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お世話になります出雲くん

「部屋はここを使って。中の物も好きに使ってくれていいから」

「ありがとうございます!!」


 案内された一室は、今日から仮の私の部屋となる和室だった。小さな箪笥とテーブル、押し入れがあって、押し入れの中にはフカフカの布団も入っている。元々ここは、来客用として用意されていた部屋らしく、何でも自由に使ってくれとの事だった。至れり尽くせりだ。


「隣の部屋は、朔ちゃんの部屋だから♡」

「えっ!?」


 パチン、と綺麗にウインクを決めて去って行ったお母様。なんとお茶目なのだろうか。私と出雲くんはそういう関係じゃないと説明した筈だが、お母様は私と出雲くんの間に何かがあって欲しいと考えているようだ。敢えて出雲くんと隣の部屋にするなんて………、とそこまで考えて、私は改めて重大な事に気付く。


(男の子とひとつ屋根の下で暮らすなんて………!)


 こんな大胆な展開、元いた乙女ゲームではどの攻略キャラクターにも用意されていなかった。一緒に暮らすという事は、これからあんなイベントやこんなイベントが待ち受けているのかもしれない。嗚呼、どうしよう、胸がドキドキしてきちゃった。


 とりあえず自分を落ち着ける為にも、着替えて寛ごうと考えた私は、自分のブレザーのボタンに手を掛けた。当然ながら、今身に纏っている着慣れた学校の制服以外何も着替えなど持ってきていない為、先程お母様から私でも着れそうなラフなワンピースを幾つか貸して貰った。今はそれを有り難く拝借して、こっちでバイトか何かしてお金を貯めたら、生活に必要な物を買い揃えていくしかない。


(こっちに来る時、バッグも何も持って来なかったからなぁ………)


 つまりは、財布もスマホもない。現役女子高生にとってそれがどれだけ辛いことか。この身一つで飛ばされてきてしまったものだから、それらも現地調達していくしかない。


 スル、スル、と布が擦れる音が静かな室内に響いて、パサリと畳に衣服が脱ぎ捨てられていく。ブレザー、リボン、ワイシャツと続いて、最後はスカートも落とされた。下着姿となった私は、先程受け取ったワンピースを手に取り、どちらが前でどちらが後ろなのかを確認していた、その時。


「おい」


 スパン、とノックもなく突然開かれた襖によって、私の下着姿は無防備にも曝け出されることとなった。驚き過ぎて悲鳴すら上げることが出来ず、ただ呆然と開かれた襖の方を見つめる。出雲くんが、目を見開いたまま、こちらをしっかりと見つめた状態で固まっていて、お互い数秒間無言だった。


「………………」

「………………」

「な……………」


 そして数秒のタイムラグの後、やっと状況を理解した私が、手に持っていたワンピースで体を隠しながら悲鳴を上げた。


「きゃああああ!!えっちー!!!!」

「何脱いでやがるこのクソアマ!!!」


 何故私が怒られなければならないのかよく分からないが、私の悲鳴によって出雲くんは力強く襖を閉めた。しかし、力を込め過ぎたのか衝撃で襖にはピシピシと嫌に軋む音が響き、亀裂が走る。次の瞬間には、粉々に襖が崩れ落ちて、私は出雲くんの前で再び下着姿を晒す事になってしまった。


「い、出雲くん見ないでー!!!」

「テメェの裸なんて興味ねぇんだよ!早く服を着ろ!」


 普通女の子の下着姿なんて見たら、顔を真っ赤にして鼻血を出すとか、照れてそっぽを向くとかしない?何で出雲くん怒ってるの?逆ギレだよね!?しかも全然顔赤くなってないし、本気で興味なさそうだし、それはそれで女として傷付くんだけど!………と思いながら、私は大慌てでワンピースに袖を通した。今時乙女ゲームにこんなイベント盛り込まれてるんだ………。こんなお色気シーン、昭和のアニメとかゲームでは割とよくある光景だったけど、今の時代にはなかなか珍しいイベントな気がする。


「何か用だった?出雲くん」

「………お前、元の世界では能力使いだったのか」

「え?」


 やっと落ち着いて出雲くんを部屋に招き入れた後、唐突に聞かれた質問は、これまた意味が分からないものだった。能力?何それ美味しいの?状態だが、そういえば先程吉光くんという人も、能力が何とかかんとか言っていたな、と思い出す。


(この世界では何かそういう設定があるのかな………?)


 イマイチよく分からないが、少なくとも私は何か特別な力や能力は使ったことがないので、否定するように首を左右に振った。すると出雲くんは、やれやれ、と呆れるように溜息をついて腕を噛む。


「ここでは能力の無い者はあっという間に殺される」

「え?」

「何も力を持ってねぇってんなら、常に俺の傍から離れるな」

「こ、ころ………、ころさ………?」


 今、なんて言った?ころされる?誰が?誰を?話が全く理解できないが、出雲くんは自分が言いたいことだけ一方的に伝えると、私がそれを理解しているかどうかなんてお構い無しに部屋を出て行った。


「ま、まさか!そんな少年漫画じゃあるまいし!」


 部屋に1人残された私は、まさか!とそれを軽く笑い飛ばした。出雲くんは、知らない土地で私が1人でフラフラ出歩くのは危険だと伝えたかったのかもしれない。残念なことに、どこの世界にも悪い事を考える危ない人間はいる。それを心配して、殺されるだなんて大袈裟に伝えて私を脅かしているのかも。そんな風に忠告してくれて、しかも俺から離れるなだなんて、やっぱり優しいな、出雲くん。


「出雲くん、完璧に攻略したらどんな風になるんだろう………」


 私はこの時既に、出雲くんというキャラクターにとても興味が湧いていた。基本的に乙女ゲームのキャラクターたちは、ハッピーエンドを迎える頃には主人公への恋心を自覚して、デレたり甘々になったりするものだが、出雲くんもそうなってくれるのだろうか。


(私………、何だか出雲くんのことばっかり考えてる………)


 完全に恋愛脳の私は、既に出雲くんのことを意識しだしていたのかもしれない。もっと色んな出雲くんのスチルを見てみたい。色んなイベントを経験してみたい。そう思うのは、私が乙女ゲームの主人公として作られたキャラクターだからだろうか。


「よーし!頑張るぞ!!」


 この世界に飛ばされた当初は、知らない世界で帰り方も分からないし、目前に控えた恋水くんとのエンディングも見れないままだしで絶望しか無かったが、今は少しだけワクワクしている。出会った事のないタイプのキャラクター、出雲くんという存在が、私の好奇心を刺激している。


「2人ともー!晩御飯ができたわよー!」


 遠くから聞こえてきた出雲くんのお母様の声で、私は自分がすっかり空腹であることにようやく気付いた。人間、どんな状況でもしっかり腹は減るのだから、逞しい生き物である。私と同じく、お母様の声によって隣の部屋から出てきた出雲くんと目が合って、私は改めて彼に深々と頭を下げた。


「これからお世話になります、出雲くん」

「………勝手にしろ」


 ぶっきらぼうに答える出雲くんを追いかけて、私は元気に返事をする。「勝手にします!」と。


 今、私と出雲くんの、ドタバタな学園生活が幕を開けた。私は元の世界に帰れるのか。そして出雲くんとのトゥルーハッピーマリッジエンドを無事に迎えられるのか。それは今の段階では誰にも分からない、未知の未来のお話。

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