フローレンス 5話
お読み下さりありがとうございます。
フローレンス編。次話より終盤と
なります。
あと2or3話を予定しています。
昨日は、一学年上の学院生らが待ちに待った卒業の日を迎え、会場となった学院の大広間には多くの人が訪れた。
前日から降り続いた雨が朝には上がり雲の隙間から降り注ぐ光が雲を蹴散らすと空は晴れやかに澄み渡る青い空を取り戻す。
その後で、次々と卒業生達を乗せた馬車が会場へ到着してくる。
晴れの舞台に相応しい空に、馬車から降りてくる卒業生らも晴れやかな表情を浮かべながら会場へと軽やかに足を運ぶ。
その中に、この国の王太子である第一王子のアーサベルト殿下の姿も見える。彼もまた今日の卒業生の一人だ。
アーサベルト殿下は、ルキの婚約者であるリュシエンヌ様をエスコートしての登場だ。
近くにいる卒業生たちには、ルキが出席出来ないために同じ卒業生であるリュシエンヌ様をエスコートして来たのだと笑顔で話しているようだ。しかし、彼に寄り添い頬を染めながら愛おしそうに見上げているリュシエンヌ様を見れば、誰もがその様子で察するだろう。令息令嬢達は二人の仲睦まじい様子に首を傾げ不思議そうな表情を浮かべている。
ルキから二人の仲の真相を聞いているためか、私は二人の姿に見下げ果てる。
そして、笑顔を振りまく二人を横目に『この後大変ですわね』心の中で告げ、これから訪れるであろう二人の暗い未来に声援を贈った。
会場内に入ると、リュシエル・ガトゥーラ様の姿を発見し、私は彼女の隣の席に腰を下ろす。
あの見目のいい宰相と候爵夫人の娘だもの、実際の容姿はとても美しい令嬢のはずだわ。
そう期待を胸に彼女を観察するかのようによく見れば、ルキが言っていたように姿を偽っているのだとすぐに分かった。パッと見ただけとは全然違う容姿の持ち主だ。
横から見ると眼鏡の下に隠された小さな顔は端麗な顔立ちで、化粧で肌の色を隠しているみたいだがチラリと見えるデコルテはきめ細やかな色白。座る姿勢も美しく上品さが感じられる。
狐につままれたような気分で見入っていると、彼女は突然大きく目を見開く。
答辞の挨拶をするアーサベルト殿下が「イルキスは留学中のため卒業式に来られない」と言った言葉に彼女は目を見開いた後で不安な表情を浮かべる。
その様子に、またリュシエル様も何かしらのルキへの思いがあるのかしら?と私は勝手に想像し、陰ながら二人の今後の行く末を見守りたいと思う。
私も自分の未来を手に入れないと――。
リュシエル様の隣に座ったことで、変装してまで彼女が見ている先の未来への思いに、今まで努力してきた私に力強い味方が出きたような感覚になった。
「父様、お話がございます。お時間があるときにお聞きしていただきたいのですが」
その日の夕食の席で切り出した言葉に、父様は食事の後でと返事を返してきた。
母様はチラリと私と父様を交互に横目で見て不安そうな表情を浮かべている。
「なんだ?夜会用のドレスかな?エスコートしてくれる男性がマイルでは嫌になってきたのかい?そろそろ婚約者を決めないとな」
マイルとは5歳年上の兄様だ。
今日の父様は機嫌が良く、食事中だと言うのに良く喋る。
隣の席から兄様がチラリと私に視線を送ると『今日、言うのか』小声で聞いてくる。小さく頷くと、私の中で緊張が走り出す。
父様を力でねじ伏せられれば早いのに――。私は一度息を吐き出すと、シルバーを持つ手に力を入れた。
執務室の扉を開くと中のソファーへ座るように促され、先に座っていた兄様の隣に腰を下ろす。
「フローレンスが執務室に来るのはいつぶりだったかな?それで、話とはなんだ」
いつもの硬い表情とは違い、片方の眉を上げるとにこやかな顔で父様が対面のソファーに座る。
「はい。ファイニール辺境伯のラファイエ様とのことですわ。婚約の話を進めていただきたいのです」
微笑みながらそう答えると、父様は右手の拳を額に当てて下を向き、大きなため息を吐いた。
「あぁ、レンの婚約相手にはピッタリだな。いいんじゃないか!父上もそう思われますよね!」
……ね!じゃないよね?兄様は、空気を読めないのだろうか?
「駄目だ。辺境伯は一度結婚しているではないか。それに、辺境伯もお前みたいな子供を後妻に入れることを拒むだろう」
顔を上げた父様が私を睨むかのような視線を向けてきたが、この場に来る前からそう言われることは分かっていた。しかし、絶対にここを突破しないと私の思い描いてきた未来はない。
「今更そんなことを言われましても。5年前、邸のバラ園の温室で私がラファイエ様に求婚した際に父様は何も言わなかったではありませんか」
「……婚約や婚姻について軽く考えているような子供の戯言だっただろう」
「戯言?わたくしが?13歳にもなっている公爵家の令嬢である私がですか?私は彼に真摯な想いを持ってお伝えしたのです。そして、今もその想いは変わりませんわ」
「何も後妻として嫁ぐことはない。お前にはたくさんの釣り書が届いているというのに」
「父様。何があろうと、わたくしの想いは変わりません。ラファイエ様も私の求婚を父様の目の前で受け入れて下さったではありませんか」
「はぁー。とにかく、何人か候補者はいるんだ。その中から好きなのを選べ。……マイル、フローレンスを外に出せ。頑固過ぎて頭が痛くなる」
父様は話はお仕舞いだと言うかのようにソファーから立ち上がる。その後で兄様が私を立たせて一緒に執務室の扉を出た。
言いたいことがまだまだ沢山あったのに。まぁ、まだ1回目だし仕方ないわ……そう気持ちを切り替えて、しばらくは明日からの長期休暇を楽しむことにした。
その3日後のことだ。
長期休暇中のため、私は朝から騎士訓練へと王城へ向かう。この休暇中は、午後からのお茶会の催しが多い。なので、昼には訓練を終わらせて邸に戻る予定を組んでいた。
騎士訓練を終えて早い時間に帰宅する。すると、邸の扉の先に見知らぬ緑色の馬車が止まっていた。
どこの家の馬車かしら?馬車から降りるとナタリーと一緒に邸へ入る。扉をくぐると侍女頭が青い顔をして立っていた。
「どうしたのです?何かありましたか?」
彼女の暗い表情にそう尋ねる。
「ワークウィッド候爵家のご当主様とご子息様がお見えになっております。旦那様に、フローレンス様が戻り次第、直ぐに着替えをさせて奥の応接間まで連れてくるようにと命じられております」
「分かりました。では、ナタリー。騎士団へ戻りますよ」
「「えっ?」」
侍女頭とナタリーはポカンと顔を見合わせる。意味が分からないようだ。
「私は、帰宅していません。いいですね」
踵を返し、また馬車に乗り込むと私は騎士団へと戻る。騎士団で3時間ほど時間を潰し、そろそろ帰った頃だろうと公爵家へと戻るが、私は御者に一度邸の門で降ろしてもらうことにする。
「邸前に他家の馬車があるか確認してきてくれるかしら」
戻ってきた御者の話によれば、先ほどの緑色の馬車ではなく紫色に金の模様が施されている馬車が止まっていると言われる。
「紫色の馬車に金。フローレンス様、ガンナット公爵家ですわね」
「はぁー。いい加減にしてほしいわ」
「この後は、どういたしますか?……よろしければ我が家でお昼寝でもしてから、また戻ってきてみては?」
ナタリーがニーズベクト候爵家へと招いてくれたことで、お言葉に甘えることにした。
ニーズベクト候爵家では、突然の予期せぬ訪問に驚いていたが、さすが候爵家の使用人達だ。突然の来客にも動じることなく笑顔で迎えてくれた。
ナタリーの子供は前候爵夫妻と出掛けているとのことで会うことは出来なかった。
応接間へと進む廊下にはいくつかの肖像画が飾られている。それらを見ながら廊下を進むのだが、ここである疑問が生じる。
「ナタリー。素敵な肖像画が並んでいるのですが……お聞きしても?」
「あー、それですね。私も気がついたときにはビックリしましたが、フローレンス様の考えていらっしゃることとは違うと思います」
ナタリーが、こめかみに手を当てて困り顔でそう答えると、彼女も肖像画に視線を向ける。その後で肖像画の下の部分を指さす。
「フローレンス様、ここに日付けが書いてあります」
順に追って肖像画の日付けを確認する。すると、更なる疑問が生じる。
「では、もしかして……」
「えぇ、もしかしなくてもです。フローレンス様の思った通りだと思います」
そう言って、ナタリーは苦笑いをする。
さすがにこれはないわ。肖像画の人物は、全て歴代のニーズベクト候爵家当主である。しかし、何代も前から当主の顔がほとんど同じ。同一人物の肖像画が並んでいるように見えるほどに顔がそっくりなのだ。
そして彼女は苦笑いをしたまま『思った通りでした』と言う。何が?と問うと、なんと、ナタリーの子供の顔も歴代の当主らにそっくりなのだと微笑んだ。
クスッと笑ってしまい、ナタリーに謝る。彼女は気にすることはないと言った後に視線を私から私の後方へとずらした。
彼女の視線に後ろを振り返る。するとそこには第一騎士団団長のアンドレイン様が立っていた。私は慌てて騎士の礼を執る。
「フローレンス嬢。ようこそ我が家へ。今日、騎士達から聞いたのだがフローレンス嬢も身を固める準備をするらしいね。うちの団員の中から伴侶となる者が決まった暁には盛大にお祝いをしよう――」
「私のお相手は、王宮騎士団の団員ではないのですが?」
「ん?もう相手が決まっているのかい?これからだと聞いたのだが?」
――なんてこと?
王宮騎士団内にまで広まっているとは――。一先ずレイニール団長へ相談して騎士団内での誤解として……あっ、駄目だわ。父様が貴族等に私の婚約者探しをしていると告げたからこのような事態になったはずだし。どうしようかしら……あー、もう、頭が回らないわ。
アンドレイン様の言葉に、どうやって騎士団内に広まった話を収拾しようかと頭を悩ませる。
「フローレンス嬢?大丈夫かい?何やら様子がおかしいのだが……決まった人がいるなら、そう周知してみてはどうだろうか。私のときは、そうしたんだ……ね、ナタリー!」
「……周知?」
「あぁ、そんなことがありましたね。アンドレイン様は、相手の意見も聞かずに外堀から埋めたのでした」
「そ、それは……申し訳なかったと思っている。しかし、レイニールの戦略のおかげでナタリーとこうして一緒にいられるわけだしね」
「フローレンス様、聞いて下さい。私の夫になった男の卑劣な話を――」
ナタリーの話を聞き、急いで王城へと馬車を走らせる。馬車から降りると私は早足で団長室へと向かった。
第二騎士団の団長室の扉をノックすると中から「どうぞ」と返事が返ってくる。
「失礼します」
「……フローレンス、まだ居たのか?今朝は早くから来ていただろう。体を休ませる事も騎士としての仕事だが――。どうて、そんなに息を切らしてる?鼻息が荒いぞ?」
「レイニール団長……お話があります」
ニコリと笑顔で告げると、団長は眉根を寄せる。
「……なんとなくだが、聞かない方がいいような気がするのだが――」
一抹の不安を感じたようにレイニール団長は書類に走らせていたペンを置くと、両手で頭を抱え不快な表情を浮かべてこちらに視線を向けてくる。
「……はぁー」
その後で、満面の笑顔で目の前に立つ私に向かって大きなため息をこぼしたのだった。
誤字脱字がありましたら
申し訳ございません。
m(_ _)m




