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爆野 炎次

 焼野原高校。そこは、荒れ狂う猛獣のような高校生たちを閉じ込めておく、言わば監獄のような場所………。各地に点在する中学校から、不良や問題児ばかりが集められた恐ろしい場所だ。出雲くんが言う通り、ここはそんな悪名が高い高校である為、まともな人や女子生徒は決して志望校に選ばない。学力や内心を問わず、志望してきた者は誰でも受け入れるスタイルの為、中学でヤンチャしてきた子たちは、必然的に選択肢がここしか無くなる。イコール、問題児ばかりが集まる。現在の焼野原高校の出来上がり、といった具合だ。


 周囲の人たちはみんな怖がって、この焼野原高校には近付きすらしない。運動場には、授業中だと言うのに何故かパラリラパラリラとエアホーンを鳴らしながら無数のバイクが走っていて、それを竹刀を持った数人のジャージの先生が、怒声を浴びせながら追いかけている景色が見える。私にとっては全てが非日常的過ぎて、理解が追い付かない。


「アンタ、よくこんな学校に転校してきたわネ」


 誰も先生の授業を聞いていない、騒がしい教室の中で、唯一私だけが板書をノートに写していたのだが、突然前の席の生徒がこちらに振り返ってきた。出雲くんと同じ学ランを着ているので、恐らく男子生徒だとは思うのだが、口調は女性らしく、薄くメイクもしているように見えた。


「えっと………」

「ああ、私、鎌ノかまのや 公童こうどうって言うの。下の名前は男臭くてあんまり好きじゃないから、苗字で呼んでくれると嬉しいわ、恋子」

「は、はい………」

「因みにみんな私のことは鎌ッチって呼んでるわね」


 鎌ッチ………。これまたなかなかキャラが濃い人物の登場だ。しかし、他の野蛮なクラスメートと比べると話が通じそうな人物である。今朝の校門での出来事もあって、びくびくと警戒しながら話す私に気付いたのか、鎌ッチは更に「私は女に興味ないから安心して」とウインクしてくれた。


「この学校はね、見ての通り、荒れ狂った野蛮人たちが集うイかれた学校よ」

「い、イかれた………」

「みんな喧嘩番長の座を狙って、常にピリピリしてる」


 け、喧嘩番長?またそんな古典的な単語を………。信じられない、とでも顔に書いてあったのか、そんな私にやれやれと肩をすくめる鎌ッチ。今度は隣の席の出雲くんに視線を移している。


「朔ちゃん、アンタこんなぽけーっとした女の子連れて来て、どういうつもりなのよぉ。こんな学校にいたら、取って食われちゃうわよぉ」

「俺が目を光らせている内は平気だ」

「まぁ!!!」


 出雲くんの遠回しの「俺が守る」発言に、何故か私じゃなくて鎌ッチが色めき立つ。私に小指を突き立てて、


「アンタ、朔ちゃんのコレ?」

「ち、違います!まだ攻略できてません!」

「まだ………?」


 私は慌ててそれを否定した。こんな風に勝手な想像をされているというのに、肝心の出雲くんは相変わらずクールで、授業中だというのに煙草を咥えて口元にモザイクを貼り付けながら窓の外を見ている。イマイチ何を考えているのか分かりにくい人だ。


「アンタ、女嫌いの朔ちゃんの側にいられるなんてほんと光栄なことよぉ。私だってウザがられてなかなか一緒にいられないのに!」

「そうなの………?」

「そうよぉ。ま、アンタたちにはアンタたちの事情ってのがありそうだから、深くは突っ込まないけどさぁ。でも気を付けなさいよ。朔ちゃんは"人気者"だから」


 そして鎌ッチは、周りを警戒するように何回か目配せした後、そっと私に耳打ちをした。


「朔ちゃん、桁外れの身体能力と、強すぎる力を持ってるから、まだ1年だってのにこの学校の喧嘩番長候補なの」

「出雲くんが………?」

「だからみんなに目を付けられちゃってね。毎日毎日勝負挑まれては、返り討ちにしてるって訳。だからアンタも、これから朔ちゃんと一緒にいるつもりなら、気を付けた方がいいわ」


 やっぱり、出雲くんってすごく喧嘩が強いんだ………。昨日吉光くんという人と対峙した時も、今朝謎の3人組を相手にしたときも、圧倒的な力の差があったように思える。乱暴なのは好きじゃないしちょっぴり怖いけど、この世界がそういう設定だというのなら、避けては通れないものなのだろう。


「鎌ッチ」

「なぁに、朔ちゃん」


 あ、出雲くん意外とちゃんと鎌ッチってあだ名で呼んでるんだ………、という私の思いは他所に、出雲くんは急に立ち上がった。まだ授業は終わっていないのに、一体どうしたと言うのだろう。そんな出雲くんの視線は、相変わらず窓の外を見つめたままで、その視線の先に何かあるのかと察した私と鎌ッチは、釣られるように窓の外を見つめた。


「おい出雲朔太郎!!!いるんだろ!!!出てきやがれ!!!」


 校門からゾロゾロと大群を連れて入って来る、男子高校生。制服を着ているが、ここの学校の制服ではない。恐らく他校の人間だ。先頭には、出雲くんの名を叫ぶリーダーらしき男。その後ろには、校章が刻まれた校旗を靡かせ、夜露死苦と書かれた如何にもなマスクを付けた複数の生徒たち。


「な、なんだね君たちは!!」


 騒ぎを聞きつけた先生たちが慌てて彼らを引き止めようとするが、リーダー格の男子が手を出すまでもなく、後ろにいた下っ端たちに呆気なく片付けられてしまっていた。その異様な様子に、さっきまであれだけ騒がしかった教室内も静まり返り、焦ったように「おいどうすんだよ………」「殴り込みだ………」「お前が行けよ、いつもデカい事言ってんじゃねぇか………」とすっかり逃げ腰である。


「もう!情け無い男たちね!!」

「鎌ッチ、恋子を頼む」

「任せなさいよ」


 今初めて名前を呼んでくれた、という感動よりも、あんな大人数を相手に1人で立ち向かうつもりなのかという心配が勝って、まさかの窓から飛び降りて教室を出て行こうとする出雲くんに駆け寄った。彼の前に立ちはだかり、その胸板に手を添えて引き止める。


「出雲くん、1人で行くつもり!?駄目だよ、危ないよ!喧嘩だなんて…………」

「クソアマ、退け。邪魔だ」

「話し合いで解決しようよ!出雲くんが怪我したら………」


 おいおい話し合いだってよ!馬鹿じゃねぇの!と、私と出雲くんのやり取りを聞いていたみんなが、私の発言をゲラゲラと馬鹿にするように笑った。鎌ッチが「お黙り!ビビってた癖に笑ってんじゃないわよ!」と一喝すると、再び教室はシンと静まり返る。出雲くんはじっと私の表情を見て、今にも泣き出しそうなのに気付くと、相変わらず怒ったような険しい顔のままではあったが、私の頭にそっと手を置いた。


「出雲くん…………」

「………必ず戻ってくる」


 出雲くんはそれだけ言い残して、結局窓から飛び降りてしまった。姿を現した出雲くんに、殴り込みに来た他校生たちがヒューヒューと盛り上がりを見せる。彼らだけではない、全校全クラスの生徒たちが、窓から事の成り行きを見守っていた。


「よぉ、出雲。女に心配されてたじゃねぇか。なんならあの女の後ろに隠れてたら良かったのに」


 途端、一斉に沸き起こる下品な笑い声。何が面白いのかさっぱり分からないが、私は鎌ッチと共に窓からその行末を見つめる。どうか出雲くんが怪我しませんように………。


「………テメェ、俺に何の用だ。生憎雑魚を相手にしてる暇はねぇんだ。大人しく帰れ」

「言ってくれるじゃねぇの………。学校で良い子にお勉強か?わざわざ俺の方から出向いてやったんだ、感謝して欲しいくらいだぜ」


 何を言われても動じない出雲くんとは対照的に、相手は出雲くんの一言一言にいちいち過剰に反応して、目くじらを立てている。これは相当出雲くんに対して因縁を抱えていそうだ。バサバサと音を立てて風に靡く相手の校旗が、こちらを威圧するようにその存在感を放つ。


阿修羅あしゅら高校3年2組、爆野ばくの 炎次えんじ。テメェをブッ殺して、俺がここらの喧嘩番長になる」

「…………興味ねぇな。授業の邪魔してんじゃねえ」


 ふと窓際にある出雲くんの席、机の上を見てみると、確かに教科書とノートが開かれていて、綺麗な文字で板書が書き写されていた。真面目に授業を受けるタイプには見えなかったが、どうやら本当にちゃんと授業を受けていたようだった。

 

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