されている家庭科部だ。
さすがというか何と言うか、今日も特に活動はない。
リツはテニス部の練習に行った。
ちなみに、うちの高校の運動部は基本的に弱小である。
立ち止まってふとスマホを確認すると、メッセージが一件入っていた。
『新作ケーキの試作してるから食べるの手伝ってくれない?兄さん今日も遅いらしいし、ついでに晩ごはんもうちで食べな』
カフェを経営している叔母の美月さんからだ。
俺の父親の妹にあたる。
元々交流はあったけれど、二年前に母さんが亡くなってからはこうやって俺に直接連絡をくれることが増えた。
最初は遠慮したりもしたものの、俺も父さんも料理だけは上達せず……。
素直に頼る方が美月さんも喜んでくれるので、無理やり食費だけは受け取ってもらって週三回ほどお世話になる取り決めが成された。
今日は行く予定じゃなかったから買い出しして自分で作るつもりだったんだけど、ケーキの誘惑には抗いようもない。
「『すぐ行きますよ』っと」
本を返しに図書室へ寄ったせいで気付くのが遅くなってしまった。
まだまだ暑い九月の夕暮れ時。
学校と自宅の中間に位置するカフェへと俺は急いだ。
そして、出会ってしまったのだ。
つい数時間前に関わらないと決めた相手に。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「いらっしゃいませ」
カフェ《Cielo》の扉を開けると、リツに見せられたあの画像通りの男前がいた。いや、画像よりもすごかった。
七島七海。
男前バージョン。
かき上げるようにセットされた前髪。
その下の整った顔。
頭は小さく、肩は意外とがっしりしている。
すらりとした長身のおかげか、シンプルなエプロンがやたらと良いものに見えた。
そして、カフェユニフォームの黒い開襟シャツから覗く鎖骨が、その、何て言うか……。
俺やリツだって首ならいつも見えてるのに、彼だと何やら目のやり場に困るのは何故だ。
え? 同い年ってホント?
これこそ違う人種かもしれない。
妙に感動してしまって。呆けてしまって。
そんなだからつい口に出してしまったのだ。
ポロッと。
「なっ、七島七海」
「えっ……」
瞬間、彼の目が僅かに開いて、真っ黒な瞳が揺れるのが分かった。
何でバレてんだって動揺してる顔だ。
俺だって動揺してる。
しれーっと知らないフリをするべきだったのに。
何フルネームで呼んでんの、俺。
馬鹿なの? 俺。