8話
いつもお読みいただきありがとうございます。
私からの伝言をルキに伝えるため、来た道を戻って行くセクレイト様。
それと、目立つ騎士服の上着を脱いでマキシに預けてから、先の三差路を右方面へ進んだダン様を見送る。
二人の姿が見えなくなったところでマキシは「私たちはどうします?」チラリとこちらに視線を向けて首を傾げた。
「グッ」
·····か、かわいい。なぜ傾げる?
·····童顔恐るべし
「私たちは予定通り、カリュザイール公爵家へ行くわよ」
ダン様の後を追うにしても、家紋入りの馬車では目立つし、ルキが一緒なら隠蔽魔法で馬車ごと隠れて近づけるが、私たちが行ったところで足手まといになりそうだ。
「いくら魔法が得意だとしても、経験したことがない追跡任務なんて無理だよな」
「うん。邪魔になりそうだよね」
カリュザイール公爵家へ着くと、責任者という方が馬車が停車したところまでやってきた。
「ごめんなさいね。イルキス様は急遽別件の用事ができてしまって、こちらに来ることが出来なくなってしまいました」
「そうでしたか」
白髪まじりの責任者の方は、ルキが来れないことを伝えると肩を落とした。
「壁紙ですが、私が決めさせていただきますね。誰か壁紙に詳しい方がいらしたらお話を聞きながら決めたいのですが」
担当の職人を、現場の休憩室で待たせているとのことで、そちらに移動する。
壁紙の見本を持ってきてくれたので、担当の職人さんと各部屋を回り、一部屋ずつ見本を見ながら完成をイメージして決めていく。
毎回後ろから「来客の方に緊張感を持たせる色にしましょうよ」「寝室はくつろげる色で」「仕事に集中できる感じがいいかな」等々、部屋を回る度にマキシがウザイ。
しかし、そんなマキシのお陰もあってか、すんなり決め終わった。
「早く決まってよかったですね」
責任者と担当の職人さんに別れを告げた後で馬車に乗り込むと、キラッキラッスマイル炸裂で「サポートしてあげたよね」と、マキシの心の声も同時に聞こえたのは気のせいだろう。
☆
帰り道、セクレイト様とダン様を見送った三差路まで来ると、男爵領へ向かうかガトゥーラ侯爵邸へ帰るか迷った。
そんな私の迷いに気づいたらしく、マキシは私の顔を覗き込む。
「リュシエル様、お腹が空きませんか?そこの奥の木陰なら誰にも見つからないと思うので、食事にしましょうよ」
「···食事?何も持ってきていないのに?」
食事はすぐ用意できるからと言い、馬車の小窓から御者に木陰に移動するように話す。
馬車からマキシが降り、近くの木の枝を折ると、それを使い地面に何やら書き始めた。窓からそれを眺めていると「よし、完成」私は目を疑った。地面に書かれたそれは――
「···え?マキシ?···こ、これ魔方陣だよね?」
慌てて私は馬車を飛び降りた。
「そう。転移の魔方陣」
「え?な、なに?魔方陣組めるなんて···マキシって、本当は何者?」
「何者って聞かれてもな?リュシエルの護衛」
まずは食事を調達してくるからと防御魔法を強化して「10分間だけ馬車の中で待ってて」と言い残し、マキシは魔方陣の中に入り消えた。
アップルパイを焼くために、朝早くから起きていたためか一人になると眠気に誘われた。そのまま寝てしまっていたらしく、気がつくと目の前にはすでにマキシが座っていて、窓に目を向け険しい顔で外を見ていた。
「あっ、マキシお帰り。ごめん、寝ちゃっていたみたい」
「戻ってきてから、まだ10分位しか経ってないよ。それより、外を見て。狼煙があがってる」
窓の外を見れば、遠くにうっすらと狼煙が見えた。
「あっ、ダン様かしら?ルキとラファイエ様は気がついてくれるかしら」
馬車から降り、シートを広げた上に二人で座るとマキシはサンドイッチとお茶を渡してきた。
「これ!学院レストランのローストチキンサンドとベーコンエッグサンドよね?」
「そうだよ。とりあえず食べようよ。お腹ペコペコだよ」
·····ちょっと待って
·····貴方のそれは、スペシャルグリルサンド!
·····ズ、ズルイ!
スペシャルグリルサンドにムシャムシャとかぶりつく彼を横目に、ごく普通のローストチキン サンドをモグモグと咀嚼した。
食事を終え、馬車に乗り込むとマキシに先ほどの魔方陣のことを聞いてみる。すると彼は「イルキス様に聞いて」としか言わなかった。
「知られたくないなら、ルキにも聞かない」
そう。知られたくないのだろう。
マキシが嫌がることはしたくないと思っていると、彼は大きく目を見開いて右手を顔の前で左右にブンブンと振る。
「リュシエル様に知られたくない訳じゃないよ。他の奴には知られたくないけど。ただ、自分のことって、どう話をしたらいいのか分からなくてさ」
「分かった。ルキから教えてもらうわ」
「うん。···では、学院での話をすると――」
マキシはリュシエルのことを気になっていたと笑った。
それは、マキシは小さい頃から学園に入学するまで魔法で容姿を変えていたから。学院に入学すれば同じように容姿を変えているリュシエルがいた。
マキシが容姿を変え始めたのは、王宮唯一の魔術師だった祖父から言われたからだという。煩わしい中で生きて行くことになるかも知れないから、自分の身を守るようにと。だからこそ、リュシエルも上手くこの国で生きていくために容姿を変えているんだと思った。
「だって、リュシエル様の魔力も底がないからね。俺と同じだと思ったんだ」
なのに、実際は婚姻したくないからだと知ったときは呆気にとられた。自分の将来の夢を叶えるために姿を変えていたなんて、思いもしなかったと。
それを知ってからリュシエルに興味が湧いて更に知りたくなったと笑う。
「あぁ···そう言えばさ、イルキス様とは小さい頃からの縁なんだ」
ルキは、マキシが容姿を変えていたのも知ってるし、私が学院で容姿を変えているのを体を纏う魔力で気がついたのだろうという。彼もさすが王族だけあって、持っている魔力のオーラが半端ないから分かる気がする。
「それと、学院ではリュシエル様に近づく奴らにイルキス様が牽制していたのは知ってる?」
「何それ?」
「じゃぁ、隠蔽シールドを自分に纏わせ、リュシエル様に近づいていたのは?」
「し、知らないわよ!」
「へー。イルキス様はいつもあなたのそばにいましたよ。ズバリ、ストーカー!」
入学して、ルキは私を探しだすと、本格的に人生設計をしたのだとか。その中でマキシは「学院を卒業したらリュシエルの専属護衛にならないか?」とルキから誘われたらしい。
陛下と王妃様、ガトゥーラ侯爵へと次々と外堀を埋めて、マキシの祖父王宮魔術師にも話を通してからの誘いだった。
そして、イルキス様の誘いはマキシにとって、王国に縛られない人生を確保できた瞬間だった。それから容姿を変えることをやめたのだと、マキシはちょっとだけ瞳を潤ませた。
「外堀ガッツリ埋めつくしても、イルキス様はリュシエル様とずっと進展なしでさぁ」
自分の将来に不安を覚えるようになったマキシは、事を起こした。
「風魔法を暴走させたかのように見せかけて、イルキス様をチョイと飛ばしてやったんだ」
「···えー?···あの時のあれ?」
浮遊魔法を発動できる人は一人だけ。それを先生に伝えて保健室に運ぶように促したってことだった。ルキはマキシの行動を瞬時に理解したらしく、保健室に運ばれて行くときに親指を立てていたとか。
「でも、その後の保健室事件は偶然だよ。後から聞いてビックリだったよ」
「私は、今の話にビックリですが···マキシに計画された人生だったって?」
「まぁまぁ···みんなハッピーだった訳だし!計画されたって?違うよー、きっかけを作っただけだって!」
「あっ、話はまた次回だな。無事に確保して帰ってきたみたいだよ。ほら」
マキシが指差す道の先に視線をずらせば、馬に股がったルキの姿が見えた。その後ろには緋色の髪の頭も2つ見える。無事に見つけ終えたらしい。
馬車から降り、道に出て手を振れば、短くなった距離だがルキが馬を走らせてこちらに向かってくる。
「ルキ!」
「リュシー、馬車から降りちゃ危ないじゃないか。マキシリアンしかいないんだから」
ルキは馬から降りると、するりと私の腰に腕を伸ばし引き寄せて、額に唇を落とした。
マキシのジト目を無視して、更に首筋にも、その後の唇は私の掌でカバーした。
後方から追い付いてきたラファイエ様に見られていたらしく「子供の前ですよ」と挨拶より先にお叱りを受ける。
その後ろにはダン様とセクレイト様、ファイニール辺境筋肉団、ドゥルッセン公爵家の騎士たち。でも、捕縛したという男爵が見当たらない。
預かっていた騎士服をマキシがダン様に渡すと、帰るまでまだ預かっていてくれと言う。
その上着をルキが横からヒョイと取り上げて「マキシリアンは俺の馬で帰ってくれ」と言いラファイエ様の息子とルキと私が馬車で帰ることになった。
☆
「はじめまして、私はリュシエル・ガトゥーラと申します」
「···僕はファウルド・ファイニールです」
緋色の髪から覗くように私を見ている金色のうっすらと緑がかる美しい瞳の下には、くまができていた。怖くて寝ていないのだろう。小さな子供が可哀想に。
ルキからは、今日のことは帰った後で話をすると言われ頷いた。
なので、気分を変えて公爵家の壁紙を決めてきた話を始める。すると「ぐぅ」とファウルドのお腹が可愛らしい音を立てた。
恥ずかしかったのだろう、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
先ほど食べられなかったベーコンエッグサンドを取り出し「サンドイッチをどうぞ。美味しいわよ」とファウルドに渡すが、食べる様子がない。
緊張している様子だったので、見て見ぬふりをしながら笑顔で話しだした。
「ベーコンエッグサンドはね、馬車の隣で黒い馬に乗っている護衛のお兄さんが魔法で私の前に差し出したのよ」
「···どうやって?」
···なんでルキがこの話に食いつくかなー
···とりあえず無視しよ
「私たちが通っていた学院レストランのサンドイッチなの」
「一番人気は、スペシャルグリルサンドよ!プリップリのソーセージと鶏肉のグリル焼きがシャキシャキ野菜と口の中で一つのハーモニーを奏でるの。そして次に人気なのが、それよ。ベーコンエッグサンド。厚焼きベーコンの旨みがスクランブルエッグと調和して、トマトの粗びき胡椒焼きが決め手で味を引き締めてくれるの。三番目は、私が食べたローストチキンサンドなの。たっぷりのチキンとキャベツにはオーロラソースがかかっていて、食べ応えがある一品なのよ」
「学院のサンドイッチだと?」
···少し黙っててくれないかしら
「ごめんなさいね。一番人気のスペシャルグリルサンドを食べさせてあげたかったのだけれど、その護衛のお兄さんが食べちゃったの。私だったら、三個ともスペシャルグリルサンドを買ってきたのに、マキシってば選ぶ前から自分だけ先に食べたのよ!ズルイわよね!食べ物の恨みは怖いんだから!」
最後の言葉を聞く頃には表情が大分緩くなってきて「どうして、二番目じゃなくて三番目のサンドイッチを食べたのですか?」と小さな声だったが、質問してくれた。
「悔しかったからよ」
お腹が空いていると力が出ないから、お肉たっぷりのローストチキンサンドを食べて力をつけた後に一発お見舞いしようかと思って、などと考えていたことを話すと、ファウルドは声をあげて笑ってくれた。
「二番目を僕が食べても恨まない?」
「大丈夫よ。私は力を蓄えたから!玉子とトマトで栄養がたっぷり摂れるわよ」
「うん。いただきます」
最初は小さく口を開いて食べていたが、次第に大きく口を開け豪快にかぶりついて食べてくれた。
「リュシー、後でマキシリアンとの楽しかった一時の話を聞かせてもらうからね」
···今の話の流れでどこが楽しかった?
···なぜしかめっ面?
サンドイッチを食べ終えると、ファウルドは瞬時に寝息を立てだした。
「食べて緊張がとけたかな?怖い思いをしましたね」
座ったままの姿勢で寝てしまったので、横にしてからブランケットを掛け終わると、ルキに手を引かれ膝の上に乗せられた。
「今日は、ずっと一緒だったはずなのに。頑張ったご褒美を下さい」
私の額に額を付けてルキが褒美が欲しいと言ったあと、返事を待たずに唇を重ねてきた。
「···ん···はぁ」
「···ん···ん」
···な、長い
···このままだと蕩けそう
「···はぁ」
「ル···ルキ···」
「···ん···はぁ」
ようやく唇が離れた。
長かった、と思いきや
「これからご褒美をいただくよ」
スカートを捲し上げてきた。抵抗したくてもトロトロに蕩けさせられて力が出ない。
「ル···ルキ···今はだ···だめよ」
「こんなにトロトロなのに?」
「お···お願い。帰ったら頑張るから」
「お願いは聞けないな」
「ガトゥーラ侯爵邸に着きましたよ。服を急いで着てくださいね。降りる準備が出来ましたら馬車の扉を開けますので、声をかけて下さーい。さぁ、急いで急いで――」
マキシが外から声をかけてきた。
「マキシリアン!これからだ!一時間後にガトゥーラ侯爵邸に戻ってくるように出発だ」
···はっ?何言ってくれてんのー
···それよりマキシに気づかれてるしー
「あー、無理ですね。目の前でガトゥーラ侯爵邸の面々が並んで出迎えてくれていますからね。ちなみに、当主は青筋立ててこちらを睨んでいますよ」
誤字脱字。多くて申し訳ありません。
(;´□`)




