フローレンス 2話
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「レン、大丈夫か?」
「……ルキ?……ハァハァ…カハッ…医師が……言っていた通りだっ……たわ……」
喉が焼けるように痛い。体中に引き裂かれるような激痛が走る。
この毒薬が一番辛い思いをするだろうと服毒前に医師が私に告げた通り、つら過ぎだ。痛い。苦しい。
ルキと医師が不安そうな顔をして私の顔を覗き込む。こんな姿の女性の顔をマジマジと見るなんて、二人とも失礼なことをしている自覚がお有りになって?
「フローレンス嬢、耐えられそうになければ直ぐに解毒剤をお渡ししますぞ」
この毒を飲むことで何種類かの毒薬に耐性ができると先ほど医師は言っていたわ。本当に、今まで飲んだ中で今回の毒薬が一番辛い。でも……これで最後なのだ。私が飲む最後の毒薬。
「耐えて……見せ……カハッ……ます」
「カハッ……ル…キ……部屋から……カハッ、カハッ……出て……いって」
ルキが居ることで悲鳴を上げることも出来ない。それに、よだれが溢れ出そうだ。いくら従兄妹でも、公爵家の令嬢としての矜持がある。
「ここにいる。俺も経験してるから苦しさが分かる。ほら、タオルだ。口を抑えないと泡のようなよだれが次から次へと溢れ出すぞ」
「ありが……とう……ヒュー。カハッ、でも……大丈夫…ヒュー……だ……から」
器官が狭くなってきたのが分かる。息が上手く出来なくなってきた。
「フローレンス嬢は、姿を見られたくないのでしょう。ここは、この年寄りに任せて下さらんか。なに、何かしらあれば直ぐに扉の外にいる護衛に伝えますゆえ」
ルキからタオルを受け取ると、彼の後ろにいた医師が困り顔でルキにそう告げた。
すると、ルキは解毒剤とグラスに注いだ水をテーブルの上に置き、呼び鈴を直ぐにならせられるようにと私の隣に置いて部屋から出ていった。
その後で、医師は少し離れた場所に椅子を用意し心配そうな表情を浮かべながら瞼を閉じる。私が姿を見られたくないのを分かっているかのように、私が苦しむ声を出すたびに医師は眉間にシワを寄せ、ただ静かにそこに居てくれる。
目の前には解毒剤が……ある……。飲みたい。痛い。苦しい。飲みたい。辛い。我慢だ……我慢。
意識が痛みで持っていかれそうだ。
痛みに負けないようにこの苦しさと戦いながら、なるべく良い事だけを考えよう。そう、良い事を……。
そういえば、武勲祭のときにラファイエ様と一緒にいた令息。私と仲良くしてくれるかな。剣術の訓練とか……あっ、早朝ランニングなんかもいいわね。多分年齢も10歳位しか離れていないはずだわ。一緒に城下町で食べ歩きとかも出来そう。
そして、季節が変わるごとに3人でピクニックをするの。春は花が咲き乱れているのどかな場所へ行き、夏は涼しげな湖畔でボートに乗って、秋は色とりどりの葉の色を楽しみながら山を散策し、冬は積もった雪でカマクラを作る。
そんな未来が待ち遠しい……。
大丈夫。辛いのは今だけ。まだ大丈夫。痛いのは今だけ。約6時間を耐えるだけ。私、頑張れ。我慢……我慢。
「ハァハァ……カハッ……」
「フローレンス嬢、3時間経ちましたぞ。意識はありますかな?ある程度耐性もついたでしょうから、そろそろ解毒剤を飲みますか?」
かなりの時間を費やしたように思えたが、小さな声音で医師が私に告げたのはまだ折り返しの時間だった。しかし、最初の頃と比べると慣れて来たのか……激痛が少し和らいだように思える。
そして、気がつけば医師がすぐ隣りに立ってうずくまっている私を見下ろしていた。手にはグラスと解毒剤を持っている。
「……い、嫌よ……飲まないわ……ハァハァ……息も普通に出来るように……なって来たし……カハッ…大分楽に……なってきたわ……」
冗談じゃないわ。半分の時間も我慢したのよ。まだ頑張れる。大丈夫、大丈夫。
「……では、お水だけでも。喉がカラカラになっているでしょう」
医師からグラスを差し出され、それを受け取る。しかし、全身が震えてグラスを落としてしまった。
もう一度、医師がグラスに水を注ぎ目の前へとグラスを差し出す。今度は医師も手を添えていてくれた為に、口へと運ぶことが出来た。
一気に飲み干したいのだが、喉を通らずむせて吐き出す。その様子に、医師に少しずつ飲むように言われ、時間を掛けてグラス一杯分の水を飲むことができた。
後残り3時間ほど我慢しなければ……。苦痛で顔の作りが歪んでしまわないか心配するが、王族の皆は顔が変わった様子はない。
苦しい。体中の毛穴から悲鳴を上げているような痛み。でも、あと少しの我慢……もう少し我慢。まだ私は頑張れる。
自分から言い出したことで、回りに迷惑を掛けてしまい心の底から申し訳ない気持ちでいっぱいだ。無理矢理掴み取ったチャンスを無駄にしたくはない。このチャンスを最後まで頑張れる自分で在りたい。
次の日の朝、カーテンの隙間から外を見ると、まだ朝日が差し込む前の時間帯のようだ。意識が朦朧としているところに王妃様が入室してきた。
一晩私の様子を見ていた医師と何やら話をしている。その後で王妃様は私に近づいてくる。
「フローレンス。大丈夫ですか?」
そう言われ、私はコクリと頷く。
「今は痛みはほとんどないようね。もう大丈夫ですよ。楽にしていいの。よく頑張りましたね」
部屋の隅にうずくまっていた私は約6時間を耐え抜いた。私の体は苦しさとの戦いでシャワーを浴びたかの様に全身汗で濡れている。
それなのに、王妃様は涙を流し私を優しく抱きしめる。それに気づいた私は、濡れてしまうと言葉にする前に、王妃様の温もりにいつの間にか瞼を閉じていた。
5日間も訓練を休んだ罰として、団長が私に命じたのは木剣の手入れだった。訓練が終わった後に一本づつ汚れを取り除く。
訓練を休むにあたり団長へ届けを出していたのは2日間。あの後で、目が覚めたときには既に意識を手放してから2日間の時間をベッドの上で過ごしていたらしい。そして、痛みで体が硬直してしまい、直ぐには騎士の訓練に来ることが出来なかった。
「フローレンス。この休みの間に何かあったのか?顔はやつれ、痩せたように見受けられるが?ひと月後には学院の入学式だろう?少しの間、騎士団を休んだらどうだ?」
「レイニール団長……学院入学と同時にやっと見習い騎士から正騎士になれるのに、休めと言うのですか?」
「しかし、たった5日間休んだだけでそのやつれようは……公爵家が関係しているのだろうから聞き出すつもりはないが、体を労ることも騎士としての務めだぞ」
本来なら団長として騎士たちの事情などを把握するのだろうが、私が公爵家の令嬢であるが故に聞き出せないらしい。
「理由をお話すればいいでしょうか。……レイニール団長。軽蔑しないと……騎士を辞めさせないと約束して下さいますか?この様な姿になったのは公爵家は関係ありません。私個人のことなのですわ」
そうして、団長に洗いざらい話をする。今更辞めろとは言わないよね?と思いながら、ラファイエ様との出会いから今日までの事を――。
終始無言で話を聞いていた団長は、話を聞きながら表情をコロコロと変えていたが、流石に最後の服毒の話では顔を蒼白にし大きく目を見開く。信じられない者を見るかのような瞳で私を見つめている。話が終わり、団長から掛けられた第一声は――。
「……オヤジが好きなのか?」
大変失礼である!ラファイエ様をオヤジと呼ぶのは早すぎる!ちなみに団長と2歳しか変わらない年齢なのに!
「まだ20代ですわ!」
「辺境伯に嫁ぎたいからといっても、そのまま普通に嫁げばいいだけだろう?なぜ令嬢がここまでしなきゃならないんだ?つうか、普通に考えて令嬢が嫁ぐ為にこんなことをするなんて……あり得ないだろう」
確かに普通に考えればその通り。
でも、私自身がそれでは納得できないのだと胸の内を話すことにした。出会いからのことを話してしまったことだし、馬鹿にしている様子は見受けられない。ならばいっそ――。
「――なので、彼より先に死なないようにですわ。病気などで仕方ないときもありますが、出来るだけ回避したくてです」
「ふーん、やっぱり普通じゃないな。しかし、俺はいいと思うぞ。体を鍛えるという努力はけして無駄にはならないからな。ただ――」
笑顔の後、急に真剣な表情に変わる。団長は頭を掻きながら今後の、騎士としての心配事を話しだした。そして、もう一度よく考えてから騎士を続けるか決めるようにと言うと、彼は団長室に戻っていった。
騎士となると、学院生でも長期休暇中は演習や実務があるという事。そして、実務に向かった先では、入浴する場所が無い。それと、トイレを野外で済ませることになる……という事だった。
「フローレンス様!おはようございます。今日からご一緒に学院生活を送ることができて嬉しいですわ。ワクワクして昨夜はなかなか寝付けませんでした。フローレンス様はどうでしたか?」
学院へ入学した初日の朝、正門前で馬車を降りると数名の令嬢たちに声を掛けられる。
昨夜は見習い騎士数名が正騎士団員となったことで、第二王宮騎士団の歓迎会が催された。歓迎会と言う名の飲み会だ。
20人以上の騎士団員の中で女は私だけ。「職務外の時間だからマズイだろう?」と団長が気を利かせてくれ、副団長の奥様も呼んでくれたらしい。
団長の奥様は来ないのかと、団員達に聞いてみると、まだ独身だということだった。あれだけ……女性とは!令嬢とは!を聞かされていたが、それを聞いて団長が結婚していないことに頷ける。
いつも訓練中には全員揃うことはないのだが、今日は他の騎士団が第二騎士団の務めを果たしてくれている為、全員出席での集りとなった。
「フローレンス!飲んでるか?」
「果実水なので、そんなに飲めませんわ」
「せっかく男ばかりの騎士団へ入団したのに、オヤジ系が居なくて残念だったな。まぁ、第二は若い奴等しかいないからなー」
どんだけアルコールに弱いわけ?まだ始まって30分も経っていないのに団長の顔は茹でダコ状態。更にペラペラと喋り過ぎ!
「「「オヤジ系?」」」
それ見たことか!騎士団員等が大きく目を見開いて私に視線が集中しだしているではないか!
「違います!ラファイエ様はオヤジじゃないからー!」
「「「ラファイエ様?」」」
騎士団員達の視線が、私に突き刺さる。ラファイエ様は皆の憧れの存在らしい。団員達はエールを片手に言いたい放題。ラファイエ様とはどんな関係?と聞かれ、私は当然という表情を作る。
「フローレンス。お前、顔はいいのに残念な奴だったんだな。思い込みが激しいのもどうかと思うぞ」
「あら、御免遊ばせ!私よりも貴方の方が残念な人だと思われますが?」
「そんな男勝りじゃ、公爵家の令嬢だなんて誰も思わねーぞ」
「あら、他には居ないとても素敵な公爵令嬢だと褒めて下さって嬉しいですわ」
「ラファイエ閣下は、珍獣女よりもお淑やかな女性が好きだと思うぞ」
「あら、ラファイエ様のご趣味を分かるほどのお付き合いをされていらっしゃるのですね。羨ましい限りですわ」
団長のせいで、言われ放題になっちゃったわよ!でも、いつも私に関わろうとしなかった団員達が打ち解けてくれたことが嬉しい。まぁ、アルコールの力を借りて色々言われたような気もするが、何より令嬢扱いされていないことが良ーく分かったわ。
夜中に公爵邸へ帰ると母様が起きて待っていたが「今、戻りました」と一言言ってエントランスの階段を登り出す。
「お帰りなさい。明日も朝早く起きるのでしょう?早く寝なさい」
優しい声音でそう言われ振り返って母様を見ると、心配して待っていたことが伝わるような表情を私に向けていた。
「はい。早く寝ます」
「フローレンス!正騎士団員おめでとう」
私の返事の後で、母様が笑顔で言った言葉に母様の複雑な思いを噛み締める。やっと認めてくれたことが嬉しくて涙が溢れる前に「ありがとう」と伝え、私室へと急いだ。そして、母様の言い付け通りに早く寝ることにしたのだ。
「私は……眠ることができましたわ!それよりも、ご覧になって――」
正門から学院の建物へと続く通路には石楠花の花がずらりと満開に咲き誇っている。桃色や紅色、紫色と色とりどりの花が私達の入学を祝うかのように春風にその身を揺らしていた。
「石楠花は、高嶺の花と言うのですって。私達もそう言われるように学べるものを全て吸収して卒業できるといいですわね」
そして、そのときにはラファイエ様との未来のための私作りが終わるとき。
――ラファイエ様。残り3年ですわ
心の中でそう呟くと、私は前を向いて石楠花の花の道へと一歩を踏み出した。
誤字脱字がありましたら
申し訳ございません。




