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フローレンス 1話

お読みいただきありがとうございます。

フローレンス編になります。




 目の前には、武勲祭でキラキラと活躍していた姿が一際印象に残っていた彼が、見慣れない騎士服を着て、父親と話をしながら我が家のバラ園の小道を歩いている。


 なぜだろうか。以前に見たときとは違い、生気を感じられない彼の表情に胸がざわついた。


「私も一緒に死んでしまいたかった」



「ごきげんよう。フローレンス・ドゥルッセンと申します。···死にたいとは、何故でしょうか?」


 父様に向かって彼が告げた言葉に、私は瞬時に問いを投げかける。


 二人は私の姿に驚きの表情を向けた。

 この場に他の者が居るとは思わなかったのだろう。しかし、彼は直ぐに元の生気の無い表情に戻ると口を開いた。


「死んでしまったんだ。私と息子を残して···」


 ポツリとそう言った後で、何処を見ているのか分からない曇った瞳で彼は張りぼての笑顔を見せた。


 彼の愛する奥様が他界したのだと、父様が眉尻を下げて私に分かるように告げた。





 彼を初めて見たのは、年に一度開かれる武勲祭での会場だった。武勲を上げた精鋭たちが集まり腕を競い合う国王主催の祭に彼が出場していたのだ。

 トーナメント戦で彼は準決勝まで進んだが、最後に負けてしまった。鮮やかな緋色の髪で一度会えば忘れないだろう金色の瞳が、会場内を見渡した後で観客に向かって礼を執る。

 その姿に私はいたく感動した。


 観戦後、母様と一緒に父様のいる役員席のある部屋へと向かう。

 すると、競技場の回廊では先ほど負けてしまった彼が、家族と手を繋ぎ優しく笑い合っている様子が視界に入る。

 その光景は、とても微笑ましいものだった。



 そんな彼が今、目の前で今にも奥様の後を追いそうな表情で、しなくていい笑顔を私に向けたのだ。

 この笑顔が私の心に火を付けた。


 私はフローレンス・ドゥルッセンよ。私に出来ない事などないわ。

 この人の、あの優しい笑顔を私が取り戻しましょう。今度は私にあの笑顔を見せてほしい。


 そう思うと同時に、私は彼に向かって気持ちの内を話していた。


「では、私が貴方の大切な人になって差し上げますわ。5年後、高等学園を卒業するまで待っていて下さい。約束ですわ。なので、死んでしまいたかったなどと二度と言わないで下さいます?5年後の大切な人、そう私とのことを楽しみに考えていれば、いつも笑顔でいられるはずですわ」


 彼は、私の言葉に大きく目を見開らくと「···ありがとう」と微笑んだ。


 その微笑んだ目は曇りがなく、しっかりと私に視線を合わせていた。


 その様子に、私はやらかしたと思った。

 今更だったが。これって私が彼に告白したってことよね?

 一瞬にして全身が茹でダコ状態に。恥ずかしさが込み上げてくる。でも、私の言葉に二言は無いわ。


――必ず私が貴方を幸せにするんだから。





 バラ園での数日後。

 私は、この国の第二王子であるイルキスに会いに王宮に来た。


「ルキ!一生のお願いがあるの!」


「はぁ?レンの一生のお願いは何回あるんだ?無理だ」


 第二王子のイルキスは、王子の中で一番仲の良い従兄妹である。同じ年齢だけどルキの方が3ヶ月早く生まれたからと、ちょっとだけ威張っている。


「一生に一度のお願いとは言っていないわ。ねぇ、お願い。簡単なお願いだから!」


「いつか借りは返せよ。と言っても、借りが多すぎだ。返せるのか?」


 ルキは鼻で笑いつつも私の話を聞いてくれる。


 「ファイニール辺境伯のラファイエ様が登城する日を毎回教えて欲しいの」


 ラファイエ様は年に最低2回は王城へ来ると、父様から事前に聞いて来た。


「ファイニール辺境伯?何だ、そんなことか···」


「そうよ。簡単なお願いでしょう?···そして、その日は私も王城へと呼んで頂戴。庭園にお茶の用意をさせて!ラファイエ様が国王陛下との謁見が終わったら、一緒にお茶を飲むの」


「ふーん。どうして一緒にお茶を飲むんだ?」


「···それは、仲良くなる為によ。それに、彼と一緒に時間を過ごすことで、私の事を少しでも多く知ってほしいから」


「レンはファイニール辺境伯の事が好きなのか?」


「···まだ自分でも良く分からないわ。けど、私はラファイエ様と婚姻すると決めたのよ」




 それから3ヶ月後。

 ルキの協力でラファイエ様とお茶をする時間が持てた。


「ラファイエ様。お会いしたかったですわ。もしよろしければ、少しだけお茶をご一緒して下さいませ。準備も出来ていましてよ」


「王城の庭園でお茶をでしょうか?」


「はい。だって、ラファイエ様はお忙しいでしょう?他の場所に移動するなんて、時間が勿体ないわ。ここならば、移動時間分もお茶を楽しめます」


 そう言うと、彼は手で口を覆いながら肩を震わせて笑う。そして私をエスコートし椅子に座らせると彼も対面へと腰を下ろした。


 王城のメイドが用意してくれた茶器を使い私は自らお茶を淹れる。その姿にラファイエ様が首を傾げた。


「フローレンス様は、ご自分でお茶をお淹れになるのですね」


 そう言われて、私も首を傾げた。


「いいえ?ラファイエ様にお茶を淹れるために覚えましたの。毎日練習していますが、まだ少々未熟な味なのです」


 苦笑いをした後で、蒸らし終わったお茶をカップに注ぐ。それを彼の前へ『コトリ』と置いた。


「お味見して下さいますか?美味しくなければ淹れ直しますわ。勉強になりますから気にしないで、きちんと言って下さいね」


 彼は目を細め柔らかな表情を見せると、目の前に置かれたカップを持ち口に含んだ。


「これが···俺のために淹れてくれた第一号のお茶の味ですね」


「どうでしょうか?」


 瞼を閉じ空を仰ぎなからそう告げる彼に、私は味の確認を急かす。


「うん。そうだな···花の香りが程良くて、後からほんのりと渋みが良い感じにくる。うん。俺はとても気に入りました。この味を覚えましたよ」


 そう言った彼の表情は、あの武勲祭で家族に向けられた優しい笑顔で。

 彼の発した言葉よりも、その笑顔をまた見ることが出来た···私に向けてくれた事に涙が溢れ出る。


「フ、フローレンス様?どうされました?」


 慌てて彼は席を立ち上がった。


「あら?どうしたのかしら?ふふっ、何でもありませんわ。ラファイエ様にお出しした第一号よりも、次回はもっと腕を磨いて最高級のお茶を淹れられるようにしますわ」


 その後で少しの時間だったが、彼とのお喋りを楽しんだ。

 次は暑い時期の登城になると言った彼に、次回も謁見後にはこの場所で待っていると話し、私はその日のために爽やかなお茶を淹れる練習をすると約束をした。




 その日、私はラファイエ様を見送った後で王妃様の私室へと足を運んだ。

 約束の時間にピッタリだ。メイドに連れられ王妃様の私室へと入室すると、もう一人の来客が。王妃様は、王宮医師を呼んでいた。


「フローレンス。毎日頑張っているみたいですが、程々にしないと身体が壊れてしまいますわ。貴女とお茶をする私の時間に都合がつかないのなら分かります。それなのに、貴女の時間に都合がつかない程に予定を埋めるだなんて」


「申し訳ありません。しかし、王妃様が言った時間に合わせて本日は登城致しましたわ。···あら?私は毎日登城していますから、言い間違いしてしまいました。登城ではなくて、王妃様の元へ参上しました」




 そう。私は毎日登城している。

 登城と言うよりは通っていると言った方がいいのかしら?


 我が家のバラ園で、ラファイエ様に「ありがとう」と受け入れてもらえたのをキッカケに、私の人生が180度変わった。

 その日のうちに婚姻までの計画を立てた私は、次の日の朝食の席で騎士となるべく両親を説得。二人共、鬼の様な形相を私に向け絶対に首を縦に振らない。私は、両親の説得は無理だと悟ると、叔父と叔母である陛下と王妃様に泣きついた。


 このとき叔母は「直ぐに飽きるわ」と、叔父に小声で言っていたわ。

 そのまま試験も無く、はれて私は王宮騎士第二騎士団に入隊できた。多分、国王陛下も『直ぐに飽きる』とでも言っただろう。プライドがズタズタだ。それでも私はチャンスを逃したくはなかった。


 そして、騎士団へと向かった初日。

 訓練場に急遽セッティングしたかの様なテーブルの上に沢山の菓子とティーセット、更にはメイドが私を待っていた。


 私は王宮騎士第二騎士団の団長だというレイニール・シュトレー様の前まで行くと、彼を見上げて告げた。


「今日から第二騎士団団員となりましたフローレンス・ドゥルッセンと申します。···失礼ですが、今ほどあちらの場所へと案内されましたのですが、どういうことなのでしょうか?」


「今日、ドゥルッセン公爵令嬢がお見えになると上の者から伝えられたので用意致しましたが?場所が気に入らなかったのでしょうか?」


 なんと、第二騎士団長は私が騎士として入団したことを伝えられていなかったらしい。

 そのために見学席を用意していたのだ。

 私は誤解があった事を詫びてから、今日この場に来た理由を彼に話す。


「冗談キツイですよ」


 真顔でそう言葉を返してきた団長に、私も真顔で答える。


「冗談じゃないわ。私の人生がかかっているのよ。この服装を見れば分かるでしょうに――」


 そう、今日の服装は騎士服なのだ。

 公爵令嬢として、こんな姿をするはずがないだろう。騎士として来たのだ。


「はぁー。分かったよ。怪我をしない程度に参加してくれ」


 団長は呆れ顔でそう言った後、団員達を集め私を皆に紹介した。


 この日の為に、毎朝ランニングから始まり、ルキから教わった筋肉トレーニングをこなし、身体を鍛える努力をしてきた。


 先ずは初日だ。頑張って最後にこの場に立っていられることを目標にしよう。そう自分に言い聞かせ、団長から騎士団員らに紹介された後で列の最後尾に加わった。 





「騎士団ではどうなの?なかなか音を上げないのだもの、逆に心配しているのです」


 王妃様は心配そうな表情を向けると、そう言った後で苦笑いをする。


「まだ皆さんに付いて行ける体力が足りません。しかし、一日づつ進歩しているように感じますわ。騎士の皆様はとても親切にして下さいますし。そうそう、食事のお肉を全て鳥肉にするように料理長に言ってからしばらくすると、私の筋肉が増えているみたいなのですわ。沢山身体を動かしているのに、体重も増えましたし、早く剣を習いたいので騎士団員の全ての練習をこなせるように頑張りますわ」


「そうね。私が間違いでした。貴女はそういう性格だったわね。せっかく始めたことなのですから、納得出来るまで頑張りなさい」

「それと、王宮医師に来ていただいたのは『コレ』のことです」


 そう言って王妃様が差し出して来たのは、私がルキに預けたメモだった。それをテーブルの上に置くと、王妃様は眉頭を寄せて私に睨むような視線を向ける。不味いわ。かなり良くない状況だと瞬時に悟る。


「イルキスが医師にこの薬を用意するようにと言った為に、医師が私のところへと相談しに来たのです。イルキスに話を聞けば、フローレンスが体力づくりに必要な薬だと言っていました」


 そう、私にとっては体力づくりなのだ。

 その薬にも私の将来がかかっているのだと二人に説明する。


「私は毒に対して強い身体がほしいのです。ルキだって、毒を飲んで毒に耐性を付けたと言っていました。···毒を処方して欲しいなんて無理ですわよね。大丈夫です。諦めますわ。騒ぎ立ててしまい、申し訳ございませんでした」


 とりあえず、しおらしくこの場を引き下がる。

 しかし、王妃様はそんな私に「処方させるわよ」とニヤリと怖い笑みを向けた。


「えっ?···今···」 「な、何ですと?」


 私と医師の違った驚きに、王妃様は大きく目を見開くと声を立てながら笑う。


「ぷふふっ!···処方させると言いました」


「叔母様!大好き!」 「いけません!」


 言葉をハモらせた医師を瞬時に睨むと、医師からも私に向けて鋭い眼光を飛ばされていた。

 了承したのは王妃様だというのに、その眼差しを私に向けてくるなんて、小心者ね。


 バチバチと火花を散らせる目の前の二人に王妃様はため息を吐くと、その後で呆れ顔で話を続ける。


「どうして私がそう言ったのか理解していますか?」


 まず1つ目の理由は、私の性格上ここで駄目なら他を探すだろうとのことだった。さすがである。当たってる!

 先ほど、直ぐに引き下がったのは、町医者か何処かの商団に大金で売ってもらう算段を立てたから。


 そして2つ目の理由は、毒に異常反応した場合、解毒をするにしても時間との戦いになる。どうせ飲むなら城で監視した方が直ぐに対処出来るということだ。


「はぁー。とんでもない姪っ子だわ。……とにかく、まずは公爵家の了承を――」


 公爵家という言葉に私は瞬時に立ち上がる。


「無駄です。両親が許すはずがないでしょう?騎士団だって許してくれなかったのに。父様も母様も私を公爵家の駒だとしか思っていないのを知っているではありませんか。全責任は私が請け負いますわ」


「王宮医の先生?それでいいですわね?ドゥルッセン公爵令嬢の私がいいと言ったのですわ。公爵家の令嬢がです···。先生、宜しくお願いいたしますわね」


 目を細め、立ったままで王宮医師を見下ろすと、私は眼力を強めてそう言った。


「王妃様も首を縦に振ったのです。誠心誠意、服毒中は私が診ていましょう」


 私の言葉に王妃様は顔をヒクヒクとさせ、王宮医師を威圧感で押し通すはずが、彼は何故か瞳をキラキラさせて私を崇拝するかの様にうっとりと見つめる。

 なぜ?……まぁ、毒を飲ませてくれて介抱してくれるなら、彼は力強い味方になる。至れり尽くせり介抱してもらいましょう。


 そうして、人生初の服毒日は一週間後に決まった。


 何日間かのお泊りを、王妃様の元で淑女教育のやり直しという屈辱的な悲しい理由にされて…… 






誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。


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