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私、拐われてしまいました

 早足で廊下を歩く私と、その背後をついて来る出雲くん。側から見れば、まるで私が出雲くんから逃げているかのような、そんな異様な光景が繰り広げられていた。元々かなりの身長差がある私たち。私が必死に歩いた3、4歩くらいを、出雲くんはたった1歩で追い付いてくるのだった。


「………………」

「………………」


 やがて目的地に着いた私は、無言で立ち止まる。私の後ろを歩いていた出雲くんも、立ち止まる。私たち2人の距離は一定を保ち続け、決してそれ以上近付くことも、離れることもない。


「………どうした」


 しばらくそうして無言で項垂れている内に、痺れを切らした出雲くんからそう声を掛けられた。そして、


「早く小便してこい」


 目的地であった、目の前の女子トイレを指差してそう吐き捨てたのだ。


「デリカシーが無さすぎる!!!」


 発端は、別に何の変哲もない、私のただの一言だ。5限目を終えた時に、隣の出雲くんに「ちょっとお花摘んできますわね」とオブラートに包んで伝えたら、無言で立ち上がってきて、私を見つめるのだ。「え、なに?」と聞き返しても、特に返事は無い。何故私のトイレのタイミングで彼が立ち上がり、こちらを冷たく見下ろしたくるのか、さっぱり理解ができなかった。


 そうして無言で見つめ合っても埒が開かないし、私のお花が綺麗に咲き乱れそうな状況でもあった為、不思議な出雲くんを残して、トイレへ向かおうとしたのだ。ところが………、着いてくるのだ、彼が。トイレに行こうとする私の後を。流石にそれは恥ずかしい、という私の乙女心を察する事もなく、何とか振り切ろうとする私の足はどんどん速くなった。私の足元が、漫画さながらのグルグル渦巻きになっている中で、出雲くんは優雅に巨人の一歩を踏み出してくる。そうして結局、女子トイレの入り口目の前まで、女子高生顔負けの「一緒にトイレ行こー!」を実現してしまったのだった。


「どうして着いてくるの!?」

「アホか。1人にしたらまた何かあった時守ってやれないだろう」

「えっ………」


 途端、溢れ出すフワフワの少女漫画のトーン。私の脳内フィルターのせいか、出雲くんの目がキラキラ輝いた少女漫画チックになっているような気がする。乙女ゲームでは、攻略キャラが必ず言うとされている、伝説の台詞。


『お前のことは、俺が守る』(※恋子の脳内変換が混じっています)


 バトル物、学園物………、どんな作風のものでも、汎用性がある王子様の鉄板の台詞。でも本来ならば、もっと攻略対象との仲が深まり、ある程度親密度が高い段階での恋愛イベントで言われることが多い。まさかこんなにも早く出雲くんに言って貰えるなんて………。


「おい、なんだこの靄は!!」

「火事か!?」


 私と出雲くんの間に流れるオーラを感じ取った他の生徒たちがザワザワと騒ぎ出し、誰かが押したと思われる火災報知器のけたたましい音の中で、2人は見つめ合った。もしかしたら私はこの異世界に飛ばされることは神様が決めていた運命で、出雲くんと出会うことも偶然じゃなかったんじゃないかって。


(出雲くん………、私のこと、そんなに大事に思っててくれてるんだ………)

(このクソ女………、体から靄のようなモンを出してやがる………。まだ能力を隠し持っているのか………?)


 交わることのない思いを抱きながら、そうして数秒程見つめ合った私たちは、周りの喧騒を他所に2人の世界を繰り広げていた。


「じゃあ………私、いってくるね」

「早くしろ」


 出雲くんに見守られつつ、女子トイレに足を踏み入れる。女子生徒が私しかいないというこの学校ではあるが、一応男子校ではなくただ女子生徒が入ってきてくれないというだけだし、教員には当然女性もいる(少ないが)ので、女子トイレはちゃんと備えられている。ただ私はここへ足を踏み入れた瞬間絶句した。


「…………ナニコレ………」


 恐らくしばらく掃除されていないであろうそこは、荒れ放題の凄まじい場所だった。生徒たちの掃除の時間は学校として設けられてはいたが、ここの生徒たちがそれに従う訳がなく、このような状態になっていると思われる。そもそも男子生徒しかいない中で、誰が女子トイレの掃除をするのかという話でもあるし………。


 ただ、ここがどれだけ荒れていようと、どれだけ汚かろうと、使うしかない。色んな部分に目を瞑って、何とか目的を果たす。そして個室から出て、手を洗っていたその時であった。


 背後に誰かが立っているなと、洗面台の鏡で確認できた次の瞬間には、その人物に口元を塞がれ、背後から羽交締めにされるように体を拘束された。突然の出来事に私は勿論パニックに陥り、ジタバタと暴れる。脳裏に過ったのは、私の身を案じてトイレの外で待ってくれている出雲くんの存在だったが、声を出そうにも口を塞がれているせいで碌に助けを求めることも出来なかった。


「………暴れないで。手荒な真似はしたくない」


 私の耳元で囁く、聞き覚えのある声。そこでようやく私は、こんな事をしている犯人の姿をハッキリと確認した。


(吉光くん………!?)


 鏡越しにこちらを見る青い瞳は、紛れも無く、昼休み何故かうちの校庭でバーベキューを楽しんでいた吉光くんその人。何故彼がここにいるのか、私にこんな事をするのか。さっぱり分からないままに、彼は私の首筋に小さな電流を当てると、私の視界はそのままどんどんとブラックアウトしていくのだった。

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