プロローグ
「ずっと前から好きなんだ。君のことが」
「えっ………、そ、そんな、急に好きだなんて………」
「君は、俺のことが………嫌い?」
目の前の少年は、真っ直ぐに、熱を帯びた瞳をこちらに向けている。その目に映るのは、紛れも無くこの私。頭の中で何度も状況を整理するが、やはりこの人が好きだと告白している相手は、私で間違いないみたい。少女漫画みたいな甘い展開に、私の体は徐々に熱を帯びて、フワフワ変な感覚になってくる。
「わ、私は…………」
「返事は、今すぐじゃなくてもいいから。………俺、この夏の大会で頑張って結果残すから。そうしたら………、聞かせてくれないか」
「恋水くん…………」
甘酸っぱい、青春の1ページ。まだ残暑が厳しい夏のある日の、初々しい出来事。高校1年生としての最後の夏。私は、同じ学校、同じクラス、同じ部活の恋水くんに告白されて、また1つ、胸キュンスチルをゲットした。汗すらもキラキラと輝く、学年1のイケメン、恋水くんの照れくさそうな表情が、神イラストレーター様の手によって美麗スチルとして収められている。きっとどこかの世界には、この恋水くんの、純粋で正義感あふれる主人公気質な性格、甘くて爽やかな顔面にやられる乙女が沢山いるのだろう。流石はメイン攻略キャラクター。ストーリーもスチルの数も、少しばかり優遇されている気がする。
私の名前は、◯◯ ◯◯(プレイヤー任意の名前)、デフォルト名は東雲 恋子。ある平凡な乙女ゲームの世界に住む、女子高校生1年目。親の転勤の影響でこの街に引っ越してきて、この恋煩高校へ入学した。最初は不安ばかりだったけれど、優しくて素敵なクラスメートに囲まれて、沢山の友達も出来たし、部活動ではサッカー部のマネージャーとして、他のクラスの男の子や、先輩たちとも関係を深めることができた。充実した、楽しい青春を送っている。
そして今現在、恋水くんルートを順調に進んでいる私は、物語も佳境へと差し掛かり、遂に恋水くんのハートをゲットすることができた。これも全ては、恋水くんというキャラクターを研究し、どの選択肢を選べばトゥルーハッピーマリッジエンドを迎えられるのか、何度も失敗を重ねながら攻略を進めてきた賜物だ。あともう少し。もう少しで私は、恋水くんとの夢のエンディングを迎える。
未だに緊張した面持ちで、私からの返事を待つ恋水くんを、私は静かに見つめ返した。高鳴る心臓、火照る頬。返す言葉は決まっている。
・分かった。大会、頑張ってね
・ごめんなさい………
・そんな事より今ナゲット15ピース500円らしいよ
上の3択の中から、恋水くんへ私の想いを伝える。
「分かった。大会、頑張ってね」
この選択肢が、正解だ。恋水くんはその返事を聞いて満足げに微笑むと、「君が傍で見てくれてるだけで、何倍も力が湧いてくるよ」と言ってくれた。優しくて、努力家で、サッカーが上手くて、カッコよくて………。まさに乙女ゲームのキャラクター、女性の憧れが全部詰まった、素敵な人。
私………、本当に恋水くんと…………。
帰り際、恋水くんは途中まで私を送ってくれた。流石に家まで送らせるのは申し訳なかったから、適当な所まで来た後は、「ここで大丈夫」と別れを告げた。徒歩通学の私に合わせて、ゆっくりと自転車を引いて歩いてくれた恋水くん。やっぱり優しいな………。部活終わりで体も疲れている筈なのに、ずっと私にペースを合わせてくれて、こちらを気遣ってくれる。
「それじゃ、また明日学校で」
「うん。またね、恋水くん」
夕暮れ時、2つの伸びる影が、遠慮がちに手を振り合って、それぞれ別の方向へと歩き出した。名残惜しくてチラリと後ろを振り返ると、恋水くんが自転車に飛び乗って、そのまま颯爽と反対側へ姿を消して行った。今別れたばかりなのに、もう寂しくて、会いたくて、明日の学校が楽しみになる。恋水くんのお陰で、私の毎日は幸せだよ。
すっかり浮かれていた私は、歩き慣れた通学路をルンルンとスキップで歩いていた。普段は車通りの少ない住宅街。特にしっかりと確認することなく、横断歩道へと飛び出す。けたたましく鳴り響くクラクションの音は、既に離れていた恋水くんの耳にも届いていた。振り返った時にはもう全てが遅くて、眼前いっぱいに広がるヘッドライトの光が、私の視界を奪っていた。
「東雲!!!!!」
嫌な予感がして戻ってきた恋水くんが、現場の状況に唖然とした。急ブレーキを踏んで停車したと思われる車が1台。車にぶつかって飛ばされた形跡のある、私のスクールバッグ。なのに、肝心の私の姿がどこにも無いのだ。
「東雲………?」
やがて、体を痛めながら車の運転手も降りて来て、恋水くんと共に私の姿を探す。しかし、どれだけ探しても私が発見されることは無かった。まるで神隠しのように、事故の瞬間に私は忽然と姿を消してしまったのだ。
「何なの、ここは…………」
そして私が辿り着いた場所は、全てがお洒落で、憧れで、可愛らしかった街並みなど消え失せ、代わりに剥き出しの岩肌、殺伐とした風景、暗黒のような空が広がる、覚えの無い世界だった。状況が理解できないまま、倒れ込んでいた体を起こす。何故私はこんな所にいるのだろう。私は確か、さっき帰り道の途中で車に轢かれそうになって………。
「おい、そこのクソアマ」
突然、見知らぬ声が私の背中に投げ掛けられた。恋水くんの甘いボイスじゃない。ドスの効いた、低くてちっとも甘くない、男臭い声………。
「貴方は…………」
「テメェ、そんな所で何してやがる」
現れた男は、私や恋水くんを描いたイラストレーターさんの絵柄とは違う、これまた男臭くて、まるでバトル漫画のような、少年漫画のような、どこか昭和臭を漂わせる濃い絵柄をした男性………。
「な、何なのよ、貴方………」
「それはこっちの台詞だ。ふざけた絵柄しやがって………。何者だ、クソアマ」
汚い言葉の数々に絶句する。恋水くんの爪の垢を煎じて飲ませてあげたいくらいだ。ふざけた絵柄をしているのは、そっちの方ではないか。今時そんな絵柄、女の子にはウケないぞ!
こうして私は、全く違う異世界へと転生し、謎の厳つい男子高校生との出会いを果たす。まさかこの出会いが、私の運命を大きく変える事になるなんて。この時の私は、知る余地も無い。