37話
いつもお読み下さりありがとうございます。
残り2、3話で完結予定です。
『リーンゴーン、リーンゴーン』
広大な小麦畑の農地と酪農が盛んなカリュザイール領の中心に位置するセントワール教会。
孤児達の生活の面倒も見ているこの教会の広場では、今日は朝早くからたくさんの領民が詰め寄って賑わっている。
教会を取り囲むように、白に紫色の装飾がされた騎士服を纏ったカリュザイールの騎士達が配置され、教会の扉から門までの道のりを、白に金色の騎士服の王宮騎士達が列をなしていた。
門の前に、数台の煌びやかな馬車が到着すると領民たちは一層ざわめきたった。
王宮の護衛騎士らが、何人か馬から降り立つと1台目の馬車の扉前で並んだ。少しして、馬車の扉から降りてきた人物たちに領民たちは釘付けになった。
「国王陛下だ!国王陛下が降りてきたぞ!」
「国王陛下、万歳!」
「王妃様だわ!」
キャーキャー、ワーワーと領民たちの歓声の中、両陛下は軽く会釈をすると右手を挙げて微笑みながら教会へと入っていった。
すぐ後ろには、ガトゥーラ候爵家の家紋の馬車が到着しているが中の人物は降りて来る気配がない。
その様子に、痺れをきらした後ろの馬車から先に降りてきたのはマティレクスだ。
「第三王子のマティレクス殿下よ!」
「あぁ、王子様に会えるなんて···夢のようだわ」
キリリとした表情で、マティレクスが領民たちに一声かけた。
「早朝から、兄と義姉の婚姻式に参列して下さりありがとうございます」
その後、ガトゥーラ候爵家の護衛らにマティレクスが「何か問題が?」と問うと、護衛らは申し訳なさそうに小さな声で「候爵様の心の問題が···」という。
「ガトゥーラ候爵、馬車の扉を開けてもよろしいでしょうか?後ろがつっかえてます」
「マティレクス殿下?す、少しお待ち下さい」
マティレクスの言葉に、母様が返事をした。
最後の馬車から降りてきたルキがマティレクスの後ろに立つと、ガトゥーラ候爵家の馬車に声をかけた。
「義母上。義父上はリュシエルに任せることにして、私と参りましょう」
ガトゥーラ候爵家の馬車の扉が開かれると、母様と弟のカイルが降りてくる。ルキが、申し訳なさそうな表情の母様の手を取ると「後は頼む」とマティレクスにいい残し、領民に笑顔で手を振りながら3人で教会へと向かっていった。
ひとつため息を吐いてから、マティレクスがカリュザイール公爵家の馬車の前までくると、セクレイトとダンが扉の前から後方に移った。
「姉さん。降りる準備はできてる?」
「うん」
カリュザイールの馬車の扉が開かれると、美しく着飾った私は弟の手をとった。
「···マティレクス···殿下」
私の姿を見ると、大きく目を見開き一筋の涙を流した弟は「き、綺麗だよ」と言って抱きしめてきた。
このウエディングドレスはルキがデザインしたものだが、マティレクスも一役買っていた。前世での記憶を聞きながらルキがデザインした独創的なドレスは、この世界には大変目新しいものだった。
今朝、トルソーに着せられたウエディングドレスを見たときは、あまりの美しさに息を呑んだ。早朝で、窓の外はまだ暗く、邸の中でのライトの光に輝く純白のドレス。
レースの全くないシンプルなマーメイド型のドレスは、少量の銀糸を織り込んでいて、両肩の部位だけがシースルーになっている。袖は末広がりで手が隠れるほど長いが、内側に肘上から切り込みが入っているのでブーケを持つと自然と袖がマントのようになり、肘下から出る腕が綺麗に見えるのだ。肩と首の間から流れるようなシースルーのマントにも銀糸を使っているようで、陽の光が当たると所々でキラリと輝きを放つ。
「シュ、シュウちゃん!みんなが見てるわよ」
領民の歓声の中、慌ててマティレクスの涙をハンカチで拭うと「そっちかよ」と言われ、普通は抱きつかれた方の心配をするんだとブツクサと耳元で小言が飛んできた。
「候爵どうする?置いてく?この期に及んで、馬車の中で泣き腫らしてるんだけど」
「···はぁー、連れていくわよ。マティレクスは先に行ってて。ありがとう」
呆れ顔でガトゥーラ候爵家の馬車を人睨みしてからマティレクスを先に行かせると、私は馬車の扉を護衛に開かせた。
「父様、遅れちゃうわ。早く降りてきて」
「リュ、リュシー···ご、ごめん。すぐに降りる」
涙をどれだけ流せばこんなに顔が腫れるのか···父様はササッと涙を拭くと、やっと馬車から降りてきた。
「す、すまなかった。と、と、とても···き、綺麗だよ。リュ、リュシー···」
そうして私は領民らの歓声の中を、泣き続けている父様を引っ張りながら教会に向かって歩いて行くという醜態をさらすことになった。
「候爵様!お気持ちお察しします」
「なんて素晴らしい親子愛なのでしょう」
領民らの声は、祝いの言葉よりも父に同情する言葉の方が多かったのは気のせいだろう。
☆
婚姻式では、予定にはなかったバージンロードを父様と歩くことになった。
父様を引っ張りながら教会前まで来ると、王宮騎士とカリュザイールの騎士らが横1列に並び立っていた。
その中で1番手前にいたカリュザイールの騎士様が一歩前に出ると、伝言があるといった。
「マティレクス殿下より、扉をノックして10数えてからふたりで入場するように、と伝えるよう言われました。今から扉を叩きますが···ガトゥーラ候爵様のご準備は···大丈夫でしょうか?」
「はい。すぐに叩いて下さい」
「はい。畏まりました。···では、セクレイト様とダン様は、扉を開く準備をお願い致します」
私が返事を返すと、父様は顔面蒼白で私を見た。
騎士様は、セクレイトとダンに10数えた後で扉を開けるように言う。
「父様、10秒で私の立派な父親に戻って下さい。娘の門出ですよ。凛々しい姿の父様が大好きです」
そういって、父様の腕に私の腕を絡ませるとクシャリとした顔はミルミルと宰相という顔に戻る。
「·····8、9、10。開きます」
騎士様が数え終えると、キィーと扉が開かれた。
開かれた扉の中から聞こえてきたのは「さ、く、ら?」パイプオルガンで奏でられているのは、前世の曲だった。孤児院の壊れているオルガンでシュウちゃんと一緒に練習した曲だ。前世での過去、溢れる思いが胸を熱くする。
そして、私の歩むべき先にはルキがこちらを見て微笑み···私が隣に来るのを待っている。
「リュシエル。幸せになれ」
父様は、凛々しい顔で私にそういうと「行くぞ」今度は私を引くように先に一歩を踏み出した。
教会の扉が開かれるまで何ともなかった私の感情が、シュウちゃんの奏でる曲と、ルキの優しい微笑み、父様の言葉···胸が締めつけられて涙が溢れ出す。そのため、私はまだ一歩も動けていない。
すると、神父様が誓いの言葉を語りだした。
ルキが復唱し始めると、私は父様と彼の元へと一歩、また一歩と歩き出す。ルキが終わると私の番だ。彼へと向かいながら私も復唱する。彼の隣に着いた私が「誓います」復唱し終えたときだった。
目を細め柔らかな笑みで私を見据えたルキは、「全てを誓う」というと、そのまま唇を軽く重ねて誓いのキスをした。
「やっとだ。やっと···一生、私だけのものだよ」
ルキは、ニヤリとし口が弧を描いた。
すると、私達の後ろから、あまりの展開の早さに着席する間もなかったであろう父様が「···んなわけあるか!」プルプルと体を震わせながら怒りの形相でルキを睨んでいた。
「まあまあ。宰相、無事に婚姻式も終わったことだしカリュザイール邸で宴の時間になるまでゆっくりとさせていただこう」
陛下とマティレクスが父様を引っ張り出すと、王妃様と母様で笑いながらふたりの後を追っていった。カイルは、この後で私たちを手伝うと言うので、私たちと残ることになった。
「では、行こうか」
ルキの腕に私の腕を絡ませて教会から外に出ると、領民たちの歓声が響き渡った。
ルキと私が軽くお辞儀をすると、領民らは静かになり視線だけをこちらに向けた。
「私は、カリュザイール公爵であり、今···リュシエルをカリュザイール公爵夫人として迎え入れた。無事、領民らの前で婚姻式が終わったことを報告することができ、私達のこの良き日に教会まで足を運んでくれたことを心から嬉しく思う」
ルキの言葉の後で、私は苦手なカーテシーを領民らに披露する。
「今日からカリュザイールの一員となりました。夫となるイルキスと一緒に、それと領のみなさまと共にカリュザイール領を住みよい豊かな領にしようと尽力したいと思います」
私がいい終えると、ルキが私の腰に腕を回し引き寄せられ、領民らの前で唇を重ねてきた。
···何してくれてんだぁー
···まじ、あり得ないんだけど
領民らの歓声の中、彼らに見えない位置から私はルキにボディーブローを一発放った。
「イルキス様、リュシエル様。準備が整いました」
セクレイトが後ろからそういうと、ルキと私は教会の門まで移動して馬車の扉をノックしてから扉を開いた。
反対側の扉は既に開かれており、そこからエリーとマキシが顔を出す。
「リュシエル様。おめでーと。早くチャッチャと配って下さいねー」
マキシの微妙な祝いの言葉に「どうでもいい祝福の言葉をありがとう」と返し、ルキに合図を送る。
「領民の皆さんに、私達からの贈り物を用意した。自領の小麦や酪農品を使って作ったものだ。邸のものと、リュシエルが自ら作った手作りの菓子だ。順番に配るから受け取りにきてほしい」
領民らは大歓声で、私達の前に並びだした。
私とルキ、カイルとセクレイトで領民らにクッキーの袋と豆パンを渡す。泣いて受け取る人、祝辞を伝えながら受け取る人、短いながらもひとりひとりと会話をして家にいる家族の分まで渡した。
全員に配り終えると、その場をセクレイトとダン、エリーに任せて、私達はアンが待つカリュザイール領の西区にある農場の広場へカイルを連れて転移した。
☆
「アン!お待たせ〜!···あっ?は、は、ハジメマシテ···リュシエル・カリュザイールです。も、もしかして?」
アンの隣に立っているのは、金色の短髪にエメラルド色の瞳をした爽やかな青年だ。
「ビオスブライト国の第二王子イルキス殿下、現カリュザイール公爵当主様並びにリュシエル様の婚姻披露宴にご招待いただきましたことを光栄に存じます。私は、アルタイル国ライド伯爵家長男のハーウェル・ライドと申します」
爽やかな青年が、爽やかにそういいながら、爽やかに微笑み、その後でアンと手を繋いだ。
···す、全て爽やかだわ
···何でも爽やかにこなしちゃう
「ゴホン!」
ハーウェル様の爽やかさに私が釘付けになっていると、ルキは大きな咳払いをして私の意識を自分へと向かせた。
「イルキス・カリュザイールだ。今回は、急な招待となり申し訳なかった。アンリエッタの婚約者が隣国の方だとは存じてなかったのだ。この様なことにアンリエッタの婚姻者殿に手伝いをさせる話は聞いていなかったのだが···お客様に対し、大変申し訳ないことをしてしまった」
「イ、イルキス様!違います!ウェルが勝手に私の元に転移して、こちらに来てしまっただけなのです」
慌ててアンが訂正すると、ハーウェル様はアンを見つめながら爽やかに続けて訂正した。
「そうです。早くアンに会いたくて、アンの元に急いで転移してきたばかりなのです。···しかし、手伝いとは?民たちもたくさん集まっているようですが、今から何かされるのですか?」
「はい。今から、領民たちに今日の私達の祝福をお裾分けするのです。ライド様はアンリエッタと、先に邸の方でお待ちしていただいても宜しいでしょうか?」
そういって、ルキがアンに先に公爵邸に戻りライド様を婚姻披露宴までの間、饗すように伝える。
「ならば、私たちもその祝福のお裾分けに協力させて下さいますか?カリュザイール公爵様とのこの場での出会に感謝を込め、一緒に事を成すことができるとは大変な名誉になりますので、是非お願いいたします」
爽やかに微笑みながらハーウェル様が手伝いを申し出て下さると、アンは「ウェルが手伝い?邪魔しないでね」とチラリと彼に睨みをきかせた。
先にアンと共に現地に来ていた騎士の2人が、マキシの指示で積み上げられていた大箱から籠の中に菓子を入れていくと、籠を渡された私達は領民らに婚姻式が終わったことを報告しクッキーと豆パンを配り始めた。
領民らの笑顔がとても嬉しく、彼らひとりひとりの祝福の言葉に温かい気持ちでいっぱいになる。
みんなに配り終えると、男の子が花束を抱えて私に差し出してきた。
「イルキスさま、リュシエルさま。うちの牛の乳を買ってくれてありがとうございます。朝早くから父さんと母さんは牛のせわをしています。ぼくも手つだっています。おいしい乳が出るようにたくさん牛をなでています」
「ありがとう。みんなに配った菓子は、お父さんとお母さんが育てている牛のお乳をたくさん使って作ったのよ!これからも、お父さんとお母さんのお手伝いがんばってね」
私の言葉に「うん」と応えた男の子にお礼を告げると、カイルが私の隣に立ち男の子に握手を求めた。···ん?カイル?どうしたのかしら?カイルの顔を見ると、目の前の男の子にキラキラと熱い視線を向けている。
「君は、すごいね。僕も、君みたいになれるよう頑張ってみるよ」
男の子も私もカイルの言動の理由が分からずポカンとすると、カイルの顔が真っ赤に染まる。
「では、次へ行こうか」
ルキの助け舟に、カイルはそそくさと片付けを手伝い始めた。
コッソリとカイルに「何を頑張るの?」と聞くと、あんなに小さな子が両親の手伝いをしているのを聞いて驚いたらしく、カイルは何もしていない自分を恥じたらしい。だから、これからは少しずつ自分も手伝いをしていこうと思ったと教えてくれた。私は、弟の成長を直に見られたことに、顔をほころばせた。
最後にハーウェル様にお礼を告げ、アンと一足先に邸に戻り披露宴が始まるまで2人でゆっくりするように伝える。マキシもカリュザイール邸で待っているチェリーちゃんのことをアンにお願いした後、私たちは次の目的地であるカリュザイール領の北区の商店街中央広場へ転移した。
その後、東区の共同選果場へ、最後に南区にあるカリュザイール別邸の門前に転移して菓子を配った。
すべて配り終えたころには、予定より大幅に時間が過ぎていた。




