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フローレンス 8話 最終話

お読み下さりありがとうございます。

遅くなり申し訳ございませんでした。

フローレンス 最終話になります。



 さんさんと降り注ぐ太陽の光の下。

 王宮第二騎士団の訓練場では、団員達が一斉に動きを止めた。

 静まり返った訓練場で、ラファイエ様の怒鳴り声が響き渡ると同時に、彼に殴られたレイニール団長がドサリと音を立てて倒れたのだ。

 

 騎士団員たちは動きを止めると、彼らの視線は食い入るように修羅場となったその一点に集中する。


「フフッ……フッ……ハ……ハハハ!」


 地に横たわった体を持ち上げると、レイニール団長は大声で笑い、騎士服に付いた土をパンパンと手で払った。


「ハッ……何だ? ファイニール辺境伯様は、もう彼女とは関係ないのではないかな? 自分から彼女との縁を切ったのだろう? これからの彼女がどんな人生になろうが、貴様には関係ないではないか」


 団長は、前髪をかき上げ嘲笑うかのような表情を向け、軽快な口調でラファイエ様を囃し立てる。

 無言で団長を睨み見るラファイエ様の拳は強く握られているようで、怒りを抑えているのだろう、小刻みに震えているように見える。


「ふざけるなだと? フローレンスがこれから幸せになるだと? 本当にそう思っているのか? 辺境伯様は、おめでたい頭で何よりだな。……彼女は貴族の令嬢だ。それも公爵家のご令嬢だぜ。恋愛結婚なんて出来ないんだよ。政略結婚しかないんだ。他国に嫁げば、この年齢では第二、第三妃となるんだぞ? 今、彼女が言っただろう? 嫁ぎ先はどこでもいいと。貴様が捨てた今を以て決まったんだよ、彼女の未来が絶望的だとな! はっきり言わせてもらうが、王宮騎士団員は全員貴族だ。今までみんな、指を咥えて見ていた彼女がフリーになったんだぞ? まぁ、もうファイニール辺境伯様には関係ないが」


 フンッと鼻を鳴らし、シッシッと手で追い払うような仕草をラファイエ様に向けると、レイニール団長は私の手首を掴んで自らの胸の中に引き寄せた。




◇◇◇




 俺は自分が怖かった。

 先日、フローレンス様の父であるドゥルッセン公爵様から封書が届くと、そこにはフローレンス様が家出をしたということが文頭に書かれていた。

 その後には、俺が妻を亡くしてから初めて公爵家へと公爵様に誘われた日、フローレンス様と薔薇の温室でお会いしたときから家出するまでの彼女の行動が書かれていたのだ。


――なんだと? そんな……


 毒への耐性をつけ、騎士団へも入隊するなど、公爵家のご令嬢ともなる彼女は護られる側の人だった筈だ。それなのに、俺のせいで必要のない、彼女の未来を変えてしまっていたのだ。


 確かに、初めて会った公爵邸の温室で俺は彼女のあどけなさに救われ、久しぶりに笑みを取り戻すことが出来た。可愛らしい令嬢からの励ましの言葉がじんわりと冷めきった全身を温めてくれたような感覚だった。


 そんな彼女から誘われるお茶の席には、感謝を伝えたいという想いから出席させていただいていた。

 こんな俺の為に、初めて手ずからお茶を淹れてくれたときのフローレンス様の可愛らしい笑顔。

 

 それからは、会う度に大人へと成長していく彼女の美しい容姿。そのくせ、可愛らしい笑顔は変わらない。

 くるくると変わる表情は子供から大人の女性へと変わっていく中、それと同時に俺の心の中に住み始めた彼女への想いも次第に変わっていった。


 君と過ごす時間に年甲斐もなく浮かれていたんだ。一人で何でも熟し精進して行く君の姿に、歳の差を考えずに惹かれていくばかりだった。




 そして今、久しぶりに会えたフローレンス様の姿は、彼女と同年代の若者達との間でキラキラと輝いているように思える。

 どうして、俺はこんなにも苛立つのだろうか。


 いや、答えは分かっている。

 俺がここに居るのに? 

 俺の目の前で他の男とイチャつかれるなど、たまったもんじゃない。

 自分がこんなに嫉妬深いとは思いもしなかった。


 第二騎士団の副団長と並んでこちらに向ってくる彼女。若くて美しい二人の姿は似合いのカップルに見える。


――フローレンス様、

 貴女は知らないだろう?

 近づいてくる度に、心臓の音が高鳴ることを。

 貴女は気づいていないだろう?

 貴女にいつ捨てられるのかと怯ていることを。

 貴女は見えていないだろう?

 この場で嫉妬している俺の真の姿を。


 俺の前まで来てピタリと歩みを止めたフローレンス様は、騎士服を纏いながらも初めて見る淑女の顔をした美しい姿だ。いつも俺に見せていた愛らしい姿ではない。いつの間にか彼女は立派な大人へと成長し終えていた。



 騎士達の若々しい姿を横目にし、俺からフローレンス様に出来ることは多分これしかない。そう、俺というしがらみから解放させてやりたい。真面目な彼女のことだから、自分からは言い出せないことも分かっている。

 成長した彼女に自由を取り戻させてやりたい。その為には――。


「フローレンス様、申し訳ありません。

 ……これからは同世代の若者たちと――」


 それは彼女の幸せを考えての言葉だった。しかし違った。レイニール殿の言動で気がつかされたのだ。怒りに任せ彼を殴れば、彼はニヤリと表情を変えた。『そうだ、お前が彼女の想いを受け入れろ』そう彼の表情が語ったように思える。

 そうだ、彼女は公爵家のご令嬢ではないか――。私は周りが見えなさすぎた。なんと浅はかな考えだったことだろう。




◇◇◇




 レイニール団長に抱きしめられようとした瞬間、ラファイエ様の腕が団長と私の間にスルリと入れられた。

 次に、私を後ろへと引っ張る彼の腕の力に私が転びそうになると、強い力で全身が縛られたようにラファイエ様の胸の中に閉じ込められた。


「……が、俺が、フローレンス様を幸せにしてみせる! 下賤な奴等になど渡さない。誰にも彼女を渡しはしない!」


 頭の上から聞こえてきた声に、私の頭の中は真っ白になる。


――い、今……何と?

  彼は、今……何と言いました?



「そうか。誰にも渡さないってことだな。分かった分かった。……じゃぁ、邪魔者は訓練に戻るとするか。ジューク副団長、行くぞ」


 大きなため息が2つ同時に吐かれる。

 レイニール団長とジューク副団長の呆れ顔にラファイエ様は軽く会釈をする。



「ジューク副団長。フローレンスは午後は早退だ」

「団長。目標を達成したのですから退団にするべきでしょう」


 二人は背を向けると、そう言って笑いながら場内へと歩み出した。




◇◇◇




「すまなかった。耳元で叫んでしまって……耳は痛くないか?」


「……はい。 耳は悪くないかと」


「ふっ。 痛くもなければ、悪くもないとは。 では、良く聞こえたかい?」


「そ、そうですわね。聞き間違いでなければになりますが」


「貴女は、ずっと真っ直ぐに俺を見ていてくれたのに、俺が目を背けてしまったことを許して欲しい。これからは、フローレンス、貴女と共に人生を歩んで行きたい。何があってもフローレンスを離してやることが出来なくなってしまったようだ」


 抱きしめていた腕を体から離すと彼は跪き、私を見上げる。


 それは、初めて見る。

 彼が私を見る愛おしいという眼差し。

 おっとりと柔らかく、

 それでいて突き刺さるような瞳。

 恍惚とした表情で

 細められた瞳に私の姿が映し出される。


「貴女を愛しています」

 

 愛しい彼の告白に、どう言葉を返していいのか分からない。


 じっと私を見ている彼に顔を近づけると、私は彼の額に唇を落とす。

 そっと唇を離すと、大きく見開かれた瞳は細められ、彼は立ち上がると私を優しく抱きしめた。




 ヒューヒューと遠くから煩い外野の声が聞こえるけど、今はバックグラウンドミュージックだとでも思うことにいたしましょう。

 私が掴んだ幸せを皆が祝福してくれていることにしておきますわ。



 この瞬間は今しかないの、今だけは目の前の彼に集中したい。恥ずかしさは、後でいくらでも味わえるのですわ。BGMの中で重ねられた唇は、まだまだ続きそうなので……


 それは、とても甘く長いキス。

 今までの長い時間の想いが重なり合うことを証明するかのような――。



              おわり





♠ファウルドの想い♠


 ファイニール城の厨房では、緋色の髪に金色の瞳の息子となったファウルドが一生懸命小麦粉を練っている。


 調理台を挟んだ対面にテーブルと椅子を用意し、私はファウルドに声を掛けた。


「一度休憩しましょう」

「あとは型をとって焼台に入れるだけだから、待っててよ」


 ファイニール領へ嫁いで来てから驚いたのは、ファウルドの料理の腕前だ。

 騎士団での訓練が無い日には、こうして厨房で菓子を作るようになったのだ。

 金色の瞳を更にキラキラさせながら、三角の白い布で髪を隠し厨房で一生懸命腕を振るっている。その姿はどう見ても、誰が見ても辺境伯の令息だとは分からないだろう。

 リュシーの弟子だと自ら主張する彼は、恥ずかしげもなくフリフリのプリーツが付いたピンク色のエプロンを好んで着けている。さすがに、そのエプロンはちょっと……と言えば、彼はリュシーになった気分で料理が作れるのだと言って、私が特注で作らせた紺色のエプロンを着ようとはしない。


 ファウルドを横目に、蒸し終わったお茶をカップに注いだところで、料理長が地下の保冷庫から戻って来ると、テーブルの上に持ち手のないカップをコトリと置いた。

 お茶を口に含んだところで首をひねる私に、料理長は瞳を輝かせ私にスプーンを差し出した。


「リュシー様レシピの新作で、ジェラートです。こちらがファウルド様作で、こちらが私が作ったものです」


 ファウルドは、リュシーから書面にて受け取ったレシピを料理長へ渡し、一度彼に作らせることで工程を見て覚えるのだ。

 その為、料理長も新料理を覚えるわけで、二人はその後どちらが美味しく作ることが出来るかと競い合っている。


 だからといって、料理長も料理長だ。菓子を作る際に、わざわざファウルドと同じようなエプロンを着けて料理しなくてもいいだろうに。


 料理長からスプーンを受け取りジェラートを一匙掬ったところで、ラファイエ様が厨房の扉を開き私の下までやって来る。


「今日もお茶の時間はここに居たのですね」

「えぇ。ファウルドがまだ料理の途中で、一人でお茶を飲み始めたところなのです。彼が終わるまで、ラファイエ様も一緒にお茶を飲みましょう」


 私の隣に料理長が椅子を用意するとラファイエ様が腰を下ろし、私はジェラートを掬い直して彼の口の中へと運ぶ。


「お味は、どうですか? 次はこちらのジェラートも……」


「フローレンスが食べさせてくれたものは、全て美味しいよ。チュッ」


 最近では、息子と料理長の前で平気で唇を奪ってくるようになったラファイエ様。その姿に慣れてしまった私以外の二人は、当初は空いた口を塞ぐことが出来なかったが。今では何のリアクションもしなくなるほど、当たり前の光景となっている。


「3日後の、私達の結婚式の前にリュシーが来るから、その時に菓子を味見させたらどうかしら?」


 ファウルドが三角の布を頭から外し、対面の席へ座りったところでそう声をかけると、彼はお茶を一口含んで頰を染める。


「俺、惚れちゃったんだ。甘い香りに胸がドキドキするんだ。好きなんだよねー」


「あらまぁ!好きな人が出来たのね!恋の相談なら得意ですわよ。私は無理矢理恋心を植え付けた……いえ、自力で初恋を実らせた恋愛最上級者ですもの!で、相手はどこのご令嬢なのかしら? 応援いたしますわ」


 突然、恋の話をしてきたファウルドにさっそく母親らしいところを見せられる!と喜んだのだが……。


「実は、リュシーの――」


「ひぃー!? だっ、だっ、ダメですわー!いいです? わたくしは、母親として……ではなく、友人……そう、この際親友としてでいいかしら?……コホン。 リュシーだけは駄目です。殺されますわ。グジャグジャにされた後、コネコネされて焼かれ、ディナーの大皿の上に載ることになりますわよ!」


「は?」


「ファウルド、ごめんなさい。リュシー以外の女性ならば、どんな汚い手を使ってでも貴方の前に引きずって来てあげます。ね!ラファイエ様!隣国で流行りの媚薬を今直ぐに買いに行きましょう」

「どうして媚薬を? 私達には必要ない薬だろう」


 全く。これだから真面目な人は駄目ね。子供に好きな人ができたのよ。やっぱり、こんなときこそ父親ではなく母親に相談するのね。ファウルドって、可愛いわ。


「ちゃんと話を聞いていましたか? 的外れの回答ですが」


 ファウルドにそう返されたが、全く意味が分からない、的外れとは……あー、もしかして?


「そ、そっちも駄目ですわ!リュシーの旦那であるイルキスは、リュシー以外の男女に一切興味を持っていませんわ。私の想像ですが、リュシーとの間に男の子が生まれたら、山に捨てに行きそうですもの。あら? ルキは、人間だったかしら? 今思えば、悪魔だったのかも知れないわ」


◇◇◇



 ……俺は、リュシーの料理に惚れ込んだんだ。と言いたかっただけなのに――。


 ……俺は、父上に負けないような最強の騎士になる。でも、父上のような恋愛は出来そうにないと思う。いや、したくない。


 最近思うのだが、フローレンスは本当に公爵家の令嬢だったのだろうかと……。

 強い意志を持ち、努力し体を鍛え、広い知識を持っている女性。あぁ、父上が彼女を選んだ理由が分かってしまった。

 柔らかに微笑む彼女の甘い視線は父上を捉えて離さない。父上は、彼女と居るときだけは弱い姿を見せることが出来るのだ。


 いつか、彼女を母上と呼ぶ日が来るのだろうか。

 ……あぁ、近い未来にきっと――。


『母上。ご結婚おめでとうございます』


 そう言って、微笑んでみようか――。




誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

m(_ _)m

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