フローレンス 7話
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m(_ _)m
休憩が終わる頃、第二騎士団の訓練場に団員達が戻ってくる。
いつもと違う雰囲気に、私は喉をゴクリと鳴らす。
団員達は甘いマスクを装着した紳士の表情を作り、私に群がるように押し寄せる。
――うわぁー。これは無いわ
レイニール団長が閃いた「フローレンスモテモテ作戦」とは、団員達からモテモテ? になる作戦だった。
作戦とはいえ、いつも公爵令嬢の仮面を脱ぎ去り騎士仲間として過ごしている彼らに、訓練場で囲まれるのはいささか気持ち悪い。
話す内容までは聞かれないだろうと、表情は紳士のまま見返りの要求をする彼らに私も恥ずかしそうな表情だけを浮かべ、口から発する言葉は「分かっていますわ」「紹介しますわ」なんとも色気はない。
この作戦を考えたレイニール団長のせいで……いや、団長のおかげもあり、協力してくれている団員たちから令嬢を紹介して欲しいと言われている始末。
貴族出身の騎士達は、二男か三男ばかり。その為に、婚約者が決まっていない騎士達の数は少なくないのだ。
キラキラと瞳を輝かせ、自分の嗜好を彼らは語るが、今の私には言葉に耳を傾ける余裕はない。
訓練場の扉の前では、レイニール団長とラファイエ様が先ほどからこちらを窺いながら何やら話をしているのだ。
「整列!」
ジューク副団長の号令と共に団員達が列を作ると、団長とラファイエ様が隊列の前までやってくる。
――はぁ?
ちよっと? どういうこと?
私を呼び出すのではなかったのだろうか?急ごしらえの作戦に変更が生じたらしい。
団長がラファイエ様を団員達に紹介すると、次にラファイエ様が挨拶をする。その後で、いつも通り訓練が開始された。
――ん? いつもと違う?
副団長のジューク様が私の隣に立っている。
スカイブルー色の短髪に珍しい銀色の瞳の彼が、スラリとした長身の美しすぎる彫刻のような顔立ちでニヤリとした微笑みを見せる。その後で、彼は背後から私の剣を持つ手に手を重ね、扱い方の指導をするかのように手を動かし始める。
『第二の中で、見目が一番いいのが俺だから、後輩の為に一肌脱ぐことになったわけだが。俺は婚約者はいないが、決まった相手は居るから紹介しなくていい』
『はぁ。美の指揮者と言われているくらいですので、確かに見目は美しいと思いますが。ご自分で言っていて恥ずかしくないのですか?』
『別に? だから、俺からの頼み事は将来の貸しにしてくれるかい?』
『分かりました。でも、この作戦が成功し、尚且つ簡単なことでしたら……ね』
『ハハッ。大丈夫、成功するさ。と言うより、もう成功してるよ』
いつもの冷静な表情は何処へやら? 揶揄うような言葉と共に見せられたのは、副団長の甘いマスクだ。初めて見る彼の表情が珍し過ぎて私はしばし目が離せなくなった。
『ジューク副団長。そんな表情も出来るのですね?初めて見ましたわ』
『あぁ。惚れないでくれよ』
『惚れる? もっと素敵な方が目の前に居るのに? どこを惚れろと?』
『そうでしたね! フローレンス嬢、そろそろ始まりますよ』
ジューク副団長は、この後の流れは当初の通りだと耳元で伝えてくる。そして、変更したのは場所だと。室内にてより、皆の目の前でのやり取りの方がスムーズに解決すると考えた団長は、訓練場にて作戦を行うことにしたのだと告げられた。
『ラファイエ様も騎士ですからね!……人の目があると燃えますよ!』
騎士だから? 全く意味が分からないが、私も騎士だ! 団長に作戦を任せたのだ。
ここを乗り切らなければ、ラファイエ様との全てが終わる。
" 初めての彼を知った武勲祭 "
" 公爵家の温室にての告白 "
" 彼との王宮庭園お茶会 "
瞼を閉じると次々と思い出される思い出が、今から向かう決戦の場へと勇気を与えてくれる。
カキーン、カキーンと剣を交えるこの音も、彼と出会わなければ聞くことがなかった音。
ここは、私の努力が始まった場所だ。そして、今日まで一緒に過ごした仲間たち。私は彼らと目指した先は違うが、誰一人文句も言わず仲間として受け入れてくれたのだ。最後まで見届けてくれるそんな彼らの前で、私が出来ること。私は私であり続けよう。
「ジューク副団長。宜しくお願いいたしますわ」
満面の笑みを副団長に見せると、彼もまた満面の笑みでコクリと頷き返し、剣の先を天に向けて合図を送った。
雲ひとつない快晴の空の下。訓練場の端にある給水所にいる団長とラファイエ様の元に副団長と共に歩みを進める。
陽の光に映える緋色の髪が爽やかな風でふわりと揺れる。金色の瞳からは、遠くからでも真っ直ぐに射抜くような鋭い眼光が私に向けられている。
――ラファイエ様、
貴方は知らないでしょう?
一歩近づく度に、心臓の音が高鳴ることを。
貴方は気づいていないでしょう?
今の私が怖くて震えていることを。
貴方は見えていないでしょう?
勇気を振り絞ってこの場にいる私の真の姿を。
ラファイエ様の目の前に立つ私の姿は、彼の瞳にはどう映っているのかしら?
ピタリと足を止めると最高の淑女の仮面を装着し、私は穏やかな表情を作る。
「ファイニール辺境伯様。お待たせいたしました。お話があるとのことでしたわね」
ラファイエ様は目を細めると、その後で瞳を閉じた。軽く会釈をすると柔らかな表情を浮かべる。
「事情はお聞きしましたわ。わたくしの父からラファイエ様にお話が行かれたのですわね。辺境の地を守るラファイエ様が王宮に足を運ぶことになってしまったとは露知らず、大変申し訳ございませんでした」
「……フローレンス様。公爵家にお戻りになって下さいますか。公爵様も交えて、今後のお話が出来ればと思っております」
少し困ったような表情をしながらラファイエ様にそう言われたが、私は首を左右に振る。
「既に話の内容を、父からお聞きしていると思いますが。わたくしが、このまま家に帰るということがどういうことだか踏まえての事でいらっしゃいますか? ラファイエ様は、どう判断しわたくしを家に帰るように勧められたのでしょうか」
私の言葉の後に、ラファイエ様は眉尻を下げる。数秒の間の沈黙がとても長く感じる。その後で、金色の瞳が微かに揺れると重なり合う視線を先にずらした彼は重い口を開いた。
「フローレンス様、申し訳ありません。私は未だ亡き妻を忘れることが出来ません。しかし、あのときのフローレンス様の言葉はとても嬉しかった、救われたのです。私は生きていくことを選びました。なのでもう、気に病む必要はございません。これからは同世代の若者たちと……」
「勝手に一人で終わらせないで下さい。子供だとラファイエ様はあの日、私を侮っていたのですね。その後も、年に2回の国王陛下との謁見の後、いつも短い時間でしたが一緒にお茶をお飲みしていたときも、蔑んでいたのかしら?」
彼の言葉を最後まで聞かずに、私のお腹の中から一気に出た言葉。それは、私自身が密かに恐れていた心の中の叫び。私だけが勝手に一人歩きしていた気持ちだと分かっていて見て見ぬふりをし、蓋をしながらもずっと抱いていたものだった。
「そ、そんなことはない。蔑んでなどおりません」
「私は、この国のヒエラルキーの頂点に立つ貴族の令嬢です。その私が、貴方に直に伝えたいことがありますわ」
「私は5年前の邸の温室のバラ園で、貴方に恋をした訳ではありません。その年に行われた武勲祭のときに最後に負けたラファイエ様がご家族と共に笑顔でいたのを見かけていたのです。そして、温室でお会いしたときにはラファイエ様は廃人のようでした。私は、貴方ではなく家族に恋をしました。家族となれば、あの優しい笑顔を取り戻せると信じたのです」
「……私は5年間、辺境の地へ行くための努力をしてまいりました。自分の身は自分でも守れるように騎士団で剣術を覚えました。戦にも備え、実戦も経験しました。学園での勉強では、出来る限りの語学を学びました。強い体を作るため何でも食し体に取り入れました。辺境隣の国の毒にも、耐性を付けました。……ラファイエ様のもとに嫁ぐためには、私は先に死んではいけないから――」
「ラファイエ様は、奥様を忘れられないとおっしゃいましたね。当たり前ですわ。忘れてはいけないのです。ずっと愛していていいのです。だって、ラファイエ様の愛する人は一人ではないでしょう?父、母、兄弟と、子供と、妻と……私はその中のもう一人になりたかったのです。5年間、私はその中の一人になるために生きてきましたわ」
最後に全て吐き出した気持ちは、ラファイエ様は知らなくてもいいこと。彼に望まれてしたことではない。でも、伝えたかった。貴方を好きになって私なりに努力したのだもの。少しぐらいは私という人間を知って欲しい。
「フ、フローレンス様……」
困り顔で見つめる彼には申し訳ないと思いながらも、私は勇気を振り絞って最後の言葉を彼に言い放つ。
悲しみの表情を作り、ラファイエ様の心に私の存在を植え付ける最後の言葉を。卑怯でごめんなさい。でも……最後まで諦めたくはないのです。
「……父にお伝え下さい。嫁ぐ先はどこでもいいと、婚約者候補が決まりましたら邸に戻りますので……。ラファイエ様、一緒に公爵家へと戻れなくてごめんさい。それでは、失礼させていただきますわ。……さようなら」
瞼を閉じ頭を下げると私は騎士達が訓練している方へ戻るために体を向ける。すると、レイニール団長が私の名を呼んだ。
「フローレンス。待て!」
「では、私が立候補をしても? フローレンス嬢との初夜は魅力的だと思うので、貴女の背中の大きな古傷も私ならば愛せます。大丈夫、すぐに私に夢中になるでしょう。淋しくなんかさせません。毎夜貴方をベッドの上で抱き潰して差し上げますよ。今日までの5年間など、直ぐに忘れさせて差し上げましょう……」
ドガッ!
突然だった。レイニール団長はドサリとその場に倒れた。
ラファイエ様が、団長の左頬を殴ったのだ。
そして――
「ふざけるな!フローレンス様は、これから幸せになるお方だ。お前なんかに嫁がせるか!」
ラファイエ様のドスが効いた荒げた声に私は視線を向ける。
そこには、見たこともない顔を真っ赤にさせながら眉間にシワを作り、プルプルと体を震わせレイニール団長を睨んでいる彼の姿があった。
隣では、ジューク副団長が手を口に当てて笑いを抑えている。副団長のこの姿は、レア度87% だ。でも、直ぐに彼はスンッと元の表情に戻ると私に憐れみの表情を向ける。
今日の私は、何度も彼に同情されているようだ。
――はぁー。
レイニール団長の見返りが怖いわ
誤字脱字がありましたら
申し訳ございません。
m(_ _)m




